45、中身の薄っぺらな葉書
ソファーベッドに深く座り、私のお気に入りの小説を読み込んでいるワルサーは本から目も離さずに事も無げに言う。
『城主の子供は親から城を引き継ぐ可能性が高い為に女ならばプリンセス、男または無性別ならばプリンスと呼ばれます。ウーターニャは回復の國の医療天守の216代目城主テルシニャの一人娘なのでプリンセスと呼ばれています』
「お、お嬢様どころじゃなかったんだ。ウーターニャちゃんがプリンセス…?」
「ん?イサナは知らなかったのか?」
「わたも知らんかったけど!?」
以前ワルサーの記憶から教えられたのはプリンセスではなくお嬢様という情報だった。
ワルサーが正しい情報を隠していたということだろうか?
疑惑を向ける私の心の声が聴こえたワルサーはふっと笑って本を閉じる。
『俺はイサナに隠し事はしません。ウーターニャは医療天守を引き継ぐことはないのでプリンセスと呼ぶに値しないのです。医療魔法しか取得していないウーターニャに魔王を倒せる訳がないですし、彼女は天使としての任務があるので魔王の自然消滅まで誰より永く城に留まり続けることも出来ない。そして医術天守を引継いだ者は天命が尽きるまで城主を全うする決まりがある為、途中譲渡も無い。あの城を引き継ぐ事はウーターニャには不可能なんですよ』
「それって…ワルサーのせいでは…?」
『医療魔法一択はウーターニャ自身が選んだことです』
「…医療魔法の一択を提案したのは?」
『記憶にはないですが俺のようですね』
まぁウーターニャ本人もプリンセスであろうとしている様子は無さそうだし、城を引き継いで城に残る医療資料を独占することよりも、自身の技術を上げて世界最高峰の天使になることに努めると心に決めているのだろう。
「なんというハンサムプリンセス…。私、間違えてた。私が凪ちゃんに愛される為に憧れ目指すべきはウーターニャちゃんただ1人…!」
『間違えてますよ。イサナがウーターニャに劣る点は1つもないです』
何を馬鹿なことを…!
「ウーターニャちゃんの清楚な顔立ち」
『イサナの方が美しい』
『あざと可愛い仕草』
『イサナのガサツな動きに翻弄される日々は刺激的で癖になります』
「強い正義感と面倒見の良さ」
『薄情な人間の方が俺は好きです』
「確かな医療技術に素晴らしい血筋と高い地位…!」
『そんなものは全て俺が補える』
「そしてあのロケット型のおっぱい!」
『大小で比較するならば確かにイサナは劣りますね』
「だよね!」
…あれ。
ワルサーを初めて論破できたというのにこの虚無感はなんだろう。
『しかし俺を興奮させ得るのはイサナの極小の』
「それ以上は言わないで」
私は己の胸元を抑えて悔し涙を堪える。
ワルサーとの口論中、1人で付近を散策していたマリルドが戻って来て辺りを見渡す。
「ん?イサナー。いすずどこに行った?」
「…へ?その辺にいない?」
「いねぇけど」
「え?また何かの動物の気配を察知して逃げ出したのかな!?」
私は即座にいすずへの通話魔法を発動させながら跳び上がる。
童話のプリンセスがあちらこちらで優雅に草原を散策している姿が見えるがいすずの姿はない。
「いない!いすずの足で遠くまで移動できるとは思えないんだけど!」
「そんなに焦らなくてもいいんじゃね?」
「応答してくれない…!また神獣に出会ってるのかも!いすずが獲得した魔力耐性じゃまだ神獣の魔力には耐えられないよ!」
『…焦らなくても稀人は大丈夫ですよ』
私は着地の後、再び跳ぼうとしていたのだがワルサーの言葉で留とどまる。
「いすずの様子を教えてくれるの?」
『イサナと親しい者の個人的な情報はイサナに与えないと約束しましたので、何をしているのかはお伝えできませんが無事ですよ』
「…本当?」
「勿論です。そのうち自分で戻って来ます」
私は胸を撫で下ろす。
マリルドは私の過保護っぷりに呆れている。
私が落ち着きを取り戻したことを確認してマリルドは屋台へと向かい、50㎝以上の長さがあるアメリカンドッグのような物を買い食いをし始めた。
5本購入した内の1本を私に差し出してくれる。
「ん、あげる。中にトマトソースとかもちもちのチーズが入ってて旨いよ」
「ありがと」
「しっかしどこ行ったんだろね、あの物欲のない人は」
「そうだよね。物欲がないから何かを買いに行ってるわけじゃないよね」
うーん、と考えながらアメリカンドッグらしきものを食べていると何事もなかったかのようにいすずが戻ってきた。
「イサナー!今日はここに1泊しよっか。色んな童話のキャラクターたちがこの花畑で朝まで踊り明かすんやってさ」
「いすず!どこに行ってたの?」
「んー?別に?」
「トイレだな」
「トイレだね」
「違う!」
「漏らしたか」
「いすず…替えのパンツある?オムツでも買ってあげようか?」
「んもー!違うってば!」
私達はその夜家は呼び出さず、花畑に寝転がって月明かりの下のプリンセス達のダンスを見守った。
夢のように素敵な時間。
マリルドは開始1分で爆睡し、いすずも夜中には眠ってしまったけれど私は1人、空が白しらみ、プリンセス達が光に溶けてしまうまで眺めていた。
ほうと大きく息をつき、少しばかりになるが眠ることにする。
『…満足しましたか』
「あれ?ワルサーも起きてたの?付き合わせてしまったのかな。ごめんね」
『高揚しているイサナの鼓動に耳を傾けていただけです』
「みんな綺麗で可愛かったね」
『プリンセスに胸をときめかせるイサナが誰よりも可愛かったですよ』
「ワルサーと『可愛い』を共有できる日はやって来ないんだろうなぁ…。この2人も『可愛い』には興味無さそうだし」
凪ちゃんとだったらプリンセス達の『可愛い』を分かち合えたんじゃないかな。
…この不思議な世界に凪ちゃんを連れて来てあげられたらいいのに…。
でも凪ちゃんがまだ怖がりなままだったら風変わりな風貌を持つ人々も居るこの世界に恐怖するかも知れない。
私は近所の駄菓子屋の102歳のご長寿看板娘の顔を見る度に怖いと大泣きしていた小さい凪ちゃんのことを思い出す。
『あぁ。「あのおばあちゃんはサンタクロースの妹だからいい人なんだよ」とイサナが嘘を教えた老婆のことですね』
「…そういえばそんな嘘も吐いたなぁ…」
『イサナがナギちゃんに吐いた嘘はどれも夢に溢れていたので信じてしまっていたのならば現実はつまらなく、酷に感じるでしょうね』
「…猛省しています」
『眠りますか?もし起床時刻を過ぎてしまったら俺が叶球の体を動かしますのでゆっくり眠って下さい』
「ううん、少し仮眠できれば平気だよ。きっと今日も楽しい日になるもん」
朝日が昇り花畑に光が射し込む。
光を遮るために翳した左手の親指の爪が光っている事に気付く。
「何…これ」
私は右手で光る親指の爪を2回タップする。
するとてるの助くんが現れて1枚の葉書を私に届けてくれる。
「何これ…?『やっほー。この葉書をいつ書いたでしょうか?楽しい旅行をありがとう。いすず』…あ!」
私が上げた大きな声にいすずが目を覚ます。
眩しそうに1度だけ目を固く結んだかと思うとがばりと起き上がった。
「寝てしまっとった!イサナはずっと起きとったと!?」
「おはよ。うん、ずっとプリンセス達を見てたよ。ねぇ、これって…」
「よかった、届いたんやね。家付き虫に手紙を出すのは初めてやけんちょっとドキドキしとった。ちゃんと届いてよかった」
「この葉書、いすずが迷子になったあの時に書いてくれたの?」
「なはは!迷子にはなってないし!黙って抜け出したし、急いで戻らないかんって思ったら書きたいことが全然書けんかった」
「ううん、嬉しい。いすずって凄く綺麗な字を書くんだね」
「へへへ」
続いてマリルドが目を覚ます。
聞けばいすずはマリルドには葉書を出してないのだそうだ。
「なんでよ?同じ國内にいるんだから届けられるだろーが」
同じ國内からであれば主と家付き虫の名前が判れば大きさを問わず荷物は簡単に相手に届けることが可能なはずなのに自分にだけ葉書が届けられなかった事にマリルドが不貞腐れる。
「マリルドの家付き虫の名前は知らんもん」
「言ってなかったか?468、だよ」
ニヤリと笑ってマリルドは自分の家付き虫の名前を教えてくれる。
「よんろくはち?なんで数字なの?」
「あ…もしかして語呂合わせやない!?」
「そ、シロハさんの語呂合わせ」
「ぶは!」
寝起きから元気に笑い合う私達にワルサーが言葉を小さく漏らす。
『…ナギちゃんは近い存在であるイサナだけが毎日を楽しそうに過ごしていることに腹立たしさを感じていたのではないでしょうか…?』
「ん?ワルサー何か言った?ごめん、聞き漏らしてしまった」
『ナギちゃんの気持ちが俺にはよく分かると言ったんですよ』
「え」
『血の繋がりは有りませんが、俺の方がナギちゃんと似た思考を持っているのではないかと思われます』
「…!何それズルい!」
けれど何となく分からなくもない。
凪ちゃんもワルサーも冷静だし、頭が良いし、意思が強いもの。
2人は似ている気がする。




