私のほうが好きだもん
一話完結の連作短編です。
鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。
「でも、結果は数字に出てるでしょ!」
「数字だけで全部決めるのはおかしいって!」
テーブルを挟んで、しーちゃんと睨み合う。
こんなことで言い争うつもりはなかった。今日だって、二人でこれからのことを相談しようと、わざわざ時間を合わせたのだ。
それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
「しーちゃんだって、世間の評価は気にするでしょ?」
「気にするけど、それと私が好きかどうかは別の話じゃん」
「じゃあ、この数字を見てよ」
「見たって、私の気持ちは変わらないよ」
しーちゃんは珍しく一歩も引かない。私だって、ここまで言われて黙っているわけにはいかなかった。
しーちゃんとは、もう分かり合えないかもしれない。
私たちの間には、どうしても越えられない溝がある。
きのこの丘と、たけのこの森。
テーブルの真ん中に並べられた二つのお菓子の袋が、まるで私たちの陣地を分ける境界線のようになっていた。
事の発端は、しーちゃんが出してくれたお茶菓子だった。
今日は彼女の家で、二人で今後やってみたいことを相談する予定だった。いくつか候補も考えてきたし、時間があれば、もう少し先のことまで話せるかもしれないと思っていた。
テーブルには、お茶と一緒に何種類かのお菓子が用意されていた。
けれど、私がコンビニで買ってきたきのこの丘をテーブルに置くと、しーちゃんは不思議そうな顔をした。
「えーちゃん、そっち派なんだ」
「そっちって?」
「きのこ」
「そうだけど。しーちゃんは?」
「たけのこ」
「ああ、なるほどね」
「……なに、その『なるほどね』って」
思えば、あそこで余計なことを言わなければよかった。
「いや、すごい甘いの好きだもんね。しーちゃん」
「どういう意味?」
「別に?」
それが、いつの間にか互いに譲れない言い争いになっていた。
「そもそも、しーちゃんは分かってないんだよ。きのこの良さを」
「えーちゃんこそ、たけのこの良さを全然分かってない!」
「いい? きのこの魅力は、チョコの味をちゃんと楽しめるところなの」
私は袋から一つ取り出し、傘の部分をしーちゃんに見せた。
「最初にチョコの甘さが来て、そのあとクラッカーの軽い食感があるでしょ。口の中に甘さが残りすぎないのもいいんだよ」
「でも、それって別々に食べてる感じしない?」
「そこがいいんじゃん」
「私は一緒に食べておいしい方がいいなあ」
しーちゃんは、たけのこを一つ掌に乗せた。
「こっちはチョコとクッキーがちゃんと合ってるんだよ。噛んだときに、ほろっと崩れる感じも好きだし。甘さと食感のバランスがいいの」
「それは分かるけど、ちょっと甘すぎない?」
「私はこれくらいが好きだけど」
「もうちょっと控えめな方がおいしいと思うけどなあ」
「だから、クッキーとのバランスがいいって言ってるじゃん!」
しーちゃんはむっとして、たけのこを口に放り込んだ。
私もきのこを一つ食べた。チョコが舌の上でゆっくり溶けて、ほどよい甘さが広がる。
やっぱり、こっちの方がおいしい。
「それに、きのこはお酒にも合うんだよね」
「お酒?」
「そう。甘すぎないから、ちょっと飲みながらつまむのにもちょうどいいの」
「私、お菓子はお菓子として食べたいんだけど」
「しーちゃんにはまだ早いかなあ。この大人の味は」
「出た。すぐ大人ぶる」
「大人ですけど?」
しーちゃんはもう一つたけのこを口に運びかけて、手を止めた。
「だいたい、えーちゃんだって甘いもの好きじゃん」
「好きだよ。でも、甘さにも種類があるでしょ」
「だったら、こっちの甘さも認めてよ!」
「認めてるって。ただ、きのこの方が好きなだけ」
味の好みでは決着がつきそうになかったので、私はスマホで人気投票を調べ、きのこが優勢な結果を選んでしーちゃんに見せた。
「ほら。これ見て」
「どれ?」
「ここ。ちゃんときのこを支持してる人が大勢いるんだよ」
「そんなの、たけのこだっているもん」
しーちゃんは身を乗り出して画面を覗き込んだが、向かい側からでは細かい文字が読みにくかったらしい。
「ちょっと、そっち行く」
立ち上がったしーちゃんは、座っていたクッションを持ってテーブルを回り、私の隣に腰を下ろした。
二人で一つのスマホを覗き込む。しーちゃんの髪が私の肩に触れたまま、彼女は画面をスクロールしていた。
「あ、待って。これ、別の年の結果もあるじゃん」
「それは、たけのこの新商品が出た年でしょ。最近はきのこが伸びてるんだから」
「さっきは数字が大事って言ってたのに?」
「数字は大事だけど、一回の結果だけじゃ分からないってこと」
「都合よすぎない?」
まさか自分が持ち出した資料で反撃されるとは思わなかった。
しーちゃんは得意げに笑っている。私も負けじと別の結果を探そうとしたが、画面の上に彼女の指が伸びてきて、検索欄を押されてしまった。
「もう、しーちゃん。勝手に触らないでよ」
「えーちゃんが都合のいいのばっかり見せるからでしょ」
言っていることはもっともだったが、素直に認めるのは癪だった。
結局、どちらが優勢な年もあって、決着はつかなかった。売上まで調べてみたものの、今度はどの数字を比べるべきかで揉めてしまった。
私がスマホをテーブルに置くと、しーちゃんはたけのこの袋を引き寄せた。
「やっぱり、一回食べ比べるしかないよ」
「えー、今さら?」
「絶対、先入観があるんだって」
それを言うならしーちゃんだって同じだと思う。
私が反論しかけたところで、しーちゃんはたけのこを一つつまんで、私の口元に差し出した。
「いいから、もう一回ちゃんと食べてみて」
「……ん」
髪を耳にかけて、目を閉じる。口に運ばれたお菓子を受け取るとき、しーちゃんの指先が唇に触れた。ほんのり温かく、柔らかかった。
そのまま噛むと、チョコの甘さに続いて、クッキーがほろほろと崩れていく。
確かに、さっき言っていた一体感というのは分かる気がした。
目を開けると、しーちゃんが私の顔をじっと見ていた。
「……どう?」
「うん。おいしいと思うよ」
「でしょ!」
「チョコとクッキーがよく合ってるし、食感もいいね」
しーちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、たけのこの方が好き?」
「いや、きのこの方が好きだけど」
「えーっ!」
さっきまでの嬉しそうな顔が、あっという間に不満そうなものへ変わった。
「なんでよ! 今おいしいって言ったじゃん!」
「おいしいのと、一番好きなのは別でしょ」
「そこまで分かったなら、もうちょっとじゃん」
しーちゃんはたけのこの袋に手を伸ばした。
「じゃあ、もう一個」
「いや、もう十分味わったから」
「今度はゆっくり食べてみて」
「しーちゃん、何個食べさせるつもり?」
「分かるまで?」
「なくなっちゃうでしょ、それ!」
私は差し出されかけたお菓子を指で押し戻し、代わりに自分の袋からきのこを一つ取り出した。
「じゃあ、しーちゃんもこっち食べてみなよ。ちゃんとチョコを味わって」
「食べたことあるよ」
「今のしーちゃんの理屈だと、もう一回食べる必要があるよね?」
「……そうだけど」
しーちゃんは少し考えてから、私の手からきのこを受け取った。
まずチョコの傘をかじり、それから残ったクラッカーを口にする。
「あ、なるほど」
「何?」
「こうやって別々に食べると、確かにチョコの味が分かりやすいかも」
「でしょ!」
思わず身を乗り出す。
「クラッカーも甘くないから、後味が軽いんだよ。ずっと食べてても飽きにくいし」
「うん。それはちょっと分かる」
しーちゃんは残ったクラッカーを食べ終えると、袋からもう一つきのこを取り出した。
「って、しーちゃん。それ私の」
「もう一個くらいいいじゃん」
「さっきまで散々言ってたのに?」
「嫌いとは言ってない」
その言い分があまりにも都合よくて、二人で笑ってしまった。
考えてみれば、私も似たようなものか。
「……まあ、たけのこも結構おいしいよね」
「ほんと?」
「うん。でも私はきのこ」
「私もきのこの良さは分かったよ。でも、たけのこが一番」
「じゃあ、もうそれでよくない?」
「うーん、まだ分からない」
そう言って、しーちゃんは私のきのこをもう一つつまんだ。
テーブルの上には二種類の袋が並んだまま、どちらともなくお茶を飲む時間が訪れた。
しばらくして、あれほど言い争っていたのに、今は私が街なかで見つけた猫の話をしていた。
何気なく壁の時計を見ると、思った以上に時間が経っていた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「しーちゃん、今日の話、全然進んでなくない?」
しーちゃんも時計を見上げ、それからテーブルの端に置かれたノートへ目を向けた。
「あっ」
ノートは、来たときに私が鞄から取り出したままになっていた。ページの上には、事前に考えてきたいくつかの案が箇条書きされている。
「もうこんな時間!」
「えーちゃんがきのこなんて買ってくるから」
「しーちゃんだってたけのこ出してきたじゃん」
「だって、えーちゃんが来るから買っておいたんだもん」
思いがけない返事に、言いかけていた言葉が止まった。
「そうなの?」
「うん。甘いもの好きでしょ?」
「まあ、好きだけど」
「だから」
少しの沈黙のあと、しーちゃんは私の手元にあったお茶を指さした。
「えーちゃん、おかわりいる?」
「……うん。ありがと」
しーちゃんがキッチンへ向かっている間に、私はノートを開き直した。
二人でやるなら何がいいか。いつものコラボと何を変えるのか。
戻ってきたしーちゃんは、私の前に温かいお茶を置き、隣に腰を下ろしてノートを覗き込んだ。
「で、どれから話す?」
「まずは、何を一緒にやりたいかかな」
「それなら、私もいくつか考えてきたよ」
「ほんと? 見せて」
しーちゃんがスマホを取り出す。
その画面を二人で覗き込んでいると、彼女が私の方へ、用意してあった別のお菓子の袋を寄せてきた。
「えーちゃん、これも食べる?」
「それ、さくさくアライグマ?」
「これなら、ケンカにならないでしょ?」
「私、さくさくチョコたろう派だけど」
そう言いつつ、一つもらって口に入れると、しーちゃんは満足そうに笑った。
私はノートを見ながら、ついでにきのこの袋も彼女の方へ押しやる。
しーちゃんは何も言わず、そこから一つ取った。
ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。
気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。
関連作品:『Lo-Fiの宿』
えーちゃんとしーちゃんが過ごす、また別の日常を描いた一編です。




