誰がためにVは在る
一話完結の連作短編です。
鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。
私は、株式会社サンシャワーが運営する女性VTuberプロジェクト「Fox Tails」で、二代目VTuberをやっています。
同じ姿、同じ名前を引き継いで、別の人が活動を続けるのは、かなり珍しいケースだそうです。
マネージャーさんからは、長く活動を続けていくためにプロジェクトの方針が変わり、初代との間に少しずつズレが生まれた、と聞きました。
この業界では異例の対応だったみたいで、発表当時、SNSで議論になったり、Webニュースにも取り上げられました。
初代と面識はほとんどありませんが、Fox Tailsは以前から知っていました。
きっかけは、山あいの温泉街にある稲荷神社をメンバーで訪ねる企画動画でした。境内では真面目に由来を聞いていたのに、帰り道では誰のビジュアルが御朱印に描かれていた狐に一番似ているかを競って揉めていて、その温度差がおかしくて最後まで見てしまいました。
箱内コラボで遠慮なく突っ込み合ったり、誰かの配信に別メンバーが軽い気持ちで通話をつないでふらっと現れたりする。そんなメンバー同士の距離感にも惹かれていました。
そんな中、次期生募集の告知があり、華々しいビジュアルの数々が並んでいました。合格できたら、そのどれかを担当することになるんだろうなと思いながら、オーディションに応募しました。
と言っても、応募した理由は単純なものでした。
Fox Tailsに入りたかった。
VTuber活動を仕事にしたかった。
選考途中の面接では、担当者さんから、
「通常の次期生選考枠とは別に、ご相談があります」
と切り出されました。
受け取った資料の表紙には、私も知っている名前が載っていました。
「九尾スズナの二代目として活動していただく選択肢があります」
私は、状況をいまひとつ飲み込めないまま、担当者さんに聞き返しました。
「名前も、そのままですか?」
「はい、九尾スズナとして活動してもらいます」
「姿も?」
「基本的には引き継ぎます」
「その……私が九尾スズナになる、という意味ですか」
「活動上は、そういう形になります」
その場では答えを出さず、一度持ち帰らせてもらうことになりました。
募集ページに並んでいた次期生のビジュアルを思い浮かべて応募したはずでした。断れば、別の形で選考が続くのか。それともここで終わるのか。そこまでは聞けませんでした。
――結局、私はその提案を受けました。Fox Tailsに入りたかったから。
合格後、九尾スズナとして活動するためのオンライン説明会があり、マネージャーさんから引き継ぎ資料を渡されました。
配信チャンネル、SNSアカウント、過去動画といった活動の軌跡。キャラクター設定、立ち絵、タグやファンネーム。炎上につながりやすい投稿についての注意事項まで、頭がいっぱいになる情報量でした。
ファンネームの由来を書いた資料には、初代が配信で言い間違えた言葉から「スズナー」が定着した、と小さく書かれていました。
「昔の投稿も残るんですよね」
「はい。その予定です」
実際のSNSアカウントをスクロールしても、朝の挨拶や告知がこまめに投稿されていて、なかなか過去へ辿り着きませんでした。
資料にまた目を通していくと、歴代ビジュアルというページがありました。
デビュー時の立ち絵、最初の新衣装と髪型差分、二周年記念衣装。途中で担当イラストレーターも変わり、現在の新ビジュアルになっていました。最初と今を並べると、ずいぶん姿が変わっていました。
歴代ビジュアルの横には、当時の告知投稿へのリンクもまとめられていました。
「かわいい」
「新衣装最高」
「新ビジュめっちゃ動くようになった」
など、好意的な反応が並んでいました。
引き継ぎが大方終わった頃、運営の公式アカウントから二代目の正式発表がありました。私は発表直後、何度もSNSを確認しました。
「ビックリした」
「二代目って珍しい」
「初代お疲れさま」
「声変わるの慣れるかな、しばらく様子見」
「中の人変わるなら、別キャラでよくない?」
メンバーとも顔合わせをしました。
「スズちゃん、こういうのはあまり気にしない方がいいよ」
画面越しにそう言って笑ったのは、次期生に合格した同期でした。
「スズナ、色々あると思うけど、これから頑張ろうね」
以前からそう呼んでいたみたいに自然に声をかけてくれたのは、初代のスズナと同期だった先輩でした。
SNSでいろいろな反応が出ていることを知って、皆それとなく気遣ってくれました。
次期生の同期にも、初代と同期だった先輩にも、私はスズナと呼ばれるようになりました。同期から呼ばれるのと、先輩から呼ばれる同じ響きの名前。それにも少しずつ慣れていきました。
様々な言葉が飛び交う中、配信日が迫ってきました。
マネージャーさんとは、今後の配信内容について打ち合わせをしました。初代が得意だったことと、自分が得意なことは違いました。自己紹介やプロフィールを細かく調整し、今後の企画や案件も私の適性に合わせて少し変えていくことになりました。
引き継ぎが終わってもやることはまだまだありました。
過去の案件を確認する中で、イベント施設の案内などに使われていた九尾スズナの資料が出てきました。画面には「AI九尾スズナ」と表示されていました。
再生ボタンを押すと、九尾スズナの声で「二階展示室へお進みください」と案内が流れました。
「スズナちゃんに案内してもらった」
「入口でスズナ発見した」
資料には、そんな投稿が記録されていました。
一度聞き終わった声を、もう一度だけ再生しました。
誰も、初代本人がその場で喋っているとは思っていません。それでも、みんな九尾スズナと呼んでいました。
そうして、今日を迎えました。
ここまで話を聞いてくれて、ありがとうございます。
コメントを見ると、戸惑っている人も、祝ってくれている人も、この先を不安に思っている人もいますね。
私にも、これからどうなるのかは分かりません。
だから何だって話かもしれません。
それでも私は、こう言います。
「初めまして、九尾スズナです!」
●LIVE中......
ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。
気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。
関連作品:『描きかけの輪郭』
企業VTuberの日常を描いた一編です。




