2、自分に口説かれている
原因は分からないけれど、どうやら私の体は2つに別れてしまっているらしい。
私の部屋にいる体は、右側がアンニュイ美少年で左側が私。
謎の空間にいる体は、右側が私で左側がアンニュイ美少年。
それぞれのアンニュイ美少年の体の方だけがせわしなく動き、私の体の方はその動きに付いていけず振り回されているような状態だ。
一度倒れてしまった体を立ち上げさせることがままならない。
左右の肉体が異なる動きをする度になんとも言えない不気味さを醸し出している。
見えていなければ気にならないのかもしれないが、私の部屋の中を眺める左目がガラスに映る自分の姿を捉え続けているのだ。
アンニュイ美少年が表情は変えないものの呼吸を荒くし、興奮を抑えきれない様子でじっくりとこの姿を見つめている。
しかしなんて奇抜な姿だ。
体の境目はどうなっているんだろう。
髪の色も左右で異なるが、前髪の有無まで左右で異なる。
目の中に入ってしまうことが苦手ですぐに切ってしまう前髪が彼にはない。
足元まで長く伸ばされてたワンレンの髪が顔にかかることのないようにするために飾りの付いた華奢な金の鎖をぐるりと三重に額から後頭部にかけて巻きつけて髪を押さえているのだが、その鎖も額の中央で途切れてしまっている。
「貴女は…なんて美しいんだろう…」
「んー。同意しがたいなぁ」
「……!信じられない…!貴女は此の美貌を既に堪能し尽くしたとでも…?」
「いや。私はタヌキ顔というか、きゃるんでふわふわっとした見るからに人畜無害な感じが理想だから…。なんかごめん」
「あ、あぁ。そうか…成る程…。ふふ、吾の事を揶揄おうとしたのか。可愛い冗談だ。だってこんなに美しい顔は他に無い…。黒く艶やかな髪も、肩にも届かない控えめな髪の長さも、発達しきっていない初々しい小ぶりな女性の肉体でさえも…あぁ…凡ゆる不足を全て補える美しさ…」
気持ち悪い上に、すごく余計なことを言われたな。
確かにAAカップではありますが…これ以上成長する可能性はないんだよ。
もう18歳だもん。
「18歳?」
私が胸の内で思ったことにアンニュイ美少年が反応する。
え、心の声が聴こえてたの?
「聴こえますよ。あぁ、そうか。吾も心の中で会話をした方がいいですよね」
そう言ってアンニュイ美少年は目元を紅潮させながらも、穏やかな表情を作って微笑んだ。
『吾の声が聴こえますか?』
あ、聴こえる。
心の声を聴かれるだなんてプライバシーはどうなってるの?と思わなくはないけれど、先程までのように声が二重に聴こえなくなり耳が楽になったのでずひとまず良しとする。
喋っている言葉の文字までなぜかわかるというのは一体どういうことなんだろう?
頭の中に字幕機能でも付いたかのような感覚だ。
たぶんだけれど…『吾』っていうのがこの人の名前、かな。
『いいえ、名前はワルサーです。吾はまだ性別が無いので『吾』と言う一人称を使用しているんです』
ん?
男の子じゃ…ない?
性別がない…『まだ』?
まるで今後性別が生まれるみたいな言い方…。
なんか…プラナリアのことを思い出しちゃったな。
プラナリアは本来は無性別で分裂をして繁殖する生き物だけれど、環境の悪化で生命の危機に陥ると雌雄に別れて強い遺伝子を産み出そうとするんだよね。
見た目はさておき、初めてプラナリアのことを知ったときにめっちゃ羨ましいって思ったなぁ…。
『何て気味の悪い生物と同等にするのですか…。こんな生物の存在は知りたくなったです。…でもまぁ…近いものはあります…ね。吾たちは無性別でいる場合には単体での妊娠が可能です。ただし、その場合は自分と同じ遺伝子を持つ子供を産むことになります』
え、本当に?
確かにワルサーの首には喉仏が存在していない。
無性別って本当なのかも…。
無性別ってことは生理がない体ってことだよね。
いいなぁ、いいなぁ。
ねぇねぇ、性別が作られる時って男性になるか女性になるのかは好きに選べるの?
『選べますよ。まだ吾はどちらになるか決めていなかったのでこの体ですが…貴女という存在を知った今、貴女と番になるために男になることを選択しても良いと思えています』
…ん?
つがい?
『貴女のような人を求めていました。まさかこのような世界に存在していたなんて…。年齢は僅かに違いますが肉体は臓器から血液に至るまで全細胞が完全に同じものですよ。おかげで吾たちは肉体が半分入れ替わっているのにこうして生きていられます。わかりますか、吾たち2人の心臓は1つになり鼓動しているのですよ』
え、なにそれ、怖い。
何で生きてるの、私達。
というか今さらだけどどうしてこうなった?
あと番にはならないよ。
とりあえず早く元に戻りたいんだけど…。
『なにか不都合でもありますか?』
不都合だらけだよ。
『あぁ、では貴女が伝えたくない情報は読み取らず、伝えたい事柄のみ読めるようにします』
…んん?
そんな事を言うって事は今までは頭の中全部読まれてたってこと?
そんな調整ができるものなら最初からそうするべきではないの?
…今のは聴こえているのだろうか。
『貴女が不快に感じることはしないようにします。貴女と出会えたこの奇跡に誓います』
聴こえたのかどうかよくわからないな。
試すか。
私の名前は勇魚です。
勇魚って字でイサナ。
漢字ってわかるものなのかな?
『名前を教えて下さったのですね。…イサナ…。あぁ、好きな人の名を知り、呼べるという事はこんなにも心が満たされる事なのですね』
今のはちゃんと聴こえたんだね。
では次は伝えたくないことを思い浮かべてみよう。
名前をイサナと伝えたけれど、それ苗字なんだ。
フルネームは勇魚うみ。
不思議と人から苗字でしか呼ばれないので「うみちゃん」って呼んでもらえるようになりたいという夢を密かに持っています。
でも呼び方変えてだなんて恥ずかしくて自分からお願い出来ないし、呼び方に不満を持ってる事は誰にも知られたくないの。
…私ってプライド高いのかな?
『イサナ、貴女は探し求めていた俺の運命の人です。なんて素敵なお姿なんだろう』
…ふむ、隠しておきたいと思ったことは伝わらないようだね。
会話が噛み合っていない。
伝わっていないことには安心できるけれど、事態はなんにも解決していないし、ワルサーのナルシストっぷりが強烈だ。
私は自分の顔が全く好きではないので余計に違和感を感じる。
あのさ…私のことが好きって、それってワルサーと同じ顔をしているからだよね?
『吾の名前を呼んでくれてありがとうございます。あぁ、すごくいい。女性になると吾の声ってこんな声になるんですね。すごく甘い声です』
ワルサーは頬を紅潮させて、淫靡な吐息を漏らし始めた。
え、ちょっと待って。
私の年齢を知ってから急に敬語になったよね?
ワルサーって年下なんじゃないの?
『年下は好みじゃないですか?』
いや、そういう問題じゃなくてなんていうか…エロいんですけど。
ついとワルサーの両の手が私の頬を撫でる。
私の部屋と謎の空間の両方で、優しく。
先ほどまで床についていたワルサーの手はひんやりとしていた為に私は僅かに体を跳ねさせてしまう。
『可愛いな。イサナの顔が熱くなっているのがわかります』
そう言うワルサーだって顔は赤いと思うんですけど。
っていうか、なんなのこの状況。
なんか良くない。
なんか危ない。
さっ、さっ…
「触らないで!!」
犯される、そう思って思わず大声で叫んでしまった。
【ちょっぴり補足】
■吾について
『吾(読み:わた)』という単語ですが造語です。
無性別というものが当たり前の世界ならば一人称も英語の“I”のように1つにするべきだと思ったのですが“私”ではいまいちしっくりこず、ワルサーたちのために新たに一人称を作ってしまいました。
奈良時代から平安時代にかけて使用された“吾”という一人称は「わが」「あが」「われ」「あれ」「わぎ」「わご」「わ」「あ」等と読み、後世には「おれ」「ご」「わたし」など時代に合わせて更に読み方が増えています。
そのため今後も読みは増えてもいいのではないかなと考えてこの物語では「わた」と読ませています。




