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鳥目シアンと、あのVTuberかもしれない彼女たち  作者: 群青アイ


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6/14

吾輩はオタクである。

一話完結の連作短編です。

鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。

 吾輩はオタクである。


 アニメも見る。ぬいぐるみも集める。イベントに足を運ぶこともある。一つの作品について、聞かれてもいないことを延々説明できる程度の知識もある。


 もっとも、今どきオタクという言葉が何を指すのかは、吾輩にもよく分からない。


 何か一つ好きなものがあって、それについて少し詳しければ、そう呼ばれることもある。今では、ずいぶん広い言葉になったらしい。


 したがって、派手な衣装を着た女が、角だの耳だのをつけて画面の中で喋っていたところで、今さら驚くようなことはない。


 VTuberという存在は知っていた。


 動画サイトを使っていれば、おすすめ欄で見かけることくらいはある。随分と大勢いるらしいことも知っていた。


 ただし、わざわざ見ようと思ったことはなかった。


 吾輩がここで初めてVTuberというものを見たのは、ある夜のことである。


 おすすめ欄に、やけに華やかな女がいた。


 髪はローズピンクを思わせる色をしていて、服は白を基調に、ハートや金の飾りがあしらわれ、頭には姫君めいた飾りまで乗っている。そのうえ、よく見ると耳まで人間のものではない。魔界のお姫様という設定らしい。


 ずいぶん盛ったものである。


 もっとも、この程度なら吾輩も見慣れている。


 カメラだかトラッキングだかで本人の動きを拾い、それを画面の姿へ反映している。そういう仕組みであることくらいは知っている。


 知ってはいたのだが、実際にしばらく見ていると、どうも想像していたものと違う。

 姿がどう動いているかなど、だんだん気にならなくなってくるのである。


「今日のわたくし、どこが一番かわいいと思う?」


 画面の中の姫君がそう言った。同時に、横のコメント欄が急に流れ始める。様々な部位を褒めはじめ、終いには「姫は全部かわいい」などと言う。


「ふふん、そうでしょ。って、それ答えになってないじゃん!」


 姫君は声を上げて笑った。


 どうやら本当に姫君らしい。


 姫君というものは、もっと静かに笑うものだと思っていた。少なくとも吾輩の知る姫はそうである。


 もっとも吾輩は姫を一人も知らない。


 しばらく見ていると、この姫君はひたすら喋っている。昨日食べた半額弁当の話をし、値段が高すぎて買おうか迷っている物の話をし、途中でコメントを読んでは話が横道に逸れる。


 姫君であることは、どこに行ったのだろうか。


 横道へ逸れた話が、さらに別の横道へ逸れる。

 よくこれで話が続くものである。


「え、うそ。それ昨日も言ったって?」

「じゃあ今日初めて聞いたことにして」


 随分と都合のよいことを言う。しかし、それで笑っている者がいる。


 もう一つ気になったことがある。姫君は流れていくコメントの中から時々一つを拾い、名前を呼んで返事をする。


「初見さん?いらっしゃい。ゆっくりしてってね」


 誰か一人に向けて言ったはずの言葉なのに、不思議とこちらまで言われたような気がした。


 無論、吾輩のことではない。吾輩は何も書き込んでいない。


 見ているだけである。


 それでも少し姿勢を正したのだから、人間とは妙なものである。


 吾輩は、途中で配信画面を閉じるつもりであった。少し見れば、どういうものかくらい分かると思ったのである。


 三十分ほど経った頃には、おおよそ理解したつもりになっていた。


 一時間経った頃には、まだ見ていた。


「またね。次もちゃんと会いに来るんだよ?」


 配信が終わる頃、姫君はこちらへ手を振った。


 最初は画面を見ていた。途中からは、別のことをしながら声だけ聞き、ときどき画面を見る程度になった。


 こちらも、大したことはしていなかったと思う。


 結局、何を見せられていたのかと問われれば、吾輩にもよく分からない。


 にもかかわらず。


 最後まで見てしまった。


 それから数日して、吾輩はまたVTuberを見ていた。


 別に先日の姫君が忘れられなかったわけではない。


 おすすめ欄というものは、一度何かを見ると、似たような者を次々と連れてくる。吾輩が自ら探したというより、向こうから増えたのである。


 そういうことにしておく。


 その日、画面に現れた者は様子が違った。吾輩もVTuberというものが少し分かったつもりでいたが、今度の者は講義形式で寿司について語っている。


 寿司。これなら吾輩にも分かる。


 寿司といえば、握り、巻き。ネタで言えば、マグロ、サーモン。このあたりが王道だろう。少なくとも吾輩はそう思っている。


「そもそも、昔の寿司って今みたいなものじゃないんですよ」


 開始早々、吾輩の知っている寿司が否定された。


 話によれば、寿司はもともと魚を保存するためのものから始まり、やがて酢を使って短い時間で作るようになり、江戸では握ってその場で食べる形まで現れたらしい。


 知っているつもりだったが、歴史まで深く考えたことはなかった。


「江戸前って、生の魚を切って酢飯に乗せれば完成、ってわけでもなくて」


 画面の向こうの者は、楽しそうに話を続ける。


「コハダは酢で締めるし、マグロの赤身ならヅケにする。保存の工夫から始まったものも、今では江戸前の味として残ってるわけです」


「ワサビだって、ただの薬味じゃなくて、傷みやすい魚を食べるための工夫の一つだったりするんですよ」


 コメント欄に、吾輩も頭の中で浮かべていた「トロは?」という疑問が飛んだ。


「あー、今みたいにトロありがたがってなかったんですよ。当時は脂が多くて傷みやすいし」


 なるほど。時代が変われば魚の身分まで変わるらしい。


 人間も魚も大変である。


 盛り上がっているところに、別のコメントが流れた。


「昔ってサーモン食べなかったの?」

「その話すると北海道のルイベまで行っちゃうよ?」


 ルイベまで行くと言った口で、今度は海苔の話を始めた。


「ちなみに、昔ながらの寿司屋でも、今使われている海苔がアサクサノリとは限らないんですよ。板海苔はスサビノリ系が主流なんです」


 そう言いながら、実にうれしそうである。


 吾輩にも覚えがあるので分かる。


 ひとしきり海苔について語ったあと、ようやく昔の寿司へ戻った。そこから話は、江戸前という言葉の意味へ行き、冷蔵技術へ行き、なぜ魚に仕事をする必要があったのかというところまで進み、気がつけば現代の回転寿司にまで来ていた。


 講義にしては随分と横道が多い。


 もっとも、先日の姫君も横道ばかりだった。


 VTuberというものは、まっすぐ話すことを禁じられているのであろうか。


 気づくとコメント欄には、こちらより一歩先の話をしている者もいた。そこへ別の者が、何やら資料の名前らしきものを書き込む。


「え、それ知らない。あとで見ます」


 これほど詳しく喋る者なら、寿司については大抵のことを知っているものだと思っていた。知らないものは知らないと言い、視聴者から教わったことまで普通にメモを取っている。


 詳しい者の周りから、別の知識が次々と飛んでくる。


 講義というものは、もっと一方通行で退屈なものだと思っていた。少なくとも吾輩が眠気と戦いながら受けてきた講義の多くは、そのような形であった。


 そのくせ話題の半分は、


「結局どの寿司が一番好きか」


 などという、講義とは到底思えぬものである。


「私はね、最終的には玉子なんですよ」


 随分と語った末に、結論は好みであった。


 玉子を見れば店の仕事が分かる、なんて話もあるらしい。


 もっとも、その話を聞いたせいで、吾輩は次に寿司屋へ行ったら玉子を頼んでみようと思っている。


 この点については、少々癪である。


 癪ついでにプロフィールを覗くと、何やら寿司の検定まで持っているらしい。道理で詳しいわけである。


 そこで吾輩は、ふと先日の姫君を思い出した。


 同じVTuberと呼ばれているが、していることは随分違う。それでも、どちらもよく喋る。


 どうやらVTuberとひとまとめにして考えるのは、少々乱暴であるらしい。


 もっとも、オタクというだけで皆同じ感性を持っていると思われるのも、吾輩としては甚だ心外である。


 ……先ほどまで同じことをしていた吾輩が言えた義理ではないが。


 その次に見た者は、雑談の途中で服の話をしていた。


「ここの飾り、結構動くんだよ」


 衣装は随分と布地が少ない。そう言いながら、少し身体を横へ向ける。腰のあたりについた細い紐まで一緒に揺れた。


「あとね、ここもちゃんと動くんだよ」


 今度はその場で少し身体を揺らした。途端にコメント欄の流れが速くなる。


「助かる」

「確認しました」


 何を確認したのかは、説明されずとも分かる。


 実にけしからん。


 とはいえ、けしからんと感じるためには、吾輩も相当熱心に画面を見ていたことになる。


 この点については考えないことにした。


 また別の日、吾輩は一本の歌ってみた動画を開いた。


 おすすめ欄に、見覚えのある曲名があったからである。歌っている者については知らなかったが、その曲なら吾輩も知っていた。


 プロフィールには、VSingerと書いてあった。VTuberとは、また少し違うらしい。


 ずいぶん特徴のある声である。少し癖があって、一度聞けば覚えそうだ。しかし歌い始めると、その癖があまり気にならなくなる。


 原曲では軽く流していたところを、この者は少し強く歌う。逆に、盛り上がるはずのところを抑えている箇所もあった。


 先ほどまで気になっていた声も、歌の中ではすっかり収まりがよかった。


 雑談、講義、歌。まだ色々いるようである。


 それから何日かして、吾輩は最初に見た姫君の配信をまた開いていた。


 相変わらず、よく喋っている。


 今日はいい写真が撮れたという話をしていたかと思えば、その写真から何かを思い出したらしく、いつの間にか昔あった不思議な出来事の話になっていた。


 最初に見たときは、こういうものがVTuberなのだと思っていた。


 しかし、その後に見た者たちは随分と違っていた。


 どうやら、吾輩が最初に思っていたほど、型の決まったものでもないらしい。


 それなら、吾輩にも何かしら話せることはあるだろう。


 そう考えると、急にやることが具体的になった。


 まず、マイクがいる。


 調べてみると、マイクにも種類がある。吾輩にはまだ違いがよく分からないので、とりあえず配信向けと書いてあるものを一つ選んだ。


 配信にはOBSというものを使うらしい。こちらは無料である。実にありがたい。


 さらに調べていると、ストリームデックなるものまで出てきた。画面を切り替えたり、マイクを切ったり、ボタン一つで色々できるという。


 必須ではないらしい。


 ……これも頼んでおくか。


 こうして調べてみると、配信に使う道具は思っていたより多い。


 もっとも、買って済むものなら話は早い。選んで、揃えればよいのである。


 さて、その先である。


 何をするかは、始めてから考えてもよい。


 まずは、名前である。


 これは簡単だと思った。配信で何をするかに比べれば、呼び名を一つ決めるだけである。


 試しに、思いついたものを一つ書いてみる。


 悪くない。

 ――いや、少し格好をつけすぎている。


 これを毎回名乗るのである。三回ほど声に出してみたところで、やめた。


 次は、もう少し普通のものにした。


 こちらは名乗りやすい。ただ、検索してみると似た名前がいくらでも出てくる。これでは誰のことか分からない。


 漢字を変えてみる。読み方も少し変えてみる。

 ――今度は、初めて見た者が読めるのか気になってくる。


 たかが名前一つに、ずいぶん条件が増えたものである。


 何度か書き直しているうちに、最初に考えた名前が一番マシだったような気もしてきた。もう一度戻してみる。


 やはり違う気がする。


 吾輩はしばらく画面を眺め、それからまた消した。


 名前はまだない。

ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。

気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。

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