3、ウーターニャ
深く広がる音が響いた。
大きな扉が勢いよく開かれる、そんな音。
「何事!ワルサー無事なの!?」
同時に右半身がある謎の空間の方から女の子の声がした。
慌てて声のする方を振り向こうとしたら体の中央からプチプチプチと何かが弾ける異音がした。
体の中の感覚に動揺してしまい、呆けてしまう。
コツコツという固い床を歩く足音が近付いてくる。
次第に先程の球体が弾け飛んだ際に床に散り積もったのであろう花々を踏み分ける足音へと変わり、ゆっくりとその人は私の目の前にやって来た。
長く真っ直ぐな白い紗を含む濃い桃色の髪を高い位置でポニーテールに結ぶ、清楚な美しさを持つ人。
ボディラインに自信があるのだろう、体のラインにぴったり沿った白のワンピは超ミニスカート。
拡がり過ぎないようにするためなのか、ミニスカートのスリットは紐で編んで繋ぎ止められているが、その網目に太ももが食い込んで健康的な色気を見せている。
「見たところ魔王はもういないようだけれどもう倒せたの!?悲鳴が聴こえてきたけど反撃魔法を浴びたんじゃ…!」
床に這いつくばった私達の目線に合わせて彼女はしゃがみこんでくれる。
「ウーターニャか。この体とこの顔を見ろよ。女の子とくっ付いているんだ。左右で別人だなんて信じられ無い程同じ顔をしているだろう?」
ワルサーが顔を上げ、表立っては分かりにくい彼なりの喜びを伝えるとウーターニャと呼ばれた女の子は私たちの顔を見て表情を一変させる。
すごく怖がってる!
そりゃそうだよ。
私たちの顔って左右で別々の動きをしてるんだもん。
ワルサーはあまり表情を変えないけれど、私は思ったことが顔に出やすい。
目線もバラバラ、動かす口もバラバラ。
ホラーだよ!
待って!待って!
ワルサー、この子怖がってる!
私が伝えると同時にウーターニャちゃんが視線を逸らしつつため息を吐いた。
「んー、わかった。たぶんわかった。本当に別人とくっついちゃっているのね。それはわかったからしゃべるときには表情をお互いに合わせてあげて。不気味よ、その顔」
あらすごい。
もう私たちの状況をわかってくれたの?
話が早くて助かるー!
『ウーターニャが怖がっていることを察して気遣ってやるなんてイサナはお人好しですね。そんなところも可愛いですが』
んー、なんだろうなぁ。
可愛いと言って貰えたのに嬉しくないなぁ。
ワルサーの言葉に反応して元々覇気のない眉をつい八の字にまで下げてしまい、また顔が左右でちぐはぐになってしまった。
ウーターニャちゃんに注意されたばかりだというのに。
表情を合わせるというのなら私が無表情のワルサーに合わせる方が簡単だ。
だというのにまたしても目で物を語ってしまう。
無表情を保つって難しい。
『表情を合わせたいのですか?吾はやりたくないですけど…』
やりたくないの?
こんなにも不気味なことになっているのに?
『イサナの顔だけを注視すれば良いだけのことです。分けて物事を見る力の無いウーターニャが悪いんですよ』
いや、そんなの無理でしょ。
『まぁ、確かに今の儘では右側のイサナの表情が見れないな。どちらかの吾の半身の主導権をイサナにお渡し出来ますよ。吾にイサナの表情を見せ続けて欲しいのでイサナにはこの窓の前の方の体を明け渡しましょうか』
え、なにそれやだ。
ウーターニャちゃんの前の方の体にする!
ウーターニャちゃんがいる方の体がいい!
『…仕方がないですね。では吾の左半身を譲ります。先程迄の体を動かそうとした際の違和感はもう無い筈ですよ。イサナの左半身を放置してしまうと肉体が壊死してしまうので反対側の体の主導権は吾が預かっておきますね』
「え、ありがとう」
私の想いを込めた言葉は違和感なく、謎の空間にある体を動かしてぽろりと溢れ出た。
「あ、自由に動くようになったみたい」
キョロキョロと辺りを見回しながら体の動きを確認しつつ、立ち上がってみる。
どうやらウーターニャと向き合った方の体は私の自由に動かせるようになったらしい。
ただ五感の視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚は各々の本来の肉体で感じるものであるらしく、左目は私の部屋の中を見続けている。
違和感は拭えないけれど、ワルサーが私の左側の体に変なことをしないように見張っていたいので五感はこの状態のままでも仕方がないかもしれない。
それに意識をどちらか一方の世界に集中すると、もう一方の世界の景色はぼんやりとした狭いものになるようだし…とりあえずは良しとしよう。
「ウーターニャちゃん、だっけ?初めまして。私はイサナです。ワルサーの体と私の体が半分ずつ入れ替わっちゃったみたいで困ってたの。あのね、すっごく困ってたの。来てくれてありがとう!」
自由に動く体を動かして、私が深々と頭を下げてウーターニャに感謝の気持ちを伝えると心の中でワルサーの声がした。
『別に来なくても良かったですよ。良いところだったのに。窓に映し出されたくるくる変わるイサナの表情は素晴らしかった。さぁ、大きな姿見を見つけ出してずっと鏡の前に立って下さい』
やだね。
いいところってなによ。
まさか本当に犯す気だったのか。
自分で自分を犯すってどうやるつもりだったんだ。
『それはまぁ、魔法を使わずとも色々と遣りようは有るかと』
…本気じゃん…。
言っとくけど、私の左半身に変なことしたらこっちにあるワルサーの左の顔に酷いことしちゃうからね!?
そう脅してみるとワルサーの体がひゅんと縮んだのがわかった。
どこがとは言わないけれど。




