58、喧嘩別れ
フリケルは容赦なくモウを大河流域のジャングルの中に残して約50㎞程度先のナノノの配備位置へと向かった。
丁度1時間に1度の定時連絡の頃合いにナノノ配備地点である草原に辿り着く。
フリケルからの定時連絡もまだ初回だと言うのに「ウッザぁ。本当にこれやんなきゃダメなのぉ?」とモウは早くも面倒臭そうな返事をする。
定時連絡は昼夜を問わず、誰かが黒マジョさんと接触するまで続けなければならないのだから気が遠くなるのは分かるけれども。
「ナノノ、通話魔法石を交換しとこー」
「私とも交換して」
「ワタも」
私達3人がナノノと魔法石を交換する様子をナスポクが苛ついた様子で見守る。
ナノノに別れを告げ、風の絨毯に乗り込むとナスポクはこちらに顔を向けぬまま言葉を発する。
「…お前ら、モウにも連絡してやれよ」
「そのつもりだよ」
「どうせ口先だけだろ。オレに通話を経由させろ。ブスは信用できねぇ」
「経由?」
『同時通話のことですよ。拒否して下さい』
「そんなこと出来るの?」
「音質は悪くなるけどな。同時通話する人数を増やす程異音が入る」
「へぇー」
「…お前、同時通話をしたことないのか。友達少ねぇ証拠だな」
「黙れ茄子頭。同時通話をする為にはお前とイサナが魔法石交換する必要があるだろうが。おたんこなすなんかに誰も髪を渡したくねぇっつーの」
「うるせぇブス」
私とナスポクの会話にマリルドが混ざる。
ナスポクとマリルド2人の会話は口が汚い罵り合いのようだが、2人共口元に笑みが零れているので互いにこの口喧嘩をそれなりに楽しんでいるように思われる。
マリルドはナスポクへの苛立ちを言葉に出すことで巧く消化しているのだ。
マリルドのように真っ直ぐに感情を吐き出せない私は少しだけ、ほんの少しだけ棘がある言い方をしてしまう。
「だったらナノノに経由を頼むよ。ね、いい?」
「…いいよ…モウがワニに食べられてなければね…」
「オレを参加させないつもりかよ、ばか。それだとモウがお前らとばかり喋ることになってオレが寂しいだろ」
「お前が一方的にイジメを疑ったりするからだよ。報いを受けろ」
「イジメは事実だろ。マリルドといすずの2人はモウと会話してなかっただろが。俺は見てたぜ」
「おーい、たった1日程度でなんでそんなに揉めてるんだよお前らは」
飛び立つタイミングを計っていたフリケルが呆れている。
フリケルは風の絨毯に大槍を突き立てて、腰に手を置き、またお尻をくっと突き出す。
それを見たいすずは「プリケツ」というマリルドが付けたあだ名を思い出したのか盛大に吹き出す。
どうやらいすずはナノノにも「プリケツ」というあだ名の事を教えていたようで、笑ういすずに釣られてナノノも笑みを溢していた。
フリケルの風の絨毯は再び飛び立ち、反時計回りに私達の配備予定地を巡る。
1時間後にはナノノに続いて、私といすずのペアが丸い小石の転がる北の浜に配置された。
出國の星を獲得後に美貌の國への移動のことを考えれば、鈍足のいすずと私の2人が西北西のマングローブ林に、この北の浜には足の速いマリルドが配置された方が西への移動時間が短縮できると思っていたのだが、「イサナといすずが木が繁ってる場所に行くのはマズいだろ?死角だらけだと四方八方から動物が集まって来て、いすずをフォローするイサナが疲れ果ててしまうよ」とマリルドが気遣ってくれて私達2人がこの浜に立つことになった。
マリルドは行動は安直だけれど、頭は良いのだと思う。
私といすずの2人はそんなことに全く頭が回っていなかったもの。
私といすずは周囲を見渡し、そして風の絨毯に残るマリルドとナスポクに別れを告げる。
「フリケルさんお世話になりました。マリルドまた後でね。ナスポクじゃあね。元気でね」
「おー、美人虐めをする卑怯者のお前らブスとは2度と会いたくねぇけどまぁ元気でな」
ナスポクが返した憎たらしい言葉にマリルドとワルサーの2人が憤慨する。
『2度とイサナに近寄らせるものか、愚民が』
「マジでウゼぇわ、お前」
私は溜め息を吐き、一言だけナスポクに言い返す。
「…お前らってずっと言ってるけどさ、それっていすずも虐めをしていたと思ってるってこと?」
突如私までもが言い争いに参加した事に大袈裟に目を丸くして驚き、小刻みに震えるいすずをナスポクはちらりと見る。
「いすずは…そんなことしねぇと思うけど…」
「ならいい」
『良くないです』
ううん、いいんだよ。
私は、…多分マリルドも意地悪だと思い込まれることには慣れてるもの。
実際に私は無慈悲なところがあるって自覚してるし、マリルドは口が悪いのだからそう思われるのは仕方がない。
けれどこんな私達と一緒に居るせいでいすずにまで不名誉な印象を残されてしまうのは流石に納得いかない。
今はナスポクもいすずはいい子だろうと感じているようだけれど一括りにされることで記憶が混同していつしかいすずのことも虐めの加担者だったと認識してしまうようになるかもしれない。
そうなることが私はどうしても嫌だった。
いすずは虐めの加害者ではないという言質が取れたのであればもう充分だ。
突き放すような私の言い方に鼻白むナスポクにフリケルが声を掛ける。
「また波風を立てて…ナスポク、君はもうこの子達3人に話し掛けるな。話し相手なら吾がなってやるよ」
「おっさんとなんか話しても面白かねぇだろ」
「…猥談でも何でも付き合ってやるから」
「うははは、それいいな」
「うわー…めっちゃキモ!」
「うっせー、男がエロを知る事は生きる上で必須なんだよ」
不快を露にするマリルドにナスポクが偉そうに反論する。
フリケルはナスポクの肩を叩いて、良いから黙っていろと諌めたが効果はない。
「まぁしゃーないわな。お前、粗チンだもんな。知識でカバーするしかねぇとか同情するわ」
「おま…マリルド、お前も男になったらオレの気持ちが分かるんだからな」
「ワタが男になったら茄子頭よりいい男になるのは確実だから問題ねぇよ」
「んだその自信は。くそチビの癖に」
いや、身長は関係ない。
マリルドが男性になったとしたら少なくともナスポクよりもずっといい男になるだろう。
そう思ったのは私だけではなかったようで、いすずが小さく手を叩いて賛同していた。
フリケルは慰めるように大槍の柄でナスポクの尻を軽く叩くと風の絨毯を再び走らせた。
私達全員が配置に就く前に黒マジョさんに動きが出る懸念もあったがフリケルはマリルドとナスポクの口合戦を聞き流しながら配置位置を順調に巡り、午前中にマリルドをマングローブ林に、昼過ぎにはナスポクをジャングルの中に無事に配置し終える事が出来た。




