31、ルールが住んでいた國
まだまだ手に入れたい物がたくさんあると言うマリルドとは別れ、汽車に揺られて物欲の國の果てまで数日を要して移動する。
海岸沿いを進んで次の國へ入る手もあったが、物欲の國と運動の國以外には海沿いに大きい街は存在しないものなので國境を越えた先の移動手段を徒歩以外に得られない可能性が高い。
その為、飛行魔法や乗り物を持たぬ者は國境を越える地点には注意を払う必要がある。
私達はウーターニャがくれたノートの指示に従い1度龍の背へと戻り、改めて西へと進路をとった。
海岸と龍の背を繋ぐ路線と違い、今乗っている汽車は地に潜ることはなく、龍の背の高原を真っ直ぐに進んで行く。
東西を隔てる國境は己の足で越える必要があるのでこの路線の終着駅は物欲の國の西の果て。
次に私達が進む國は『成功の國』だ。
出國の星を得るためには國民の代わりに労働する必要があるという『瘋癲の國』には私もいすずも行きたいとは思わなかった。
「せーのっ、2國目だー!!」
磨りガラス状の國境を2人同時に飛び込んで越える。
嬉しさのせいだと思うのだが理由もよく分からぬままケタケタと笑い合う。
ふと目線を上げると今までの國とは全く異なる景色が目に飛び込んできて圧巻された。
國境の目前にまで超高層オフィスビルが多数建ち並んでいる。
成功者達が犇めくこの國の様相は近未来の大都市風。
超高層ビルは宙に浮き、建物に出入りする人々を吸い上げている。
だというのにビル郡は影を一切落とさないようにできているらしく街全体が明るい。
巨大ビルの下には計画的に設えられた緑地が広がり、緑豊かなのに都会的な雰囲気を損なっていない。
これで空が青かったら更に素晴らしい景色になっていたことだろう。
残念ながらここのところ天気があまり良くないのだ。
居を構えれば名声を手に入れることが約束されるというのがこの成功の國。
この國からは各國の國境間を繋ぐ魔法式鉄道を作ったカリオテ氏、禁術に指定されている『転移魔法』に該当するとして情報共有魔法ですら現在の人物の状態を表す映像を國外へ送ることは不可能となったこの世界で、『超高速写生を行い、対象人物の似顔絵を瞬時に描きあげては、遠方にいる相手へ家付き虫を通して送り届け、受け取った者はアニメーションの要領で届いた似顔絵を高速で差し替えて視る』という方法で、人物の映像のリアルタイム伝達を可能にし、生情報共有手法を人々に周知させたビッテ氏、楽曲としての評価は低いものの世界一知名度の高い歌として知られている『パーティーのたまご』を作詞作曲したランライラ氏などの多くの著名人が輩出されている。
そして…。
この國の何処かに建つ一軒の家の中では、魔王と化したルールが人々を圧倒している筈なのである。
「時間があったらルールさんの魔王討伐にチャレンジしに行ってみる?」
「ぜっったい返り討ちに遭う!」
「だよね。私もそう思う」
『ルール程度の者が遺した財産を命を賭してまで手に入れようと考える者はまず居ないですよ。1年後に魔王が自然消滅するまで家で待機し続けた近親者が全てを引き継ぐのがセオリーですよ』
「…それってさ横取りされたりしない?」
『魔王発生後に1番長く家に居た者に魔王消失後の遺産相続権利が発生するのです。赤の他人が魔王になった家で寝食を続ける生活を好んで行う悪趣味な人間はそう居ませんよ。ほぼ確実にルールの子が遺産相続出来ます』
「ならよかった」
私が安堵する一方で、いすずが顔を青くして私のスカートを引っ張る。
「ねぇ…なんかこの國の人ってみんな怖くない?」
「ん?」
見渡すと確かにやけに私達に対して厳しい目を持っている人々が多いように見える。
その内の1人が肩を怒らせて近付いて来た。
やだ!と小さく悲鳴を上げていすずは私の影に身を隠す。
「…おう、ガキ。お前その髪どうしたんだ?オメェみてーなガキがそんな魔力を持っていても使うこともねーだろ。その髪短く切っちまえよ」
1人を皮切りに次々と人が集まりあっという間に囲まれる。
どうやらいすずの髪の長さに嫉妬し僻んでいる様子。
成功の國にて成り上がっても満たされないものがあるのだろうか。
『…こういう輩は何処にでも居ますよ。だから半端に魔力を多く持つ者は髪を短く見せる魔法を使うのですよ』
「ワルサーは?ワルサーも髪を短く見せてたの?」
『いいえ?人並み外れた俺の髪の長さは他を圧倒していましたから』
「わぁお、かっこいい」
「テメェ、何を1人でブツブツ言ってやがる。気っ色悪ぃ」
男の暴言を受けた瞬間、体に違和感が発生する。
譲って貰っていた左半身の主導権をワルサーに切断されてしまったのだ。
服も体も左側だけワルサーのものに変わっているし、左に流れる髪も真珠色に変わってしまってた。
あんなに短くなっていたのに真珠色の髪はもう肩下にまで伸びている。
あ、わ、待って。
何かするならこの体を渡すよ。
「何だその顔!気味悪ぃな!」
今度は酒を手にしていた男に酒の入った缶ごと投げつけられる。
左右別々に動くようになった私の顔に悪寒が走った故に取った一種の防衛本能なのだろう。
しかし。
「…この身の美しさが分からぬとは愚か者共め」
「なんだこいつ。イカれてんなぁ」
嘲笑を無視してワルサーが指を鳴らす。
すると私達の周りの舗装された道が一気に液状化し、人々が一瞬で地中に飲み込まれ、辛うじて顔だけが出ている状態になる。
「あいつの魔法か!?」
「いや、あいつは魔法陣を展開しちゃいなかったぜ!」
「じゃあ後ろに隠れてたチビの仕業か!」
「クソ!出られねぇ!」
場は一気に混乱する。
人々を地中に飲み込ませた容疑を向けられたいすずの混乱は大きい。
「いや、わたじゃないですよ!?え、ちょっと何が起きたと!?」
「変質魔法かな、たぶん」
「え!?うわぉ!イサナの顔どうしたと?」
「怖いよね。ごめんね。左半身をワルサーが貸してくんなくなったの。…とりあえず逃げるか」
ねぇ、ワルサー。
私は多少の侮辱じゃ傷付かないよ。
私のために怒らなくていいんだよ。
だから半身をまた貸してくれる?
このままじゃこの怖い大人たちから逃げられないよ。
「おっと」
「あ、イサナの顔がいつも通りに戻った」
「いすず」
すっと手を差し伸べると反射的にいすずは手を出す。
私はいすずの手をしっかりと握り締め、そのままいすずをぶん投げる。
「あら?思ったより飛んじゃった」
悲鳴を上げるいすずの行方を急いで追う。
ついでに酒の缶を投げ付けてきた男を踏み台にして跳み付けておいた。
人を足蹴にしたせいで踏み込む力が分散してしまい、いすずを受け止めるのに間に合うかどうか微妙になってしまった。
…やば。
空中で抱き止めてやれば衝撃は受けずに済んだだろうが、それはもう不可能だ。
スライディングで身を挺する体勢に入る。
直後にいすずが私の上に落ちるはずだったのだがその衝撃がない。
「?」
『イサナの身に触れることを俺が許すわけがないでしょう』
いすずは私にぶつかる寸前の体勢で静止している。
「た、助けてくれたのはワルサーだよね。ありがとう!」
「あははは!すまん。ふわっと投げたつもりだったんだけどミスっちゃった。とりあえずもっと遠くに逃げよ」
私の言葉に慌てて宙でじたばたともがくいすずの首根っこを右腕で掴んで脇に置き、私も身を起こす。
『先程の者達の記憶は消しましたよ』
「おっと。逃げなくていいみたい。あの人達の記憶はワルサーが消してくれたって。ありがとーう!!」
「本当!?ありがとーう!!」
「いすずは鈍足だから助かったね」
「うん、走るの苦手。走るくらいならまたイサナに投げ飛ばされた方がマシ」
「あはは、そんなにも走るのは嫌いなのね。覚えとくよ。いやしかし…怖い國に来ちゃったね」
暫く街中を歩き回って確信したことだが、この國にはやけに尊大な態度をとる人間が多い。
何かにつけていすずは大人たちに絡まれ、卑下される。
その魔力はお前には宝の持ち腐れだの、お前はダメだだのという難癖を付けて絡まれたかと思うと自分の苦労話や自伝を自慢気に語り出すのだ。
そのため今はミントグリーンの長いお下げを服の中に仕舞い込んだいすずの身を私の影に隠すようにして移動している。
この國は『睥睨の國』と揶揄される程、他人を平伏させて威張り散らすだけの生活を送りたいという人間が多いのだ。
ウーターニャのノートには自慢話を聞いて、ちょっと持ち上げてあげれば簡単に出國の星を得られると書いてあったのでこの國への訪問を決めたのだが…どうやらそれはウーターニャの容姿があってこそ成立するものらしい。
私達に対しては非常に高圧的な態度を取られ、必要性のない侮辱を受けさせられたりもする。
「若くて可愛い上におっぱいも大きい子に「すごーい」なんて称賛させることは成功者の証になるのかもね…。でもそれ以外の人間に対しては横柄で尊大な態度を取るとか國民性を疑うわ。最低」
「あれ?だったらイサナはあいつらを煽てて出國の星を貰うことはできるんやない?」
「ん?」
「イサナは美人やもん」
「!」
『コイツ…吊るす』
「…え?いすずを?なんで?ワルサーやめて」
『己れ稀人め。イサナの路銀稼ぎに役に立つと思い、連れ立つことを許したが俺のイサナを口説いた上に頬を染めさせるとは赦せん』
「え!?何?もしかしてワルサーがわたに何かしようとしとると!?ワルサーを怒らせるようなことしたっけ!?」
ほら、口説いたつもりなんて微塵もないからワルサーがどうして怒り出したのかいすずは思い当たる節がないんだよ。
「いすずは私にとって妹みたいなものなの!ん?いや弟?妹?まぁ、それはどっちでもいいや」
『…ナギチャンと同等ということですか?』
「うーん。うちの凪ちゃんといすずはタイプが真逆だからなぁ。凪ちゃんはとびきり特別な存在だもん。でもまぁいすずは理想的な妹との関係に近い…かな。いつか凪ちゃんにも頼ってもらえるようになりたいなぁ」
「なぎちゃん?」
凪ちゃんの存在を知らないいすずが首を傾げる。
私はいすずに凪ちゃんのことを語ろうとしたのだが…
「!!ギャー!」
突如まるで昭和のホラー漫画のような怯え顔をし出すいすず。
この顔だけでわかる。
動物の気配を察知したのだろう。
ひと気のない山中ならいざ知らず、このような街中でいすずに魔法石を捧げようと近付いてくる動物がいるだなんて思いもしなかったのだろう。
今までにない怯えっぷりだ。
「どっち?」
「あっちに絶対動物がおる!」
「…いすずをこんなところに1人にして大丈夫かな。この國の大人たちにまた悪絡みされちゃうかも」
「動物に比べたら絡まれる方がマシ!うわー!こっちに少し近付いてきた!」
「世界の理があるから魔力を強奪されることはないだろうけど…念のためこの植込みにでも隠れておいてね」
私はいすずを植込みの中に念入りに隠して動物を探しに行く。
急いで向かうとそこに居たのはこのような都会の街中には相応しくない大きな躰の獣。
車の陰に巨体を隠しているつもりのようだが隠せていない。
虎よりもライオンよりも大きい…これは…ライガーではなかろうか。




