73、第3の特異種
波が打ち寄せる音が響く宵の口。
マリルドは1人先に浜に上がる。
私はコーセルの手を取って立ち上がらせて、マリルドに倣い石ころだらけの浜に腰を下ろす。
マリルドは隣に座った黒マジョさんこと、コーセルを繁々と見詰める。
「なぁ人間って本当?ドラゴンじゃねぇの?」
「どらごん…?」
「ドラゴン知らねぇのか。じゃあ違うんだな。なぁ、さっきもだけど、なんでワタ達のことを捕まえたりしたんだ?ワタ達を拘束したあの黒い毛ってコーセルの髪だったんだろ?」
「捕まえた…なんで…」
難しい問いだったのか、コーセルはマリルドの疑問に首を傾げる。
マリルドはコーセルの返事を待たずに私に向かって、いやワルサーに向かって話し掛ける。
「悪いワルサー。わかるなら教えてくれる?もしかしてコーセルの髪ってコーセルの意識と離れて動いてんじゃねぇの?」
『知るか。今の俺は感知魔法以外は使用できん』
「えと…ごめん、この國の中では許可のない魔法は使えないからワルサーにも分からないみたい」
「ちぃっ」
舌打ちの真似事をしたマリルドにワルサーが青筋を立てている。
「マリルドはどうしてそう思ったの?」
「あぁ…。黒髪は空振りすることなくワタを捕捉してたってのに、本体であるコーセルはやけにどんくさいなぁって思ってさ」
「そう言われれば確かに…」
「ワタ達を眠らせたのもコーセルの意思で行ったって言うより、髪を切られた事でコーセルの意思に関係なく魔法が発動されたっていう方がしっくりするなって」
マリルドは黒い毛を切断した直後に眠らされたと言う。
それも立て続けに2度も。
それ故に眠らされるトリガーはコーセルの黒髪の切断にあると確信しているようだ。
けれど私はマリルドの仮説に対し疑問を持つ。
「そっか…。でもさっき?いや昨日?私達3人が眠らされた時って誰も髪を切ってなんかないよね」
『黒マジョさんはあれだけの岩や大木を髪に絡めて引き摺り歩いていたのですよ。あのタイミングでたまたま髪の一部が切れてしまったのではないでしょうか』
「そうかも…。え、だったら髪を短くしたコーセルってもう安全なんじゃないの?」
『そうイサナが思うのでしたら稀人はこの國に残し、黒マジョさんと共に生きて貰う事にしましょう』
「…なんでそうなるの。私はいすずのことをお預かりしてるんだよ。いすずは私がちゃんと質実の國に送り届けます」
『稀人は面倒事を引き寄せるだけですよ』
「面倒かな?楽しいけど」
「吾あんぜん。めんどうない。たのしいする」
コーセルはまるでワルサーの言葉が聞こえているのように言葉を発する。
コーセルは何があってもいすずと親しくなりたいようだ。
ここで私がいすずとの間に立ちコーセルに聞き取りを行ったところで事態は何も変わらない。
仮にいすずとの接触を許さぬまま私達がこの國を後にしたならば…コーセルはいすずを追い求め、また魔力を暴走させて森羅の國を強制的に眠りに就かせる日々を開始させるのではなかろうか。
被害に遭った地の人々は知らぬ間に時の流れから置いていかれる。
其れを防ぐ為には森羅の國の人々は鼓笛隊を海岸線の全てに立ち並ばせて爆音を果て無く打ち鳴らし続ける必要がある。
それはこの國の人々にとってもコーセルにとっても不幸だ。
「…どう思う?」
「一緒でもいんじゃね?ワタは構わないよ」
『チビザルの意見はいらん。こいつはこの俺の魔力を奪い、魔法を獲得しました。呪いの塊で在り、歩く災いです』
「え?魔力を奪われたの?そんなこと出来るの?」
『出来ません。同意無く他者の魔力を奪うことは窃盗に該当し、実行したならば即座に世界の理に触れ消失を開始します。だと云うのにこの者は消失を開始していない。世界の理を退けるだなんて、そんな事が出来る人間は存在し無い。この世界でこの理から外れて生きる者は神獣か魔王のみです』
「魔王…コーセルが?」
「んはは!魔王なわけねぇよ」
マリルドの言葉を肯定するかのようにワルサーが言葉を続ける。
『魔王は1010年前に3代目ヘプタグラム城城主リシアに依って世界中の人々の身に分散され、人が死に絶えた時にのみ大切な物を然るべき後継者に引き継ぐ為の番人として顕現するように定められました。故に黒マジョさんの正体が魔王であると言う仮定は消えます』
「だったら…コーセルは神獣?」
『若しくは第3の特異種ですね』
「……」
「吾はともだちになる」
笑顔で宣言するコーセル。
ワルサーが導き出した推察のせいでコーセルの笑顔が妖しく見える。
「あー…うん、うーん…。そうだなぁ…いすずを傷付けたりしないと約束できるなら…私はこれ以上は邪魔しないかな。後はいすずに本人に判断して貰わないと何とも…」
「うん。いすず、きずつけない」
ど、どうしよう。
今更ながら怖くなってきた。
退いてはいけないと分かっているのに1歩後退してしまう。
そんな私の後頭部を襲う超暴力的な風。
私は勢いよく前に倒れる。
そんな私の身を受け止めてくれたのはコーセルだ。
コーセルの手が触れた左身が焼け付くように痛み、私は慌てて飛び退く。
私の身に掛けられていた魔法が1部分焼かれてしまったのだ。
しかしワルサーが直ぐ様剥がされた魔法を集め直し私の身に張り直してくれた為、私の外見に変化は起きずに済んだ。
「やだー!何でイサナったらコーセルといちゃついてるのよ!」
「う、ウーターニャちゃん」
「大きな声出すなよ。コーセルは女のキンキンした声が苦手なんだっつの」
「うそっ…!」
「ほら耳塞いでる」
マリルドは座り込んで耳を塞ぐコーセルを親指で示す。
「ウーターニャちゃんどうしたの?通話は切れてなかったよね?」
「そうだったわ!動物達が群れてやって来てしまって私ではどうしようもなくて…!」
ウーターニャが空を指す。
そこには白目を剥くいすずの姿。
美しい羽衣を纏ういすずは力無く四肢を提げている。
急ぎ大槍を2度振るい、風の絨毯を2枚生む。
マリルドと別れて空へ舞い上がり確認すると動物達が群れを成してこちらに向かって来ている様子が確認できた。
稀人を愛し、魔法石を生み出す事が出来る毛の生えた四足歩行をする『獣』以外の動物らまでもが行進に加わっている。
私達が海上に避難していた間に『獣』達はいすずとの接触を諦め撤退していた。
そこに改めていすずが上陸した気配を感じたものだから我先にと引き返している間に互いの競争心に火が付き、怒濤の行進となり、気が立っている『獣』の群れが放つ魔力にその他の動物達も影響されたのだろう。
巨大鰐や、蛇、鳥類を含む猛獣を含んだ軍団が此方に向かって押し寄せている。




