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鳥目シアンと、あのVTuberかもしれない彼女たち  作者: 群青アイ


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2/14

あの日の返信と、今日の写真

一話完結の連作短編です。

鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。

 駅前の人混みの向こうで、見慣れた姿を見つけた。


「しーちゃん」


 少しだけ声を張ると、数歩先を歩いていた彼女が振り返る。こっちに気づいた瞬間、ぱっと表情が明るくなった。


「えーちゃん」


 その声に、私は思わず周りを見た。


「ちょっと、声」

「え?」

「しーちゃん、自分の声わりと特徴あるの忘れてない?」


 言われてから気づいたらしい。しーちゃんも一瞬だけ周囲を確認して、ほんの少し声を落とした。


「名前隠してても、声でバレたら意味ないもんね」

「今それ言う?」


 二人で笑う。外で会うときは、活動名も本名も呼ばない。最初は少し変な感じがしたけれど、今ではもう、この呼び方のほうが自然だった。


「しーちゃん、そっちじゃないよ」

「え?」

「今日行くの、反対」

「……分かってた」


 しーちゃんは何も言わず、くるりと方向転換した。ヘンなところは器用なんだから。


「ほんとに?」


 私はその横に並び、歩幅を合わせる。


 休日の駅前は人が多かった。子どもを連れた家族、紙袋を抱えた人、スマホを見ながら歩く人。少し先では、誰かが待ち合わせ相手を見つけたらしく、大きく手を振っていた。


 こういう場所にいると、普段、自分たちが画面の向こう側で喋っているということを忘れそうになる。


 まあ、たまに忘れるくらいでちょうどいいけど。


「ちょっと見て、あれ」


 店先に、妙に目つきの悪い鳥の置物が並んでいるのを見て、私は足を止めた。


 黒い体に、やたら大きい目。


「しーちゃんに似てる」

「どこが?」

「目」

「それだけじゃん」

「ちょっと待って、写真撮る」


 スマホを取り出して、角度を変えながら二枚、三枚。横から覗き込んだしーちゃんが、呆れたように笑う。


「えーちゃん、ほんと何でも撮るよね」

「気になったら撮っとかないと忘れるじゃん」

「何に使うの?」

「知らない。あとで考える」

「撮ることが先なんだ」

「そのとーり」


「それ私の」


 今度は私が笑った。


 写真を保存してから、また歩き出す。数分もしないうちに、今度は路地の入口に少し色褪せた貼り紙を見つけた。


 手書きで、


『当店に御用の方はこちらへ』


 と書いてある。


「ちょっとこれ見て」

「怪しすぎる」

「行ってみない?」

「絶対遠回りするやつじゃん、やめようよ」


 問答しながらも結局、二人でその道に入った。


 五分後。私は立ち止まり、スマホの地図を見下ろしていた。


「……ここどこ?」

「えーちゃんが行こうって言ったんだからね」

「しーちゃんも来たよね」

「止めたよ」

「止めながら来たよね?」


 しーちゃんが考える素振りをしながら、黙った。


「……これ、配信で話せるじゃん」


 その言葉に、私は顔を上げた。


「ちょっと待って。私も今それ思った」

「じゃあ早い者勝ち」

「なんで?」

「先に話したほうが所有権」

「そんなルールないから」

「じゃあ共有財産にしよ」


 二人とも笑いながら、スマホで地図を確認する。


 結局、最初の目的地に着くまで、予定より十五分くらい余計にかかった。でも、その十五分が配信で五分くらいの話になる。そう思うと、ちょっと得をした気もする。


 通りを一本曲がると、小さなカフェが見えてきた。


「どこ入る?」

「この前言ってたところ」

「お昼時だし、混んでないかな?」


 目当ての店を覗くと並んでいたのは二組だけだったので、そのまま店内で待つことにした。


「ここ寒くない?」

「さっきまで暑いって言ってなかった?」

「冷房で汗引いちゃった」

「場所変わろっか?」

「すぐ呼ばれると思うし、大丈夫」


 談笑しながら待っていると、窓際のテーブル席に案内された。


 私はメニューを開く前に、しーちゃんの顔を見る。


「どうせそれでしょ」


 本日のオススメと書いてあるメニューを自信たっぷりに指した。


「何が?」

「パンケーキ」

「まだ何も言ってないけど」

「前も頼んでたじゃん」

「好きなんだからいいでしょ」

「その前も」

「……えーちゃん、記憶力そういうところで使うのやめない?」

「じゃあ違うの頼む?」


 しーちゃんはメニューを数秒眺めてから、顔を上げた。


「パンケーキ」


 予想通りのメニューを口にした。


「ほら」

「今日はそういう気分だっただけ」

「三回連続で?」

「そのとーり」

「便利だなあ、その言葉」


 私はアイスティーとパスタを頼んだ。


 料理が来るまでの間は、配信の話をほとんどしなかった。


 最近できた近所のお店の話。買おうか迷っている靴の話。しーちゃんが洗濯物を取り込むのを忘れて夜まで干していた話。脈絡もなくお互いが話したいことを話す。


「お待たせしました」


 料理が届くと、私は反射的にスマホを出した。


「待って、食べないで」

「まだ触ってない」

「しーちゃん油断するとすぐ食べ始めるから」

「人を動物みたいに」


 皿の位置を調整して、カメラを向ける。しーちゃんが横から画面を覗き込んだ。


「……あ」

「何?」

「そこ、映ってない?」


 窓のガラスに、私たちの影がぼんやり反射していた。顔までは分からない。でも、こういうのは気になる。


「撮り直す」

「誰もそこまで見ないって」

「そういうときに限って見るの」


 今度は角度に気をつけて、まず自分のパスタを一枚試し撮りする。


 その瞬間、しーちゃんがフォークを入れた。


「まだパンケーキ撮ってない」

「知らないよ」

「ちょっと待ってよ!」

「もう切っちゃった」

「じゃあそこ隠して」

「どうやって?」

「クリーム寄せて」

「そこまでする?」


 しーちゃんは笑いながら、生クリームが崩れないように切れ目にむかってフォークを動かした。


「こう?」

「もっと自然に」

「自然って何」

「切れてない風」

「無理でしょ」


 結局、少し崩れたままのパンケーキを撮った。写真を確認すると、それはそれで普通においしそうだった。


「まあ、いいか」


 しーちゃんが横から画面を覗き込んだ。


「これなら大丈夫じゃない?」

「しーちゃんには分からないよ。写真は残るんだから」

「話にも残るよ」

「今のパンケーキ事件も配信で話すの?」

「えーちゃんが食品偽装に命かけてたって言う」

「ちょっと、話盛らないでよ」


 私はストローをくわえたまま、少しだけ考える。

 たしかに、私はよく写真を撮る。しーちゃんは、よく話にする。


 同じものを見ているのに、残し方が違うのは少し面白い。

 でも、それを口に出すほどのことでもない気がして、私はパスタに手をつけ始めた。


 しばらくして、話題が昨日の配信になったので、親フラの話を出した。


「昨日また親フラしてさ。お父さん、配信とかほんと分かってなくて。何回言っても、ご飯できると普通に呼びに来るの」

「強いなあ」

「最近ノックはしてくれるようになったんだけど、ノックしたあと普通に開ける」

「マイク切る速度だけ上がりそう」

「それはもう上がってる」

「活動の成果だ」

「そこじゃない」


 二人で笑う。


 親は悪気があるわけじゃない。むしろ最近は、私が何かを配信していることくらいは理解してくれている。


 ただ、「今は入らないで」と言われる理由までは、たぶん完全には分かっていない。だから、ご飯ができたら呼びに来る。


「しーちゃんはいいよね。一人だから」

「でもご飯勝手に出てこないよ」

「それはちょっと嫌」

「でしょ」

「でも親フラないじゃん」

「宅配フラはあるよ」

「それ何」

「配信始めた瞬間にインターホン鳴るやつ」


 宅配の話から、配信を始めた頃の失敗談へ。マイクの設定やら音量やら、思い出せばいくらでも出てきて、いつの間にか初めてコラボした頃の話になっていた。


「最初のコラボ、しーちゃんめっちゃよそ行きだったよね」

「えーちゃんもでしょ」


 初めてのコラボで、お互い変に丁寧だったとか、そういう話で盛り上がっていると、ふと、しーちゃんが言った。


「でも、あれがなかったらコラボもしてないんだよね」

「何が?」

「最初の返信」


 一瞬、何のことか分からなかった。


「あー……」

「忘れてるでしょ」

「忘れてないって」

「じゃあ何て書いた?」


 私は口を閉じた。

 たしか、何か送った。それは覚えている。でも、文面までは出てこない。


「……ちょっと待って」


 答えが出ない私の顔に、しーちゃんがスマホを近づけた。


『私もVTuberだから、ちょっとわかる』


「そう、それ」


 思い出したふうに言ってみた。


「覚えてるじゃん」

「今思い出したの」

「遅い」

「しーちゃんのほうが覚えてるの、ちょっと意外」

「なんか覚えてるんだよね」

「そんなに?」

「うん。励まされたって感じじゃないんだけど……同じようなこと考えてる人がいたんだなって」


 それだけ言って、しーちゃんは食後のアイスコーヒーを飲み始めた。


 二人とも黙った。アイスコーヒーの氷が小さく鳴る。その音を聞いているうちに、ぼんやりしていた当時のことが少しずつ戻ってきた。

 でも、そのとき何を考えて返信したのか、はっきりとは思い出せなかった。


 たぶん、タイムラインでたまたま見かけて、少し気になったから。


 同じように感じたことがあった。だから、多少は自分と重ねながら、何気なく送っただけだった。


 仲良くなろうと思っていたわけでもない。

 コラボしたいと思っていたわけでもない。

 まして、その相手とこうして休日にご飯を食べるなんて、想像するはずもなかった。


「私、そんな深く考えて送ってないよ」

「知ってる」

「ひど」

「だってえーちゃんだし」

「ちょっとそれどういう意味?」

「そのまま」

「説明して」

「気になったらすぐ何かするじゃん」


「いいことでしょ」


「いいことだよ」


 思ったより素直に返され、照れて言葉に詰まった。


「……ならいいけど」

「何その反応、かわいいじゃん」

「ちょっと黙って」


 しーちゃんがまた笑った。


 さっきまでの話も、特別なものみたいに残ることはなく、茶化されながら他の話題の中に混ざっていった。


 店を出る頃には、外は暗くなり始めていた。駅に向かって道沿いを歩いていると、小さな雑貨屋の前に妙な形のランプが置いてあった。

 丸いガラスの中に青い光が揺れている。暗くなった通りでは、そこだけ少し目立って見えた。


「ちょっと待って」

「今度は何」

「これ綺麗」


 私はスマホを取り出し、角度を調整する。夜景モードの調整に悩んでいると、しーちゃんが横から顔を覗かせる。


「それ、今度の配信で使っていい?」

「また配信?」

「使えそうじゃん」

「私は写真に残すの」

「私は話に残す」

「じゃあ被らないね」

「そのとーり」


 一枚撮った。今回は反射もない。


「満足?」

「満足」

「じゃあ行こ」


 歩き出そうとして、私は足を止めた。


「ちょっと、しーちゃんこっち」

「何?」

「一枚だけ」


 スマホを持ち上げると、しーちゃんが少しだけこちらに寄った。シャッターを切る。


「今、絶対変な顔してた」

「大丈夫。たぶん」

「たぶんって何」


 駅が近づくにつれて、人の流れが少しずつ増えていった。


「次の休日、どこ行く?」

「前に写真送ってきたところ」

「どこ?いっぱい送ってるから分かんない」

「ちょっと、ちゃんと返信見てよ」

「見てるよ」

「じゃあどれ」

「……あとで確認する」


 改札の前で立ち止まる。しーちゃんの電車の方が早いみたいだ。


「じゃあ、次また決めよ」

「えーちゃんから連絡ね」

「なんで私?」

「どうせ先に何か見つけて送ってくるから」

「否定できないけど」

「でしょ」


 私は小さく手を振った。


「じゃあね、しーちゃん」

「うん。またね、えーちゃん」


 人混みの中に入っていく背中を見送ってから、私も反対側の改札へ向かう。歩きながら、さっき撮った写真を開く。


 目つきの悪い鳥。怪しい貼り紙。

 少し崩れたパンケーキ。

 青いランプ。二人の自撮り。


 どれも、今日撮った写真だ。そのうち何枚かは、たぶん後で見ても、何で撮ったのか分からなくなる。


 私は一番最後の写真をお気に入りに入れて、電車が来るまでの間、早速しーちゃんにメッセージを送った。


「今日ありがと。また行こ[添付]」


「(*˘︶˘*).。.:*♡」

ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。

気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。


関連作品:『「今日も楽しかった」――たぶん。』

配信者のとある日常を描いた一編です。

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