33、伝説級の魔法石
今回は診療という名目で呼び出せた為、ウーターニャは今暫く私達と共に過ごせると言う。
ベッドから起き上がることは禁じられたいすずが寂しがる為ヘプタグラム城の1階層にあるいすずの部屋で共に夕食を摂り、今は食後のゆっくりした時間を楽しんでいる。
「いすずも魔法を獲得するべきね。魔力耐性魔法を獲得しなくちゃまた倒れてしまうわよ」
「えー!!わたが魔法を持つと!?」
「真面目に聞いて。笑い事じゃないのよ。もしワルサーの魔力が今みたいに減っていなかったら出会った段階でショック死していたかもしれないのよ?」
「ぶは!…ごめん、ウーターニャちゃん。いすずのこの顔はふざけている訳じゃないんだよ。これ、真剣に驚いている顔ね」
「ねぇイサナ今のどういう意味!?」
私の補足にいすずが噛み付いてくる。
「いすずは顔が面白いんだよ」
「もうイサナったら」
「はぁー?ひどくない!?」
「いすずなら無声映画の演者になれると思うよ」
「はぁー!?」
「素直じゃないなぁ。イサナはいすずが可愛いって褒めてるのよ」
「なははは!ゆるーす」
気分を害したようなことを口にはしているがいすずはずっと笑っている。
本当にこの子は根っから明るい子だ。
…と言うより極度の笑い上戸、かな?
何でも面白がって笑ってくれる。
いすずが笑い上戸であったお陰で私は今笑えている。
目が覚めるなりいすずが笑い出してくれていなかったら申し訳なくて私はきっと暫く落ち込んでいたはずだもの。
「で、いすずはどうするの?ウーターニャちゃんのアドバイスに従った方がいいとは思うけど…魔法を獲得するのはやっぱりイヤだったりする?雷獣から魔法石を貰えたし、これでもう路銀の心配は要らないから今の髪を消費しても大丈夫だよ」
「え!?雷獣の魔法石を持っているの!?」
「へ?うん」
「それ…多分売れないわよ。そんな高価なもの買える程の魔力を持つ人ってそう居ないもの」
「そうなの?」
「複製魔法で生み出した雷獣のコピーを飼っている人はいるけれど気位が高い神獣は飼い主なんかに魔法石を捧げることはないわ。無理矢理魔法石を捧げさせることは世界の理が不可能にしているし、神獣の魔法石だなんて伝説級の代物よ」
私のいすずの2人は目を瞬かせる。
伝説級の代物と言われてもピンと来ないし、いすずにアナフィラキシー反応を引き起こさせてまで手に入れた魔法石が路銀にならないだなんて悲しい。
「いすずは雷獣に出会ったのね…。てっきりワルサーにかけられた魔法の影響で倒れたんだと思っていたけれどそれだけが原因じゃなかったようね。強力な魔力に身を慣らす訓練もせずに神獣なんかと対面したら誰だって倒れるに決まっているわよ」
「え…?私は平気だったけど」
「イサナは半分がワルサーの体じゃない。少し前まで神獣以上の魔力を持ってた体なんだから耐性があるのよ」
「えー!神獣以上とか凄くない!?」
『神と呼ばれる日も遠くないと思っています』
「ぶは!ワルサーが『神と呼ばれる日も遠くないと思っています』だって」
わたしといすずの2人は大笑いをするが、ウーターニャは目を輝かせる。
ウーターニャの中のワルサーは既に神様に近い存在なのかもしれない。
「あ、そうだ。じゃあ雷獣の魔法石は治療してもらったお礼にウーターニャにあげたいな。命の恩人なんだよね。ね、イサナそうしていい?」
「おー、それいいね」
「えっ?えっ?えぇ…!?」
やだ、何そのかわいいリアクション。
そういう可愛い驚き方をできるようになりたいなぁ。
まぁ私のこの顔ではぶりっこの仕草だなんて似合わないだろうけれど。
『イサナはいつだって世界一美しいですよ。行動はともかく』
…持ち上げて落とすスタイルで慰めてくれてありがとう。
私は笑ってしまいそうになる顔を伏せて隠しながら中指の爪の中に封じていた雷獣の魔法石を取り出す。
改めて見ると薄い灰色の中に透けて見える金の粒は七芒星の7角の内の6角が欠けた形をしているようにも見える。
伝説級だなんて言葉を聞いたからそう見えるだけかも知れないけれど。
いすずに目配せをして了解を得るといすずは動物の魔法石に恐怖して顔を青くしながらうんうんうんと細かく首を縦に振るので魔法石をウーターニャに差し出す。
「こんなに高価な物を貰うだなんてできないわよ!」
「そう言いつつ手は正直だね」
言葉では遠慮しているが腕が魔法石に伸びている。
かわいい。
「うわーん!私のバカ!ダメよ。うん、ダメッ。だって神獣の魔法石を持つ者はその神獣のコピーもオリジナルも全ての個体を自由に使役出来るって言われているのよ!?私の手には余るわよ!」
「やだー!あんなのが他にも集まって来ると!?ぎゃーやだー!この石貰ってよー!」
「ちょっと2人共落ち着いてよ。でもまぁ…そっか。私がウーターニャちゃんを呼んだんだから診療費は私が払うべきだよね。今までお世話になった分も私の髪から出すよ」
「それは…大丈夫なのよ」
「どして?」
「ワルサーからもうたくさん貰っているもの」
「…ワルサーから…?」
私が見てきた限りではウーターニャに貢がせっぱなしだと思っていたのだがそうではなかったのか。
「私が医療魔法しか獲得していないのは知っているわよね。そんなことができたのはワルサーが居てくれたおかげなのよ」
ウーターニャの言葉の真偽を確かめようとワルサーの記憶を探るのだが子供の頃の記憶が見つからない。
恐らく他人の思考を読み取り続けるために残しておく必要がないと判断した自分の思い出にまでワルサーは忘却魔法を施してしまっているのだ。
「3歳…2歳くらいだったかな。周りにちょっとした生活魔法を獲得した子が出始めた頃にね、私もお友達に倣って生活魔法を獲得しようとしていたの。でもワルサーがそんな馬鹿なことしようとする私を止めてくれたらしいの」
恍惚とした表情で思い出に耽るウーターニャ。
彼女がその時の自分の記憶を見ていいと言うので当時の記憶を読み取らせてもらう。
同じく当時まだ2歳のワルサーはウーターニャの思考を読み取り、漠然とではあるが【母に倣って将来は世界一優秀な天使になりたい】と願っていることを知る。
赤ん坊の頃から魔法を獲得していたワルサーは悪気なく悪戯をする小さな子供の無垢な感覚で彼女に妨害魔法を施して魔法陣を展開できないようにした。
4歳になり魔法陣を展開できないことに気付いた幼いウーターニャはなんとか魔法陣を展開しようと努力したが魔法陣を展開できる日はなかなか訪れなかった。
そしてさらに3年が過ぎ、1度に5つの治療魔法の獲得が可能になるほどウーターニャの髪が伸びた日にワルサーはようやく魔法陣の展開を許した。
「きみは1ばんの天使になるんでしょ?医療魔法だけをかくとくしなよ。生活魔法だったら吾がきみになんでもかけてあげる」
これはワルサーが初めてウーターニャに掛けた言葉。
7歳のウーターニャはすでにワルサーに魅了されており、この言葉には甚く感激したようで当時の胸の高鳴りがはっきりと聴こえてくる。
そしてウーターニャが素直に医療魔法のみの獲得を決心した直後、顔にかかった髪を払った際に魔法陣が展開できてしまった。
ワルサーに魔法陣の展開を妨害されていたことなど知らないウーターニャは自分はこのポーズならば魔法陣を展開できるのだと思い込んでしまったのだ。
ウーターニャが9歳になり、6つ目の医療魔法の獲得に成功した日にようやくワルサーは自分が魔法陣の展開を妨害していたことを伝えたのだが、すでに魔法陣を展開する際のポーズは彼女のルーティーンになっており変更することは難しくなっていた。
「吾のことゆるしてくれる?」
幼い頃はウーターニャより僅かに背が低かったワルサーは上目遣いで無断で妨害魔法を使用した赦しを乞い、…そして勿論赦された。
余談になるが、魔法石の出現の際のあざといポーズの方は少しでもワルサーに可愛いと思ってもらいたいと彼女が少しずつ工夫を重ねた上で完成したものである。
…どうでもいいことだけれど…ウーターニャは思い出を美化しすぎだと思う。
彼女の記憶の中の幼いワルサーは天使のような愛らしい顔立ちをしている上に常にきらきらと光り輝いている。
まぁ私だって昔はそれなりに可愛かったらしいのだが、さすがにこんなに可愛かったはずはない。
母に昔の話題をされる度に耳にする「うみちゃんは昔はとっても可愛かったのよ」の過去形を思い出し、少しだけ気持ちが凹む。
愛らしく育たなくてすみませんと謝る他のリアクションを取れるようになりたいものだ。
「ね!素敵な思い出でしょう!?」
「いや待って!それって結局ワルサーから魔力は1度も返して貰ってないままやない!?」
「魔力は貰ってないけど、魔法はかけてもらったもの」
「…雷獣の魔法石は貰っておけば?なんか…フェアじゃないもん。これからも私たちはウーターニャちゃんに助けて貰いたいもんね」
「ねー」
ウーターニャはぐぬぬと葛藤する。
私といすずは話し合い、提案する。
「じゃあ追加でウーターニャに甘えることにして…わたの髪が短く見える魔法をかけてもらえないかな?」
「え…?」
「ほら、今のいすずの髪は長いでしょう?キャラに似合わない魔力を所持しているせいでこの國の人達が嫉妬んできて大変なんだよね」
「そう、困っとるとよ」
「ね、お願い」
「おねがーい」
「ねぇーん、いいでしょーう?」
「えぇーい!ワルサーの顔で変な声出さないで!いいわよ!」
「あははは!」
夜の蝶をイメージした私の変な甘え声に根負けしたウーターニャが承諾してくれる。
「あー、もう!私は整髪魔法石は持っていないの!だから保持魔法でもいいのなら使ってあげる!現状の髪型を保持するだけの魔法だから1度髪を短くして貰う必要があるわ。思い切り贅沢をして魔力を散財するか、何でもいいから魔法を獲得して髪を消費して欲しいんだけど」
「えーと…じゃあ魔法を獲得する。さっきウーターニャが言ってた…」
「魔力耐性魔法ね」
「それにする」
「そうね、それがいいわ。だったら今回消費できる魔力の全てを魔力耐性1つに捧げるといいわ。いすずは魔法が効きにくいから1回程度じゃ充分な魔力耐性を得られないとは思うけど元のいすずの髪の長さに戻すのが目的だもの、充分よ。でもまだ魔法に慣らし始めてから1ヶ月経ってないからあと2週間ちょっとは魔法の獲得は我慢してね」
「あー、そっかぁ」
「…そんなによく絡まれるの?」
「じゃあ明日一緒に街に出て様子を見てみる?」
「えぇ、そうするわ」
翌朝。
私達3人は街に出た。
しかしトリプルAランクの美少女であるウーターニャと一緒のせいか昨日のように即座に絡まれる事は無い。
『違いますよ。今日はイサナとウーターニャの2人が並び歩いているから周りが圧倒されているんですよ。昨日の愚民共の稀人への悪絡みはイサナに近付くためのきっかけ作りです』
んなバカな。
私は女だよ?
こんな陰気な男顔の女の子に需要はないよ。
『イサナは世界一美しい顔をしていますよ』
「ふふっ。ナルシストめ」
『真実ですから』
「どしたの?」
「ううん、なんでもない。今日は人が集まって来ないね」
「私が天使だってことバレてるのかしら?」
「いやぁ…。2人が美人やけん、圧倒されとるんやないかな?清純系とアンニュイ系の美形2人が並んでこんな大都会を歩いとると…なんか近寄りがたいもん」
「あら、だったらいすずはマスコット系ね」
「なるほど」
マスコット系かぁ。
確かにそんな感じ。
いすずが憤慨しているが、何故か2頭身のキャラクターに見えなくもない。
立ち止まり、繁々といすずの立ち姿を眺めていると1人の男が近寄って来た。
「おいお前。なんでテメーがそんな可愛い子を連れて歩いてんだよ」
お、今日もちゃんと絡まれた。
「やだ、本当だったのね」
「でしょ?」
男はちらちらとウーターニャのことを見ながらいすずに絡み出す。
「あんだ、その髪の長さは」
「わー!やだーっ!」
いすずが私の陰に隠れるので私もいすずを庇う体勢に入る。
打ち合わせ通り、私はいすずを抱き上げるとウーターニャは翼を広げて即座に逃げ出した。
「んな…天使!?あんなかわいい天使がこの世に存在すんのかよ!!」
私達が立ち去った後「極めて稀に見る美少女天使が現れた」と言うことで現場は一時騒然としていたようだ。
やっぱりウーターニャは世を騒がせる程の超美少女なんだ。
はぁ…ウーターニャみたいな顔に生まれたかったなぁ。




