53、フリケル
「名乗らねぇってんなら勝手にあだ名を付けるけど文句言うなよ。お前が悪い」
命を取られることはないと高を括っているのかマリルドは態度を改めるどころか失礼を重ねる。
「…フリケルだ」
「んあ?プリケツ?」
「!!」
「んなひゃひゃひゃ!どういう聞き間違いよ!」
いや、聞き間違いじゃないよね。
フリケルのお尻の肉付きの良さが気になってたんだよね?
しかも癖なのかフリケルが腰に手を置く度にお尻がくっと付き出されるようにも見えなくはない。
マリルドは心の中では既にプリケツという名で呼び続けていたのだろう。
「その口を閉じねば治癒してやらんぞ」
プリ…違う、フリケルがそう言い捨てる。
「治癒?マリルド怪我してるの?」
「ん?あぁ…。脚力強化魔法も封じられていること忘れて足から湖面に落ちたら衝撃で足の骨が折れたっぽい」
「骨折!?なんでそんなに平然としとるとよ!?」
「マリルドが簡単に捕まるなんて変だとは思ったけど骨折って…。天使はこの國に入れないって言うのに…」
「黒マジョさん捕獲に協力するのなら治癒してやる」
「フリケルさん治せるんですか?でしたら私とマリルドは喜んで黒マジョさん探しをお手伝いします。ですがこちらのいすずは動きが遅いし、足手纏いになるだけですからここに置いて行きましょう」
「ひどくない!?」
「動きが遅くとも構わない。必要なのは目だ」
「目…!?」
目を盗られるとでも思ったのかいすずが目元を慌てて押さえる。
目は盗られないと思うよ、と言いたいところだがいすずは既に視覚を無断で共有されるという目に遭っているのだし反射的にそう考えるのも無理もない。
「君達も知っていると思うが黒マジョさんの姿を見た者は居ない。しかし間違いなくこの國に居る」
「捜したいだけなら千里眼の持ち主でも雇えばいいじゃねぇか」
「言い方が悪いなぁ。んもう、マリルドには丸ごと1枚のスルメでも噛ませて少しの間静かにさせたいよ」
「ならばこれでも食わせておけ」
魔法食のスルメを1度で取り出す自信がない私の言葉にフリケルが戸棚から大きな干し肉を取り出してくれる。
珍しい食べ物に目がないマリルドが直ぐ様反応する。
「あ、ジャーキーだ。それ何の肉?」
「珍味と呼ばれる貴重な物だ。黙れば食わせてやる」
「オケ。黙る」
何の肉かは教えて貰えぬ干し肉を分けて貰い、1枚丸ごとマリルドの口に放り込む。
美味しかったのかマリルドは目を丸くして咀嚼する。
それにしても言い方はどうかとは思ったがマリルドの言い分は尤もだ。
森羅の國では許可されていない魔法の使用は禁止されているが申請が通った魔法であれば使用可能なのだ。
なぜ魔法で捜索しようとしないのだろうか。
「何度も試したさ。けれど黒マジョさんへの魔法は全て無効化されるんだ。だからこその人海戦術さ」
「…無効化って可能なの?」
『捧げた髪の長さに応じて魔法の強度は変わります。欲が深い人間が膨大な髪を捧げたならば完全無効化魔法の獲得は理論上は可能です。しかしそんなつまらない魔法に魔力を全振りするとはかなりの偏屈の所業ですよ』
「ワルサーに偏屈と言われるだなんて黒マジョさんが気の毒…。ねぇワルサーの魔法が無効化されるなんてことあり得るの?」
『イサナの期待に応えましょう』
「…!っと、いいの?待ってて。フリケルさんに許可を貰う」
危ない。
ワルサーが協力してくれるだなんて正直思ってなかったので思わず大袈裟に驚いてしまうところだった。
えー!だなんて言ってしまっていたらワルサーの気分を害していたかもしれない。
「あの。すみません、友人が黒マジョさんを探してみたいと言うのですが魔法を使わせて貰うことは出来ませんか?」
「…先ほど君達2人は何の能力も持たぬと申告したと思ったが、あれは嘘か」
「事実です。気紛れな天才がもう一人同行しているのですが、珍しくやる気のようなのでお願いしようかなと」
「姿は見えないが…透明にでもなった人間がこの場にもう1人居るのか?」
「いいえ」
「…どの魔法を使うつもりだ?」
『感知』
「感知魔法だそうです」
「大きな口を叩いたその天才とやらは何処に居る?」
『イサナ、替わって下さい』
替われるんなら勿論いいけど無理なんじゃないの?
『可能です。外に向けて魔法を放出することは出来ませんが体内を巡らせる分には何の問題もありません』
成る程と納得するや否や体は入れ替えられる。
叶球の体の髪は真珠の煌めきを持ち、前髪は消え、前下がりの短髪へと変わる。
フリケルは鼻をひくつかせて鋭敏な嗅覚で私の体の性別が変わったことを察知する。
「…男に変わったのか…?何のために…?」
「この人はイサナとは別人なんですよ。イサナと違ってこの人は意地悪なので気を付けて下さいね」
怪訝な表情を見せるフリケルにいすずが耳打ちする。
言葉は聴こえなかったが陸でもない事を伝えた事くらい私にでも見抜ける。
ワルサーの冷徹な表情にいすずが凍り付く。
「この國を出たら…わたはまた何か嫌がらせされるかもしれん…」
「かもではない。確定だ」
叶球のいすずがピンチのようだが私は私で大変なことになっている。
地球の体の左横には恐ろしくも美しい凪ちゃんが座っているのだ。
ずしりと重い右半身に引き摺られ、体が右に傾いてしまうのだが、そのお陰でスマホを見ている凪ちゃんの顔を覗き見ることが可能になる。
「嬉しそう…」
マスクをしていても分かる、吊り上がったアーモンド型の迫力のある大きな瞳から零れ見える微笑み。
この表情を凪ちゃんから引き出したのはワルサーだ。
「生で素顔を見たいなぁ…。マスクをズラすのはルール違反かなぁ」
「ルール違反に決まっています」
ワルサーの指摘にびくりと体が大きく跳ねる。
疚しい気持ちを持ち合わせていた証である自己防衛反応だ。
早鐘のように打つ心臓に胸を押さえ、言い訳を探す。
「わっあっえっと…」
「終わりましたよ。替わってください」
「のわっ?黒マジョさんの居場所が分かったの?」
回答を貰えないまま体が入れ替えられる。
「ごめん、地球にいる凪ちゃんが美しすぎて冷静さを欠いてしまってワルサーが何をしてたのか見てなかったよ。いすず大丈夫だった?」
「ワルサーが黒マジョさんの現在地を特定してくれたよ。今は海側の方におるんやって」
いすずはそう言って壁に貼られた地図にワルサーが書き記したというマル印を見せてくれる。
「でも捜してくれるのは今回っきりって言っとったよ」
「けひふぁほは」
マリルド、今ケチだよなって言ったよね。
「この円の中心地に黒マジョさんが居ると言うことだよな。今まで何人もが黒マジョさんを捜索して見つけ出せぬままだったと言うのに…。事実であれば大したものだ。しかし先月被害が出た区域から離れ過ぎている。悪いが…信じられないな」
『獣人は黙って俺の教えを鵜呑みにしろ。イサナ…俺は自分の力を過信していたようです。悔しいですが…俺の感知魔法も無効化されました』
「えっ、じゃあこのマル印は何なの?」
『感知対象を黒マジョさん個人ではなく、魔法の効果が完全に無効化されているエリアに変更したのです』
んん?
えっと…ごめんねワルサー。
この國って元々許可の下りていない魔法は封じられているんだよね?
たまたまこの場所では魔法が使われていなかったっていう可能性はないの?
『それですよ。この國の大気には封印魔法が満ちています。それが機能していないエリアを俯瞰して感知したのです』
「はぁー…」
感心しつつ、私はワルサーの言葉をフリケルらに伝える。
「そうか。黒マジョさん個人へ放った魔法は無効化されるから捜索対象を“魔法が無効化された空間”に変更して居場所を捜し当てたのか…凄いな。しかし…、だからと言ってこの情報を鵜呑みに仲間に伝えるのは時期尚早…」
『疑いたければ好きにしろ。お前らが更に被害を被ろうと俺にとってはどうでも良い』
「…なぁ、君がわざわざ男の姿に変身したのは何故だ?気分の問題か?」
「まぁ色々ありまして。男の彼は天才、女の私は凡人と思っ下さい。でももう天才の方の体は出せないと思います」
「思考加速魔法でも使ったのか。だったら反動で暫く頭が動かなくなるな…やむを得ない。しかし思考加速魔法に人格を与えたような口振りをするとは奇妙な子だな」
フリケルが何か勘違いしてるみたいだけどニコニコ笑って後は誤魔化す。
排除しようとしている黒マジョさんが強力な魔力を持つ者であるだけに、ヘプタグラム城6代目城主がこの場に居るという情報を与えるとフリケルは無理矢理にでもワルサーの協力を得ようとするかも知れない。
…私の都合で出た旅でワルサーに危害を加えられるだなんてことは決して起きてはならない。
『フッ』
何?
今ワルサー笑った?
『いや、俺はイサナに愛されているなと』
そりゃ…ワルサーは弟みたいなものだからね。
ねぇ、聞いてる?
【ちょっぴり補足】
■脚力向上魔法を使えなかった理由について
マリルドの脚力向上魔法は地を抉るなど、外部に影響が出る魔法のため封印されてしまいました。




