48、泣き虫モンキーライド
小鳥の囀りがはっきりと耳に届く早朝の澄み切った空気の中、透明な卵形の球体を探し出して潜り込む。
ウーターニャが天使としてのお役に戻ってしまうギリギリまで一緒に遊んでいたかった私達は朝に弱いマリルドを叩き起こしてまでこんな時間から活動を開始する。
『泣き虫モンキーライド』という名のこのアトラクションはそのまま森羅の國行きの移動手段でもある。
最大定員が4人の乗り物に全員で乗り込む。
私の横にはいすず、私の向かい側にはマリルド、その横にウーターニャが座った。
「動かんね」
「朝日が昇れば動き出すよ。もうすぐだよ」
「嬉しいわ。私、泣き虫モンキーライドに1度乗ってみたかったの。國境を越えるのは緊急事態の時だけだし、天使は乗り物を使う必要もないんだもの」
「そっか。なら膝を捨ててまでウーターニャを誘おうと試みたワタの勇気を称賛しなよ」
「あ、マリルドのバカたれ。なんで蒸し返すの」
「んなははは!あれはただの自損事故やし」
ウーターニャがまた私達を叱りつけると思っていたのだが、斜向かいに座る私に向けて懸命に腕を伸ばしてくる。
なんとなくその手を取ってみると、私に倣ってよく分からぬまま私の手の上に各々の手を重ねるマリルドといすず。
「私、おバカなあなた達3人が好きよ。お友達に…なれるかしら?」
「知らねぇよ」
突き放すようなマリルドの返事にウーターニャがショックを受ける。
「はぁー!?」
非難する声を上げてはいるが思いがけないマリルドの回答にいすずは笑いを抑えることができず、顔が笑っている。
思えばマリルドは今は私達と行動を共にしてくれているけれど、この自由人はいつまた別行動を取り始めるか分からない。
友達を必要としないタイプなのだろう。
「ワタは友達がなんなのかよくわかんねぇもん。でも」
マリルドは言葉を切ってニヤリと笑う。
「あんた達とはまた遊んでやってもいいと思ってるよ」
「はぁぁー!?何その上から目線は!遊んでやってもいいと思っとるのはこっちやし!」
「寧ろ頭を下げて一緒に遊んで下さいと頼んで欲しいわ。ねっ、ウーターニャちゃん」
私はマリルドの手だけを払い飛ばし、ウーターニャが伸ばしていた手を下から包み込んでわざとらしく優しく微笑む。
自分から吹っ掛けた口論に応じて貰えたことに満足をしたマリルドは愉快そうに笑う。
…面と向かって自分達の関係性を口にすることが照れ臭くて恥ずかしい私達なりの『もう友達だよ』の気持ちはウーターニャに伝わっただろうか。
もし伝わってなくても大丈夫。
これからも面白そうなことを見つけたならばその度に遊びに誘うつもりでいるのだから。
「っと!」
朝日が姿を見せるとぶわんと不思議な音を出して乗り物が形をUFO型に変形したことで私達は合わせていた手を離す。
突き出した翼の部分を高速回転させて透明な乗り物は宙に浮く。
乗り物は瞬く間に遊戯の國全体が見渡せる程に高度を上げるのでいすずが元気な悲鳴を上げる。
それを3人で笑い合う。
ワルサーは左半身の感覚をまたしても遮断してしまった。
──遊戯の國の北、竜の鬣を越えた先に見えますのは森羅の國。これは彼の國に住まうピスルリ様のお話です──
機械的に合成された音声で案内されたと同時に乗り物はエンジンを停止して、ひゅるると落下を開始する。
制御できない回転をしながら高度を下げる最中に機体の外にホログラム映像が出現する。
自由落下の浮遊感も相まってそれは宛ら走馬灯の様。
頭に直接流れ込んでくる音声案内の内容は遊園の草原の入り口で耳にした歌の物語と同じであった。
──むかーしむかし魔法を与えられた人々は約束しました。人以外の者にも必ず救いの手を差し伸べると──
「地面にぶつかるやん!死ぬやん!!ワルサーより質が悪いやん!」
「いや、死なねーよ。ウーターニャもいるし」
「任せて」
「お世話になりたくなーい!!」
わーわー騒ぐいすずを笑ってはいるものの、実は私もこの高さは流石に怖い。
怖いと叫びつつ、常に喋り倒しているいすずのことを凄いと思う。
私は口を開く余裕すらない。
本当にこれ…大丈夫なの?
いや、駄目だ。
地面に激突する…!
私の不安を余所に乗り物は地面をぼよよんと弾む。
──約束は風化します。世界が怒り、雨を奪い、世界中が乾きました──
乗り物は太陽に向かって上昇し、眩しさに目を背けると太陽はホログラム映像に切り替わり、肉眼で黒点が確認できる。
「…ねぇ…なんか暑くなってない?」
「うははは!確かにどんどん暑くなってんな」
「そうなの?私は服のお陰で全く暑く感じないわ」
「天使の服って高性能!ずるい!」
魔法なのか空調設備の効果なのかは不明だけれど、乗り物の中がカッと暑くなる。
焼き付けるように肌を焼き、滲み出た筈の汗を即座に乾かす。
──水を操る魔法使いは人々に充分な水を与えましたが──
灼熱の暑さに見舞われた乗り物は急下降して澄んだ泉の中に飛び込む。
──言葉を持たない者が水を失い、困っていることには気付きませんでした──
乗り物は透明度の高い水中を走り抜ける。
水の中にまたしてもホログラム映像が映し出され、青い髪を持つ少年が動植物や赤ん坊と心を通わせている様子が見える。
──青い髪を持つピスルリという名の少年の耳に木が、虫が、動物が、全ての生き物が助けを求める声が届きます──
ホログラム映像は霧散し、済みきっていた泉は泥沼へと変わる。
──ピスルリは生き物達が助けを求めている事をを涙ながらに人々に伝えました。けれど世界はあまりにも広すぎて、ピスルリの声は行き届きません──
透明の乗り物は泥沼を抜け出て上昇し、今度は雲の中に突入する。
乗り物の周りを雷が縦横無尽に閃光し、轟く。
徐々に恐怖心は麻痺してきて楽しめる余裕が出てきた。
稲光に照らし出される恐怖するいすずの表情が稲光の度に毎回違うので乗り物内は笑いでいっぱいになる。
──やがて世界は乾き切り、火の海が拡がりました──
一転して雷は止み、雲の中に静寂が訪れる。
闇の中にいすずの不満の声が響き渡る。
「もう何ー!?めっちゃ怖いっちゃけど!」
「これは怖いのを楽しむ乗り物だっつーの」
愉快そうに笑い飛ばすマリルドと反論しようとするいすずの声を掻き消して、再度音声が頭の中に流れてくる。
──ピスルリには声が聴こえます。助けを求める声が聴こえます──
破裂してしまうのではないかと思うほど強い雷が落ち、乗り物全体がバリバリと揺れる。
──ピスルリは願いを爆発させました。【水を求める全ての生き物に水を与えたい】と──
周囲を包んでいた雲が一気に晴れると乗り物は空中を跳ねるようにして更に上へと移動する。
──ピスルリの涙は雨に変わり、世界を燃やす火は瞬く間に消えました──
「はい!ハッピーエンド!やけん早く止めてー!」
「終わってねーよ」
──ピスルリは消えることはありません。生き物たちは水を求め続けるからです。ピスルリは今日も涙を流します。全ての生き物のために──
そして乗り物は最高高度にまで達し、またしてもエンジンを停止させて落下する。
「最初の時より高い所から落ちるとか意味わからん!」
「たーのしーい」
いすずとは対照的にウーターニャはうっとりしている。
乗り物は最後にぼよんと地面を跳ねるとそのまま森羅の國へと向かう為に切り立った岩の巨石である龍の鬣を越えようとする。
「おわおわおわわー!!」
「ん?おわ?」
「『お椀』?」
余裕があるウーターニャとマリルドの2人が不思議な奇声を上げるいすずが何を言いたいのかを予測して遊んでいる。
「『お笑い芸人』?」
「『オワコン』?」
乗り物は国境に当たる龍の鬣の1番高い頂きを通過したしようとした地点でぱちんと弾けて消えてしまった。
「げ!なんで割れた!?」
「もしかして私が乗ってたせいかしら?森羅の國では無許可での魔法の使用は禁止されているから天使の入國も拒むって聞いたことがあるもの」
「人生『畢った』…!!」
いすずのこの言葉を空に残して全員で険しい山肌に向かって落ちていく。




