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鳥目シアンと、あのVTuberかもしれない彼女たち  作者: 群青アイ


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9/13

雨の日、誰かを見る

一話完結の連作短編です。

鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。

窓の外では、雨が途切れず降っていた。


天気予報では夕方から強くなると言っていたけれど、ここまでとは思わなかった。ときどき風まで強くなるせいで、雨粒が窓を叩く音がやけに大きい。


リビングのテレビには、鳥目シアン(VTuber)の配信が映っている。


今日は活動半年記念の振り返り雑談らしく、シアンはコメント欄から拾った話題をあちこちに飛ばしながら喋っていた。天気を気にしたのか、鳥はどこで雨宿りするのかという話題になった。


「私、人間だからそのへんの知識はないんだよね」


《鳥だった設定どこいった?》

《こういう時は茂みの中でジッとしてるよ》

《昔のことなら仕方ない》


次々に飛んでくるコメントを見ながら、シアンは楽しそうに笑った。


「設定じゃないって。ほんとに鳥だったんだから」


何度目か分からないお決まりのやり取りに、僕は口元を緩めながらテーブルの上のグラスに手を伸ばした。


飲み物を口に含んでいるうちに、コメント欄ではお互いの状況を気にする話題が再び増え始めていた。


《雨やばい》

《こっちは少し弱くなった》

《電車止まってない?》


「え、そんな降ってんの?」


シアンの視線が、配信画面の外へわずかにずれた。その言葉に、僕も窓の外へ目を向ける。


暗くなったガラスの向こうで、街灯の光が雨に滲んでいる。さっきよりひどくなっている気もした。


視界の端で、姉が小さく息を吐くのが見えた。仕事から帰ってきてから、何かを待っているように見えた。


テレビへ視線を戻そうとしたところで、食卓の方から姉のスマホが鳴った。


「もしもし」

「うん。家。そっちは?」


少し間があって、姉が驚いたように声を上げる。僕はテレビへ視線を戻したまま、振り向きもしなかった。


「え、まだそこにいるの!?」


そのまま画面を眺めていると、テレビからはシアンがコメントを拾いながら話を続ける声が聞こえてくる。


食卓の方では、姉がまだ誰かと話していた。


窓の向こうでは、まだ雨が降り続いている。

観測は続く――


弟は、さっきからテレビの前を動かない。


服が肌に張り付くくらい濡れて帰ると、弟はもうリビングに陣取っていた。急いでお風呂に入って戻ってきても、同じ場所で配信を見続けている。聞こえてくるのは、少し高めで明るく抜ける、特徴的な女の声と、それを面白がっている弟の笑いだ。


何度か弟から名前を聞いた気はする。鳥目なんとか。


私にはよく分からないけれど、本人が楽しそうだから邪魔はしない。私の観たい番組の時間になったら、テレビは譲ってもらうけど。


ダイニングテーブルに置いたスマホが震えた。画面には友人の名前が表示されている。


「もしもし」

「あー、やっと出た」


電話の向こうでは、人の声に混じって何かの案内放送が聞こえていた。


「うん。家。そっちは?」

「まだ駅。最悪なんだけど」

「え、まだそこにいるの!?」


思わず声が大きくなる。


弟はこちらを振り向きもしない。テレビでは相変わらず配信が続いていて、こちらの会話など耳に入っていないらしい。


「電車ぜんぜん動かないし、人もすごい。雨もさっきよりひどくなってる」

「そんなに?」

「ちょっと待って。見た方が早い」


通話画面がビデオに切り替わった。


最初に映ったのはベンチに座った友人の顔で、その後ろを何人もの人が行き交っている。友人がスマホを外へ向けると、天井の照明と案内表示が画面を横切り、その先に駅ビルの外が映った。


ガラスの向こうは、雨で薄く煙っていた。雨粒が外壁や路面を叩き、風に傘をあおられている男や、入口近くで雨宿りする人たちが見えた。


「うわ……」

「でしょ? ほんと帰れる気しない」


友人は一度外の様子を映してから、カメラを自分の方へ戻した。


「タクシーは?」

「並ぼうとしたけど、みんな考えることは一緒みたい。一回案内の人に聞いてくる」

「それがいいかも。無理して帰ろうとしないでよ」

「分かってるって」


画面の向こうで友人が立ち上がる。

観測は続く――


画面の向こうでは、友人がいつもの家のダイニングに座っていた。


風呂上がりらしく、髪はまだ少し湿っている。その奥では弟くんがテレビに張り付いたまま、何かを見ているようだ。


「それがいいかも。無理して帰ろうとしないでよ」

「分かってるって」


心配そうに言われたところで、スマホを持ったままベンチから立ち上がる。


駅ビルの中には、同じように帰れなくなった人があちこちに溜まっていた。電光掲示板を見上げる人、電話をしながら行き来する人。その間を縫うように歩きながら、私はもう一度画面を見る。


「じゃあ、とりあえず聞いてくる」

「うん。また分かったら連絡して」


通話を切ると、意識が駅ビルの中へ戻り、周囲の音が急に近くなった。どこかで別の案内が流れている。濡れた靴が床を擦る音まで重なって、内容までは聞き取れない。


さっき確認した交通情報では、使っている路線は運転見合わせ。再開時刻は未定。タクシー乗り場は相変わらず人気なようで、ガラス越しに見ただけで諦めた。


帰る手段が見つからなければ、少し雨が弱まるまで待とうかな。どこか、ゆっくり待てる場所はないだろうか。


案内カウンターに着くと、先客が何人か並んでいて、その向こうで制服姿の女性が一人ずつ話を聞いている。運休のせいだろう、普段なら立ち止まらない場所にも人が集まっていた。


列の最後に並ぶ。前の人が何かを尋ねると、女性は手元の案内図を開きながら、駅の反対側を指差した。


この様子だと、私も同じことを聞くことになりそうだ。順番が来るまでの時間を潰すため、もう一度スマホを開く。


友人から、


「あと一時間したら少し雨弱くなるみたいだよ」


とメッセージが届いていた。


返信を考えていると、視界の端で前に並んでいた人が横へずれるのが見えた。


「お待たせしました」


顔を上げると、カウンターの向こうの女性が私を見ていた。


濡れた靴の冷たさが、足に残っていた。

観測は続く――


「お待たせしました」


顔を上げた女性は、片手にスマホを持ったまま、少し困ったようにこちらを見た。


「すみません。電車が止まってるみたいなんですけど、この方面に帰る方法ってありますか?」


やっぱり、その相談だった。


さっきから同じ質問を何度も受けている。電車が止まり始めてから、案内カウンターの前には途切れず人が並んでいた。


「今でしたら、駅の反対側から出ているバスが動いています。ただ、そちらもかなり混んでいるみたいで……」


手元の案内図を開きながら、バス乗り場までの経路を説明する。


女性は画面に表示された経路と案内図を交互に見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「外、出ないと駄目ですよね」


「少しだけですが、屋外を通ります」


ガラスの向こうでは、傘を差していても意味があるのか分からないほど雨が降っている。


「ですよね……近くに休める場所ってありますか?」

「三階に、休憩スペースとカフェがあります」


女性はしばらく考えたあと、「そこで少し待ってみます」と言って、カウンターを離れていった。


次に並んでいた人もその次の人も、聞く内容は少しずつ違っていたが、結局はみんな帰る方法を探していた。


応対をしばらく続けていると、内線が入った。駅側の入口付近で交通機関について尋ねる人が増え、案内の応援が欲しいらしい。


カウンターを交代してもらい、私は駅側の入口へ向かった。


近づくにつれて、人の流れが明らかに遅くなる。外の様子を確かめようと入口付近で足を止める人も多く、駅へ向かう人と駅ビルへ戻ってくる人が同じ場所に集まっていた。


「一部の路線は現在、運転を見合わせています。バスをご利用の方は、反対側の出口へお回りください」


同じ問い合わせを受けるたびに、行き先を説明する。


駅側の入口では、自動ドアの前に人が滞留し、外の雨を気にしながら立ち止まる人もいた。ドアが開くたびに、湿った空気と雨音が入り込んでくる。


そのとき、壊れた傘を片手に持ち、鞄を頭の上に載せた男性が駆け込んできた。濡れたスーツの肩から水を落としながら、男性は入口の少し手前で足を止める。


こちらの案内が聞こえたのか、顔を上げた。


その視線が、私に向いた。

観測は続く――


駅ビルの入口まで来たところで、ようやく屋根の下に入れた。


役目を果たさなくなった傘を閉じる。骨が何本か外側へひっくり返ったままで、元に戻そうとする気にもならない。途中からは鞄を頭に載せて走ってきたせいで、肩も袖もすっかり濡れていた。


入口の近くでは、制服姿の女性が利用客に声をかけている。


「一部の路線は現在、運転を見合わせています。バスをご利用の方は、反対側の出口へお回りください」


その声に足を止めた。ここまで来れば電車で帰れると思っていたのに、どうやら考えが甘かったらしい。


「すみません。電車って、まだ動きそうにないですか?」


「今のところ再開時刻は出ていません。お急ぎでしたら、反対側の出口からバスも出ていますが、かなり混雑しています」


外を振り返る。雨は弱まるどころか、さっきより横殴りになっていた。


「そうですか。ありがとうございます」


礼を言って、その場を離れる。


入口脇の壁際に寄り、濡れた鞄を床に置く。ガラスの向こうの駅前では、傘を押さえながら走る人や、タクシー乗り場へ向かう人が途切れない。その少し先には、大きなカメラのそばで雨よけを広げた数人が立っていた。


テレビの中継だろうか。こんな雨の中で、お互い大変だな。


「現在、駅前では――」


雨音や足音に紛れて、マイクを持った人の声がかすかに聞こえた。


私は壊れた傘を足元に置いたまま、しばらく入口の近くで雨が弱まるのを待つことにした。


壊れた傘の先から、水滴が床へ落ちていく。

観測は続く――


雑談配信を続けながらサブモニターへ目を向けると、駅前からの生中継がまだ開いたままだった。さっきまでは豪雨の情報だけだったのに、今はテロップに交通情報まで加わっている。


電車、ほんとに止まったんだ。


画面いっぱいに雨が広がり、駅へ駆け込む人たちの傘が風にあおられていた。


中継では、運転を見合わせている路線と駅周辺の混雑について、リポーターが説明しているようだ。


駅ビルの入口脇に、濡れたスーツ姿の男性が立っている。足元には、骨のひっくり返った傘と濡れた鞄が置かれている。


男性は中継のカメラを気にする様子もなく、駅前の雨を眺めている。


私は雑談配信の画面へ戻り、画面の向こうにいるとりっこ(リスナー)たちへ、いつもの調子で話を続ける。


「じゃあ、次の話しよっか」


観測は続く――


ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。

気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。


関連作品:『あと、二十八分』

配信前の時間を日常を描いた一編です。

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