表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
物欲の國編
25/98

25、路銀

 1週間が過ぎてもウーターニャが戻ってくることはなかった。

 慌ただしくごめんねという連絡を受け、私達は移動を開始する。


 ウーターニャを待っている間、山を登ればすぐそこにある質実の國の國境にいすずの友人が来てくれているかもしれないから会いに行ってみようかと提案したがいすずは首を縦には振らなかった。

 もしも誰も居なかったら辛いのかもしれない。

 國境から距離をとってしまった方が気が楽なのか、移動を開始することに躊躇する様子はなく、黙々と街道を進んで行く。

 …歩みはとても遅いが。


「もしかして國境に行きたがらなかったのって山登りをしたくなかったからだったりする?」

「ぜぇー、はぁー、ぜぇー、はぁー。イサナ…キツい…!」


 うん、山を登りたくなかったわけじゃなくて登れなかったんだな。

 本人は必死なのだろうけれど、死が迫っているかのような疲労困憊っぷりが何故か可笑しい。


 外を歩くと直ぐに四足歩行の動物が近寄ってきているといすずが騒ぎ、その度に私は魔法石を受取りに向かうことになった。

 姿は見えていないのにいすずがあっちから気配がすると騒げばその先の物陰には確かに犬猫が潜んでおり、静かにいすずのことを見守っているのだからいすずの察知能力の高さ感心をした。


「おんぶしよっか?そしたら動物から簡単に逃げられるよ。私は重力がここより大きい星から来てるから右側の筋力は強いんだよ。もういすずを乗せてぴょーんぴょんだよ」


 そう言って右腕で力瘤を作って見せるが、全く盛り上がらない私の筋肉を見ていすずは笑う。


「大丈夫、少し休めばまた歩けるよ。それにイサナに触れるとワルサーに酷い目に遭わされるらしいやん」

「本当に私は頼もしいのに」

『頼もしいという表現には疑問を感じます』


 んもう。

 ワルサーの脅しのせいでいすずが私に甘えにくくなってるんだよ。


『脅しのせいではなく、甘えを絶ち丁寧な日々を送ることを美徳とする質実の國の民の非効率的な生活方針が稀人の基盤となっているせいではないでしょうか』


 そうなの?

 …きっとそうだね。

 魔法を使おうと思えば使える世界で、國民のほとんどが魔法を獲得せずに生活をしているのが質実の國だものね。

 世界を旅することを決めたためにいすずは魔法に触れることになったけれど、本来であれば魔法に触れることなく一生を國内でのみ過ごしていたはずだったんだ。


 ウーターニャのノートに()ると出國の星を手に入れるためには魔法の使用が必須となる國が数ヵ国存在する。

 そして今私達がいるこの物欲の國も魔法の使用が必須の國。

 魔法に溢れる他國文化に対する恐怖心は強いようだけれど、幸いにしていすずは魔法を使うことには抵抗はない様子。

 けれどもやはり何事にも真面目にこつこつと取り組もうとする気持ちは根強いのだろう。


 …ねぇ、いすずは【終極の願い】を持っているのかな。


『何故そんなことに興味を示すのですか』


 もしいすずが【家に帰りたい】っていう【終極の願い】を持っていたらそれを叶えると消失してしまうんだよね?

 だとしたら怖い…。


『大丈夫ですよ』


 大丈夫って?

 家に帰ってもいすずは消えないってこと?

 帰ることは【終極の願い】にはなっていないのね?


『イサナ』


 なぁに?


 改まった呼び掛けにワルサーに注意を向けると鏡越しのワルサーの姿が見える。

 ソファーベッドに深く腰を掛けた彼の頭髪は短くなったまま。

 私自身がそうなのだから同じ顔のワルサーもきっとそうなのだろうと予想はしていたが短髪がとてもよく似合う。

 私は髪を短くすると様になり過ぎて女に見えないと言われることから髪をボブにまで伸ばしているのだが、男性になったワルサーならばこのまま髪を短くしていてもいいのではないかと思う程に似合っている。

 …まぁ、ワルサーには髪を伸ばして貰わなくては体を戻すことができなくなるので短髪が似合っているだなんて言うつもりはないけれど。


『稀人の【終極の願い】を知ってどうします?【願い】が叶わないようにを邪魔をするのですか?【願い】が叶うように協力するのですか?イサナにはどちらもできないでしょう」

「…!」


 ワルサーの言う通りだ。

 いすずの【終極の願い】を知ったところで私はどう動くこともできない。

 叶えるも叶えないも他人が手出ししていい領域を越えている。

 本人が命を差し出してまでも叶えたいと強く願うからこその【終極の願い】なのだから。


『俺は今後も他人の思考と記憶は一通り確認し続けます。イサナに隠し事はしないと誓いましたが、稀人とウーターニャの【願い】をイサナが垣間見てしまわないよう知識の共有に制限をかけようと思います。…良いでしょうか』


 うん、お願いします。

 できれば親しくなった人の思考や記憶は読めないようにして貰えると助かる。

 大切な人達が隠したいと願っていることを知りたくないもの。


『わかりました』


 …嬉しいな。

 ワルサーって優しいんだね。


『イサナに対しては常に優しいつもりですが』


 うん。

 でも今回はいすずにも優しいんだもん。

 私があの子の【願い】を邪魔しないように先手を打ってくれたんだから。

 私にだけ優しいじゃなくて、私が好きな人達にも優しくしてくれたことが嬉しい。


『また俺以外に『好き』と言いましたね』


 言ってない、言ってない。

 それにワルサーが考えている『好き』と私が使う『好き』は方向性が違うから大丈夫。


 ワルサーが無表情ながらも怒っている様子が見てとれるのは怒気が立ち込めているからだ。


 もう。

 やめろ、イケメン。

 ワルサーの顔は私と一緒で怒ったら迫力がありすぎる。




「あー、駅だぁー」


 2㎞程度の距離を1時間30分とたっぷり時間をかけてやって来たのは南海に(のぞ)む白い砂浜への最寄り駅『入手ヶ浜(にゅうしゅがはま)駅』に至る路線の小さな無人駅。

 ここに到着する15分手前の地点で駅に向かう乗合い車両が上空を行き交っていることに気付いたが、1日2本しか運行していない汽車の発車時刻に乗り遅れる心配はなかったため、いすずには空飛ぶ乗合い車両のことは黙っておいた。

 結果いすずは今、ベンチで溶けそうにぐったりしている。


「これ、私の世界のスポーツドリンク。飲める?」


 空を掻いて出したペットボトル入り飲料を差し出すと、いすずは珍しそうに受けとる。

 蓋を開けることには躊躇しなかったことから、ペットボトルなど日用品各種は同じものがこの世界にも普及しているのだということがわかる。


「ちょっと不思議な味だけど、冷たくておいしいね」

「製薬会社が作った飲む点滴らしいからね。疲れてるときとか、風邪をひいたりして体が弱っているときには凄く美味しく感じるんだよね」

「かぜ?」

「あ、そっか。この世界では風邪もないのか」

「…汽車に乗るための魔力…わたの髪はいつまで持つかなぁ」


 30分後にやって来る汽車をホームのベンチに腰を掛けて待っているといすずが心配そうに鞄を抱き締めて呟く。

 この世界では貨幣(お金)というものが基本的には流通していない。

 魔法で大抵の事柄は自己で解決できるということもあり、質実の國以外では貨幣に価値がなく、使用も出来なければ貨幣を魔力に交換することもできない。

 他人から何かを得ようとしたり、今のように汽車に乗ろうとするならば対価としてお金ではなく、髪の毛を捧げることになる。

 ウーターニャに餞別として髪を捧げてもらえたこともあり、今回汽車を利用する2人分の魔力は私の髪から捻出すると決めていた。

 魔法の駅は利用者の目的地や支払い方法を自動的に判別して魔力を吸い上げるようになっているらしく、ホームに足を踏み入れると私の髪は元の髪の長さにまで短くなってしまった。

 そのためいすずは不安になってしまったのだろう。

 私は慌てて立ち上がり、あ!と声を上げる。


「ごめん!いすずに渡してあげるって言って預かってた物があったんだった」


 次々現れる動物に立ち去ってもらうことにばかりに頭が一杯になっていて魔法石の価値を失念していた。

 動物たちから授けられた魔法石のこと、これを路銀に充てれば魔力の心配はないことを伝えるも、いすずは稀人という言葉はおろか、魔法石の価値についてさえ知らなかったと言う。

 魔法をほぼ使うことがない質実の國では魔法石もただの石ころと思われているのだろうとワルサーが補足してくれた。


「え…それって本当に売れると?」

「そうワルサーが言ってたけど…」


 実際に買い取ってもらったことはないので疑われると自信はない。


「売れるとしてもそれって動物がくれたものなんよね?」

「ん?うん」

「わたはとても触りきらんっちゃけど…どうしよう」

「魔法石でも怖いの?」

「理由は自分でもわからんけど動物の毛だと思うともうめっちゃ怖いとよ。ゾワゾワする」

「じゃあ魔力に替えるまでの間は私が預かったままにするか。魔法石屋さんを見付けたら魔力に替えてもらおう」

「いいと?」

「うん。その代わり配送所を見かけたらちょっと寄ってもいい?私の分の魔力を稼ぎたいから西に向けての荷物を預かって行こうかなって」


 配送代行は最もポピュラーな世界旅行者の収入源。

 この世界で東西に國境を越えられるのは無性別者のみ。

 そして5年間は1度越えた東西の國境を再び越えることができないという世界の理が存在する以上、他人に荷物を託さなければ東西物流は成立しないのだ。

 配送業を生業としている者に託すよりも世界旅行者に荷物を託せば少量の魔力で運んでもらうことができる。

 (あたい)の違いは信用性の違いである。

 世界旅行者に荷を託した場合の荷物が無事に届く確率は低い。

 途中で運搬を投げ出されることもあれば、世界旅行者が道中で【願い】を叶え消失してしまうこともあるからだ。

 そのためこの世界では荷物の発送者は配送代行希望者を斡旋する配送所へ荷物を持ち込んだ際に手数料分の魔力のみを支払い、受取人が成功報酬として魔力を支払う仕様になっている。


「バイトすると!?」

「うん。私の髪は残りこれだけだもん。いすずより先に丸坊主になるよ」

「え!じゃあもしこの魔法石を魔力に替えられたら一部を動物からのボディーガード代として渡す!だから配送バイトをするのは考え直して!」

「なんで?」

「ペットの配送を受けてしまったらどうすると!?」

「あはははは!」


 なんでそんなことに気が回るんだろう。


「わたは家付き虫を持ってないからこれからもヘプタグラム城の客室に宿泊させてもらうことになるやろうし、そのお礼はしなくちゃとは思っとったとよ。あんな立派なお城の宿泊費には足りないとは思うけど魔力が手に入るならそうしたい」

「えー、もしその提案に私が甘えたとしたらいすずは私の雇い主になるわけぇ?」

「なはははは!いいね、その響き。ご主人様って言ってみてよ」

「…ご主人様、汽車来たよ。早よ立て」

「ねぇー、ひどくない!?」

「いすずがご主人様なら私は家主…いや、御館様(おやかたさま)よね?」

「なにそれ!?」


 私達が駆け込んだ汽車が発車する。

 徐々に加速すると煙突から吐き出す淡い紫色の煌めく煙が車輌全体を覆っていく。

 最後尾車両まで全てを煙に包むと汽車は地中にとぷんと沈む。

 紫色の雲を引き残して汽車は完全に地中に溶け込んだのだが、雇用主に対する態度がなってないという叱責とその応酬に夢中で私達は不思議な汽車の走行方法に暫く気付くことはなかった。

【ちょっぴり補足】


■髪の価値について


髪は1㎝で日本円にして1万円の価値があります。

今回イサナの髪の毛は7㎝程短くなりましたので、汽車の運賃は片道1人で3万5000円だったことになります。

10代の魔力の使い方ではないです。

贅沢ぅー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ