26、入手ヶ浜
丸3日を要して南海に向けて汽車は地中を走行する。
地上の気温や天気が窓ガラスに表示されているのだが南に下れば下るほど気温は高くなっているようだ。
私達が出発した地点は赤道直下だったので、南下するのならば暑さは和らぐはずなのにこれは一体どういうことなのだろうか。
「なんで赤道から離れて行ってるのに暑くなるの?魔法の影響…?」
「そういうものやん」
『魔法は関係ありません。標高のせいですよ』
「標高ぉ?」
呆れ果てた溜め息と共にワルサーが知識を与えてくれる。
この星、叶球は重力こそは小さいものの魔法により生物が棲息しやすい環境が整えられているため気圧は地球のものと同等。
つまり気温差が生まれる条件は地球と同じなのである。
ではなぜ地球と異なり叶球では赤道付近の気温が低いのかというと、単純にその地点の標高が高いからである。
大陸の中央、丁度赤道付近をピークとする大山脈『龍の背』は山頂である『龍の鬣』の両脇に全大陸に広がる起伏のない高原帯を持っている。
その高原の標高はいずれも2500mから2800m級。
この標高のお陰で赤道付近にあっても気温は高くなることはなく、常に春の気候が保たれている。
広大な平地に加えて温和な気候、そして龍の鬣を越えれば隣国都市と密接していることもあり29ヶ國の多くがこの龍の背の高原に大都市を築いている。
私達は今その高原帯から離れ、麓に向けて龍の背を下っているため、空気は積み重なり押し付けられて密度を増し地表の熱を上手く伝え広げるので気温が上がっているという訳だ。
龍の背の裾野、海抜が低くなった地点からは亜熱帯となり、南北問わず沖縄のような気候に変わる。
「…あー…?」
「なんでなのかワルサーに教えてもらえた?」
「教えてもらえたけど私の星の地形と全く違うから違和感が拭えない、かな」
「そう?南に行けば行くほど、北に行けば行くほど暑いってのは当たり前やん」
「ん!?え、じゃあ北極と南極は?極寒地じゃないの?」
「極寒地だよ。魔法も掻き消す人を寄せ付けない氷の世界っていうよ」
…気候は地球と同じ原理で成り立っているようだが、そこに魔法がどうのとかいう話が混ざってくるので訳がわからなくなる。
もういい。
事実だけを受け止めよう。
『イサナは自身の記憶を自由に引き出せないから不便ですね。気圧と気温の関係は過去に学んでいるようですよ』
そうなんだよねー。
気候について勉強した記憶はあるけど良く思い出せないんだよなぁ。
『俺はイサナが過去に見聞きした情報を自由に引き出せるので地球の情報については最早イサナよりも詳しいですよ』
なんてこった。
『わからないことがあれば俺を頼って下さいね。俺なしでは生きていけなくなるほど俺に依存させてあげます』
何それ怖い。
スマホ並みに依存してしまいそう。
「イサナ、顔色悪いけど大丈夫?次が入手ヶ浜だよ」
「あ、うん。大丈夫」
汽車は地上に浮上するために淡い紫の煌めく蒸気を吐くことを停止する。
纏わせていた煙が消えた先頭車輌から順に地上に顔を出した。
1日ぶりに見る地上の景色は南国の大都会。
青い空。
輝く海。
真っ白な砂浜。
ついに辿り着いた物欲の國最大の観光地『入手ヶ浜』。
その魅力は海岸沿いに國一番の人口密度を誇る巨大都市を形成させるに至る。
海岸ギリギリにまでカラフルで明るい色の高層住宅が犇めき、迷路を作るように建ち並ぶ。
入手ヶ浜は世界最古の観光地と言われ、古代から多くの人々が観光に訪れているという。
かつては砂丘だったらしく『入手砂丘』と呼ばれていた時代もあったが、人々が砂を記念に持ち帰る為に減り続け、現在のような浜に変わっていったそうだ。
100年ほど前には砂の持出しが禁止されたそうだが、減少する砂地へと降りる為の階段を何千年とかけて増やし続けていき、いつしか砂浜と陸地との間には幾重にも分岐しながら奥深くまで続いていく幾何学的な階段が出来上がっていったそうだ。
「こんな階段テレビでも観たことないよ」
『いえ、ありますよ。イサナが7歳の時にテレビで観たインドの「チャンド・バオリの階段井戸」に酷似しているかと。まぁ入手ヶ浜の階段は階段井戸と異なり1面だけですが』
「…覚えてないや…」
『記憶を確認しますか?』
「いや、別にいいよ」
いすずを励まし休み休み長い階段を降りて行く。
階段も浜辺も多くの人々で賑わっている。
この白い砂浜を訪れた人々の目的は海水浴でも釣りでもない。
全員が物欲を満たすためにこの地を訪れている。
「本当にこんな普通の砂浜が複製魔法を持ってない人でも欲しい物を何でも手に入れられるっていう入手ヶ浜?」
「…そうみたいだね」
大きな音を立てて浜辺に船と車が連続して出現する様子に圧倒される。
しかしその光景は私達2人が持つ疑念を晴らすのに効果覿面であった。
「物欲の國では物欲を満たせば出國の星が手に入るとよね」
「うん」
「上手くできるかいな。怖いっちゃけど」
「…ちょっと他の人の様子を見てみよっか」
丁度今から物欲を満たそうとするのだろう人に目星をつけて観察させてもらうことにする。
私達と同じく初めてこの浜で物欲を満たそうとしているのか、若者グループの1人が友人達に手本を見せて貰っている。
手慣れた1人が人差し指を砂に突き刺し、ゆっくりと引き抜くと背の丈と同じ高さの樹が生えてきた。
その樹の葉に欲しい物を3度囁くと望み通りの物が複製されて実るらしい。
友人に促され、私達が注目する人物は恟々と指を砂浜に刺すと自分用の樹を生やし、興奮を抑えて葉に向かって「ヴィランモデルのハイヒール」とゆっくり3度囁くと無事に美しいハイヒールを実らせることができていた。
「おおー」
思わず感動して拍手を送ってしまう。
「本当に欲しい物ならなんでも手に入るんやね!」
「うん、でも『但し魔法石、魔法機械、世界にただ1つしかないものは不可』ってウーターニャのノートに書いてあるから気を付けなきゃね」
魔法石や魔法機械の複製を作ることは世界の理によって阻まれているため何を以てしても成すことは不可能。
一方、『世界にただ1つの物』は入手ヶ浜に願えば手に入れることは可能である。
しかし世界にただ1つの物というものはその物の価値に『唯一である』ことが必須となっているため複製をしては意味がなくなる。
世界にただ1つの物をどうしても手に入れたいと願うのならば実物を強制的に現在の所有者から奪うことが必要になるのだが、そこに落とし穴がある。
この世界では『財産の保全魔法』がかけられているため『窃盗』を行うことは世界の理が許さない。
つまり世界でただ1つの物の入手をこの入手ヶ浜で願ってしまうと本人の意図に沿わず窃盗を行ってしまうことになり、樹に実った物に触れた瞬間その人間は世界から強制的に消失させられてしまうのだ。
さらに命を差し出してまで世界にただ1つの物を入手したとしても完全消失後には元の正当な所有者の元へ唯一の物は戻って行ってしまう。
完全に消失してしまう24時間の間だけでも所有していたいのだというのでなければ世界でただ1つだけの物の入手は決して願うべきではない。
「何がいいかなぁ。一番必要なのは魔力だけどそれは物じゃないしなぁ。あとは清浄魔法石があれば助かるけどそれもダメだもんなぁ」
ウーターニャと離れて生活をするようになってから清浄魔法を施してもらうことができなくなった。
入浴せざるを得なくなり左半身のワルサーの体に触れる覚悟を決めたのだが、ワルサーが体を入れ代えてこの体といすずに清浄魔法を施してくれるようになった。
理由を問うと『湯上がりのイサナの姿をこのチビの目に触れさせる機会を潰しているだけです』という回答。
ありがたいのだが、毎回ワルサーはいすずを睨め付け威圧するのでリフレッシュ感がゼロなのだ。
「何がいいかいな。うわ、どうしよう。何でも手に入ると思うと何にも思い付かんっちゃけど!?」
「いや…いすずは靴を願いなよ。それ上履きなんじゃないの?」
「なはははは!わかる?」
「うん、わかるよ。ちゃんと名前書いてるのかわいいなって初対面の時から思ってたよ」
「なははは!これねジュニアスクールの時の上履きとよ」
「物持ちいいね」
「だってまだ履けるもん」
「ジュニアスクールってことは11歳のときの靴ってことよね。足のサイズ変わってないの?」
「そうなんよ」
「ふふ、かわいいなぁ。山道とか歩きにくそうやけど平気なの?」
「うん、慣れとるけん」
「だったらそのままがいいね」
どうやらいすずに靴を新しくするつもりは無さそう。
この物を長く使い続けるのは質実の國の國民性なのか、この世界の常識なのか…どちらだろう?
清浄魔法を使えばお風呂も着替えも行う必要はない。
ということはつまり世界の常識なのかな?
『イサナにしては鋭いですね。正解です。この世界では服は通常1組しか持ち合わせないものです。服を複数持つのはファッションを強く好む人間だけです』
世界共通でスティーブ・ジョブズ方式なんだ!
私はファッションセンスがない自覚があるのでウーターニャに買ってもらったこの服だけを着ていればいい今の環境は気楽で性に合う。
私はどうにも自分に似合う服と好きな服を一致させられないんだよなぁ。
『イサナは甘めの服が好きですよね』
すみません。
女子アナの毒気のない柔らかい雰囲気に憧れているんです。
だけどやっぱりこの悪人面に甘めの服装は似合わなくて自分一人で選んだ服はいつも永久保存の鑑賞用品になってしまうんだけどね。
『確かに似合いはしないでしょうね』
辛辣!




