43、触覚泥棒
背の高い木々や鮮やかな花が咲く森の中の小さな道を擦るように草木を躱しながら勢いよく飛行する。
「こーわーいぃー!!」
怖さを訴え叫んではいるものの、いすずも私達の真後ろをちゃんと付いて来ている。
馬鹿げた誕生日会の翌日、私達3人は魔法陣を展開して飛行魔法を発動させた。
高所恐怖症のワルサーに制限されている為、高く飛ぶことは出来なかったが高速での低空飛行が可能になった。
ワルサーが魔法石に籠めたこの上質な飛行魔法ならば地面すれすれを狙って飛べば天使の翼と同等のスピードでの飛行も可能になりそうではあったが、そんな速度での飛行はもう懲り懲りだ。
1m程度上昇しての飛行は時速にして凡そ90㎞程度。
3度の休憩を挟んで9時間飛び、隣国『遊戯の國』への國境に辿り着くことができた。
「あ、左手の出國の星が消えてる。…そっか、ソコラさんを怒らせたから出國の星を取り消されちゃったのか」
「え!わた達、出國できる!?」
「それは大丈夫。マリルドのお陰で余分に出國の星を貰えてたから」
「マリルドありがとう!」
「ん?…あぁ」
神様を崇めるかのように大袈裟に感謝を伝えるいすずに圧倒されたのかマリルドの反応が薄い。
私は自分の薬指の爪をいすずの薬指の爪に当てて出國の星をいすずに譲渡する。
「2人ともありがとう!」
嬉しそうないすずのおさげ髪がぴょんと跳ねる。
前回と同じように足並みを揃えて國境を越えようとしたのだが、マリルドが1人先に遊戯の國へと入國してしまった。
「嘘やろー!?」
「あはははは!」
マリルドらしいあっさりした行動を過度に非難するいすずが可笑しくて堪らない。
私もマリルドに続いて軽く國境を越える。
「はい行くよー」
「嘘やろ、イサナまでそんなにあっさり先に進むと!?」
慌てていすずが遊戯の國への國境を越えたのだが、磨りガラス状の國境をすり抜けると目に飛び込んでくるレジャー施設が並ぶ夢のような遊戯の國の景観にいすずは目をきらきらと輝かせ、一瞬で私達2人への不満を忘れてしまったものだからマリルドと私は顔を見合わせて吹き出す。
「よし、遊ぼう!」
「そうだいすず、魔力を渡しておくね」
「え?わたはいいよ。次に魔法を獲得するのは1ヶ月後にするように言われてるし今は必要ないよ」
「いや、遊ぶ費用として要るっしょ」
「この國で遊ぶのには魔力は必要ないはずやない?」
「ウーターニャのノートにお土産とか救助には魔力がかかるって書いてあったよ」
「うーん。じゃあ少しだけ。わたは元々あんまりお金は遣わない方やし、そんなにたくさんの魔力は要らないよ」
「元々いすずが貰った魔法石を売って得た魔力なんだし、ウーターニャが髪に保持魔法をかけてくれたんだから何も気にせずどんどん魔力を貯めていけばいいんだよ。はい、手」
私は少し強引にいすずの手を取り、魔力を分け与える。
保持魔法を施したいすずの髪の見た目は変わらないが、私の髪は12㎝程短くなった。
「こんなにいいと?」
「あはは!しっかり私の分を2割差し引いてるから気にしなくていいんだよ」
「うわー、変な感じ。見た目は変わらないのに魔力が増えたのをちゃんと感じるんやもん」
不思議そうにミントグリーンのお下げを触るいすずが可愛くて私はいすずの頭を撫で回す。
自分から腕を伸ばしたというのに、私は驚きで目を丸くして慌てて手を引っ込める。
いすずの髪に触れることができたからだ。
いすずはその特別さには気付いてないようで子供扱いするなと憤慨している。
「……」
「いすず、イサナどーしたー?こっちに来てこれ見てよ、猿のお面!」
「え?あ、うん」
握手以外のスキンシップで他人に触れようとすると今までならワルサーが反発魔法を使い、邪魔をしていたのに今回はそれをしてこなかった。
昨夜ワルサーの好意を削ごうと変なメイクを施す等、何かと反抗したことで私に対する感情の持ち方が変わったのかもしれない。
少し言葉が過ぎたかなと思ったが、頭を振って考えを切り替える。
自分に向けてくれる好意と同じ気持ちを返せそうにないのならば私はワルサーに甘い顔を見せては駄目なのだ。
「マリルド、そのお面着けて見せてよ」
折角の遊戯の國。
思い切り遊ばなきゃ勿体ない。
私とマリルドはいすずが止めるのも聞かずに目と鼻だけ象った顔の半分だけを覆い隠せる青い猿面を購入して頭に乗せる。
「絶対要らんって」
「まぁ、そうだろうな」
「いすずの言う通りこの國を出たら100%着けることはないと思うよ。でもこういう所に来たらお揃いで頭に何かくっ付けたくなるものなんだよ」
本来凪ちゃんと一緒に行く予定だったテーマパークのことを思い浮かべつつ、いすずに無駄遣いの言い訳をする。
「というわけでこれはいすずの猿面ね」
「くれると?」
「自分じゃ買わないっしょ?お揃いにして写真を撮るためのアイテムなんだからいすずにも着けて欲しいの」
「ありがとう!」
嬉しそうにするいすずの頭をまた撫でる。
…やはり触ることが出来ている。
不思議だがいすずを褒めることができるのは嬉しい。
いすずの思考は読むことが出来ないようにして貰っている為確認は取れないが、昨夜の会話からこの子はたくさんいる妹弟に遠慮して自分だけが贅沢をすることに気後れしているのではないだろうか。
豊富に手に入れた魔力も質実の國へ戻る為の交通費以外には使うつもりがないらしい。
だったら私が思い切り甘やかしてやろうと思ったのだ。
折角の世界旅行。
あとで後悔することがないように楽しい思い出を胸一杯に詰め込みたい。
遊戯の國は『遊ぶ』に特化した國であり、テーマパーク顔負けのアトラクションも数多く存在する。
この國にはエリア別にテーマが区分されており、遊園の草原、酒宴の街、伽噺の花畑、腕白の森、笑噺の岩場、悪戯の海辺等が存在する。
私達は北に隣接する『森羅の國』へと向かう計画を立てている為、現在いる腕白の森からスタートして北上して行くことになる。
「ねぇ、腕白の森って体力を削るような遊びばっかりやない!?」
地図を広げて遊具をチェックしていたいすずが文句を垂れる。
「入國した位置は悪くないんじゃない?目の前にはホラ、伽噺の花畑があるんだし」
「ねぇ、あれ見てよ」
マリルドに促されて見た先には真っ黒な大きな池が存在していた。
黒い池の正体はタールであり、タールは時折水面から沸き上がり吊り橋を渡る人々を脅かす。
「すごくない?ワタ達、あそこを越えなきゃ遊園の森に入れん場所にいるんだよ」
「なんか怖い池やね。落ちたらどうなるんやろ?」
「タールの池だし、抜け出せなくなるんじゃない?」
『タールには防腐作用があるため化石になれる可能性もありますよ』
「あはは!ワルサーがこの池に落ちたら化石になれる可能性があるって」
「マジか」
「うわー、ちょっと近くで見てみようか」
『折角脅したのに何故近付こうとするんですか』
「うふふ」
『うふふじゃないです』
反発魔法でいすずとのスキンシップを妨害をしなくなったとはいえ、ワルサーの様子はいつも通りだ。
そのことに安心してしまう。
「見て、筏がある」
「絶対沈むやん、あんな筏!」
「へぇー、一応オールとかロープとか色々道具を用意してあるね」
「いや、無理やろ。渡るならあっちの吊り橋がいいってば!」
しかし吊り橋の料金の高さに驚愕する。
「はぁ!?片道10㎝!?なんでこんな不安定な吊り橋が10㎝!?」
「なるほど、保険費用かぁ。確かにこの高さからタールの池に落ちたら自力じゃ助からないね」
「なんで普通の橋を造らなかったんだ?遊戯の國バカじゃね?」
「安全過ぎたらアトラクションにならないからじゃない?」
「なら遠回りやけど、池を迂回して先に進むしかないね」
「なんで?」
私とマリルドが同時に同じことを言うのでいすずが驚く。
「なんでって…吊り橋を利用するには必要魔力が多過ぎるし、筏は無理やろ」
「筏で行くよな?」
「筏で行くよね?」
「はぁー!?」
嫌がるいすずを引き摺って池の畔の筏乗り場へやって来た。
筏は無事に移動できれば無料のようだが、転覆や落下した場合には救出費用として1㎜の魔力を支払う必要があると書いてある。
「筏も魔力かかるやん!迂回しようよ!」
「1㎜くらいならいいよね」
「そもそも落ちんし」
『本気ですか?俺の体を汚したら赦さないですよ』
「あはは『池に落ちた瞬間の写真は無料でプレゼント』だって」
『変な写真を増やそうとしないでください』
一先ず筏が本当に浮くのかどうかを確認してみる。
不安定だが3人乗っても重さで沈没することはなさそうだ。
問題は対岸に移動するための動力だ。
「ぴんと張ったロープに掴まって行けば安定して移動できそうだけど…今張ってあるロープはかなり弛んでるね」
「ほら、筏は無理とよ」
「ロープを新しく張り直せるかな…」
「イサナ、ワタがやるよ」
マリルドはオールと共に用意してある新しいロープを手に取ると太股のサバイバルナイフを取り出してロープの先をしっかりと結ぶ。
「こっち持ってて」
ナイフが結ばれていない方のロープの先をいすずにしっかりと握るように言うとマリルドはナイフを高く放り投げ、自身も跳び上がり的確にナイフの柄を狙って思い切り蹴り飛ばした。
マリルドが蹴り飛ばしたナイフは勢いよくロープを引いてタールの池の上を飛んでいき、対岸の大木に深く突き刺さる。
「あの角度で刺されば抜けることはねーだろ」
「おぉー」
私といすずは拍手を送る。
直ぐ様近くの根が深く張っていそうな木の幹にロープを括り付け、解けないか確認する。
「よーし、行くぞ」
「嘘やろ!?このロープが切れたりしたらどうなるとよ!?」
「命綱も同然なんだからタールに沈むに決まってるじゃない」
「わた1人じゃ無理だよ!」
「3人一緒に行くに決まってるじゃない」
「嘘やろ!?」
「筏は1つしかないんだからどちらにしろ相乗りは絶対だもん。誰か1人が1往復半するか、3人一緒に行くかのどっちかだよ?それなら3人一緒に行こうよ」
私とマリルドが先に筏に乗り込みいすずに手を差し伸べる。
「絶対に落ちんでよ!?」
「うはははは。いすずが暴れなければ大丈夫って」
「マリルドのこと信用していいと!?」
「そんなこと言ってたら突き落とされるんじゃない?」
いすずは恐る恐る私の手を取る。
いすずの手をしっかりと握り引き寄せて抱き止めたのだが、いすずが私の胸の中で固まったまま動かない。
「どしたの?」
「えっと…感触がなくて」
「…え?なにそれ私が貧乳すぎておっぱいの感触がないっていうディスり?」
「ちょっ!そうじゃないよ!」
顔を真っ赤にしていすずが否定する。
「そうじゃなくて手を握って貰ったのにその感触が全くないの」
「どういうこと?…あ」
『バレましたか』
「ワルサー…またやったな」
「わたの体にまた何かされたと?」
「触覚を奪ってるわ…」
「触覚?」
ワルサーがいすずに使った魔法は触覚に対する麻痺魔法と五感共有魔法の2つ。
私がいすずに触れた箇所にのみ発動するようになっており、その感触はいすずではなくワルサーが感じ取るようにされている。
「うははは、ヤバイね。そのうちいすずの体はワルサーに乗っ取られるんじゃねーの?」
マリルドが完全な他人事として笑い飛ばす。
『俺がイサナのことを諦める訳がないでしょう』
「わたの体、乗っ取られとると!?」
『お前の体なぞ要らん』
「どの口がそんなことを言うの!ごめんね、いすず。大丈夫?」
「平気。魔力耐性魔法を獲得したおかげかなぁ」
「ワルサー、今すぐいすずの体を元に戻してあげて!」
『嫌です』
「嫌じゃない!」
『俺は愚かでした。稀人に必要だったのは反発魔法ではなかったのです。そんなものを使ってもイサナは稀人に触れようとする。イサナが与える温もりや感触の全て俺のものにするべきだったんです』
私は頭を抱える。
いすずが雷獣に対してアナフィラキシーを引き起こしたのはワルサーが幾度もいすずに魔法を掛けたことも要因の1つのはずだ。
魔力耐性魔法を獲得していなければいすずはまた倒れてしまっていたことだろう。
『では代償として稀人には今後も必要に応じて飛行魔法石を与えてやるというのはどうですか?』
「今後も飛行魔法石を…?」
『はい』
酷い。
高所恐怖症であるワルサーが飛行魔法石を与えてくれるだなんておかしいとは思ってはいた。
私がワルサーの肉体を傷付けないように見張るのであれば飛行魔法石を与える…というのは見せ掛けの条件であり、最初から飛行魔法石を交渉に利用し、いすずの触覚を奪うつもりでいたんだ。
私達は飛行魔法石の便利さをもう知ってしまっている。
貰った飛行魔法石は飛行魔法に慣れる為に費やした日に1つ、遊戯の國へ移動した日に4つと5つ全て使い果たしてしまった。
私はワルサーの悪魔的な譲渡条件をいすずに伝える。
「うーん、イサナの感触がない代わりに飛行魔法石を貰える…かぁ」
いすずは私の手を取って感触がないことを確認しながら暫く考え込む。
「変な感じだけど…まぁ、仕方がないか。拒否したらイサナとの旅もさせて貰えなくなりそうやし…飛行魔法は使えた方がやっぱり便利やもんね」
「いすずぅ」
私は申し訳なさといすずの優しさに感動して目を潤ませていすずのことを抱き締めようとしたのだが、それをいすずが制止する。
「ストップ!この体はワルサーだと思って極力触らないように気を付けないと」
「そっか」
『チッ』
ワルサーは舌打ちするな。
いすずの優しさに漬け込んで色々やり過ぎだよ!
次は絶対にないんだからね!?
『はい、以後は稀人には手を下しません』
…何その気になる言い方は。




