4、家付き虫
ワルサーと無言で会話をしている私をウーターニャが心配そうに見詰めている。
ワルサーの身に宿ってしまったのは一体何者なのかと不安なのだろう。
私の方が喋り始めてしまうとは思っていなかっただろうからワルサーの体を乗っ取られたと思っているかもしれない。
弁明せねばと考えいると、ぶうんと羽のある虫が耳の近くを飛ぶ音がした。
反射的に耳の周りを手で振り払うのだが、虫はなかなか耳元から去っていかない。
始めに目にしたあの蠢く人型の何か、あれの残りが私の傍で漂っているだろうか。
突然ジタバタし始めた私を見てウーターニャが不思議そうにしている。
「あー、ごめん。なんか虫が飛んでるみたいで」
と断りながら頭を振り回してなんとか虫を付近から追い払おうとすると、ウーターニャが私の手を取った。
「それ家付き虫だよ!新しい当主が依り代を与えてあげなくちゃいけないの。ワルサー?ワルサー聴こえる?」
ウーターニャは私の左側のワルサーの体に問いかけているのだがワルサーは返事をしない。
私に体を預けてしまったのでウーターニャと会話をする事が出来ないのかも知れない。
おーい、ウーターニャちゃんが困ってるよ。
家付き虫がどうとか言ってるよ。
暫く待つが返事が無い。
左目で見える視界も真っ暗。
先程までは私と会話をしながらカーテン引いたり、テーブルの上のバナナの皮を魔法で消したりしていたのだが、ソファーベッドの存在に気付いてソファーからベッドに魔法を使って変形させている様子が最後に見えていたし、寝ちゃったのかも。
ウーターニャはおろおろと何かないものかと付近を見渡している。
「ねぇ、何か急ぎで必要なものがあるの?私も一緒に探そうか?」
「…ありがとう。家付き虫が受肉するための器になる体が必要なの。そうね、うちの子の場合はぬいぐるみなんだけど、全身鎧みたいな大振りの物を依り代に用意する人が多いかな。無生物の体であればどんな物にでも宿るのよ。家付き虫の本体は蚊みたいに小さいけれど、どんなに大きな物にでも宿るから」
ワルサーってばまさか依り代を用意してなかっただなんてことはないわよねと呟きながらウーターニャは何故か左のワルサーの手を取り、爪の様子を観察し始めた。
占いで探し出すつもりなのかもしれない。
邪魔をしないようにされるがままになっていたが結局何も分からなかったようで私と共に室内を探し回ることになった。
この謎の空間はやけに広い。
絨毯が敷き詰められていることから室内であることは私にも分かるのだけれど、薄暗く天井も壁もどの辺りにあるのかさえ分からない。
それどころかどこまで行っても一切の物が存在しないように思える。
何か物があるとするならばこの床に広がる花の山の中じゃないかと思うのだが掘り当てられるのだろうか。
ウーターニャちゃんは室内の奥の方を、私は花の山の中で途方もない探し物を開始したのだが、その間もずっと家付き虫とやらが私の周りを飛び回る。
「ごめんね、私はワルサーじゃないんだよ」
謝ってはみるものの、そんなことはお構いなしにせっつくように飛び回る。
うーん、と考えて私はパジャマのポケットを弄った。
中に入っていたのはポケットティッシュ。
「待ってて。いいもん作っちゃる」
そう言って私は子供の掌サイズの小さなてるてる坊主を作った。
右の手首につけっぱなしだった小さなリボン付きのヘアゴムで首を作り、完成。
絶対それじゃないって言われるな。
ウーターニャの反応を楽しみに私は見て見てとウーターニャに声を掛けた。
するとあんなにブンブン飛び回っていた家付き虫の気配が消え、代わりにてるてる坊主がふんわり浮かび上がった。
「あー!宿っちゃった!」
ウーターニャが声をあげたと同時に室内に光が灯り始めた。
壁に備え付けられていた蝋燭に順に火が灯り出し、私の周辺に広がっていた花の山が消え、ウーターニャが探し回っても何も見つけられなかったはずの部屋の中に絢爛豪華な調度品が次々現れた。
全てが年代物のようだけれど、どれも美しく艶があり価値がありそうなことが分かる。
壁際に並ぶ高い天井まで埋め尽くされた本棚には何百万冊という本が詰まっているのではないだろうか。
「うわぁ、さすがだわ。ヘプタグラム城の城主たちの遺物は格が違うわね」
ウーターニャが感心して言うのだが、同意して良いものなのかどうかすら私にはわからない。
ただ今いる場所が何やら魔法っ気を帯びたなんらかの不思議な空間だということだけは理解できた。
なんともファンタジー。
正直色々確認したいことがあるけれど、今の神秘的な雰囲気を壊してしまうのは忍びなくてとりあえず知ったかぶりをしてみる。
「うん、さすがヘヘタグラム城ねぇ」
何か発音が違ったのだろうか。
呆れた顔をしつつも、ウーターニャが「わからないことは聞いていいのよ。何から知りたい?」と言ってくれた。
たぶんウーターニャは人を甘えさせることが上手な子なんだろう。
初めに何から教えてほしいかを確認してくれるのだから優しい。
とか思いつつも無知を覚られたことが恥ずかしくて目線を下げるとウーターニャの胸が目に入ってしまう。
…ブラのサイズなんて聞いたら怒るだろうな。
たぶんGカップと思うんだけど。
邪念が邪魔をしてきて暫く唸っていると
「ワルサーの悩んでいる顔だなんて凄く珍しいものを見ちゃったな。なんだかさっきからずっと見てはいけない物を見てしまっている気分」
とウーターニャの方も視線をついと反らした。
「昔から冷めているというか、落ち着いた子だったもの。笑っても控えめに微笑む程度でさ」
そう言って羞じらうようにはにかむものだから私が彼女にいけないことをしてしまっているような気分になってしまう。
見てはいけないもの、ねぇ。
「こっちならいいんじゃない?」
そう言って私は自分の右の頬をとんとんと指で突いて差し出した。
「髪は黒いし短いけど、こっちは私のものだからさ。遠慮なく見ていいよ」
ワルサーの雰囲気に近付けようと前髪を掻き上げて、にっと笑いながら右顔を近付けてからかうとウーターニャの目が輝いた。
私の顔を本当にじっくりと見詰め始めたのだが、なんか長い気がする。
少しずつ近付いて来てるみたいだし。
言い出した手前しばらく耐えていると、はっと我に返ったようにウーターニャが騒ぎだした。
「や、え、待って。あなたってワルサーじゃないのよね?本当はワルサーが別人のフリをしているわけじゃないわよね?」
「え、改めて聞かれると自信がなくなる。でもこれが夢ではないのだとしたら私はワルサーじゃないよ。日本人。ここってさ、日本じゃないよね?」
「ニホン?國の名前?聞いたことない國ね。ドクターって職業柄全ての國も地域も把握しているはずなんだけど。そもそもニホンなんて言う種類の欲望ってあるのかしら?」
日本を知らないのか。
欲望の名前と決めつけているのはどういうことなのだろうか。
天然ボケ?
ウーターニャはうーんと唸って腕を組むのだが、それはついでに大きなおっぱいの重みを腕で支えいるのではないだろうか。
おっぱいの大きさはさておき、ウーターニャは私と同じ歳くらいに見えるけれどドクターってことは年上だったりするのかな。
「日本を聞いたことがないのか。寿司、忍者、FUJIYAMAはどうかな?」
と尋ねると、寿司も忍者も知ってるけどフジヤマは知らないなぁとのこと。
寿司と忍者は知ってるのか。
まぁ富士山は世界的には然程高い山ではないらしいし、外国の人は知らないものなのかな。
するとあれか、ここは同じ地球上なのかな?
ファンタジーの本場のイギリスだったりして。
わー、初めての海外だ。
異世界なんじゃないかと思ってた。
だってあの単語のインパクトがハンパない。
「ねぇ、そういえば『魔王』ってなに?いたの?ここに?」




