21、にゃーん
「いすず、だっけ?これから一緒していい?」
「…えと…」
ん?
この子、前にもどこかで見たな。
どこだっけかな?
「大丈夫よ。イサナは変人だけど優しいわよ」
「ん?ウーターニャちゃん?」
『他人と共に行動する必要がどこにありますか?いつだってこんなに近くに俺がいるというのに』
近くというか、くっついているものね。
…國境越えたこと怒ってる?
『國を越えたことは構いません。様々な國でのイサナの姿を見れるのであれば』
まぁ、共に旅をするかどうかはいすずの判断次第だからまだどうなるかはわからないよ。
一緒に世界を一周するとしたらワルサーのこととか私の事情は伝えなくちゃだよね。
今だって不安そうにしているのに、私みたいなこの世界に慣れていない人間と旅することになるだなんて嫌かもしれないな…。
「6代目様はなんて徳の高い御方なんだろう!見ず知らずのいすずの為に國境を越えてくださった」
「よかった。本当によかった。暫くの間は寂しいけど6代目様と一緒なら安心だわ。なんてったって初日の魔王を倒された御方なんですもの!」
「どうかこの子を宜しくお願い致します。私達は魔法を持ちませんから世界を旅するだなんてとても恐ろしくて…臆病な我々を御許し下さい」
本人の意思を置いてけぼりにして周囲の大人たちが話を進めていく。
私のことを6代目だと勘違いしているようだけれど、この身を動かす私は魔法が使えないと知ったら彼らは怒り出すのだろうか。
…怖いな。
でも今、取り急ぎ取るべき行動は自己紹介ではない。
私は周囲を見渡していすずが恐れている動物の居場所を探る。
ぽおんと地を蹴り、低木の影からこちらを窺う獣の側へ一気に移動する。
「…ねこちゃん?」
あの怖がりっぷりといすずの脳内の映像から恐ろしい獣の姿を予想していたのだが、そこにいたのは愛らしい猫の親子。
辺りを見渡すと他にも猫が複数潜んでいることがわかる。
いすずは猫が苦手なのかな?
猫アレルギー?
まぁいいか。
「ごめんね、あの子は君たちのことが怖いんだって。離れてくれるとありがたいんだけど」
って伝わるわけがないよねー。
にゃあと可愛い声で鳴くねこちゃん。
しかしこんな山の中に猫って住み着いているものなんだね。
『この猫たちはあの天河石の髪の者を慕ってここに集っているようですね』
「慕う?」
『あの者は獣…毛が生えた四足歩行の動物や幻獣に愛されると言う稀人なのでしょう。稀人は獣たちに深く愛され、その親愛の証しとして魔法石を捧げてもらえるのです。獣から与えられた魔法石を売り、財を成すことができるので皆が夢見る才能の持ち主なんですが…相性が合わないのでしょうね。こんなに動物を毛嫌いする稀人は初めて見ますよ』
「…なにそのうはうはモフモフな才能」
『獣から獲た魔法石の価値はピンキリです。この猫たちは毛足が短いので大した値にはならないかと思われますよ』
「魔法石をいすずに渡せたらこの子達は去って行ってくれるのかな」
『その通りかと』
「いつも色々教えてくれてありがとねワルサー。よーし、ねこちゃん方。いすずはすごく怖がりさんでね、これ以上は君たちに近付けないんだよ。だからね、私が君たちの魔法石を預かっていすずにお届けするっていうのはどうだろう?」
言葉が通じるとは思えないが、この提案が伝わってくれなければどうにもしようがないので、魔法の世界の猫の理解能力の高さを期待する他ない。
逃げられないように必要以上に距離は詰めず、腰を落として目線の高さだけ猫達に合わせる。
暫しの沈黙の後、ゆっくりと母猫が私に近付いて来てくれた。
体を幾度か私の足元に擦り寄らせると頭を揺らし、小さな魔法石を出現させた。
地に落ちた魔法石を前足でちょいと蹴り、私の靴に当てる。
「お預かりしますね」
魔法石を拾い上げると他の猫たちもそれに倣う。
続々と集まる魔法石。
この場にいた猫の数がここまで多かったとは驚きだ。
人並みに動物好きな私でもこの数にはさすがに1歩身を引いてしまった程だ。
動物が怖いと言ういすずならば嘸かし恐ろしい思いをしたことだろう。
両手でも持ちきれない数に膨れ上がった魔法石を巻きスカートを裾に集め入れる。
「はい、確かに全てお預かりしました」
頭を下げてから顔を上げるとそこに猫達の姿はもうなかった。
愛する稀人が自分達を苦手とするのならば、魔法石さえ託せたならば速やかに立ち去るといったところなのだろうか。
愛が…深い。
「価値が低いって言ってもこれだけの数の魔法石をあそこにいる人たちの前に持って行ったら騒ぎになりそうな気がするけどどうだろう?」
『興奮した人間がイサナに群がったらいけませんね。ではイサナの中指に一度封じて、後程あの稀人に渡してやりますか』
「わかった」
掌を返して大量の魔法石に爪を向けるとするすると魔法石が爪の中に取り込まれていく。
だからといって痛くも痒くもなんともない。
不思議だ。
全ての石を取り込んで爪を眺めるが別段変わった様子はなかった。
ウーターニャみたいな美しい爪になるかと思っていたけれど、魔法石と素敵なネイルデザインは無関係のようだ。
…おっと、こんなことに気を取られている場合じゃないや。
「お待たせ。猫たちはみんないなくなったからもう大丈夫だよ」
青かったいすずの顔色がぱっと晴れる。
「追い払ってくれたと!?すごくない!?」
「いや、私は別に大したことは…」
「めっちゃすごくない!?」
興奮して私を褒め称えるいすずを見て壁の向こうのとおるをはじめとするいすずの友人達が吹き出す。
「大袈裟過ぎるって!」
「どうせ犬猫でしょう?なんでいつもゾンビにでも襲われたみたいになっちゃうの?」
「だって怖いんやもん!毛が怖いとって!」
いすずの言い分に皆がまたどっと笑う。
しかしその目には涙が浮かぶ。
「ごめんね、私たちがヘプタグラム城を見に行こうって誘って町から離れさせたせいでこんなことになってしまって」
「ううん、コートを貸してくれてありがとう。必ず返しに行くからね」
「いすずと一生離れて過ごすだなんて考えられないよ。だからちゃんと帰って来てほしい」
「…うん」
「怖いよね。でもきっと大丈夫。6代目様が一緒なんだもん。今だって動物を追い払ってくれたし、安心していすずを託せるよ。…これも全部くうも先生がいすずの為に知恵を貸して下さったおかげだね」
「いや。ごめんな、いすず。天使様の最期の移動の知識を間違えていたせいで下手に期待させてしまって」
「いえ。先生のお陰でこの2日間、こんな山の闇の中でも絶望せずに過ごすことができました。それに今はこうして頼りになる6代目様を連れてきて下さったんですから感謝しています」
…おおお?
私は6代目じゃないと言い出しにくい流れになっていってる。
「ちょっと待って!2日も家も呼び出さずに山の中で夜を過ごしたの!?皆もそうなの!?ここだって標高は高いのよ!低体温症になってるじゃない!治癒魔法はかけておくけれど、あなた達は早く町に戻って念のために診察を受けること!この子は私が物欲の國の町中まで連れて行くわ。あとは私たちに任せて。私の名前はウーターニャ、彼女の名前はイサナよ。この子の旅路は私たちが保証します」
周囲の人の返事を受ける前にウーターニャは魔法陣を展開、そして治癒魔法を施す。
続けて國境を越えていすずに羽衣を掛けてやり、私の腕を取って翼を出現させる。
「笑顔でいってきますを言いなさい」
涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭い続けるいすずにウーターニャがアドバイスをする。
「いっでぎばす…!」
笑顔にはとても見えないが、いすずなりに頑張って別れを告げると翼はいすずを高く空へ舞い上がらせて自身も飛び立つ。
「いすずのあほー!!!」
「動物嫌いを治して来ーい!!!」
「あはははは!」
涙と笑いのいすずとの別れを惜しむ声が姿が見えなくなっても耳に届き続けた。
いい友達だな、なんて他人事なのに泣けてきそうになっていると隣にいるウーターニャが目元を押さえて泣いている。
「見ていすず。ウーターニャちゃんが泣いてるよ」
「ちょっといすず!?こういうときは涙を見て見ぬ振りをするものでしょう!!」
「あはははは、すまんね」
いすずが笑うといすずが涙を拭っていたハンカチが手から滑り落ち空を舞う。
私の目の前を横切るようにひらりと舞い落ちるハンカチに腕を伸ばす。
危うくウーターニャにしがみついている腕を解いてしまいそうになりながらも無事に掴むことができた。
「やった…」
ウーターニャが死にたいの!?と怒り狂っているが、この成功は私に良い予感を抱かせる。
「いすず、試しに暫くの間だけでも私と一緒に進んでみない?楽しい旅行になりそうな気がするんだ」




