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1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
森羅の國編
72/98

72、コーセル

 ウーターニャはナスポクに治癒魔法を施すと黒マジョさんに自分の服を譲ってやる為に家を呼び出した。

 すると同時にワルサーも家を呼び出す。


「ウーターニャこっちに来い」

「…え?」


 ワルサーに家に招かれたウーターニャは頬を染めて大人しくワルサーに従い、ワルサーがエスコートするかのように扉を開けて待つヘプタグラム城の中へと入って行った。


「それからお前、立て」

「…え、俺?」


 治癒して貰った事で意識を戻したナスポクはワルサーの目線で自分が呼ばれた事に気付いたのだが、尊大なワルサーの態度に萎縮し、緊張が走って身動きが取れない。

 ナスポクは顔を向け返事だけをするとワルサーは大槍を振るい風の絨毯を生み出す。


「これに乗り南下して鼓笛隊が並ぶ地へ向かえ。具体的な指示は後で出す。ウーターニャからの連絡を待て」

「は?なんで俺が?」

「行 け」


 前回会ったときには感じなかったイサナの身から放たれる威圧的な雰囲気に気圧されてナスポクは慌てて風の絨毯に乗り込むと逃げるように飛び去っていった。

 命じた方向にナスポクが飛んだことを確認するとワルサーは呼び出した家の扉を(くぐ)り、ヘプタグラム城内へと消える。

 ワルサーはドローイングルームのカウチソファーに横になると猿面を外した。


「イサナが黒マジョさんの魔力に当てられて気を失った。後は頼む」


 そう言い残してワルサーは姿を消す。

 男だった体は脂肪が付いていない線の細い女の体へと変わる。

 巻きスカートを黒マジョさんに譲渡した事でレーススカートのみとなった下半身がうっすらと透け見えている事に気付いたウーターニャは慌てたが、少し遅れてイサナが身に付けていた巻きスカートが再現されていく。


「ワルサー…」


 ウーターニャが指先を優しく寄せると左の下頬に付いた傷が癒える。

 続けて気付(きつ)け魔法を施して貰った私はゆっくりと目を覚ます。

 1度薄く目を開けた私であったが、体を丸めて再び寝入ろうとしたのでウーターニャが慌てる。


「あぁ待って待って、イサナ起きて」

「…んん?ウーターニャちゃん?あれ?何でここに…?」

「なんでって…それは私の台詞よ!マリルドから聞いたわよ!他の子との通話を優先させて私と連絡取るのを怠っていたそうじゃない。ねぇ、その子って美人…なんでしょ?」

「ん…?あぁ、それってモウのこと?」

「そうよその子!ずっとその子に掛かりきりって聞いたわよ!」

「まぁ…日に2、3時間かな。向こうが一方的に話してるのを聞いてる感じだけど」

「ズルいわ!それにイサナは森羅の國が天使の入國を拒むっていうのは偽情報だって気付いていたんでしょう!?何で教えてくれなかったの!?」

『ウーターニャ声を潜めろ。黒マジョさんはこの中の会話を聞いている。刺激するな』

「ん?何それどういうこと?」


 欠伸(あくび)をし、私はのんびりと問う。

 1度目に黒マジョさんに眠らされた時とは異なり、やけに体が重く妙な眠気を感じる。


「来てよかったわ。イサナもいすずも黒マジョさんの魔力に当てられてるんだもの。もう…!心配かけないで!離れている時こそ連絡はマメにくれなくちゃ困るわ!」

「えっと…ごめんね。来てくれてありがとう。あはは、そっか。魔力に当てられるってこんな感じなんだね。すごいダルい。…あれ?ここはヘプタグラム城の中だね。…えーっと…黒マジョさんが会話を聞いてるっていうのはどういうことなの?」


 カウチソファーに横になっていた身を起こすと景色が揺れた。

 それは目眩を起こした訳ではなく、呼び出していた家が消し飛ばされる様子であった。


「っとぉ!」


 尻餅を着きそうになったが、地に手を付いてなんとか踏み止まる。

 ウーターニャは私の身にしがみ付くことで倒れることを防いでいた。

 私とウーターニャと共に猿面が家から吐き出されころんと転がり、誰かの素足のままの足元に当たって止まる。

 ごめんなさい、と声を掛けながら私は他所様の足元に転がり落ちた猿面を拾い上げ顔を上げた。


「黒マジョさんすげぇ。呼ばれてねぇ人間には見えなければ、干渉もできねぇ家を消し去りやがった」

「すごいって言うかあり得んくない?」


 マリルドといすずの言葉を聞くも何が起きたのかよく分からない。

 そして何より、私が謝罪した人物が誰なのか分からない。

 見覚えのある布1枚だけを(まと)う銀に近い灰色の肌の見知らぬ美しい女性が目の前に居るのだが、その女性は何故かぼろぼろと涙を流している。

 動揺しながらもどうしたのかを訊ねようとすると女性は両耳を手で塞いで私に背を向けたかと思うと長い黒髪を(なび)かせて走り去って行く。


「あ、黒マジョさんが逃げた。いすずの声が大きすぎたんじゃねぇの?」

「え、わたのせい?ごめん!」

「…え?今の黒マジョさん?」


 マリルドの言葉に私は驚く。


『あの黒髪はイサナ達を捕まえた黒マジョさんの毛と同じ色ですし、何となく分かりませんか?』

「いや…美人過ぎて圧倒されてしまった」

「ねぇ、わたの声そんなにうるさかった!?どうしよう!ごめん!」

「いや、多分驚かせたのはいすずの声じゃないと思うよ」


 私はちらりと黒マジョさんを泣かせる根元になったであろうウーターニャを見る。

 当の本人はそんな事を知る筈もなく、目をきらきらと輝かせている。


「黒マジョさんってすっごい美人よね!ワルサーと(つい)になるかのような美しさ!」

「あ、家を消したのも黒マジョさんな。呼ばれてない家は見えねぇ筈なのに扉のノブに触れたと思ったらぶわぁーってなってイサナ達が出てきた」

「黒マジョさんはどっちに行ったの?」

「あっち」


 マリルドが親指で差したのは海の方。


「…前住んでいた島に帰ったのかな?」

『いえ、近くに潜んでいますよ』

「どこ?」

『黙秘します』

「行こうぜ」


 ワルサーの抵抗も虚しくマリルドが案内してくれる。

 私は地に突き刺してあった大槍を手に取り振るうと風の絨毯を生み出すと私に続いてマリルドが飛び乗る。

 ウーターニャはいすずの様子を看たいと言う事でいすずと共にこの場に残ってくれることになった。

 お互いの安否確認の為に通話魔法を途絶えさせない事を約束する。


「通話は繋ぐけど声は潜めててね?黒マジョさんが落ち着いたら連絡するからね」

「分かったわ」


 ワルサーの指示に従って飛んで行くと海の浅瀬に浸かり座り込む黒マジョさんを見付ける事が出来た。


「…人の姿だね」

『そうですね』

「え、ドラゴンだって言ってたじゃない」

『俺はそんなこと言っていません。イサナが勝手にドラゴンだと決め付けていたんです』

「えー?そうなの?私の早とちり?」

「は?あれってドラゴンが人に化けてんじゃねぇの?」


 私の言葉を聞いてマリルドが明白(あからさま)にやる気を失う。

 ゆっくりと風の絨毯を寄せて私達は黒マジョさんに近付く。

 黒マジョさんは私達の接近に気付いたようだが逃げはしない。

 大きな音が苦手、と言うより人の怒る声が怖かったようで彼女の目からぱたぱたと涙が溢れ落ちている。


『同情は厳禁です。念の為に言いますが黒マジョさんの正体は依然として不明です。人とも獣とも判断が付きません。用心して下さい』


 そう言われてもこの女の子が泣いている原因は元を正せばウーターニャを怒らせた私にある。

 しかも黒マジョさんは着の身着のままといった風体だ。

 流石に放って置けない。


「怖がらせてごめん。大きな声は苦手なんだよね」


 私が声を掛けると黒マジョさんは短くなった髪で何とか文字を形取る。


 ウン


 私は話している内容がウーターニャには聴こえないようにする為に通話魔法が発動している右手の小指を左手で包み込む。


「苦手だと思うけど…さっきの大きな声は怒り声じゃないから…えーと…喧嘩の心配をしていたのなら安心してね。あれはスキンシップの1つなの。私が友達に酷いことをしたから、あの子は私に不満をぶつけてくれたんだぁ。あの子と私の場合はああやってお互いを理解し合うの。そうは言っても…大きな声は怖いよね。うーん。対策を考えておくから時間をもらえるかな。改善できるようにがんばる。…だから」


 風の絨毯から飛び降りて私も海の中に入る。

 ばちゃんと跳ねた海水に黒マジョさんは目を閉じる。


「嫌なことがあるならあなたも私に不満をぶつけていいんだよ」


 そうは言われても以前より短くなってしまった髪では黒マジョさんは多くの文字を作る事が出来ないらしい。

 私は黒マジョさんに右の手を差し伸べる。


「私はイサナ」

「ワタはマリルド」


 続けてマリルドが猿面を親指でくいと持ち上げ、素顔を見せて名乗る。


「…吾は…コーセル」

『言葉を発せたのか』

「コーセル!いい名前ね」

『意味も分からないのによく言いますね』

「へへへ」


 私の言葉に応えるようにコーセルは伸びきって固くなってしまっている爪が触れぬように慎重に私の手を握り返してくれる。


「これは風の絨毯。消しちゃダメだよ。出来る?」


 私はコーセルの手を引いて風の絨毯を触れさせた。

 私の粗雑な導きのせいでコーセルの長い爪が指先より先に風の絨毯に当たってしまい、風の絨毯は焼き付き、じゅっと音を立てて消え失せる。

 風の絨毯に残っていたマリルドが受け身を取る間も無く、胡座(あぐら)をかいたまま海に落ちる。


「おわっ」

『…魔法を焼却しましたね』


 着水したマリルドから跳ねた海水を私とコーセルは浴びせられる。

 コーセルは海水の滴る自分の手を見詰め、どうしたら良いのか私に答えを求める。


「消えちゃったね」

「…きえちゃった」


 コーセルは言葉の発し方を覚えようとするかのように私の口元を凝視して復唱する。


「…おいイサナ、消えちゃったねじゃねーよ」

「あはは、ごめんごめん。…コーセルはこの後どうする?お家に帰る?…それとも私たちと一緒に質実の國を目指す?」

「いっしょ」

「そっか」

『イサナ…それは不可能ですよ。黒マジョさんは先ほど許可の無い魔法を獲得・使用しましたし、あれだけ森林を傷付けている。この者が出國の星が獲得出来る迄共にこの國で待機すると言うのですか?』

「あー…そっかぁ。コーセルは出國の星を持ってないのか…」


 木を、地形を少しでも害せば出國の星は与えて貰えなくなる。

 コーセルは木や岩を引き摺り歩き全長125㎞に及ぶ大きな道を作ってしまった。

 仮に今後1年大人しく過ごしたとしても出國の星を与えて貰えるのかどうか怪しいくらいの規模の損傷を与えている。


「いすずとの関係をお友達から始めると言うなら少しは一緒に過ごす必要があるよね…。せめて西の國境に辿り着くギリギリまでだけでも一緒に過ごす…とか?」

『文通でもさせれば良いでしょう』

「文通ー!!」


 古風な交流方法の提案に思わず吹き出してしまう。

 それはそれでいすずらしい友人関係の築き方かも知れないけれど。

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