29、美形はトイレに行かない
ヘプタグラム城にルールが向かった事に何故かいすずが一番慌てふためいているが私もマリルドも構ってやらなかった。
『イサナ』
「はい」
『イサナ達はもう頂点の國には入れないです。アイツがこの物欲の國を出る前に捕まえて下さい』
「捕まえるの?この浜を訪れるまでに私達は丸3日必要だったわけだし、ヘプタグラム城に入る前にルールは完全消失してしまうはずだよね」
「ん?3日?あー、イサナ達は汽車でここまで来たんだな」
「それが最速の移動方法でしょう?」
「いや?」
いや?…だと?
違うの?
だとすると話が変わってくる。
「乗り物や魔法を使う飛行移動とか、汽車より速い移動方法はいくらでもあるよ」
「…ワルサー、体を交替しよう。はいパス」
マリルドの言葉に私は体の交替を提案し、瞳を閉じて意識を飛ばす。
地球の体に入れ替わろうとしたのだが変化が起きない。
『俺に汗をかけと言うのですか?あり得ないです。イサナが捕まえて俺の前に引き摺り出して下さい』
「え。汗とかかくの?この服って環境適応機能が付いてるんでしょ?」
『イサナの服は安価な寒冷地仕様のタイプなので暑さには弱いです。運動をすれば発汗します』
「そうなんだ」
『…言い方を変えます。地球の時間停止魔法を解かれたく無ければ早く行って下さい』
凪ちゃんと過ごす時間を人質にとるとは!
ひどい!
「ごめん、いすずちょっと待ってて。ワルサーに脅されたわ。ルールさんを捕まえて来るね!」
そう言い残して私はぐっと右足を踏ん張り高くジャンプする。
思い切り蹴ったからか、考えていたよりずっと高く跳べた。
先程いすずを突き飛ばすことに何の躊躇いもなかった様子からルールは人を押し退けてでも先を急いでいる筈だと目星を付けて、カラフルな家や店が並ぶ海岸沿いの街へ上がる為の神殿のような階段に目をやると騒がしい場所が2箇所あることに目が留まる。
もう1度跳び上がり先程の箇所の内の1つを注視するもどうやらこちらは酔っ払い達の喧嘩が起きているだけの様子。
再度跳び、もう1箇所を見る。
「!」
色を失ったルールの髪色に似た人物が筋骨粒々の若者に抱えられて一気に階段を登り終えたかと思うとそっと道路に下ろされ倒れ込み、そして家付き虫に命じて飛行機を出現させた。
突然の飛行機の出現に走行中の車が慌ててハンドルを切り次々と玉突き事故が発生する。
けれど…顔が見えない。
さらに私は跳び直す。
「こっちを見て。顔を見せて」
直ぐにでも追いかけてしまいたいが、もしも人違いだったらルールを探し出すことは完全に不可能になってしまう。
『あれでしょうね。消失を開始すると魔力も体力も失うのでアイツは介助が必要になるんです』
そうか、1人では歩けなくなったからこそあの人は親切な人々の協力を得て操縦席へ乗せて貰っているのか。
「いた!飛行機に乗り込んでる!」
そう言ってルールのいる方を指すとマリルドが駆け出す。
そのあまりの速さに驚愕する。
踏み込む力が強い反動で砂が吹き上がり、またしてもいすずが砂を頭から被る。
マリルドの善意の結果なので今回は…仕方がない。
私が着地するより早くマリルドはルールに追い付き、僅かに飛び上がったばかりの飛行機の操縦席の窓にへばりつき、視界を妨げる。
突然の事態にルールは操縦を誤り、砂浜に機首を落としてしまう。
墜落寸前にマリルドは機体から離脱し、破損した箇所から逃げ出そうと踠くルールを蹴倒し捕獲した。
「離せ!離せ!あぁ、なんてことをしてくれたのだ…!吾の飛行機が滅茶苦茶だ!間に合わなくなるではないか!…そうだ、天使を呼んでくれ!最期の移動でヘプタグラムの館に連れていって貰うのだ!」
「うるせージジイ。城に行って何をする気だよ」
そう言うとマリルドは空き缶を蹴飛ばすかのように墜落した飛行機を海に向かって蹴り飛ばす。
蹴飛ばされた機体は海水を巻き上げながら水平線の彼方まで飛んで行った。
「なに今の…。え、マリルドって戦闘種族かなんかなの?」
『種族…?あぁ…、地球では人類も文化や形状に因って区分しているのですね。叶球にはそのような概念は存在しません。この世界で区分されるのは個人の好みと欲だけですから』
「…ごめん。そんなマジメな会話をするつもりじゃなかったよ…」
『もしかして今のは冗談ってやつでしたか?』
「…おもしろくなくてすまんね」
ワルサーからルールはその人であるとお墨付きは貰ったものの、きちんとルール本人かどうか確認する前にマリルドが一連の乱暴を働いたものだから、人違いだったらどうしようと不安になる。
汗だくで急ぎ駆け付けるとマリルドが顔面を踏み付けている人物は間違いなくルールであったので安堵する。
「はぁ、よかったぁー。マリルドありがとう」
『イサナ替わって下さい』
「あ、はい」
素直に従い、ワルサーに叶球の体を明け渡すとまず最初に清浄魔法で汗を吹き飛ばされた。
私の努力の証を汚物扱いするとはひどい。
きらきらと輝く真珠色の髪を潮風に靡かせてワルサーがルールの前に姿を現しているはずだが、地球の自分の部屋にある体に入った私はその様子を見ることができない。
地球の重力に圧され身動きの取れない私はソファーに置かれた身をただただ持て余す。
突如目の前に現れた美少年の眩さに急ぎ先に向かわねばならない筈のルールも思わず目を奪われていた。
ワルサーとルールの視線が交錯する。
「…馬鹿が。天使に窃盗の加担をさせるつもりか。醜い愚か者め」
ワルサーがそう言い捨て指を鳴らすとルールは上空へ飛ばされる。
マリルドが目でルールの行方を追っていたが、手を翳し目を細めても太陽光が邪魔になり、何も見えなくなってしまった。
「…あのジジイ、どうなったの?」
「醜い者が人の目に入らなくて済むように雲の中に縫い付けてやった。このまま完全に消失するのを待つ」
私の方は暇だったので先ほどワルサーが読み取っていたルールの思考に改めて意識を向ける。
基本情報ならまだしも、思考には様々な感情が入り組んでいるものなので私には解読が難しい。
しかし落ち着いて読み取るとヘプタグラム城の鍵を得ようとした理由がちゃんと見えてくる。
ルールはヘプタグラム城の初代城主であるドウコウと言う者の末裔だった。
ドウコウの偉業を称え、一族は代々単一生殖を行い遺伝子を守り抜いて来た。
それ故ルールを含む子孫の姿形はドウコウと微塵も変わらない。
そしてこの姿形こそが魔法の髄を極め、ヘプタグラム城を築城した偉大な魔法使いと名高いドウコウの子孫であることの何よりの証であった。
しかしそれはドウコウの姿を知っているものが生存していてこそ。
残念ながら900年前の世界の混乱期にドウコウの姿を知る者は存在しなくなってしまった。
やがて「初代よりも3代目ヘプタグラム城城主の方が偉大な魔法使いである」という風潮が強くなり、ドウコウに興味を示すものは居なくなり、彼の存在は歴史の彼方に忘れ去られてしまった。
故にルールは「自称ヘプタグラム城の初代城主の末裔」というだけの存在として産まれ、今日まで軽んじられて生きてきたのだ。
そんな彼も年老いて、子供を持つことを考えるようになった。
ドウコウの血脈を自分の代で途絶えさせる訳にはいかない。
しかしドウコウの子孫であることを証明が出来るものは何1つなく、自分のまだ無垢な子供にも同じ「自称」という肩書きを持たせるのは非常に心苦しかった。
その為ヘプタグラム城に忍び込み、命懸けで初代城主が自身の祖先である証を手に入れようと思い立ったのだった。
そこまで私が読み取ったところでようやくいすずが階段を登り終えて私達の元にやって来たのだがその顔は青ざめている。
遠目からルールへの仕打ちを見ていたのだろう。
「うはははは!いすず、すごい顔してんな!」
「いや笑い事じゃなくない!?戻してあげてよ!」
「…イサナ、替わって下さい。ここは暑いし、人が多くて不快です」
…ワルサーは地球の体を使う方が好きなんだね。
私は叶球の体で過ごす方が楽しいし、勿論喜んで替わるけれど。
でもその前にマリルドが海に蹴飛ばした飛行機を消してもらえるかな?
あとルールさんと話をしたいから彼を降ろしてもらえると嬉しいんだけど。
「不要となった物は自動的に世界から消失します。すでに飛行機は水中から消えていることでしょう。そして2つ目の願いは拒否します」
何でだよぅ!
お願い!
神様、ワルサー様!
今日の一生のお願い!
「……」
…じゃあ、こっちの体を明け渡すの辞めようかな。
「…仕方がないですね」
やった。
ありが…
「とおぉぉぉ!?」
「ぎぃやぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
私といすずとルールの悲鳴が重なり合う。
混乱した場を無視してワルサーは私と体を交換した。
「えっ!ちょっと!危な…!!」
墜落させろだなんて言ってない。
このままではルールは地面に激突して大惨事になると思い、言葉を失ってしまったがルールは地に着く寸前に静止し、鼻先2㎝の地点で浮いていた。
『激突させたら死ぬでしょう。殺人は禁忌です。こんな奴のために俺が消失するわけにはいきませんよ』
「…左様ですか…。もー、びっくりしてチビるかと思ったよ…」
『なんて下品な』
「違う、これは生理現象だから仕方がな…んん?」
『…成る程…』
衝撃の事実が頭の中に流れ込んで来た。
「ワルサーは…トイレが不要になる魔法まで使ってるのね…」
『それは地球の肉体に対してですよ。俺は排泄行為をしたことありませんから』
「…なにそれ。美形はトイレに行かないってやつ?意識高いね」
『所有者に所有権を放棄された物は自動的に抹消される魔法が世界に満ちていますからね。老廃物は自動的に体内から消去されるんです。排泄行為を行う人間は魔法が弾かれる質実の國にしか存在しないんですよ』
「嘘でしょ?ほんとに?そうなの…?」
思い返してみれば、ワルサーの肉体と結合してしまったこの体を使用する事になって以降、私は1度しかトイレに行ってなかった気がする。
その1度きりのトイレも寝起きの習慣として便座に座っただけで何も排泄出来なかった気がする。
それ以降はトイレに向かう必要性を感じなかった。
私の体はこの世界の魔法の影響を受けていたのだ。
…いや待って。
1度だけだとしても私はワルサーに対して最悪なセクハラをしたってことだよね…。
『あれはそういうプレイの一環なのだと思っていました。悪くなかったですよ』
「…ちょっと…ダメ。…私、暫く立ち直れない…」
「イサナどうした?本当に漏らしたか?」
「なはははは!そんなわけないやん!」
「あ…の…吾は今、一体何の罰を受けているのか教えて貰えぬか?」
しまった。
ルールのことを忘れそうになってしまった。
セクハラ問題は一旦忘れよう。
後でワルサーに忘却魔法でもかけて貰って全て無かったことにしよう。
そうだ、そうしよう。
「何の罰って…お前アホだろ。窃盗の罪を犯してまで人の城に無断で入ろうとするなんて一体何がしたかったんだ」
マリルドがルールに問い詰める。
立派だ。
とても自分も同じ罪を犯そうとしていた人間には思えない。




