39、初代城主ドウコウ様
食後にいすずとウーターニャとソコラの3人へのお土産にレストランのクッキーを購入することにしたのだが、支払い前にマリルドが店員に何か言おうとするので制する。
「お土産の分はちゃんと魔力を払おうね」
「…ダメか」
釘を刺さなきゃお土産まで要求する気でいたな。
この食いしん坊め。
『使いたかった言葉は卑しん坊、ですね』
「あは、それだわ」
陽が高い内にソコラの屋敷に帰って来たのだがソコラの屋敷全体の雰囲気が何処と無く暗く感じる。
「いすずー、これお土産。ソコラさんの様子はどう?」
「何これ?めっちゃ美味しそう!」
「マリルドに付き合って高級レストランでランチしてしまったの。私だけ贅沢してきてごめんね」
「えぇ!思いきったね。魔力たくさん取られた…てない…?」
「そうなんだよね。まぁ、色々あってさ」
事情を説明しながらいすすとマリルドの3人で食糧庫へと向かう。
こうして先程の出来事を全て話せると言うことはワルサーが言っていた通り、あの黒尽くめの主は私達に口封魔法を付与しなかったようだ。
今日は特別空が青く、風は気持ちが良い。
出國の星を大量に手に入れる事ができて高揚しているせいか、屋敷を囲む森の木々の葉も瑞々しく輝いて見える。
だというのに空気がやけに重い。
ソコラが閉じ籠っている食糧庫から陰気が漏れ出ているのだ。
彼は以前閉じ籠っていた時と同じ様にじっと蜘蛛が巣食う壁を見詰めている。
彼が敬愛するルールがマリルドのような若者に足蹴にされたと聞かされて酷いショックを受けたのであろうということくらい思考を読まずとも明らかである。
自分と同一の遺伝子、偉大なる魔法使いドウコウから引き継いだ肉体を持つルールに暴力を振るわれていたという事実は彼の自己評価を下げさせてしまっているのだ。
私はソコラの思考を読ませて貰うが、彼が欲している慰めの言葉がわからない。
「僕が…ドウコウ様の末裔だからと言って…それを羨む人も…評価してくれる人も居やしないんだ…。親たちと同じように軽んじられて生きていくくらいなら僕はここで時が過ぎ行くのを待つよ…」
「ソコラさーん。マリルドはドウコウ様を軽んじてないですよ。ルールさんが罪を犯そうとするのを止めるための手段が…まぁ暴力になってしまっただけで…ルールさんとは和解も出来ていますよ」
「……シンリシア戰記とて」
うん、漢字表記にしてね。
『…互いに譲りませんね』
私とワルサーの会話は聴こえないソコラは話を続ける。
「『リシア』の名を掲げなければ集客が望めないんだ…。ドウコウ様の威光を取り戻すと豪語しておきながらリシアの威光に誰よりも縋り付いているのはこの僕だ…」
「それは…」
駄目だ。
なんと声を掛ければ良いのかわからない。
そもそも私の声掛けでは駄目なんだ。
やはりナイスバディ美少女であるウーターニャに励まして貰うのが一番効果的なんだろうな。
口を閉ざしてしまったソコラの顔をマリルドが不躾に覗き込んでいたのだが、何かに気付く。
「何を大事に持ってんの?」
ひょいと腕を伸ばしたかと思うとマリルドがソコラが大切に抱えていた銀食器を奪った。
それはルールに譲ったドウコウの遺品であるゴブレット。
「あ!こら!」
慌てて取り返し、ソコラの腕の中に戻そうとしたのだがそのときゴブレットからからんと何かが転がり出たのが見えた。
「え」
「今のって…」
「魔法石!?」
私達は慌てて地下室の中を探し回る。
虫や鼠が逃げ惑う中、埃を巻き上げて床に這いつくばり魔法石を探し回る。
確か棚の下に入り込んだ筈だと、溶けて元の原型を留めていない謎の物体が入った瓶詰めが並ぶ棚を私は次々と持ち上げていく。
「あった!」
低い背丈のせいでむっちりしているように見えるが比較してみれば私達の誰よりも細い腕を駆使していすずが棚の下から魔法石を引き出してくれる。
「げっほ、ごっほ!いすずチビで偉い!」
「うぇっほ、げほ!チビは余計やない!?…ねぇ、これってやっぱり」
「はークシュン!初代の通話魔法石だよ!」
「何でここに?」
「ルールさんから預かった魔法石はちゃんとてるの助くんに託してるよ?」
『このゴブレットは初代の血筋の者の対し、各人につき1粒ずつ魔法石が出現するように作られていたのでは』
「ということはこれはソコラさんの分の通話魔法石ってこと…?」
私達はニヤリと笑い、動かないソコラの右手の小指に初代の通話魔法石を封じる。
もしも初代が生きていたとしたならば、もしも初代と会話ができたならば…!
ソコラの口元に小指を押し付ける様に接近させて息を吹き掛けさせ、やや強引に通話魔法を発動させる。
「もしもしドウコウ様ですか!?お元気ですか!?」
3人でソコラの小指に向かって話し掛ける。
ドウコウの名を聞いてソコラの指先がぴくりと動く。
「もっしもーし!」
「申し上げる申し上げるって言った方が通じるんやない?」
「申し上げる申し上げるー」
暫く耳を澄ますが返事はない。
「既に故人なんやないと?」
「いやいやいや。魔法石は光ってたし生きてる…可能性はある…たぶん…」
「ねぇ、本当にさっきの石って光ってた?」
「不安になるようなこと言わんでよ!マリルドめ!」
「いや、だってさ」
「いすず、ソコラさんの耳を塞いでくれる!?」
マリルドの意見をソコラが耳にしてしまわないようにいすずに彼の耳を塞ぐようにお願いする。
「…!お…あぁ…」
「なんか聞こえた?」
「返事があった!」
「ソコラさん!ドウコウ様だよ!生きてたんだよ!」
「信じられねぇー!何歳だよ!」
「ソコラさんも聞いて聞いて!」
ソコラの耳元に小指を持っていく。
私達は高揚する気持ちを押さえてお互いに静かにするように人差し指を口元に当てる。
「我が子だな…?おお、我が子がついにゴブレットを手に入れてくれたのだな!?」
「ドウコ…ウ…様…?」
「そうだそうだとも!あぁ、言葉はこれで通じるのだろうか。言葉の変化は観察し続けていたが今の言葉で人と会話をするのは初めてなのだ。どうだ?わかるかな?」
「えぇ、わか…ります…」
「ついにこの日が訪れた…。あぁ、この日が来ぬまま人類が滅びてしまうのではないかと何度思っただろうか。ははは!やった、やったぞ!でかした愛しき我が子よ」
あの魔法石が初代の物だと知っている私達は邪魔をしないように必死に手で口を押さえて歓声を殺す。
しかし歓喜を抑えきれない私はソコラの体を抱き上げて外へと連れ出す。
即座にワルサーがソコラの体に施した反発魔法のおかげで重みは一切感じない。
ソコラを柔らかい芝の上に置いてやると、ソコラの髪を、衣装を風が撫でる。
「風の気配…あぁ、外に出てきたのだな。直ぐに遠視魔法でお前を探し当てよう。今日は雲が少ないから叶球の様子が良く見えるからな。ほら見付けたぞ。ははは!俺の若い頃に良く似たなかなかの男前ではないか!」
「ドウコウ様は…今はどちらに…?」
「宇宙 だよ」
「そら…?」
ソコラが空を仰ぎ見る。
陽射しな眩しさも相まってソコラの瞳に涙が溢れる。
私はマリルドに声を掛けてソコラに背を向けさせる。
なかなか追い掛けて来ないいすずを見やって、2人で笑い合う。
「あぁ…嘗ての魔力がこの俺に残っていれば…。叶球に帰還したいと願うのも1000と10年ぶりだな…」
「え、ドウコウ様って魔力持ってないんすか?」
背を向けていても2人の会話をしっかり耳にしていたマリルドのがソコラの小指を奪い取り、話の腰を折る。
「ははは!若人よ、魔力を生み出せるのは精々200歳迄の若者の特権なのだよ。若かりし日の魔力は何処へやら…今は生まれたての赤子のような髪型よ」
「赤子!!」
ルールの毛髪がふわふわの短い産毛に変わった姿を想像したのだろう。
いすずとマリルドが転がるように芝生の上に倒れて笑う。
「そこの2人…いや、3人は我が子のガールフレンドか?」
「は?」
「え?」
「ん?」
『殺す』
いや、ワルサー止めて。
ガールフレンドってただの友人って意味もあるんだからね。
「いや、ワタらは3人共女じゃないっすよ。男でもねぇけど」
「ちょっと?私は女だけど?」
「体の半分は男だろ」
「あー、確かに」
「…どういうことなのだ?」
「ん?イサナはともかく、ワタたち2人は無性別っすよ」
「無性別…?」
「普通じゃね?」
「もしやガルーザの奴が人類の体を作り替えたか…」
「ガルーザのヤツだって。うはは、すげぇ。なんか伝承上の人物の生の声って感じがするな」
マリルドの空気を読まない感想に私といすずが呆れるが、ソコラはそうではなかった。
「伝…承…上…の人物…生の声…」
「ははは!俺の存在は伝承になっているのか」
「マイナーだけムグッ!」
余計なことを言おうとしたマリルドの口をいすずと2人で塞ぐ。
「そうですよ、有名ですよ」
「有名…」
お、ソコラの反応がまたあった。
先程迄と違い、頬の血色が良い。
ドウコウを褒め称えることでソコラは自尊心を取り戻しているという訳か。
「よし、ソコラさんを元気にするためにもドウコウ様を褒め称えよう!いすず、マリルドできる?」
「わかった!」
「へーい」
「ははは!時代を越えて現代でも有名だとは俺はやはり偉大であるな。…祭りか?歌や舞い、はたまた書物か?どうやって俺の偉業は伝承されておるのだ?」
「劇!劇です。ですよね、ソコラさん」
「そうそう!ソコラさんは劇作家で演者なんですよ!最も偉大な魔法使いドウコウ様から自伝をお教え頂ければソコラさんがドウコウ様を題材とした史上最高の戯曲を作って下さいますよ!」
「最も偉大な魔法使いの1人、ね。シロハさんが初代に負けるわけがねーもん」
「黙らっしゃいマリルド」
マリルドの頬を叩く振りをして私はぱあんと両手を叩くが無視をされる。
代わりにノリの良いいすずが打たれた振りをしてくれた。
『イサナに殴られるプレイを楽しむとは弩変態め』
ど変態は君だよ、ワルサー…。
「良かろう、我が愛しき我が子よ。俺がこの世に生を受けてからこの眼で見てきた全てを話してやる。湾曲して伝えられた伝承も多かろう。真実を世に知らしめるがいい」
…ということは170万年前からの物語か…。
それはなかなか面白そう。
だけどその話…絶対長いよね。
話半ばで私の人生終わるんじゃないかな。




