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1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
森羅の國編
64/98

64、イジメの定義

 恋心が身を滅ぼすとはこの世界は何と面倒な世界なのだろうか。


『秋の鹿は笛に寄ると言いますが、恋敵への殺意で自分の身を滅ぼそうとするとは愚かですね』

「…そんなことを仰るということはワルサーの究極の願いは変わったってことでいいのかな?」

『いいえ。変わらず「イサナの心と体の両方を貰えたら死んでもいい」と願っていますよ』

「だめじゃん」


 ワルサーといい、ナノノといい…容赦のないこの世界で命を懸けてまで恋をする人の気持ちが私には理解出来ない。

 私だって恋愛事に憧れはあるけれど叶球(ウィクト)で恋をするのと、地球で恋をするのでは持ち合わせるべき覚悟が違い過ぎる。


「えっと…ナノノは直ぐにでもモウに会いに行くつもりでおると?」


 気持ちが落ち着くまで離れて過ごしていれば殺意は消えるかもしれない。

 そう考えたいすずは今暫くゴジャにナノノと共に過ごして貰えないか頼む為にこのように切り出した。


「どうかな。モウ(あの子)瘋癲(ふうてん)の國にいるそうだからな。ナノノは無理して瘋癲の國に入る必要はないと思うのだが」

「え、瘋癲の國!?モウは次は遊戯の國に行くって言っとったよね?」

「本人は黒マジョさんに襲われたせいだと言っていた。と言っても姿を見た訳ではないそうだから真偽は定かではないがね。何者かに連れ去られたと思ったら東の國境の壁にモウ(あの子)の身を力強く押し付けられたそうだよ。襲われている最中に黒マジョさんに眠らされたのだろうな。気が付いたら瘋癲の國の街中に居たと言っていた。黒マジョさんが魔法を発動させてナノノ(この子)たちを眠らせたことでフリケルが褒美として出國の星を与えてしまい、モウ(あの子)は眠らされている間に國境を越えてしまったんだろうな」

『ほう。720時間の労働を()いるあの瘋癲の國へ追いやるとは黒マジョさんは中々良い仕事をしますね』


 ワルサー、そんな事を褒めちゃダメだ。


モウ(あの子)は1人保護されて遊戯の國へ向かっているナノノ(この子)のことを逆恨みして酷く怒ってね。すごい剣幕で随分と汚い言葉を投げ付けてな…。『ナノノが手を回した』だとか『こんなことしてもナスポクはナノノを選ぶことはない』だとか。金切り声のせいで多くはよく聞き取れなかったがね。…2人の仲はかなり険悪なようだしナノノ(この子)モウ(あの子)の通話魔法石を棄ててしまえと言ったんだがナノノ(この子)は嫌がるんだよ。理解できないな。繋がりを持ち続ける必要なんかないだろ?」


 モウはいつものヒステリーをナノノ1人に全てぶつけたのだろうか…。

 いや、いつものヒステリーよりもっとナノノの心を削る酷い言葉を使ったかもしれない。

 もしかしたらナノノは私達と出会う前からずっとモウから(ないがし)ろにされ続けていたのではないだろうか。

 だとしたらモウが瘋癲の國に入ってしまった今はチャンスの筈だ。

 モウから逃げ出す絶好の機会。

 けれどナノノが連絡を絶とうとしないと言う事は元の2人の関係は良好で、現在のモウの嫌がらせは黒マジョさん捕獲作戦に巻き込まれたストレスに因る一時的なものだったりするのだろうか。


「…ねぇ。ナノノは何であの2人と一緒におったと?もうナスポクの事は好きやないんやろ?」


 いすずの言う通りだ。

 何故ナノノはあの2人と共に行動しているのだろうか。


「…だって…モウと一緒にいてあげないとナノノがイジメをしている事になっちゃうもん…。…ナノノはイジメる側の人間にはなりたくない…」

「……」


 私の頭に『ブスは可愛い子を排除したがる』『美人虐めをする卑怯者』と私達を罵っていたナスポクの姿が浮かぶ。

 好きだった人から『可愛い子と仲良く出来ない者はブス』という謎理論を聞かせられていたせいでナノノはどんなに嫌な目に遭ったとしてもモウには優しくしなければとならないと思い込んでしまっているのかもしれない。


「…はっ、何それ。イジメる人間になりたくないって。そんなの他人の目が怖いだけじゃないか。恋敵なんだろ?殺意を抱いてしまう程憎いんだよな?偽善者ぶらず、嫌いな人間のことなど相手にしなければいいだけじゃないか」


 …ゴジャの言うことはご(もっと)もなのかもしれない。

 けれどナノノは自分からモウを拒絶出来ないからこそ『死ね』と言う言葉を口にしてしまったのではないだろうか。

 この世からモウが自発的に居なくなる事を願ってしまっているのだ。

 ナナノはモウを自分から拒絶しないと決めている一方で、モウを排除したいと願っている。

嫌悪する人物に対して「いなくなれ」「死んでしまえ」そう考えてしまうのは地球でならば珍しい事ではないだろう。

 けれどここは【世界の理】というものが人を裁く世界だ。

 モウの排除を強く願い過ぎると世界がナノノを消してしまう。


「……」


 自身が消されてしまったとしても構わないとナノノが覚悟した上でモウの排除を願っているのだとしたら…赤の他人である私が下手に口出しして良いものかどうか…判断が出来ない。

 どうしたら良いのだろうと隣に居るいすずを見ると、いすずがナノノの気持ちに寄り添おうとして頭を悩ませ、お下げ髪をしゅんと垂れ下げている事に気付く。


「…ナノノは虐めをしたくないんやね。すごいね。偉いよぉ!」


 いすずは努めて明るくナノノを褒める。

 ゴジャに偽善者と言われたナノノはいすずに肯定して貰えたことに安堵したのか泣き出してしまったようで、すんすんと小さく鼻を啜る音が聴こえてくる。

 いすずはでもね、と優しく言葉を続けた。


「偉いけどさ。ナノノが苦しんでいる今の状況ってナノノに優しいかな?わたはナノノにはナノノ自身に1番優しくあってほしいよ」

「お?お、おぉー、いいぞいすず。良いこと言った」

「んなははは!ちょっと!イサナの相槌めっちゃ邪魔っちゃけど!」

「あはは、ごめん」


 茶化してしまったが、私は心から感心している。

 私は願いが叶う世界で他人の願いを阻む言葉を口にする事が正しいのか判断できず、ナノノにモウの排除を願うのを止めろだなんてとても言えない…と、及び腰で自己保身的な考えを持っていた。

 けれどいすずはナノノの友人としての立場から誠意を持って声を掛けている。

 私が普段振り撒く表向きだけの薄っぺらな優しさとは違い、いすずがナノノに向けた優しさには親愛が籠っている。


「茶化してしまったけど本心だよ。いすずは良い判断をするなって思ったんだよ」

「はぁー?それわたのこと馬鹿にしとらん!?」

「馬鹿にしてないよ。いすずの考え方好きだよ。…ねぇナノノ。ナノノは虐めをしたくないんだよね?」

「…うん…ナノノはイジメをするような糞みたいな人間に落ちぶれたくない…」

「なはは!言い方…!」


 涙していても変わらず口の悪いナノノにいすずがお腹を抱えて笑う。

 真面目な雰囲気の中で笑ってしまった気まずさが余計に可笑しいらしく、いすずは笑いを止められなくなってしまう。

 代わりに私が私なりに言葉を紡ぐ。


「人それぞれに丁度良い距離感ってものがあると思うんだけど、今のナノノとモウはその距離が近くなりすぎているんだと思うの。お互いに丁度良い距離感を保とうとすることは虐めには該当しないと私は思うよ」


 これはあくまでも私なりの虐めの定義なので正しいのかどうかは分からない。

 それにこんなことを人に語るのは凄く偉そうだし、いすずの前で真面目な顔をするのは何だか恥ずかしい。

 じっとこちらを見るいすずの視界を遮るように私は(てのひら)をいすずに差し向けて更に言葉を続ける。


「相性が合う・合わないがあることは仕方がないことだよ。()りが合わないんだから無理してモウの近くにいる必要はないよ。縁を切っても良いし、距離を置いて良いんだよ。それは虐めじゃない」

「…そうかな…」

「もし距離を置くだけにしたいのなら上手く立ち振る舞おうね。どんなに苦手な人が相手だとしても、向き合っている時には誠実に対応しなくちゃね。尊重することが出来なかったらそれは虐めになっちゃう。それが出来ないのなら思い切って縁を切ってしまった方が良いよ」

手緩(てぬる)いですね。不必要な人間は全て罰した上で排除してしまえば良い。それからその手は邪魔です。真面目な顔をするイサナの顔がいすずの目から見えないです』


 はい。

 ワルサーの持論は過激なので私の中で消化しまーす。

 あとワルサーもこっち見ないでくださーい。


 私が言葉を切った事でいすずは私から目線を外し、ナノノに向けて言葉を繋げる。


「なははははは!イサナが真面目な話をするからびっくりしたね」

「こらいすず」

「なはははは。ねぇ、ナノノ。『死ね』って言葉が頭を(よぎ)ったってことはその人の近くに居たくないってSOSをナノノ自身が出しているってことだと思うよ。ナノノはモウから逃げて良いとよ。それは虐めにはならんよ」

「うん。それにさ、大丈夫だよ。モウに孤立という形の虐めは起こらないから。ナノノが離れる代わりに私たちがモウと仲良くしておくから。モウ1人が排除されることはないよ。モウは私たちなんかが相手じゃ物足りなさを感じるかもしれないけれど、私たちなりにしっかりモウを可愛がるよ。勿論、私たち自身に負担がない範疇(はんちゅう)で、だけど」


 今までのナノノと同じようにモウと接する事は私には出来ないだろう。

 ヒステリーをぶつけられたとしても私は笑って(はぐ)らかしてしまうだろうし、西ルートの旅をする私たちがモウに再会できるのはいつになるのかも分からない。

 親密にすることは出来ないけれど、それでも連絡を取り合い、友好的に接する事なら私達にも出来る。

 モウが寂しい思いをせずに過ごせるように私達がきちんとフォローをすれば、ナノノがモウから離れはいけない理由は無くなる筈だ。


「そうだよ!モウの事はわた達に任せてくれていいよ!ナノノはモウが瘋癲の國に足止めされている間に好きなところに行って、好きなことをしておいで!」

「…ナノノは…芸術の國にっ行き…たい…。可愛いもの…を自分で作…り…たい…」

「いいね!」


 しゃくり上げてしまい、話し難いだろうにナノノは自分の希望を教えてくれる。


「ナノノお洋服も髪型も可愛くしてるもんね」

「その可愛さに似合わない毒舌やけどね」

「そんなナノノのギャップがいすずは好きなんでしょ?」

「なはは!そう!」


 どうか人を憎んで身を滅ぼさないで。

 身勝手だとは思うけれども…それでも出会い、共に過ごし、親しくなったナノノに消失ではなく笑顔で過ごせる日々が訪れるようにと私もいすずも願ってしまうのだ。

 だから私といすずは同時に同じ言葉を口にする。


「魔法石、棄てていいよ」

「…うん…」


 ナノノが小指から取り出した金属光沢を持つ薄黄色の通話魔法石をゴジャが大槍を振るって叩き割る澄んだ音が聴こえた。

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