74、巨大リーゼント
動物達が進行するのはコーセルが木を薙ぎ倒して作った道だ。
辺り一帯に撒き散らされていた黒マジョさんの恐ろしく乱暴な魔力も髪型を整える事で封じられ、異音を奏で幾度も行く手を阻んでいた邪魔者はいすずから離れてしまった。
行く手を阻むものが去った動物達は理性を失い、いすずに対する配慮を忘れ一挙に押し寄せてしまっているのだ。
『24日も人気の無いこの國に滞在していたんです。森羅の國に生息する獣の全てが此処に集結するに充分な頃合いですよ』
「流石にあの数の動物から魔法石を回収するのは無理だな。逃げようぜ」
「逃げるってコーセルはどうするの?」
『仕方がないですね…。イサナ、コーセルの側に向かって下さい。風の絨毯がコーセルの身に触れぬよう細心の注意を払う事を忘れないように』
「え、あ、うん」
私はコーセルに接近する。
すると私の左手が勝手に動き、ぐんと私の身を引っ張って風の絨毯から身を乗り出すように動く。
「えっ、ちょっと落」
そして左手は潮風に靡くコーセルの黒髪の1本を掴むとそのままぷちりと引き抜いた。
「ちちゃうよ!」
「…またか」
「えっ?」
私が言葉を紡いでいる最中に目の前の景色が変わってしまっている。
石ころだらけの浜を滑空していた筈なのに、今居るこの場所は暗い海の上。
私の、私達全員の体には黒い髪が巻き付いている。
風の絨毯から食み出した体の一部に巧く巻き付けてあり、私は右手首に、マリルドは足首にコーセルの黒髪が巻かれており、マリルドの風の絨毯にはウーターニャといすずも乗せられている。
長い黒髪の先を見るもコーセルの姿はなく、黒髪の続きは海中深くに沈んでいる。
黒髪は私達を引いて西に進んでいるようで引き波を作っている。
「め。さめた」
「ひっ…!?」
波間に現れたのは人間の頭部。
濡れた髪が顔に貼り付き、微笑む口元から僅かに覗く白い歯だけが闇夜に浮かんでいる。
一瞬で一変した現状を整理する事よりいすずの治癒に取り掛かる事を優先させていたウーターニャが海に浮かぶ頭に気付いて悲鳴を上げそうになった為、私は即座にマリルドの風の絨毯に飛び移りウーターニャの口を塞ぐ。
『な…!イサナは何故この高さから海面に落ちたらどうなるかも考えずに動いてしまうのですか…!』
「ウーターニャちゃんごめんね。声は抑えられる?大丈夫、あれはコーセルだよ」
私は右手首に巻き付くコーセルの髪が風の絨毯に触れてしまわぬように気を付けてウーターニャに躙り寄り、彼女の耳元にそっと囁くように声を掛けた。
「もうだいじょうぶ。どうぶついない。いすずきずつけない。吾はともだち」
「…全ての生物を眠らせている間に私たちを逃がしてくれたの?」
「うははは、何それすっげぇ力業」
コーセルは身に巻き付けた黒髪に自分の体を持ち上げさせ、水音も立てず静かに海中から姿を現す。
なのに滴り落ちる小さな滴滴が海面に当たる音だけがしたしたと妙にに大きく耳に届く。
大半の髪は海底奥深くに突き刺してあるからなのか、コーセルの体も髪も波の力に負ける事はなく、少しもぶれない。
「かぁーっこいいー!」
「うははは!どこのラスボスだよ」
滴り落ちる潮水と黒髪に覆われて見えない素顔。
コーセルの体にひたりと貼り付く黒髪の流れは規則性が無く、悍ましくも妖艶でウーターニャは治癒魔法を止め、かたかたと身を震わせてしまう。
「びぼうのくに」
「いつの間にこんなところに…」
静かな声でコーセルが指差すのは國境の壁。
あれが本当に美貌の國との國境だとしたならば、眠らせている私達をコーセル1人で600㎞近く運んでくれた事になる。
『自分から別れを早めてくれるとは良い働きをしますよね』
「またそんな憎たらしい事を言う。ワルサーの口を塞いでやりたいわ」
『キスを下さるのですか』
本を読み進めていた目線を僅かに此方に向け、ワルサーは何食わぬ顔でそのようなことを口にする。
「きす…」
「コーセル、そんな言葉に興味を持たなくていいよ。それより本当にありがとう。助かったよ」
『何故その者ばかり労うのですか。俺もこの3日イサナの為に働いていたのですよ』
「ワルサーが?」
『ご説明します。クロ、魔力解放を終了し、イサナを丘へお連れしろ』
「うん」
「何その呼び方…ちゃんと名前で呼ぼうよ」
『玄は宇宙の色。その事から深く広く人智の及ばぬ奥深さを意味します。黒マジョさんを端的に表すに相応しいかと』
為たり顔をする彼を私は無言で批難するも相手に私の顔は見えていない為、ワルサーには微塵も響かない。
ワルサーはこの3日でコーセルをしっかり手懐けたらしく、コーセルはワルサーの指示に従順に従う。
「待って。似合うけど何でその髪型!?」
「うはははは!」
丘に上がった私達の前に立つコーセルの髪型は巨大なリーゼント。
元々お尻が隠れる程の長さがある髪を全てリーゼントに利用したものだからそのフォルムは最早ミサイル。
「ワルサーがほんをたくさんみせてくれた。いちばんかっこいいかみがたをまねた。じょうずにまねできた」
「本ってもしかして私の?」
『はい。城に在る本で万が一クロの手に触れて魔法を焼き消されても問題の無い書物はイサナの本くらいですから』
「比較対象がこの世界の国宝級の本であるばかりに私のお気に入りの本の扱いが粗末になってしまってかわいそう」
『城に在るイサナの私物は全て俺が複製した物です。イサナの聖書達はクロの干渉を受けない地球に在るのですから安全ですよ』
「そか」
私はコーセルの髪型を観察する。
私が所有している本の中でリーゼントが掲載されている本は1冊しかない。
『ジョニー・スエード』というお気に入りの映画のパンフレットだ。
「ブラピを真似たのか。ブラピは確かにかっこいいけれども…」
『何が悪いのですか?』
「何故止めてあげないのさ。…てるの助くん、私の部屋にあるこれくらいのサイズの本出してくれる?」
てるの助くんに出して貰ったA5サイズの雑誌を私が手に取ると、ウーターニャとマリルドが興味深げに覗き込む。
これは私が所有する唯一のファッション誌。
「いくらなんでこのリーゼントはないよ。他の髪型…ええと、どんなのがいいんだろ…。ダメだ…私センスがないからなぁ…」
『知ってます』
「即、肯定するのひどい。うーんと…。あ、これとかどう?」
「ダセェ。却下。その本の2ページ前の左側の髪型がコーセルにはいいんじゃね?」
「これ?クラシック過ぎない?でも私よりマリルドの方がセンスいい…よね?コーセル、この髪型真似てみてよ」
「わかった」
コーセルは了承すると、手足を動かすかのように髪を自在に操り髪型を変えていく。
そして仕上がる緩い後れ毛の愛らしい、ボリュームがたっぷりのアップスタイル。
ヘアピンもヘアスプレーも無いのに固定出来ているのだから凄い。
「コーセルとてもよく似合うわ。さっきの髪型も似合っていたけれど…ふふっ」
「あれ…似合うな。まぁいいや」
「なにその言い方は。マリルドふざけて選んだの?」
「動物いやだぁぁ…!って…あれ?」
風の絨毯に寝せていたいすずが目を覚まし、がばりと起き上がる。
「え…?あれ?」
感じた事の無い動物の勢いとを察知したいすずは恐怖で失神していたのだが、気付けば恐れていた動物の気配は皆無で、目の前にあるのは雑誌を手にコーセルを取り囲んできゃっきゃと喜ぶ私達の姿。
「はよーいすず」
「見て、コーセルのこの髪型どう思う?」
「体調はどう?違和感はないかしら?」
「お、おはよ。ええと…なんていうかゴージャス&セクシーな髪型やね。似合っとると…思うよ。体調は…なんともない…かな。いや、そんなことより動物が…!」
「吾はコーセル。どうぶつもういない。みんなねた」
「…えっ!?ほんと!?どこにも動物おらんと!?」
「いないよ。コーセルが私達も動物達も丸ごと全員眠らせて、その間にここまで私達を運んでくれたんだよ」
いすずにとっては直前の出来事を思い起こしてかたかたと身を震わせていたのだが、安全を伝えられいすずは安堵で目を潤ませる。
風の絨毯を消さぬように細心の注意を払い、恭しくいすずに手を差し伸べたコーセルの手をいすずはしっかりと握り締める。
「ありがとうコーセル!コーセルありがとう!」
「ともだちなってくれる?」
「こちらこそいいと!?ほんとに!?嬉しい!…ん?なにあれ?ちょっとごめんね」
いすずは徐にコーセルの手を掴んでいた手を離すと風の絨毯から降りようとする。
しかし小さな体の可愛らしい足は地に届かず、じたばたと足掻く。
その様をけらけらと笑いながら私はいすずを抱き下ろしてやる。
ありがとうと礼は言うもののいすずの目線は1点を見詰め続けており、私に顔を向ける事が無かった。
不思議に思いながらもいすずの行動を見守っているといすずは砂浜に降り、更に一直線に突き進む。
「あった!見付けた!やったー!」
波打ち際に座り込んだかと思うといすずは立ち上がり嬉しそうな声を上げる。
その手の中にあったのは波に洗われて角が無くなった直径2㎝はある丸く美しい石。
赤みがかったオレンジ色のその石は日長石なのだと言う。
「見て!」
「宝石の海の石見つけたの?すごい!それにすごく綺麗ね」
「やろー。へへへっ。フリケルに宝石の海の石を探してみろって言われたときは無理やろって思ったけど見付かるとうれしいもんやね」
「そういえばワタもイサナたちと合流する前に見付けたわ」
「マリルドも?」
マリルドが空に透かして見せてくれたのは同じく波に揉まれて角が無くなった石。
いすずの石より一回り大きいその石は赤みを含む黒い煙が水晶に閉じ込められたように見える煙水晶。
「ふはっ、マリルドらしいかっこいい石だね」
「だろ?」
『お前達2人…イサナに渡すつもりではないだろうな』
「あのね…そんなわけ」
ないでしょう?と言いかけていた私だったが言葉を止める。
コーセルが魔力をまたしても解き放っている事に気付いたからだ。




