35、【禁忌】と【禁術】
事前にウーターニャがソコラへ連絡を入れてくれていたらしく、ソコラは私達の事情を大方把握していた。
私が名前を名乗るとウーターニャが言っていた通り、私の薬指に出國の星が宿った。
この出國の星は初代の肖像画が彫られた銀のゴブレットを授けてくれたワルサーに対してソコラが感謝の印として与えた為、右手ではなくワルサーの体である左手の薬指に宿っていた。
左手に宿った出國の星でも國境は越えられるのだろうかと考えているとソコラが私に握手を求めてきた。
「貴女様が6代目様のご伴侶様ですか」
『そうだ』
「違います」
「ハハハ!ご婚姻はまだでしたか。ウーターニャさん、日中預かって欲しい人がいるとご連絡下さったのはそちらのお小さい方のことですよね」
「え」
「ぷ!お小さい方ってよ」
「ひどくない!?」
「えぇ。この子のことをお願いしていいかしら」
「勿論!大歓迎ですよ。さぁおいで。あっちの部屋は魔王が発生していて危ないから近付かないようにしようね。大丈夫、この屋敷には大した物はないから魔王討伐者もやって来ないよ。お兄さんと楽しくお留守番をしてイサナ様とウーターニャさんの帰りを待とう!お菓子もたくさん用意したよ」
ソコラに手を引かれて屋敷内を案内されるいすず。
どうやらソコラはいすずのことを小さな子供だと勘違いしているらしい。
笑いを堪える私とウーターニャの2人をいすずは半眼で見据えて無言で責める。
その目付きが可笑しくてまた笑ってしまいそうになる。
「夕方には必ず迎えに行くから良い子で待っててねー」
ありがたくいすずをソコラに託して私はもう1つの出國の星を集めに行くために、ウーターニャは診察をするために街に向かうことにした。
ウーターニャが飛んで送ると言ってくれたが行き掛けに用事があるからと断り、私は徒歩で移動する。
思っていた通りソコラが所有する土地の周囲には近郊に住んでいる動物達が集まってきていた。
私は両手を大きく振って動物達に存在をアピールする。
「魔法石をいすずに渡したいのであればお預かりしますよー!」
私はいつものようにこの地域に住まう動物達から魔法石を貰い受けていく。
『半日は時間を潰しますよ。資金確保程度に魔法石は回収して、稀人なぞ泣かせておけば良いのです』
「あはは!そうはいかないよ。いすずはあれでも私の雇い主だからね」
『転職を推奨します。俺に永久就職というのは』
「よーし、出國の星を即日ゲットしてウーターニャちゃんに褒めてもらうぞー」
しかし───…。
意気込み虚しく、私はこの日なんの収穫もなくソコラの屋敷へ戻ることになった。
動物たちから魔法石を回収するのに手間取ったわけではない。
成功の國の國民と真面な会話をすることが出来なかったのだ。
「だって…嘘はつけないもん」
夕食の時間になっても私は尾を引いて愚痴り続ける。
夕方には預かってもらっていたいすずをお迎えに行き、本日の成果を報告した。
ソコラは屋敷の庭の中に家を呼び出して滞在することを許してくれ、今後も私が出國の星を獲得に向かう間いすずを預かってくれると約束してくれた。
成功の…いや、睥睨の國の人々は往々にして嫌なタイプの人ばかりであった。
人を睨み付け続け深く刻まれた眉間の皺を僅かに弛ませてニタニタと笑いながら声を掛けてくる彼等と会話を試みるも、一方的に語られる話の内容は「自慢」「横柄」「自慢」「傲慢」「自慢」のパレード。
かと思えば自身の権力を見せ付けたいと考えたのか、近くを通り掛かった旅行客を恫喝し意味もなく威圧して見せるので「すごーい」だなんて言葉は言いたくなくなってしまうのだ。
「いすず…ごめんね」
「ううん、わたの方こそイサナ1人に嫌な思いをさせてごめんね」
「いすずのせいじゃないもの、私のことは気にしなくていいよ。話し掛けた相手に嫌悪感を持ったらすぐに逃げちゃってるから大丈夫。…まぁそのせいで出國の星の獲得に時間がかかりそうなんだけどさ。私は他人にも甘いけど自分にも甘いタイプの人間なもので…ごめんね」
「ううん、それでいいよ。わただってそんな嫌な大人にお世辞を言うとか絶対無理やもん。なんでこの國の人たちはあんなにも人をバカにして見下すのが好きなんやろうね?」
「成功の証の『人の上に立つ』ってことを傲慢に捉えてしまってるんじゃないかな」
少し真面目な話をし過ぎたのだろうか。
だんだんいすずの目が笑いだし、肩が震えてくる。
この話題はもうやめてしまおう、そう思ったときに家の外から声がする。
ソコラの声だ。
「イサナさまー!いすずちゃーん!」
私達がどこに家を呼び出しているのか見当がつかなかったソコラは迷子を探すかのように庭で私達の名を呼び続けていた。
「どうしたんですか?」
「あぁ!こちらに家を呼び出していらっしゃったのですか。いや、イサナ様のお元気がなかったようですのでちょっとしたショーでもいかがかとお誘いに上がりました。ウーターニャさんも先程お仕事から戻られて先に屋敷の中でお待ちですよ」
「ショー?」
「はい、貴種流離譚『リシア戰記』を僕なりの見解でアレンジした物語を上演します。少しだけですがいすずちゃんも出演しますよ」
「いすずが?」
いすずを見ると嫌そうに顔を背ける。
私が留守にしていた間この子はソコラと何をして過ごしていたのだろう。
「観ます」
「観らんでいいよ!」
「絶対観る」
屋敷の中に作られた劇場で催されたショーはソコラ主演のミュージカル。
音楽に合わせスポットライトを浴びながら大階段を優雅に降りてきたかと思うと、11歳から無気力に伸ばし続けていた髪を消費して獲得した演出魔法で舞台全体を明るくし、花を降らせ、衣装を次々と変えソコラ1人で何役も演じ分けてみせた。
ソコラが言っていた『リシア戰記』とは、この世界の英雄と言われるヘプタグラム城3代目城主リシアが、魔力を暴走させ世界初の魔王と変貌した2代目城主ガルーザを倒すまでの物語。
魔王の力を分散させて全人類の魂に宿らせることで弱体化させ、亜空間にガルーザを封印する結末は史実であり、世界の常識でもある。
しかしソコラが上演するのはガルーザが偉大な師匠に遠く及ばぬ自身の器を憂いて心を病み、魔王へと変貌するに至るまでを描いた物語であった。
ガルーザの師、つまり…ソコラの祖先であることが証明されたばかりの初代城主ドウコウの驚異的な魔力と存在感を示すことでドウコウの威光を取り戻そうという算段で作られた物語なのである。
「タイトルも一新して『シンリシア戰記』にしようと思います!!」
「あー…。そのタイトルはダメです。せめて漢字表記の『新リシア戰記』にして下さい」
『…イサナの世界で似たようなタイトルの名作映画シリーズがありますからね』
タイトルはともかく、ソコラのリシア戰記では初代、2代目、3代目ヘプタグラム城城主らが人為的な世界の理である【禁術】を苦悩しながら制定したという新しい解釈を含めて描いており、禁忌と禁術の違いについての説明が私にも分かりやすくて意外にも面白かった。
──禁忌と禁述について簡単に説明しよう──。
超自然的に存在する本来の世界の理【禁忌】は以下の5項目。
■殺人
■支配
■窃盗
■猥褻
■近親相姦
これに該当する罪を『禁忌の國』以外の地で犯すことは世界が決して赦さない。
禁忌を実行することが確定した瞬間に世界はその人間を容赦なく消失させ、未然に防ぐのだ。
そして人為的に創られた世界の理【禁術】は以下の11項目。
■時間移動魔法獲得
■魔法用具複製魔法使用
■極地魔法使用
■記憶捏造・書換魔法獲得
■出國の星未所持出國
■伍年東西逆行入出國
■雌雄二型入出國
■転移魔法獲得
■頭髪自由伸長魔法獲得
■未来予知魔法獲得
■蘇生魔法獲得
こちらはヘプタグラム城の歴代城主だけが獲得を許される絶対禁令魔法の力によって未来永劫実現が不可能となっている。
「ふーん。じゃあもしかしてヘプタグラム城の城主になったワルサーも世界の理を追加できるの?」
「そうなのよ!」
『ですが俺は世界に対して何かしてやる気は微塵も有りませんよ』
…ん?
じゃあ何のために魔王を倒したの?
『イサナに出会うためです』
…それ嘘でしょう。
魔王に倒されかけた際に偶然、異世界の私の体とワルサーの体が繋がってしまっただけでワルサーは私の存在など知らなかった筈だ。
ワルサーは真面目に答えてくれる気がないのだなと判断し、また舞台に集中することにする。
舞台はクライマックスに突入し、ガルーザに扮したソコラが魔王へと転じる。
暗雲が立ち込めた世界で不安を口にする村の子供を演じたのがいすずだ。
「愚かなガルーザが偉大なる魔法使いドウコウ様の命を取る為に禁忌を超えてしまッタ!闇に魂を捨て、肉体をも持たぬ恐ろしい魔王になってしまッタ!多くの人の命が奪われる暗黒の時代が始まル…!」
やけに説明口調なセリフを口にするいすずの顔にはなぜか洟垂れ小僧のメイク。
その表情は『無』。
しかしソコラの魔法による演出なのか床から地響きのような唸る声が聴こえると、この演出を知らされていなかったらしいいすずは目を丸くして飛び上がり、本気の悲鳴を上げて客席にいる私達の所へ飛び込んで来た。
「…我が師ドウコウよ。俺と同じ絶望をお前も味わうが良い」
蠢く闇へと化したガルーザの恐ろしい台詞を最後に暗転を経てエンディング。
物悲しく、重苦しい音楽が流れ続けた後にステージ上にメッセージが浮かび上がった。
『100年の苦しみの時代を越えた後に現れた救世主リシア。彼は魔王ガルーザの肉体を全魔法を無効化にする亜空間に封じる事に成功した。ガルーザ復活阻止策としてリシアが転移・頭髪自由伸長・未来予知・蘇生魔法獲得を【禁術】に加えた事により、叶球の今日の平和は約束されているのである』
読み終わると同時に光の文字は弾け消え、劇場内は優しい光に包まれて明るくなる。
ステージ上には1演目を全力でやり遂げ煌めく汗を流し爽やかな笑顔で優雅にお辞儀をするソコラ。
ソコラは友情出演してくれたいすずを称える拍手を贈った。
私とウーターニャはお腹を抱えて笑う。
「思ってた以上にチョイ役!」
「もうイサナ…!なんで笑うの。私まで釣られて笑っちゃったじゃない。いすずは頑張ってたのに…!」
「だってあの驚き方…!メイクもひどいし…かわいそう…すぎる…!」
私は笑いのツボに嵌まり、起き上がれなくなる。
「いかがでしたか!?いやぁ、いすずちゃんは素晴らしい子役だなぁ。僕が主催公演する舞台に出演させてあげてもいいくらいですよ」
「子役…!!」
「ねぇ、イサナ笑いすぎじゃない?」
「いすぶはっ!なんでメイク取ってないままなの?」
「あの人が魔法で付けたメイクやもん。あの人が魔法を解除してくれんと取れんとよ」
「もうイサナもいすずも笑わせないで…!笑い過ぎで苦しい」
「イサナ様がお元気になられたようで光栄です。ストーリー案が他にも複数ありますので、良ければ今後も練習がてら毎晩様々なテイストの公演を致しますよ」
ソコラの言葉を耳にした、いすずの不満そうな顔が可笑しくて堪らない。
そして私はその夜から毎晩ソコラの舞台を観劇することになる。
出國の星をどうにも手に入れられずにいるからだ。
「ごめん…いすず」
「いや、あの舞台に立つ一瞬だけ我慢したらソコラさんはいい人やけん…まぁ大丈夫やけど」
「私がぐずぐずしていたらソコラさんがストーリーを完成させて、いすずが役者デビューすることになっちゃうね」
「それはイヤ」
「あはは!でも本公演に出たらソコラさんがいすずにも出國の星をくれるかもしれないよ?」
「いや、無理だよ。あれは『舞台に出させてあげている』って感じやもん」
なるほど。
ではいすずが出國の星を手に入れることはやはり難しいと言うことか。
「まぁ、どちらにしても本公演は当分先のことになるんでしょ?」
「うん。ドウコウ様をメインに据えたストーリーにしたくても2代目と3代目と違って初代の資料は殆ど遺されてないから空想物語になってしまうものやけん、どうにも納得がいかんらしいよ」
「正直なところ3代目が主人公の方が王道の英雄ものになって面白いもんね。悪役を主人公に据えても面白いから2代目の物語もアリだけど…平和な時代を過ごした初代の物語はなんというか…華がないから子供には…ウケそうにないもんね…。ドウコウ様の威光を取り戻すのが目的だから空想物語にしちゃ駄目だしねぇ」
「やけんソコラさんは今、資料をかき集めて史実に基づいた作品にしようと頑張っとらすとよ」
「…私がルールさんから預かったあの通話魔法石を使えればもしかしたらドウコウ様の生の声が聞けるかもしれない…よね。…でも…勝手にソコラさんに渡すのはルールさんの遺志を無視することになっちゃうか…」
「なんで?ダメと?」
「ルールさんがソコラさんに渡したいと思っていたのなら私にあの魔法石を預ける必要はなかったもの。あの通話魔法石はヘプタグラム城に納めておいて、いつかヘプタグラム城の城主になった子孫にこそ使って欲しいってルールさんは考えたんだと思うよ」
「そっかぁ。じゃああの魔法石のことはソコラさんには秘密にせないかんね」
「だよね。知ってしまったら欲しくなっちゃうもんね」
「ね」
成功の國に入って既に10日が経過している。
このままずっとこの國から出られなかったらどうしよう。
少しの不安が2人の頭を過り同時に溜め息をついてしまう。
そこにウーターニャが仕事を終えて通り掛かり、元気を出してと励ましてくれる。
「このままダメそうなら成功の國に居を構えてから北に移動する資格を得て、瘋癲の國に入るべきかなぁ」
「そうね…瘋癲の國なら無理をすれば短期間で出國の星を獲る事が出来るものね。國民の為に24時間労働してあげれば1ヶ月で確実に出國の星を貰えるわ」
「…24時間労働だなんてブラック過ぎる」
「それに『居を構える』っていうのは1年以上この國に住むってことよ?1年も待てるの?」
「げ、まさかの1年縛り」
「私がケアをすれば過労死することはないけれど、できればこの國で星を獲得して欲しいかな」
「…頑張ります」
そしてこの翌日──。
私は自分でも思いがけない方法で出國の星を無事に手に入れることに成功する。




