案件もらいました!
一話完結の連作短編です。鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。
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冷凍庫の奥から、白く霜のついた袋を引っ張り出した。
「これ、いつのやつ?」
透明な保存袋の中には、何かを小分けにしたらしい塊が二つ入っている。肉にも見えるし、煮物の残りにも見える。日付は書いていなかった。
しばらく眺めてから、元の場所に戻した。
勝手に捨てて、あとで母に「使おうと思ってたのに」と言われるのも面倒だった。
代わりに、引き出しの端に重なっていた保冷剤を取り出す。
「こんなにいらないでしょ」
一つ、二つ、三つ。まだ出てくる。
「なんで?」
ケーキでも買うたびに取っておいたのだろうか。
捨てていいものだけを選び、冷凍うどんを立て直して、袋物を端に寄せる。
最初よりは、スペースが空いたかな。
「これなら……」
引き出しを閉めたところで、玄関のチャイムが鳴った。待っていた荷物だ。
玄関で配達員から受け取った段ボールをリビングで開けると、色の違うパッケージの冷凍食品が隙間なく並んでいた。
「思ったより大きいな」
ベストな配置を探して、ひとつずつ冷凍庫へ移していく。
さっきまで苦労して空けた場所は、あっという間に埋まった。
最後の一つを横向きに滑り込ませ、どうにか引き出しを閉める。
「ギリギリじゃん」
段ボールには、案内の紙が数枚残っていた。それを机へ持っていき、スマートフォンでメールボックスを開いた。
件名の先頭には、会社名と配信案件の文字。商品が届いたら連絡を、と書かれている。
『本日、商品を受け取りました。ありがとうございます』
続けて、添付されていた資料を開く。
配信日時。紹介する商品。概要欄に入れる文章。紹介ページのリンク。クーポンコード。
紙のメモに、自分に必要なところだけを書き出していく。
「これは絶対言う。これは概要欄」
クーポンコードを見て、手が止まった。
「長っ」
声に出して一度読んでみる。発音しづらくて、途中で噛んだ。
「これ、本番で絶対噛むやつ」
その下には、商品の特徴についての説明が並んでいた。
電子レンジで温めるだけで食べられること。一食で複数の栄養素を摂れて、忙しい日でも用意しやすいこと。
そのまま読めばいいのだけれど、それではたぶん、自分の配信では浮くかもしれない。
「姫の晩餐が、ボタンひとつで――」
口に出してみる。
「……いや、何が言いたいか全然伝わらないな」
先に普通に説明する。そのあとに、いつもの言い方を足すのが良いかも。
紹介する予定の商品を一つ選んで電子レンジで温める。
できあがった容器を取り出すと蓋の隙間から湯気がのぼり、野菜と温かい料理の匂いがした。そのまま机に置くと、まずスマートフォンを手に取った。
そのまま一枚撮る。
湯気が映ってしまった写真を見て、少しだけ時間を置き、撮り直す。
紹介用の画像は何種類か貰ったけれど、自分の配信で見せるなら、もう少しそれらしく見せたかった。
気づけば枚数が増えていた。撮った写真を見比べて、一枚だけお気に入りに入れる。
それから、ようやく箸をつけた。
「おいしい」
口に出してから、これだけでは何も伝わらないと思った。
「“おいしい”だけじゃ、さすがに駄目だよね」
もう一口食べて、味を確かめる。味付けが濃すぎないから食べやすい。野菜も思ったより多くて、量も少なくない。
でも、言葉を探しすぎると、今度は自分が何を感じたのか分からなくなる気もした。
その日の夜、商品名で検索すると、同じ案件を扱ったVTuberの配信がいくつも出てきた。
何本か飛ばしながら見る。
量や味の濃さ、手軽さ。言い方はそれぞれだけど、伝えてほしいと言われたところを押さえ、その先で自分なりの感想を探していくと、どうしても似たところに辿り着くのかもしれない。
「やっぱり、そこはみんな触れるんだ」
手元を映しながら食べている配信も、思っていたより多かった。
「手元か……」
机の上を見て、自分の配信画面に置き換えてみる。食べているところまで見せれば、商品は伝わりやすいかもしれない。
「でも、出さないけど」
これ以上見ていたら、他の人の感想に引っ張られそうだ。参考にするのはここまでにしよう。あとは自分の言葉で話せばいい。
* * *
配信当日。
開始予定時刻が近づくと、いつもの配信前よりモニターの中が少しだけ窮屈になっていた。
案件用の資料と自分でまとめたメモ。配信画面が開かれ、商品写真や紹介ページも切り替えられるようにしてある。
一通り切り替えてみる。
概要欄には指定された文章とリンクも入っている。紹介用の写真も問題ない。
ここまで準備しているのに、さっきから妙に落ち着かなかった。
夕食にはちょうどいい配信時間を設定したのに、緊張からかお腹が空いていない。
言うべきことを忘れないか。商品名を間違えないか。考え始めると、さっきまで覚えていたはずの順番まで怪しく思えてきた。
一呼吸置いてから、配信を始めた。
「こんばんは、みなさん。魔界からマリオンですわ」
いつもの挨拶を終え、いつもより声は作らず、地声に寄せたトーンと口調で説明を始める。
「そして本日は――こちら。カサネ食品株式会社様よりご提供いただきまして、新商品の冷凍プレートをご紹介します」
《案件だ》
《姫なのに仕事してる》
《今日ちょっと声かたい?》
「かたくないです。いつもどおりです」
否定しながら、手元の資料に一度目を落とす。
「概要欄に商品ページのリンクと、今回使えるクーポンも載せています。詳しい内容はあとでちゃんと紹介しますね」
《いつもよりちゃんとしてる》
《手元配信ある?》
《今日だけ手元見せて》
「ああ、やっぱり来ると思った」
事前に見た配信でも、同じように期待するコメントは多かった。
「残念ですが、姫のお手元は非公開です」
《残念》
《ワンチャンあると思ったのに》
画面を切り替えると、事前に撮っておいた商品の写真が表示された。
「では、まずこちらです」
《写真きれい》
《これ自分で撮った?》
《思ったよりちゃんとしてる》
「“思ったより”はいりません。もちろん自分で撮りました」
続けて、写真の横に商品情報を表示する。
「こちら、冷凍庫から出して電子レンジで温めるだけで食べられます。野菜も入っていて、一食でいろいろ摂れるようになっているんですよ」
少し間を置いてから、言葉を付け加えた。
「姫の晩餐が、ボタンひとつで出来るのよ」
《姫の晩餐、レンチンなんだ》
《庶民に寄り添うタイプの姫》
「姫だって電子レンジくらい使います」
そこまで話したところで、コメントが目に入った。
《今日これ買ってきた》
《私も今温めてる》
《今日の晩ごはんこれ》
「今回、一緒に食べようって配信じゃないよ?」
《勝手にやってます》
《姫に合わせたかったので》
同じようなコメントが続いて流れてくる。事前に買ってくれる人はいると思っていたけれど、配信時間に合わせて用意しているとは思わなかった。
「せっかくだし、みんなで食べよっか」
温めておいたプレートを手元に寄せ、じゃがいものそぼろ煮をひと口食べる。
「うん。味付けが濃すぎないから、食べやすいんですよね」
《思ったより量あるね》
《姫はどれが好き?》
「量もちゃんとありますよ。私のおすすめは、この豆腐ハンバーグです。好きなの最後に残すタイプだから、あとで紹介するね」
さっきまで気になっていた食欲のなさも、いつの間にか気にならなくなっていた。
そのまま食べながらコメントを拾っているうちに、話す調子も普段の配信に近づいていった。
「毎日はさすがに飽きるんじゃないかって? でも、種類もあるし何も作りたくない日に冷凍庫にあったら助かると思う」
《急に生活感》
《姫、実家ぐらしだっけ?》
「姫だって何もしたくない日はあります」
いつものように軽口を叩くと、コメントの一つが目に入った。
《姫、クーポンは……?》
「……あ」
《もしかして忘れてた?》
《担当さん見てるかもよ》
「忘れてません。今から言おうと思ってました」
すぐに用意していた画面へ切り替える。
「今回、概要欄のリンクから使えるクーポンがあります。初めて注文する方は――」
資料を確認しながら、噛まないようにゆっくりとコードを読み上げた。
その後は、残りの商品についても簡単に紹介していった。
「ということで、今日はカサネ食品さんの冷凍プレートをご紹介しました。気になった方は、概要欄から見てみてください。それではごきげんよう」
配信を終了してから、担当者へ配信URLと終了した旨をメールで送る。
これで、今日やることは終わりだった。
* * *
数日後。
冷凍庫を開けると、見覚えのあるパッケージが並んでいた。
「……なにこれ」
「この前、あなたが食べてたやつよ」
後ろから、呑気そうな母の声が聞こえた。
「冷凍庫が空いてたから、買っておいたのよ」
案件でもらった分に加えて、母が買ってきた分まで、あれだけ苦労して作った隙間にきれいに収まっている。
「しばらく晩ごはん、これにしましょうか」
「え、毎日?」
「好きなんでしょ?」
「……おいしいけど、毎日はいいかな」
ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。
気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。
関連作品:『誰がためにVは在る』
マリオンとは別の二代目VTuberを描いた一編です。




