52、桜のツリーハウス
このごつごつとした猪型の人物の思考を読みたいところだけれど、この國の中では許可されていない魔法は封じられてしまう為読み取る事が出来ない。
まぁ、今から謝罪しようとする相手の思考を読むの失礼に当たるか。
「御迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。この子を引取りに伺いました。あの…この子はどのような処罰を受けることになるのでしょうか」
「処罰などない。出國の星を与えぬだけだ」
「はぁ…?マジでふざけんなよ」
私は空を掻いて食べ物を取り出す。
深く考えずに食べ物を取り出したが、魔法食は使用を許可された魔法だったようで問題なく林檎が現れてくれた。
都合良く現れ出た林檎を丸のままマリルドの口に押し込んで黙らせる。
「むぐ!」
「うるさくてすみません。それは一生この國からは出られないと言うことでしょうか?」
「自然を害さなければ1年後には星は宿るさ。…本来であればな」
本来であれば…。
と、言うことはマリルドは一生この國の中で過ごすことになるってこと?
「この猿の身体能力は使える。大捕り物に協力してくれたならば出國の星を与えてやってもいい」
猪型の人物は大槍を地に突き立てると片手を腰に置き、尊大な態度で言う。
此方を見据える目は拒否する権利はないと語っている。
林檎を齧るマリルドが異議を唱えようとしているが、林檎が小さくなった時点でいすずが次の食べ物を取り出し、今度は大福をマリルドの口に押し込んで黙らせてくれた。
『自業自得ですよ。チビはこの國に置いて先に進みましょう』
私もそうしたいと思わなくもないけど…。
けれどワルサーの言う通りに薄情に動くというのは癪だ。
ちらりといすずを見ると顔を青くしている。
「マリルドが1年もお利口に出来るわけないやん!一生この國から出られんのほぼ確定やない…!?」
「こいつの仲間である君達にも協力してもらうぞ。捜索には人海戦術しか術がないからな。今君達が持っている出國の星は預からせて貰う」
「…え?嘘やろ」
「ちょっと待って下さい。私達はマリルドと違って特化した能力は持ってないですよ?」
「構わん。付いて来なさい」
縛ったままのマリルドを担ぎ上げて猪型の人物は先に進む。
『対する人の身に俺が潜む事にも気付かぬ愚人が偉そうに』
ワルサーの暴言に危うく積もって弾けそうになっていた私の鬱憤が晴れ、肩の力が抜ける。
「…いすず、取り敢えずあの人に付いていこうか。マリルドも連れてかれちゃったし」
「ねぇ、大捕り物ってことはさ、悪い人を捕まえようとしてるってことだよね?めっちゃ怖いっちゃけどー!」
『稀人は暢気だな。「人」かどうかは分からないぞ』
「あ…」
そうか。
この國には幻獣の類いも生息しているんだったね。
もしも危険な幻獣がこの國の本土に上陸したから捕獲しようという話であれば…その幻獣もいすずを目指してやって来る可能性が高い。
魔法の使用が禁じられている今はワルサーが魔法で対処することは出来ないし…もしも危険な幻獣に出会ってしまった場合、いすずのことも心配だけれどそれ以上にワルサーの体である左半身の無傷を保つことは難しいかも知れないと不安になる。
…幻獣に襲われた際にその珍しい姿についうっかり目を奪われてしまい、防護魔法の発動を遅らせてワルサーの身に傷を付けてしようものなら…後が…滅茶苦茶怖い…。
マリルドを担いだ猪型の人物が向かったのは湖畔にある桜の巨木に作られたツリーハウスであった。
室内には森羅の國全土の詳細な地図がエリア別に何枚も貼られている。
地図には幾つも赤くバツが付けられ、長きに亘り何者かを追い続けている形跡が見受けられる。
「これって…家なのかな?」
「所々の小物がファンシーでかわいいね」
「…そこに座りなさい」
座るように促されたのは幻海と同じ色をした淡いピンクとラベンダーとアイスブルーの色味が可愛い華奢な椅子。
猪型の人物は古い切り株を刳り貫いて作られた椅子の脇に大槍を立て掛けると頭を振り、人型へと変貌する。
現れたのは眉間に寄せた皺が癖付いている50歳近くの男性だった。
「人型になってもファンシーな家具が似合わねぇ顔してんな」
「悪いか」
「痛てぇ!」
元猪型の人物はむっとして悪態を吐いたマリルドを床に転がすと腰に手を置き語り出す。
「捕獲したいのは黒マジョさんだ。17年程前からこの國の北の孤島に住み着いていたのだが、最近になって本土に上陸してしまったらしい。傷付けることなく北の孤島に送り返したい」
「…黒マジョさん…?それってもしかして前にウーターニャちゃんが言ってた黒マジョさんって人と同一人物?あれ、黒マジョさんって人間のことじゃなかったの?」
「人間かどうかも未確認だ。しかしとんでもない魔力の持ち主が森羅の國を訪れていることは確かだ。奴の魔力に当てられた区域が幾つも被害に遭っている」
「被害に遭うって何されたんですか!?」
魔力耐性がまだ強くはないいすずが怯えながらも訊ねる。
「眠らされるんだ。半径50㎞圏内に居る人間、獣、生き物全てが1人1匹残らず丸1日眠りに就く」
「50㎞ってめっちゃすごくない!?」
「…えーと…私は半径50㎞がどのくらいの範囲なのかわかんないわ…」
『本州にある東京都だけでしたら軽く収まります。栃木県がすっぽり収まる位の範囲が半径50㎞圏内に該当しますね。瀬戸内海から日本海側までの距離も凡そ100㎞なのでわかりやすいかと』
「え、ありがとう。…なんでそんなことまで分かるの?ワルサー凄すぎる」
『イサナが学生時代に見た日本地図に縮尺が記載されていましたのでそれを基に算出しました。しかし信じがたい。半径50㎞圏内を1人残らずと言ったが、どうやって全ての人間を視認すると言うのでしょう』
「そっか。対象を視認しなくちゃ魔法って使えないんだっけ。え、じゃあワルサーにも不可能なことができる人か幻獣のどっちかが存在するってことになるの…?」
『……』
返事の代わりにぎりりと歯噛みする感覚が伝わってくる。
つまりそれはYES言うことなのだろう。
「でも眠らされるだけなら大した被害はないんやない?何でそんなに必死になって黒マジョさんを捕獲する必要があるんですか?」
いすずの疑問は尤もだ。
皆揃って健やかに眠るだけであれば被害と呼ぶような事は起こらないのではないだろうか。
地球と違い、人が眠る間も働き続ける人が居なければ社会のシステムが崩壊するわけではあるまいに。
『…森羅の國の自然保護を担う國民の全てが眠ってしまったとしたならば、その区域では希少な動植物や鉱物の盗難が発生するでしょうね』
「盗難?でもそれって禁忌なんじゃないの?」
『世界の理の抜け穴ですよ。特定の人物の所有物では無い物を盗んだとしても世界の理が罰する事はありません』
そうか、世界の理の抜け穴があったかと納得する私にワルサーの声が聞こえぬ元猪型の人物が感心する。
「その通り。背の高い君は敏いな。眠らされた区域では我が國が誇る希少な自然物の盗難が相次いでいる。黒マジョさんに眠らされた区域で必ずしも窃盗被害出ている訳ではないことから、窃盗は人々が眠らされた後に偶然足を踏み入れた者共の犯行だと推測している。吾達としては一刻も早く根本を叩いてしまいたい」
「つうかさ…旅行者の手を借りたいほど状況は逼迫してるってことだろ?協力して欲しいんだったらお前はまず最初に名前くらい名乗れよ」
うーん、捕らわれている身でマリルドはどうしてそんなに偉そうな事が言えちゃうのかなぁ。
【ちょっぴり補足】
■桜の木について
ソメイヨシノは弱い木なのでツリーハウスは造れません。
作中の桜はファンタジー桜ということにして下さい。
近年、弱いソメイヨシノに代わってやや色味の濃いジンダイアケボノという品種の桜が植えられるようになったと聞きます。
時代を越えると春の色も変わるものなのですね。




