永遠なれ、退屈令嬢。
第二王子ジークフリート、失恋。
この報は、密かに、しかし速やかに学院内を駆け巡った。
もちろん、公式に発表されたものではない。
というか、ジークフリートもメルツェデスも口に出してはいないし、振られたジークフリートは翌日も普段と変わらぬ姿を見せていた。
だが、どこにでもカンのいい人間はいるもの。
ましてここは年頃の、そして恋愛話に飢えている令嬢が山といる貴族学院。
二人のわずかな変化で、そのことに気づいてしまったのが数人。
そうなればもう後は止められるわけもなく、噂は広まり……その結果。
メルツェデスの周囲は、静かになった。
ジークフリートさえ、振られた。
であれば、凡百の令息に勝ち目などこれっぽっちもないだろう。
となると最早、メルツェデスの気持ちがどこにあるのか、その周囲にいるフランツィスカをはじめとする令嬢達はどうなのか。
周囲は、静観することにしたのだ。
それがまさか、メルツェデス達をさらに手の届かない存在にするとは、誰も思わなかった。
まず、『魔王』が討伐されたすぐ後に来た、夏。
前年に誓ったように、この夏も盛夏祭が無事執り行われた。
その剣術大会決勝、飛び級で出場したメルツェデスが父であるガイウスと激突。
……残念ながらこの年は、惜敗であった。
だが翌年、ついにメルツェデスは、晴れの舞台で最大の壁であったガイウスを乗り越えた。
彼女が勝利を決めた瞬間の歓声は今まで聞いたことがないほど大きななもの。
また、咆哮のようなガイウスの号泣も、そうだった。
ついに乗り越えられた悔しさか、娘の成長を喜ぶ親としてのそれか。
あるいは、両方か。
ともあれ、メルツェデスはガイウスに勝った。
つまり、エドゥラウム王国最強となった。
なってしまった。
最早彼女に並ぶ術などなく、それが出来るとすれば弟であるクリストファーくらいのもの。
まことしやかにささやかれる『メルツェデス嬢は自分より強い男でなければ婚約しない』という噂も何故か再び人の口に上るようになり、彼女は手の届かぬ高嶺の花となってしまった。
ならば、エレーナやクララはどうか、と目を向けた連中をあざ笑うかのように、豊穣祭で『聖騎士』クララが公爵令嬢エレーナを侍女にする、との発表がなされ、また激震が走った。
何故ならば。これによってエレーナは、清らかな身体であることを義務付けられたからだ。
これは今では廃れてしまった慣習だったのだが、かつて『聖女』には、その身を『聖女』に捧げた侍女が付けられたのだという。
『聖女』の傍に立つにふさわしい高位貴族令嬢から選ばれ、神聖性を保つために男性との交際は一切認められない。
……という慣習を、古い歴史書から調べ出してきたのは、クララだ。
彼女は、どうにかしてエレーナと一緒にいられないか、その術を必死に探していた。
そして、見つけた。古い慣習の中に、その可能性を見つけ出したのだ。
おまけに、『聖女』の侍女を出したことによって得られる権威はかなりのものがあり、『精霊結晶』を国王派にばかり抑えられて焦燥していたギルキャンス公爵もこれにはにっこりであるため、反対もない。
「やってやれないことはないんですね!」
と、発見した時に見せたクララの笑顔は、それはもう輝かんばかりだったという。
そして、クララからその報告と提案を受けたエレーナはもう笑うしかなかった。
「……負けたわ、クララには」
その時に見せたエレーナの笑顔は、吹っ切れたように穏やかなものだったという。
そうなると残るはフランツィスカだが……彼女がメルツェデスに熱を上げていることは周知のこと。
であれば学院の卒業を待とう、となったのも仕方のないことだろう。
この国では、公にこそなっていないものの、同性同士での付き合いというものが黙認されているところがある。
始まりは、それこそ『聖女』と侍女の親密な関係から始まったのでは、と今更ながらに研究が始まったりしたのだが。
ともあれ、貴族女性に夜の手ほどきをする女性家庭教師との関係が行き過ぎたものになったり、逆に男性でも同様のことが起こったりといったことは、それなりにあった。
ただそれは、いずれも長く引きずらないもの。とされている。公式には。
形式上の結婚をした後も関係が続いていたのでは、と思われる事例もあるにはあるのだが、それらはいずれも明言はされていないもの。
少なくとも表向きは、学院を卒業するなどの人生の区切りで解消され、それぞれに伴侶を見つけるものだった。
だから、フランツィスカとの縁を狙う者達は、油断していた。
学院の卒業を待てばいい、と。
彼女の近くにいるのが、誰なのかを忘れて。
事件は、学院の卒業式後に開かれたパーティで起こった。
もちろん、婚約破棄騒動などではない。
「メルツェデス・フォン・プレヴァルゴを、『巡検使』に任ずる!」
と、国王クラレンスが発表したのである。
途端、会場は騒然とし始めた。
『巡検使』とは、国王の命を受けて国内各地を巡り、統治している貴族達の状況を調査する、いわば監査役。
役割遂行には高い個人行動能力と懐柔されない高いモラルとが要求されるため、もう長いこと任ぜられることのなかった古い役職だ。
それが、今回の騒動におけるジェミナス伯爵の裏切りを契機として、復活することになった。
しかも、ガイウスを越えた個人戦闘能力を持ち、『勝手振る舞い』を許された令嬢がその役職に就くのだという。
……地方で甘い汁を吸っている貴族達の肝は、どれほど冷えたことだろうか。
とはいえ、『巡検使』は過酷で面倒な役職でもある。
なんとか、それこそ彼女の持つ『勝手振る舞い』で断ってくれないものか、と藁にも縋る思いで祈ったのだが。
「謹んでお受けいたします」
と、彼女は恭しく頭を垂れた。
これで、最強の『巡検使』の誕生は確定。
ならばどうすべきか、悪徳貴族らが計算している間にも会話は続いていく。
「ところで、『巡検使』には一人助手が付けられるんだが。誰かこれという人材はいるかね?」
「はい、おります」
クラレンスに問われたメルツェデスは、即答して。
それから、視線をその心当たりの人物へと向ける。
その人物が一瞬だけ驚き、しかしすぐにしっかりと力強く頷き返したのを見て、メルツェデスは口を開いた。
「フランツィスカ・フォン・エルタウルス嬢を、是非に」
その言葉に、更なる驚きの声が弾けたのだった。
それから、一年ほど後。
とある地方貴族領にて。
「ほんとうにあれこれと手を変え品を変え、悪知恵というのは尽きないものねぇ」
「その分退屈しない、だなんて言わないでよ?」
暢気な声で物騒な会話をしながら、二人の令嬢が馬を進めていた。
もちろん、メルツェデスとフランツィスカである。
この一年で、二人が叩き潰した悪徳貴族は片手に余る。
いかな名君クラレンスであっても、長きにわたった戦争から十年そこらでは、引き締めも十分ではなかったらしい。
しかし、メルツェデスの嗅覚は、そんな貴族達を嗅ぎつけていった。
そして不正を隠蔽しようとすればハンナが暴き出し、抵抗しようとすれば力で正面から。
水と火、相反する属性を持つ上に単純な物理戦闘でも突出した力を持つ二人にハンナのサポートがつけば、どれだけの数を揃えようとも物の数ではない。
クラレンスの狙いは、大当たりだったわけだ。
「そういえば、ミーナも今度合流したいって言ってたわね」
「あ~……あの子も最近研究詰めだったから、ストレス発散したいのかしら。……それに耐えられるような場所かどうかは知らないけれど」
メルツェデスが思い出したように言えば、フランツィスカが少しばかり遠い目になった。
学院を卒業後、ヘルミーナは研究生活に没頭している。
それも、時折水の精霊も巻き込んで。
『いや~、まさかあんな使い方をするとは思わなんだ。ほんにそなたは面白いのぉ。
詫びもしたいし、わらわが研究を手伝ってやろう』
と、精霊とは思えぬフランクさで時折ヘルミーナの元に訪れては研究をしているのだという。
とはいえストレスが貯まれば暴れたくもなり、メルツェデス達の手伝いにひょっこり現れることがある。
そんな退屈・爆炎・マジキチ三令嬢に遭遇した悪徳貴族は、自業自得とはいえ哀れとしか言いようがない。
なお、リヒターとの婚姻は、予定通り進められているとのことだが……きっとヘルミーナは結婚後も好き勝手に研究し、あるいは飛び回るのだろう。
「ストレスと言えば、クリストファーさんはどうなの? かなりしごかれてるらしいけど」
「わたくしに越えられたから、次はクリスにわたくしを越えさせようとしているのよねぇ……しかも、何とか耐えているみたいだし。
わたくしもうかうかしていられないわ」
プレヴァルゴ家長男でありメルツェデスの弟クリストファーは、ガイウスの後を継ぐべく奮闘している。
もちろん険しい道だが、彼はきっと乗り越えるのだろう。
メルツェデスはそう確信していた。
ちなみにジークフリートは将来の近衛騎士団長としての修行が始まり、ギュンターは相変わらず彼に付き従っている。
あの主従の絆は、きっと不変のものなのだろう。
「お嬢様、連中が屋敷に集まっております。恐らく裏取引が始まるものかと」
「そう、ありがとう、ハンナ」
もちろん、こちらの主従も。
いつの間にやら姿を現したハンナが、馬に並び走っている。
その報告を聞いて、メルツェデスは馬を走らせた。
走ることしばらく。
目当ての屋敷に着いたメルツェデスはひらりと馬から飛び降りて。
「なっ、なにやつっぐぶぉぉ!?」
慌てて駆け寄ってきた見張りらしき男数人をあっという間に斬り伏せた。
「フラン!」
「ええ、任せて!」
守る者がいなくなった門へとフランツィスカが突進、その剣に纏わせた爆炎を叩きつければ、腹の底に響き渡る轟音と共に門が吹き飛んだ。
そのまま二人は、いやハンナも入れて三人は、門をくぐって屋敷の奥へと突き進み。
今まさに裏取引を始めようとして、突然の爆音に硬直していた貴族や裏世界の人間らしき面々に出くわした。
「オ~~~~ッホッホッホッホ!」
その姿を、様子を認めたメルツェデスは、口元に手を当てて高笑いをぶちかます。
「な、何者だ貴様っ! 何故ここにっ!!」
あまりにあまりなことが連続したため、悪徳貴族の頭はろくに動いていない。
彼女が誰か、少し考えればわかっただろうに。
「問われて名乗るもおこがましゅうございますが、ご存じなければお教えして差し上げましょう!」
そう返して、彼女は左手で前髪をかき上げる。
そして見せつけるは、ご存じ秀麗な額に輝く真紅の三日月。
「恐れ多くも国王陛下から賜った、この『天下御免』の向こう傷!
メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ、天下無双の退屈令嬢とは、このわたくしのことですわ!」
決め台詞も鮮やかに、今日もまた、彼女主演の活劇が幕を上げたのだった。
※これにて、『悪役退屈令嬢』本編完結でございます!!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!!
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いや本当に、ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。
何しろ自身初の300話越え、更には100万字越え。
こんなにも長い物語を、最後まで。
書ききることが出来たのは、ここまでお読みくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
この作品、先ほど申し上げましたとおり、自身初の300話越え、100万字越え。
おまけに初の連載中での10000ポイント越え、商業化のお声がけ、と初づくしでございまして。
思い入れもひとしお、な作品でございます。
そんな作品が完結したことには、感慨深いものがあります。
また、それだけでなく。
実はこの作品、いくつか狙ったことがありました。
もちろん商業化もありましたが、それ以外にも。
中には赤裸々に明かしてしまうと物議を醸しそうなものもあったりしつつ。
そのうちの一つが『普段百合作品を読まない人にも楽しんでもらえる作品にする』というものがありました。
ご存じの方もおられるかとは思いますが、正直なところ、百合作品を楽しまれている方は、まだまだ男女ものやBLに比べると少数派。
その中で商業化を目指すなら。
あるいは読んでくださる方を増やすには。
そう考えて目指したのが、『百合とか関係なくても面白いと思ってもらえる作品』であり、『百合が気にならない作品』であり、『でも百合好きな人にも満足してもらえる作品』でございました。
……こう列挙すると、とんでもないもの目指してますね、これ。
ですが、感想欄を拝見していると、『もしかして、あまり百合作品に触れてこられてないのかな?』と思われる感想もいただいたりしておりまして。
目指したところが、少しは達成出来たのかな、と自負しております。
ただ、その分百合好きな方には薄味だったかも知れません。
最後の最後でいっきに濃度を上げたつもりですが、いかがだったでしょうか。
また、最後までお読みくださった方にはおわかりかと思いますが……「いや、このエピソードも書けよ!」ですとか「イチャラブが足りないんですが!?」とかいうお声をいただいても仕方ないかな~と思わなくもありません。
ただ、それらも書いていくと、お話として冗長となるかな、と思いまして。
本編としては、一旦完結させていただこうと思います。
書きたいエピソードもいくつかありますので、それらは今後、一休みした後に不定期で後日談として投稿していこうかと考えております。
投稿した際には、またお読みいただけたら幸いでございます。
それから……終盤、コミカライズの宣伝が多くて申し訳ないです。(汗)
ただ、私としては初めてお声がかかった商業コミカライズ。
しかも担当さんは、1年以上かけて根気強く漫画家さんを見つけてくださったというありがたさもあり。
コミカライズ担当のセシボンれもん先生は、毎回毎回本当に原作をしっかりかみ砕いて漫画に落とし込んでと、全力を尽くしてくださっています。
そんなお二人に、さらには関係者の皆々様に報いたい。
でも私には、告知しか出来ない! 出来ないのです!!
ということで、しつこく告知しておりました。
どうか初の商業化に浮かれた物書きの暴走と生暖かく見守っていただければと思う次第でございます。
その他にも語りたいことはございますが、きりもありません。
先ほど伏せた狙いなども含め、Xの方でぽつぽつ裏話などは投稿していこうかなと思います。
もちろん、公開していいものだけ、ですけども。
改めまして。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!!
この作品が完結出来たのは、読んでくださった皆様のおかげです。
願わくば、また次の更新で。あるいは次の作品でお会いできますことを!!




