5、魔王
結論として『魔王』は此処に居たのだそうです。
それをワルサーが単独で倒したらしい。
ウーターニャは万が一の時の救助要員として外で待機していたと言うのだ。
私が見たあの球体の中に在った蠢く人型の煤こそが捕らえられた魔王であり、消え行く最期の姿だったようだ。
でもここで重要なポイントが。
『魔王』って別に珍しいものではないのだそう。
死んだら誰もが魔王に変わり、魔王を倒した者は亡くなった人が所有していた物を全て相続することが出来るんですって。
コレクターが収集した貴重な資料及び財産が散り散りになるのを防ぐ為の世界に存在する『財産の保全魔法』なのだそうだ。
世界に存在する、ねぇ。
存在しないんだよなぁ、私が知る世界では。
うちの曾おばあちゃんが大往生した時にはそんなこと起きなかったものなぁ。
これはどうもこの場所がイギリスってことはなさそうだ。
そもそもウーターニャは英語を使ってなかったし。
ここはきっと『此処とは違う何処かの世界』、つまりは『異世界』ってやつだ。
しかも残念ながら私がまだ本や映画でも見たことがないタイプの異世界。
魔王の概念が私が思い描くものと全く違う。
「魔王って支配者じゃないの?だって王様でしょう?」
「魔王の魔力は桁違いに強いから王と呼ばれているの。支配者だなんて存在しないわよ、そんなことしたら世界の理に触れて消失しちゃうじゃない」
「え、なにそれ。消えるってこと?何が?」
「なにって…人の体そのものが、よ。まずは魔力が消し飛んで、24時間後に体が完全に消えちゃうの。そっか、イサナは『死』に立ち会ったことがないのね」
「立ち会ったことは確かにないけど…」
曾おばあちゃんとは同居していなかったし、連絡を受けてお通夜とお葬式に参列しただけだもの。
え、でも曾おばあちゃんが魔王になっているはずはない。
続けてウーターニャが説明してくれたのだが、魔王が発生する期間は完全消失をした翌日から1年間。
発生する場所は亡くなった人が住まいとしていた家の中で故人の思い入れが特に強い1室。
「魔王が発生した部屋の中は別次元の空間になるから、どれだけ激しい魔法を使って戦っても建物や家財には影響は出ないのよ」
魔王の力は発生初日をピークに時間の経過と共に徐々に落ちていくのだが、1年を過ぎても倒せる者が現れなかった場合には魔王は自然消滅。
それからは家主の死後、1番長く家に滞在していた人物から順に自由に好きな物を好きなだけ引き取っていいそうで、さらに1年経過しても引き取り手の現れなかった遺品は世界から消失するとのこと。
「で、魔王を倒すと現れるのがあの家付き虫ね。魔王の所有物を隠してくれていたのよ。生身の家付き虫だなんて、私初めて見たわ。魔王を倒す場に居合わせるだなんて滅多にできないことだもの。なんかいいことあるかもしれないね」
そう言って小首を軽く傾けて微笑むウーターニャ。
かわいい。
「ワルサーってば本当に初日の魔王を倒しちゃうなんてね…。同じ容姿の子と半分体が入れ替わっただけで済んだのが信じられないくらいよ。発生した初日の魔王ってすっごくすっごく強いのよ。有名な高位魔法取得者でさえ発生から1ヶ月が経過してからしか魔王を倒した人はいないって学校で習ったんだけどなぁ。でも世界中の人がこの城の相続を狙ってたでしょうし、初日に挑みたいって考えるのも無理がないのよね。ワルサーより先に黒マジョさんに魔王を倒されてしまう可能性もあったもの。間違いなく世界的な大ニュースになるわね。でも…」
へぇ、ワルサーってすごいんだね。
ピンと来ないけど。
黒マジョさんって人もすごそうだね。
ワルサーより強い人なのかな?
あとここってお城なんだね。
洋館かなとは思っていたけど…城って。
じゃあワルサーって王様にでもなるのかな?
はは、王冠とか被るのは似合わないだろうな。
だって私と同じ顔だもん。
覇気がないよね。
…ん?
ウーターニャがてるてる坊主をじっと見ている?
「そのヘプタグラム城の家付き虫がこんな姿だなんてね…」
そう言って頭を抱えて長い長い溜め息を吐く。
「これ、ゴミ同然じゃない」
あ、私のかわいい力作に対してひどい。
でもこんなにショボい体を与えるだなんてあり得ないことらしい。
「家付き虫って家の中を守ってくれる大切な生き物なの。家付き虫が壊れると、その家付き虫が憑いていた家の物も壊れちゃうの。家付き虫が汚れたら、同様に汚れてしまう。この子はこの城全体に憑いている家付き虫だから影響も大きいわ。家付き虫が宿る媒体の選択は慎重に行わなきゃいけないのよ」
「ん?てことはティッシュでできたこの子って家付き虫としてかなり貧弱?」
「です」
汗がダラダラ流れ落ちる。
ざっと見えるこの部屋の中にあるものだけでも全てがとんでもない逸品揃いだってことはなんとなくわかる。
この建物のことを『城』と呼んでいることからきっとこの部屋の他にもこんな豪華な部屋が複数存在するのだろうということも。
どうしよう。
ごめんなさいワルサー。
『はい、呼びましたか?』
「!」
このタイミングでワルサーの声が聞こえてきても心の準備がまだできていない。
けれど謝罪はしなくっちゃ。
ウーターニャには申し訳ないけど間に入って頂こう。
「今、ワルサーがお返事くれたよ」
「!」
ウーターニャが私以上に緊迫した様子を見せる。
これはきっとワルサーがものすごく怒るっていう予兆だな。
私、殺されてしまうのかもしれない。
この世界で死んだら私も魔王になれるのかしら。
…こっちに私の家があるわけじゃないし、無理かな。
息を大きく吸って、正直に、潔く。
「ごめんなさい。私、大変なことしちゃった」
そう私が詫び始めると同時にウーターニャが
「今まで何してたの!?」
とワルサーの体である私の左側に詰め寄った。
ウーターニャの瞳が潤んでいる。
彼女、泣いてしまいそうだ。
『あれ、バレてるのか。イサナのタオルケットの香りを堪能していました。いや、よく干した太陽の匂いでしたよ。イサナってバナナを4本も一気に食べちゃうゴリラ気質かと思いきや、意外と生活力あるなぁって感動しました』
え。
『ウーターニャに見抜かれていたのか。吾自身より吾に詳しいと豪語するだけのことはあるな。彼女と吾は産まれて間もない頃からの腐れ縁なんです。あぁ、そうか。来週の吾の誕生日を迎えたらもう15年の付き合いになるな』
ん?
『おや、家付き虫だ。ティッシュ?あぁ、これイサナが作ってくれたんでしょう?こちらの家にも飾ってありますよね。嬉しいなぁ。最高の体を吾の家付き虫に与えてくれてありがとうございます』
落ち着いた口調で矢継ぎ早に一気に多くを語ってくれたワルサー。
「イサナ、ワルサーは何か言ってる?滅多に喋らないヤツだからやっぱり何も答えてくれないわよね」
ワルサーの声が聴こえないウーターニャが緊張した様子で訊ねてくる。
ワルサーが滅多に喋らないヤツ?
すごくたくさん話してくれてるけど。
心の中では饒舌ってタイプなのかな?
「なんかティッシュでも問題ないみたいなこと言ってる、かな」
私の返答にウーターニャが気の抜けた顔をして見せたあと、よかった、と安堵している。
反して私は複雑な気持ちだ。
なんか色々知った気がする。
来週15歳になるってことはワルサーとウーターニャってまだ14歳ってこと…なんだね。
まさかの私の妹と同じ歳。
特にウーターニャ。
いや、ウーターニャとワルサーが同じ歳って決まったわけではないか。
タオルケット、そうかタオルケット…。
いや、ソファーベッドはいつか来客があったときに使ってもらおうと思っていたものだから寝られるのは平気なんだけどタオルケットまで使われたのか…。
シーツやタオルケットなどの一式は今朝洗って干したばかりなのだがワルサーのために洗っていた訳じゃない。
なんか微妙な気持ちだけれどまぁ…許そう。
てるてる坊主のことは許してもらったんだし、洗いたてのタオルケットのことは許そう。
食事とトイレと睡眠は自由にできないと命に関わるものね。
でも。
ないと信じたいけれど、私の左半身にエロいことされていたらどうしよう。




