28、ご利用は計画的に
「マリルドもわた達と一緒に他の人がどんな物を手に入れとるのか観察して何を願うかをちゃんと考えた方がいいんやないと?」
「そうだよね。それは私も思うわ」
「いや、大丈夫だし。欲しい物を好きに願わせてよ」
「マリルドはそれで1回失敗しとるんやろぉ!?他の人が出した物なら間違いなく安全なんやけん真似しようよ」
1日に1つしか入手ヶ浜に願うことは出来ないのでいすずは何を手に入れるのかを決めることに慎重になっている。
一方マリルドはしばらくこの地に滞在して色々な物を手に入れようと考えているからか、気楽過ぎるほど気楽だ。
しかしそれはおおらかな質を示すものであり、他の人が入手ヶ浜に願う物を調査することには乗り気ではないものの散策には付き合ってくれるようでマリルドは私達と共に浜辺を歩いてくれている。
改めて観察すると人々が入手ヶ浜に願う物には個性が溢れており、見ているだけでも面白い。
世界一の寝心地と言われる寝具に、有名魔法師の等身大の肖像画、完全に壊れてしまって観賞品扱いとなった旧式の飛行用魔法機械、武器、服、専門書、宝石、何かの骨など。
中には堂々と大人用玩具を願う者までいたらしく、その度に私はいすずに「イサナにはまだ早い!見ちゃダメ!」と背を向けるように命じられた。
家を建てたいと考える者は入手ヶ浜に通い建築材料を気長にコツコツと集めるようでだった。
一番人気があるのは100cc程の容量の小さなコップに入ったタピオカ入りドリンクのような飲み物だ。
中に入っている20粒しかないタピオカのような粒は蜻蛉玉のように美しく装飾されており、そのデザインは様々。
ベースとなるドリンクも私が知っているとのとは異なり、春の空高くにうっすらと広がる巻層雲のような霞然としている。
だというのにこれは間違いなく液体なのだ。
流動的な動きにコップの下方に溜まっている様、これはこの霞が液体であることを示している。
「あのドリンク人気なんやね。めっちゃ美味しそう」
「ん?あぁ、花餅ジュースのこと?あれ旨いよ。ワタも花餅ジュースは出すつもり」
「いすずもあのジュースを見てたんだ」
「花餅ジュースっていうんやね。綺麗やねぇ」
「あの粒はタピオカみたいにモチモチしてるのかなぁ。美味しそうだね」
「でも少なくない?なんであんなに少ないと?」
魔法に疎いいすずが私に問うてくる。
この世界の住人に私が説明をするという状況に疑問を抱きながらもワルサーの知識をいすずに提供する。
「えーっと。…あれは爪のデザインを変えるための物だからね。お腹を満たすための物じゃない…そうだよ」
「ほんとに!?」
愛らしい小ぶりな瞳を大袈裟に真ん丸にしていすずが驚いてみせる。
この子のいちいちオーバーなリアクションが面白くて笑ってしまいそうになる。
「ん、あの人見てみ。爪のデザインが変わるか見てみよう」
そう言って、花餅ジュースを出現させたばかりの人を指し示す。
手にした花餅は一粒一粒がトロピカルなカラーのチェックデザイン。
花餅ジュースを一気に飲み終わると、コップを持つその人の指先がぽうと光る。
一呼吸ほどでその光が消えると、その人の爪のデザインは確かに可愛らしいトロピカルカラーのチェック柄に変わっていた。
「おー、かわいいね」
「めっちゃすごくない?」
そういえばウーターニャがこの世界の人は性別を問わず皆ネイルには拘っているものよ、と言っていた。
それはきっと魔法を発動するために最重要な部位だからだ。
けれど魔法が身近なものではなかったいすずは私と同じで爪に何も施してしてない。
「私は花餅ジュースにしようかな。…いすずも花餅ジュースにする?」
「うん、そうしようかな。美味しそうやし」
「そうよね、美味しそうだもんね」
「マリルドは何か参考になった?」
「うーん。お金もいいけど嵩張るし、質実の國でしか使えないしなぁ」
「質実の國でも複製されたお金は使えんよ」
「え!マジか!…じゃあやっぱシロハさん関連の物にしようかなぁ」
「シロハさんってもしかして禁術諮問機関のあのめっちゃかっこいい人?」
「へぇー、いすずも知ってるんだね」
「うん。質実の國でもファンは多いよ」
「1度声を聴いたら好きになるよね!超美声!」
聞けばマリルドがシロハのファンになったのは子供の國で受けた世界史の授業で流れされた19年前に戦闘の國の天守閣に魔王が発生したことを全世界に向けて案内する天の声を聴いたことがきっかけだった。
天守閣に魔王が発生したときにのみ流れる天の声。
この天の声を担当しているのがシロハなのだそう。
当時まだ8歳だったマリルドだが、その圧倒的な美声には衝撃が走りその後すぐにシロハについて調べ回り、容姿、頭脳そして人柄までもが優れていることを知る。
将来的な性別をどうするのか決めかねているというマリルドだが、もしもシロハと結婚できるのならば女性を選択するとヘプタグラム城で通し語り明かした夜に冗談混じりで教えてくれていた。
いすずの反応が良かったからか、マリルドは情報共有魔法を使いシロハの姿を見せるために自身の瞼に魔法を宿した中指の爪を充てがう。
情報共有魔法というのは瞳の中にその人が見た映像を映し出すことができる魔法である。
映像を見るためにはマリルドの瞳をじっと見詰める必要があるのだが、慣れない私といすずは照れが先立ちお互いにマリルドの瞳を覗き込む順番を譲り合ってしまう。
「何してんだよ。マジでシロハさんカッコいいから早くワタの目を見てよ。あー、もう仕方がねーなぁー。とっておきのを出してやるよ」
焦れったく感じたのか、マリルドは家付き虫に命じてブロマイド等の自慢のシロハコレクションを次から次へと取り出し始めた。
「あーあーあ…そんなに色々と下に広げていたら周りの人の迷惑になるよ」
「へっ!シロハがなんだ!無知を衒らかす愚か者め…。ヘプタグラム城初代城主こそが最高最大に偉大なのだ!!」
私の声掛けは遅かったようで、砂浜に大きく広げられた書類を邪魔に思った人物にいすずが突き飛ばされてしまった。
マリルドならまだしもいすずを突き飛ばすとは酷い。
なんなの、こいつ!
そう思っていすずを突き飛ばした人物を見た瞬間に短く刈り込んだ鉛色の髪を持つ老人の情報が頭に流れ込む。
■ルール(80歳)
性別:無性別
頭髪:方鉛鉱
拠点:成功の國
祖先崇拝者
…しまったな。
こんなおじいさんのプロフィールなんか得たところで全く嬉しくない。
皺が深く刻まれた縦長の顔。
窪んだ瞳のせいか、鼻ばかりが目立つ。
しかしその瞳は野心に満ちた目をしており…声を掛けるのは恐ろしい。
「…誰を侮辱してやがる?ジジイてめェ、酒でも呑んでんのか」
いすずに対する仕打ちに怒りを覚えたのは私だけではなかったようでマリルドがルールの胸ぐらを掴み上げる。
…もしかしたらシロハを侮辱されたことを怒っているのかもしれないけれど。
小柄ながら腕力がかなり強いようでマリルドは自身より背の高いルールを片手で持ち上げている。
「…す、すまない。気が急いてしまっていたようだ。…これはお詫びの気持ちだ」
マリルドの気迫に目が覚めたのか、ルールは懐から袋を取り出し、その袋をいすずの足元に投げて寄越した。
「え…!?いや、邪魔をしていたのはわた達のほうだしこんなのいらな」
「ん。次はねぇからな。気を付けろ」
断ろうとするいすずを制して、マリルドはルールを砂地に叩き付けるように降ろすと袋を拾い上げて受けとった。
「えー!何で!?何で!?」
「くれるっつーんなら貰うだろ、普通」
「普通!?イサナどう思う!?」
「何を貰ったの?」
貰う貰わないは物次第かなと思い、袋をマリルドから取り上げて確認するとその中身のほとんどは金貨であった。
それも魔法で複製された物ではなく、正真正銘の純度の高い金貨である。
それは貨幣が流通している質実の國でならば高級車を購入できてしまう程の額。
「…貰いすぎ。返そっか」
「ぎゃー、何この大金!貰えない!」
「え、なんで!?イヤだ、返さないよ」
「これじゃ恐喝でしょうよ」
「あのおっさんがお詫びっつってくれたのに!?」
マリルドの主張は無視をしていすずと手分けしてルールを探す。
「イサナ!おったよー!」
人混みの中で先にルールを見付けたいすず。
いすずの目を通して見た景色からワルサーが私をルールの元まで案内してくれる。
マリルドは私から金貨を取り返そうと追いかけて来ていたが身長差に加えて私の右足の跳躍力があるので袋に手が届くことはなかった。
ルールは私達から離れた場で入手ヶ浜に願い事をしようと考えたのか、岩場の陰にて樹を生やしているところだった。
邪魔をするのは悪いと思い、ルールが物欲を満たし終えるまで岩陰から見守ることにした。
「マリルドもう諦めて。これはいすずに渡された物なんだからいすずが要らないって言うんだから返すよ」
「…ヘプタグラム城の鍵が欲しい、ヘプタグラム城の鍵が欲しい、ヘプタグラム城の鍵が欲しい!」
「はい?」
ルール…今何て言った?
「はっ!それめっちゃいい!私もシロハさんの家の鍵が欲しい!」
「なはははは!なにそれヤバすぎん!?」
「ワルサー、鍵ってなに?あるの?」
家の管理は全て家付き虫が取り仕切ってくれるものだから鍵なんて物は不要ではないのだろうか。
私の問いに答えてくれたのはワルサーよりもマリルドの方が早かった。
「家主以外の人間が家に入れるように作られる物だよ。恋人に贈られるケースが多いかな。普段使うことがない物だから鍵だなんて思い付かなかったなぁ」
「恋人!?何、ルールさんってワルサーの知り合いだったの?私あんな年上の人と1つ屋根の下で生活することになるの?」
『あんな醜い者は知り合いに居ないし、近寄らせたこともないです』
「…覚えていないだけじゃなくて?ワルサーって自分に忘却魔法をかけてすぐに他人との記憶は抹消しているよね?」
『そうしないと思考解読魔法は使い続けられないでしょう。他人のために記憶領域を埋めるだなんて真っ平ですよ』
「え、何?じゃああのジジイとワルサーがガチ恋してたかもしれないってこと?」
『このチビのことは存在から消し去りたいです』
あーあ、マリルドがまたワルサーを怒らせた。
ワルサーの声が聞こえないマリルドはいすずと共に勝手な憶測を組み立てて笑い合っている。
そうこう話している間にルールの樹に鍵が実る。
「うははは!やべぇ、イサナの城に来るんじゃねーの!?」
「やだー!」
「なはははは!」
「いや、笑い事じゃないって!」
こんなに近くで騒がれているというのにルールには何も聞こえていないかのよう。
震える手で鍵をもぎ取る。
ルールの窪んだ瞳から涙が溢れ落ちた。
するとその瞬間にルールの髪色が失われる。
と言っても真っ白になったわけでなければ、透明になったわけでもない。
全ての光を吸収する艶のない闇の色へと変わったのだ。
「ん?ジジイが消失開始したぞ」
「消失!?髪の色が消えたのがそうなの?」
「唯一を願ったってことやない!?」
「ん?唯一?なにそれダメなの?」
「マリルド…あなた本当に危なっかしいね。とりあえず鍵を願うのはやめときな。消失するよ」
「げぇー…マジやべぇところだったわ…。消失することがあるとか聞いてねーし」
「いや、調べようよ」
「うはははは!てゆうか、あのジジイはどこ行った?」
マリルドを諌めている間にルールが岩陰から消え失せていた。
辺りを見渡すももう遅い。
となるとやはり…
「…完全消失する前にあんたの城に向かったんじゃね?」
だよね。




