37、湯上がり
「よっ、久しぶり」
「…なんでこの人が?」
診療を終えてソコラの屋敷に戻ってきたウーターニャがソファーに寝転がって寛ぐマリルドの姿に驚く。
マリルドはソコラを従者のように扱い、遠慮なく饗を受けている。
「ん?イサナの家に泊めてもらおうと思って」
「城に宿泊することをワルサーが許してくれたの?」
「お城に友達を招くのはいいってワルサー言ってくれたもんね」
『…言いました。イサナが醜く泣くので』
「あはは、ワルサーの顔で鼻水垂らして泣かれるのが嫌だから許してくれるんだってさ」
「やだ、それってワルサーはイサナに脅されてるってことなの!?もうイサナ!ワルサーにひどいことしちゃイヤよ」
『黙れウーターニャ。イサナに甘さも見せて精神的にも俺に依存させる計画に余計な口を挟むな』
…依存しないように気を付けます。
「ソコラの屋敷もいいけど、ルールの魔王が居るのがなぁ。蹴っ飛ばしたことを恨まれてそうで怖ぇーわ」
「…蹴っ飛ばした…とは…?」
「あ」
マリルドの発言を耳にしてこれまでずっと光り輝く大スターのような笑顔を保って対応していたソコラの表情が凍りつく。
「いやあの、事情があって…マリルドは善意で」
「善意で僕の1人親を足蹴にしたと…?」
「…確かにおかしな話ですね…。善意で足蹴って何?フォローしようと思ったけど冷静に振り返ってみたら私も納得いかないわ。マリルド野蛮」
「もうイサナ!えっとソコラさん、今夜のショーはないのかしら?新しい観客の意見も取り入れてみると良いと思うの!マリルドはもう11の國を巡ってきてるし、エンターテイメントを見る目も肥えていると思うわ」
私ではダメだと思ったのかウーターニャが慌てて間に入り、ソコラを宥める。
何故か床に転がり落ちたいすずはというと、突然真顔に変貌したソコラが面白かったらしく、あれで笑いを必死に隠しているつもりらしい。
そのいすずの様子に気付いたマリルドは釣られて笑いそうになり肩をぷるぷると震わせている。
1番年下の子に気を遣わせるってどうなっているんだこの面子は。
「ドウコウ様の御威光を取り戻すためにも最高で完璧なミュージカルを作り上げたいと思っています。そのため様々な人の意見を参考にするつもりでいますが…今夜は…すみません」
ソコラの背中はしおしおと丸くなり、引き摺るような足取りで応接間から去って行く。
慌ててウーターニャが追い掛けたが、今夜は1人きりになりたいとソコラは食糧庫の地下に籠ってしまったそうだ。
「あーあ、マリルドがソコラさんを悲しませたー」
「ワタだけが悪いんじゃなくね?」
「明日には元気になってくれるといいんだけど…。取り敢えずお屋敷はお暇して庭に出ましょう」
「ねぇ、もしかしてこの中で1番しっかしてるのってウーターニャやない!?」
「いや、ワタだろ?」
「んなわけあるか。このトラブルメーカー」
その場にいる全員でマリルドにツッコミを入れる。
私が呼び出した城内へと移動し、じゃんけんで決めた順番でウーターニャ、いすず、マリルドの順でお風呂を済ませていく。
ウーターニャ、続いていすずがほかほかとした湯気に包まれてリラックスした表情をしているのを見ると私もお風呂に入ってみたくなる。
ヘプタグラム城の4階層にはプールのように巨大な機械仕掛けの浴槽があるのだ。
4代目城主は殆んどこの城で生活をしていなかったのか、4階層は1フロア全てがこの大掛かりな浴場の為に使われており、それ以外の物は何も遺されていない。
掛け湯をすることで流れ出すお湯が最初の動力となり、パイプに集められた水の重みは歯車を回す。
歯車はやがてポンプを押し風船を膨らませる。
風船はほんの僅かに板を持ち上げ、板の上にあるボーリングボールがいくつも転がり落ち、その力を利用してお湯が様々な形に踊り出す。
水面を走る水流は不思議な紋様に次々と形を変え、浴槽の形まで変形していく。
この素晴らしい大浴場は現在、来客専用の浴室として割り当ててあり、私自身は1度だけ足湯程度に利用したことはあるものの浴槽に浸かったことはまだない。
それというのも、ワルサーに大浴場の湯船に近付くことを禁じる魔法を掛けられてしまった為だ。
『風呂の共用は許したくありません。他人が浸かった湯に俺の身を浸すだなんて悍ましい。入浴したければイサナはイサナの部屋の風呂に入れば良いでは無いですか』
「お城のお風呂に入ってみたいんだよ。でもだからと言って男のワルサーの体と一緒に入浴するっていうのも嫌だ。だからずーっとお風呂に入らず、清浄魔法で身を清めてもらうので我慢してるんじゃない」
「偉いわイサナ」
『ウーターニャお前は何故…いつも余計なことを言うんだ。ウーターニャがイサナに清浄魔法の存在を教えなければイサナは俺の身と共有した体で毎日入浴をしていた筈なんだ。イサナの指が俺の素肌を撫でる日を俺がどれ程待ち焦がれているのかわかってないな』
「えへへ、ウーターニャちゃんに褒められた」
「ねぇ見て」
風呂から出てきたマリルドを見るとタオルで頬かむりしてニヤニヤしている。
いすずはそのビジュアルのパンチ力に笑い転げる。
「なーはっはっはっは!なにそれ」
「これすると髪が傷まねぇんだよ。9割ほど乾かしたあと、髪を2つに分けて肩の前に垂らしてさ、タオルを広げて真ん中から頭に掛けて、タオルの左右に垂れている部分で髪の毛先をそれぞれ包んでやるの。んで髪を包んだタオルをアゴの下でゴムで1つに纏めるとこうなる」
「あはは!途中までは分かる。でもなんで顔の前で結ぶのさ」
「ど、ドジョウ掬いの格好じゃない、それ」
ウーターニャまでカウチに突っ伏して笑っている。
私は私でこの世界にもドジョウ掬いという文化があるということが可笑しくて笑ってしまう。
「アゴの下で結べば寝ていても毛先が擦れないから次の日にはサラサラになる訳さ。マジでオススメ」
「なはははは!オススメせんでよ」
確かにマリルドの髪はサラサラだけれども…まさか頬かむりで髪の毛のケアをしていたとは。
「ねぇ、本当にそのおかげと?」
「いすずもやってみなよ」
「えー、やだ」
「私もお断りするわ。イサナがやってみたら?いい機会だし、私が髪の毛を洗ってあげるわよ。それならお風呂に浸かるわけじゃないからワルサーだって許してくれるんじゃない?」
「へ?」
「浄化魔法で身を清める方が楽だけど、人に洗髪して貰うのって気持ちいいものね」
「…いいの?」
「勿論」
『ウーターニャ止めろ。あんな変なタオルの巻き方をされるだなんて俺は堪えられない!』
「お願いします!」
『お願いしないで下さい!』
ウーターニャと2人で4階層に行き、衣服を脱いでバスタオルを巻いて大浴場に入る。
同じバスタオルを使っているというのにこの違いはなんだろう。
私にはない胸の谷間の迫力に改めて驚いてしまう。
いや…ちょっと…ウーターニャのその格好はセクシー凄すぎませんか?
「もうイサナ…あんまり見ないで?ワルサーにこの姿を見られるのは恥ずかしいから…」
「…そだね」
ウーターニャのこの姿を見て興奮するような男の子ならばワルサーも可愛いのにと思う。
けれど彼の食指が動くのは色気の欠片もない私の体に対してなのだ。
「…ど変態」
『光栄です』
自分自身の体もウーターニャの体もワルサーに見せないようにするために私は目隠しをして大浴場に入る。
お互い照れもあり、無言で髪を洗って貰った。
お風呂から上がり、ドローイングルームへ行くと打って変わって騒がしい。
「なはははは!真似しとるし!」
「見て、私は毛先の方のタオルを内巻きに捻ってみた。上手くいけば明日の私は貧乏パーマに仕上がっているはずだよ!」
「イサナ天才!師匠のワタを超えたな!」
「でしょう?」
『イサナ酷いです。この俺に珍妙な格好をさせるだなんて…!俺の体で馬鹿げたことをしないで下さい!』
「前にもっと色々してほしいって言ってたじゃない」
『違います。あれはもっと艶っぽいことを指していたのであって…。何故イサナはこの顔に生まれたというのにそんなに粗雑に生きられるんですか!?』
「あは!見た目が陰気だからこそ、だよ。私は少しでも多く笑っていたいもん」
マリルドは1階層にあるいすずとはまた別の客室で、私は6階層に作られた自分の部屋で、ウーターニャは自分の部屋を呼んで各々別々に就寝をした。
「同じ部屋にお布団敷いてお泊まり会をしたかったなぁ…」
『アイツ等は性別をいつでも変えることが出来る危険な存在です。同室で就寝なぞ決して許しませんよ。また明日も朝から共に過ごせるのだから寝る部屋くらい別で我慢して下さい』
「…もしかしてワルサーもお泊まり会に混ざりたかったの?」
『まさか。イサナと2人きりの方が良いです」
「変わり者め」
『褒め言葉ですよね』
「……」
私は自分の今の姿を鏡に映して見せ、ワルサーの熱を下げてやる。
マリルドに教えて貰ったこの不細工な頬かむり式ナイトキャップは上せるワルサーに対し絶大な効果を発揮することがわかった。
「今後も毎晩この頭で寝よう」
『お願いだから…止めてください』
【ちょっぴり補足】
マリルドの頬被り式ナイトキャップは実際に抜群の効果があります。
尚、実にTwitter向きの見映えです。
どうぞお試し下さい。




