50、虫退治できる人は格好いい
『森羅の國』への入國を拒まれたウーターニャは遊戯の國に留まることになった。
ウーターニャと別れ、森羅の國へ一歩足を踏み入れると賑やかなモニュメント郡は消え、一変して眼下には深い緑の景色が広がる。
私といすずの2人は地衣類が覆う岩場を少し進んでは振り返り、龍の鬣の隙間から此方の様子を見守るウーターニャに何度も手を振る。
下山が進み、ウーターニャの姿が見えなくなっても振り返って手を降っていると傍らに居たはずのマリルドが消えてしまっている事に気付く。
視界を遮るような植物が生育していない高木限界を越えた岩場なので先に進んでいたマリルドの姿は直ぐに見付けることができる。
「あ、こら」
「あ!なんでマリルドあんたが1人で先に進むとよー!」
「いや、2人の方こそいつまで手を振ってんだよ」
「いつもいすずがしつこく手を振ってるからこれがこの國の別れの流儀かと思ってたけど違うの?」
「そんな流儀はねぇよ」
「複数人で手を振ってたら誰が最初に諦めるかなって勝負したくならん?なるやろ?イサナはマリルドに気を取られて先に手を振り止めたからわたの勝ちやけどね」
「え、知らない間に戦いを挑まれて負けてたんだ私…。まぁ別に全く悔しくないけど」
「何を言っても負け惜しみにしか聞こえんもんねー」
「はいはい。じゃあ勝者いすずのためにウーターニャちゃんのノートをこの私めが音読して差し上げよう。マリルドも一緒にこの國の禁止事項と出國の星の獲得条件をおさらいするといいよ」
「いや、大丈夫って。どっちも要は『自然を大切に』だろ?」
「大まかに言えば確かにその通りだけど…」
マリルドの場合、やってはいけないことのボーダーライン設定が低いので禁止事項を大まかに把握させておくと何を仕出かすか分からない。
私はウーターニャのノートをてるの助くんから受けとると禁止事項を読み上げる。
「えーとね。森羅の國では『許可のない自然物の採取・採掘』、『引火性のある危険物の持ち込み』、『魔法の使用』、『神域への侵入』が禁止されている、だって」
「ん」
「軽いなぁ」
「ねぇ、この人大丈夫と!?」
「どうだろうねぇ」
『このチビは確実に問題を起こしますよ。別行動を推奨します』
「問題を起こす前に止めるように頑張るつもりだよ。続きを読むね。神域とは…」
「なぁ、いすず。まだ動物の気配感じねぇの?」
私の音読をマリルドが遮る。
余すところなく全ての地域が整備された観光地である遊戯の國では1匹の動物にも出会えなかった分、マリルドは森羅の國で必ず動物達と触れ合うつもりでいるようだ。
楽しみを抑えられない気持ちは分かるけれどもう少しだけ頑張って森羅の國についての説明を聞いて欲しいな…。
「何となく気配を感じないこともない…かな。少なくともこの近辺にはおらんよ」
「この先に見えるあの森の中にならいるかな。先に山を下っとくわ」
「ダーメ。マリルドはこの國では単独行動禁止。私達の視界から消えちゃダメ」
「えー…」
「えー、じゃない。いすずと行動を共にしていれば必ず動物には会えるんだからあと少しだけ我慢して下さいっ」
不貞腐れるマリルドを宥める為にそう言うと今度はいすずが騒ぎ出す。
「いやいやいや、わたたちは観光地を通るんやし、動物が近付いて来ることはないやろ?え、観光地だけを通るってイサナ、約束したよね?」
「約束したね」
「え…おかしくない?動物は人が多くいる土地では近付いて来ることはまずないよ?」
「そうだね」
「…動物に会うこと…ないよね…?え、イサナ嘘ついとる?」
「いすずぅ、イサナは嘘ついてねぇよ。この國は全土が観光地だから観光地以外を通ることはないの。ついでに言うと森羅の國は人口も観光客も世界一少ねぇんだよ。だからさ、うはは、動物集まって来放題っ。しかも絶滅危惧種多数。楽しみだなぁー」
「は…?え、やだ!そんなの聞いとらんよ!」
「言わなかったもん」
「なんでよ!言ってよ!わたもウーターニャと一緒に遊戯の國に待機しとけばよかったー!」
「だーいじょうぶ。いすずには動物を会わせないようにするよ」
「絶対!?絶対よ!?」
『…イサナ、この2人と共に行動するのは疲れるでしょう?』
ううん、平気。
楽しいが勝ってるもん。
『理解出来ません』
そう?
ワルサーと体が半分入れ替わったことも『楽しい』よ。
そう思えていなかったらきっと私はワルサーとの会話することすら拒絶して、地球の重力に耐えてでも自分の部屋に引き籠っていたんじゃないかな。
『つまりイサナが俺の事を好いているからこそ、この珍妙な御伴を引き連れた旅を止められないと言うことですか』
うーん、そうなるのかな。
なんか違う気もするけど。
『俺と共に過ごせている今がイサナにとっては『楽しくて』『幸せ』ということですよね?』
勿論だよ。
…あ。
ワルサーの心拍が速くなったのを感じる。
釣られて私の動悸も乱れ、息切れをする。
自然と歩みは遅くなり、歩調がいすずと重なり合う。
「…いすず大丈夫?」
「ぜぇー、はぁー、イサナ…先に行っていいよ。マリルドを1人にしたら何するか分からんよ」
「あ…うん。ねぇ、いすず。いすずはもう魔法食を出せるんだし、手ぶらでも大丈夫だよね。その鞄は私が預かってようか?」
手ぶらになれば少しは負担を減らせるのではないかと思っての提案だったが、いすずは首を横に振る。
「この中に入っとる友達が貸してくれたコートは御守りみたいな物やし自分で持っておきたいとよ」
「そか」
國境を越えてしまったいすずのことを助けてくれとヘプタグラム城を訪ねてきた氷砂糖のような髪を持つ少女、あの子が貸してくれていたコートのことだろう。
いすずは毎日笑って楽しそうに旅を続けているけれど、質実の國に早く帰りたいという気持ちは強いままということだろう。
「…何かあったら大声で叫ぶんだよ」
ほんの少しだけ素っ気なくそう言い残して私は先に進んでしまったマリルドのことを追いかける。
この旅が終わる日の事を楽しみにしているいすずに対し、不満を感じてしまった気がする。
そんなの…変だ。
私だって早く地球の体に戻らなくてはいけないのに。
楽しみにしていたテーマパークデートは終わらされてしまったけれど、ワルサーのお陰で凪ちゃんは今夜私の家に泊まってくれることになったのだ。
凪ちゃんと共に過ごせる時間がまだある。
ぐずぐずしているとワルサーに地球の時間を動かされてしまい、凪ちゃんと会話することなく別れることになってしまうかも知れない。
ワルサーが魔力を取り戻し、体を元に戻して貰える日までの暇潰しに私は叶球の旅を開始した…筈なのに。
いつの間にか旅が終わる日がやって来る事を寂しく思うようになってしまっていたようだ。
叶球での生活は鮮明に見えるだけのいつか必ず醒める夢のようなものだ。
私の情の全てを捧げている凪ちゃんは地球に居る。
私の現実は面白味もなくただ只管に堅実で病が蔓延している地球での生活にあるのだ。
私は必ず地球に帰らなければならない。
気を強く持ち、所々に灌木も見えるようになった草地を強く蹴る。
そうやって進めば脚力向上魔法を使用できないマリルドに追い付く事は案外容易であった。
聞けばマリルドは走る事は然程得意ではないのだと言う。
「ワタが走ると色々壊しちゃうからな。ちゃんと気を付けてて偉いだろ?」
「あはは!えらいえらい。ん、あと少しで森に入るみたいだね。この付近で動物から魔法石を集めておこっか。いすずが追い付くまでのいい時間潰しになるだろうし」
「ん、オッケー。あ、イサナ。少しストップ」
「ん?」
言われるまま歩みを止めるとマリルドは「悪いけど服を少し触らせてもらうな」と私の背中の衣服を軽く摘んだ。
そして空いている反対の手でぽんとその箇所を爪弾きする。
何か小さな物が森の奥へ飛んでいった様な気がしたが一体何だったのかは良く分からなかった。
訝しむ私にマリルドがニヤリと笑う。
「怪しむなって。イサナの背中にでけぇ芋虫が付いてたんだよ。先に言ってしまうと怖がるだろうから黙って取り払っただけだよ」
「…かっこいいことするね。ありがとう」
「んはは!んじゃ魔法石、何個集めたか競争しよーぜ」
「いいよ。でも可愛い動物を見つけたからって連れて来ちゃダメだよ」
「へーい」
ひらひらと後ろ手に手を降りマリルドは山に消えて行く。
前から少し思っていたことではあるがマリルドという人は女の子にかなりモテるのではないだろうか。
まだ性別をどうするのか決めていないと言うことだったが、もしも男になったらすごく様になるのではなかろうか。
なんて。
…ダメだな、こんなことを考えるなんて。
私自身も「男だったらイケメンだよね」と幾度となく言われてきたタイプなので、こんなことを言われても嬉しくないことは知っている。
『…あのチビが格好いい?何処がですか』
「格好いいよ。気落ちしてる時にはいつも美味しいものくれるし」
『信じられない。餌付け程度のことで容易に懐柔されるとは…』
「それに自身の危機管理はなっていないのに女の子にだけは気が利くタイプってモテるものだよ」
『そんな人間の何処に魅力があると言うのですか』
「母性本能でも擽るんじゃない?よく知らないけど。まぁ、実際に私はマリルドのことカッコいいなぁと思ったこと何度かあるよ」
『…この國が魔法の使用を禁じていなければ今頃あのチビは丸焦げでしたよ』
その言葉に私は笑う。
森羅の國では魔法が封じられてしまうのでワルサーも手出し出来ないのだ。
『この程度の封印魔法が俺に通用すると本気で思うのですか?出國の星を得るために自重しているだけで俺がその気になれば無許可での魔法使用も可能ですよ』
と言うことは…ワルサーは森羅の國のルールを守ってくれたってことか。
「自重してくれてありがとう」
『この國の罰則は厳しいと聞きますからね』
「…あれ?ワルサーは森羅の國に来たことないの?」
『ありませんよ』
「ウーターニャちゃんと一緒にワルサーも世界を1周したのかと思ってた」
『ウーターニャが俺に付いて旅をしたのは子供の國から頂点の國迄の行程のみです。ウーターニャは天使になる前に常人が世界を旅するリスクを体験するべく世界を周りました。俺と一緒だと「普通」は体験出来ないでしょう?』
「え、じゃあウーターニャちゃんは1人で世界一周したってこと!?ひゃー、すごい!それって何歳の時の話なの?」
『10歳です。その時の経験を纏めたノートがこうしてイサナの役に立っているのですからある程度は評価できますね』
「評価が低すぎるよ。私はウーターニャちゃんの銅像を建てたいくらい感謝してるよ。あ…いた。うわぁ、めっちゃ可愛い」
森羅の國の中でいすずに魔法石を捧げようと待機していたのは小さなお猿達であった。
掌サイズの小さなお猿がお行儀良く座っている。
「こんなに可愛いとなるとマリルドがポケットに入れて連れて帰る可能性が高いね。いすずと合流する前にマリルドを捕まえてボディーチェックしなくちゃね」
お猿達が小さな手で手渡ししてくれる魔法石をお預かりしながら私は独り言ちる。
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