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鳥目シアンと、あのVTuberかもしれない彼女たち  作者: 群青アイ


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11/14

Lo-Fiの宿

一話完結の連作短編です。

鳥目シアンから始まる、彼女たちの世界をお楽しみください。

 山が近づくにつれて、窓の外の景色から建物が減っていった。道路の両側には背の高い木が続き、ときどき切れ目から川が見える。温泉街までは、ナビの表示であと十五分ほど。


「旅行、やっぱ平日にして正解だったね」


 運転席のしーちゃんが、前を向いたまま私に言った。


 さっきから対向車も少ない。大型連休でもなければ週末でもない、中途半端な平日を選んだ甲斐はあったらしい。


「撮るのも楽そう」

「そっち?えーちゃんらしい」

「全部撮るわけじゃないよ。いいところがあったら」


 ここ最近は予定がなかなか合わず、二人で遠出するのも久しぶりだった。せっかく休みを合わせるなら、人の多い土日は避けよう。そうして選んだ平日は、今のところ期待どおりだった。


「この辺から観光地っぽくなってきたね」


 山沿いの道にも、少しずつ旅館や土産物屋が見え始めていた。道路脇には最初の「P」の看板が現れ、その先にもまた一つあった。


 温泉街が近づくにつれて看板が増えていく。スマホで、その様子を一枚撮った。短い動画もいくつか残しておけば、帰ってからVlogくらいにはできそうだ。


「観光地って、有料駐車場多いよね」

「分かる。ちょっと停めたいだけでも有料」

「でも今日は宿だから関係なし」

「いえい」


 小さく手を上げると、しーちゃんも片手だけ上げてハイタッチをした。温泉街の中心を抜けると、建物がまた少なくなる。宿はその少し先にあった。


 宿はチェックイン前でも車を置いていいことになっている。温泉街から少し離れているものの、そこから歩ける範囲に神社も滝もあるらしい。車を停めて荷物だけ預ければ、あとは時間を気にせず回れる。


 * * *


 宿から温泉街の方へ歩いて戻る。中心に近づくにつれて道幅が狭くなり、旅館と土産物屋が肩を寄せるように並び始めた。店先には湯気が立ち、店内には土産物らしい置物が並んでいる。


 最初に向かったのは神社だった。


 石段を上がりきる少し前から、風鈴の音が聞こえてくる。境内に入ると、ずらりと吊るされた風鈴が風を受けて揺れていた。透明、青、黄色。その中に、淡いピンクがいくつか混じっている。


 私の色だ。


 近づいて一枚撮る。今度は少し離れて動画に切り替え、風鈴が並んでいる様子を入れる。人が少ないぶん、画面の中はすっきりしていた。


「しーちゃん、鳥居からこっち歩いてきて」

「私も撮るの?」

「せっかくだし」


 カメラを構えながら、鳥居の方へ戻っていく背中を見送る。


 ちょうど風が来て短冊がいい感じになびいたと思ったのに、しーちゃんが歩き始めたところで風鈴の音が止まる。


 撮り直すため、もう一度お願いすると、今度は後ろから参拝客が入ってきた。


 三回目で、ようやく風とタイミングが合った。


「今のいい感じ」

「よかった。次は出演料もらうところだったよ」


 しーちゃんがこちらへ歩いてくる。私は撮った動画を少し再生して、今度はちゃんと撮れているのを確認してからスマホをしまった。


 神社を出て、滝へ向かう途中に地下通路があった。


 外はまだ暑かったのに、一歩入った瞬間、空気が変わる。湿ったコンクリートの匂いがして、腕に触れる風がひんやりしていた。


「寒っ」


 しーちゃんが腕をさすりながら、周りを見渡す。通路は思ったより長く、天井から落ちた水が、ところどころ床を濡らしていた。


「鍾乳洞の中にいるみたい」

「滝よりこっちの方が印象残るかも」

「それは怒られそう」

「配信で話すなら、この入り口の方が面白くない?」

「隠れ観光スポットみたいな?」


 さっきまで通り抜けるだけだった通路にスマホを向ける。しーちゃんの後ろ姿を入れてみると、ただの通路だった場所も、濡れた床と奥の明かりのおかげで一本の動画として使えそうだった。


 通路を抜けると、水の音が急に近くなった。滝に近づくほど細かい水しぶきが飛んでくるので、スマホを出すタイミングを見計らった。


 写真だと高さがうまく出ない。動画にすると、今度は水音ばかりが大きく入る。編集の力でなんとかしよう。


 宿への帰り道、温泉街で見かけたかりんとうまんじゅうを買った。店先で渡された紙袋からは袋越しにも熱が伝わる。紙袋を開けると、まだ熱の残った皮から黒糖の甘い香りが立った。その横から、しーちゃんの手が伸びてきたので、私は急いでスマホを出した。


「待って」

「まだ食べてない」


 店の看板が入る位置まで少し下がり、まんじゅうを手に持ってもらう。湯気までは写らなかったけれど、丸いまんじゅうと店先の雰囲気は良く撮れたと思う。


「もういい?」

「いいよ」


 しーちゃんは大きく口を開けてまんじゅうを頬張った。


「この、ちょっとカリッとしてて、ちょっとふやけてるところ好き」

「どっちなの」

「両方あるのがいいの」


 写真の確認を終えてから、私も一口かじる。


 表面の一部だけ乾いていて、そのすぐ内側は蒸気を吸ったみたいにやわらかい。完全にふやけているわけでもなく、少しだけ歯に触れるところがある。


「おいしい」


 食べ終わって満足したあと、紙袋に貼ってある栄養表示の小さいシールが目に入った。紙袋の口を折って、シールを見なかったことにした。でも、宿へ戻る途中で二個目に手を伸ばしていた。


 * * *


 夕方になって、改めて宿へ入った。


 観光へ出る前、駐車場から外観だけは短く撮ってある。木の看板と玄関、その横に置かれた石灯籠。入口へ向かうしーちゃんの後ろ姿も撮っていて、旅行の記録も抜かりない。


 チェックインを済ませると、落ち着いた和室に案内された。窓を開けると、水の音が近い。


「ここ結構いいね」


 そう言いながらスマホを出すと、さっきまで立っていたアンテナが一本になっていた。


 写真アプリを開く。昼間に撮った写真は同期が完了しているのに、動画だけいくつか残ったままだった。


 アンテナを見ると、一本あった表示まで消えている。窓際へ寄せると、また一本立った。


「ここ電波弱い」

「ほんと?」


 予約サイトにはWi-Fiありと書いてあった。


 フロントでもらった案内を見ると、小さく「Wi-Fiはロビー周辺でご利用いただけます」と書かれている。


「部屋じゃないんだ」

「ありって書いてあったのに」

「こんなことあるんだね」


 仕方なく二人でロビーまで降りた。


 Wi-Fiはちゃんとつながった。試しに神社の写真を一枚送ってみる。送信中の表示がなかなか消えない。そのあいだに写真アプリを見ると、止まっていた同期も少し進んでいた。ただ、動画はいくつか残ったままだった。


 十秒。二十秒。


「遅いね」

「これ、Wi-FiじゃなくてLo-Fiじゃない?」

「意味違うでしょ」

「でも低品質ではある」

「回線がね」


 結局、写真一枚送るのにだいぶ時間がかかった。送信が終わると、しーちゃんが声を上げた。


「Lo-Fiの宿じゃん」

「宿の人に聞かれたら怒られるよ」


 一泊くらいなら困るほどでもない。


 全部終わるまでロビーにいる気にもならず、そのまま部屋へ戻った。部屋へ着くころには、二人とも普通に「Lo-Fiの宿」と呼び始めていた。


 * * *


 夕食は、想像していたより豪華だった。


 小さな器がいくつも並び、焼き物の横には季節の野菜と旬の魚の刺身。奥には小鍋まである。


 全部が入るように一度。少し上からもう一度。蓋を開ける前と、開けたあとも撮った。


 しーちゃんはもう箸を持っていたけれど、そのまま止まってくれる。


 撮り終わってから癖で画面を開いたものの、ロビー以外ではすぐに送れないことを思い出した。


 スマホを伏せて、箸を取る。


 食事を進めていると、しーちゃんがスプーンで白っぽいものを少し持ち上げる。


「これ、なに?」

「胡麻豆腐じゃない?」

「でも私が前に食べたの、もっと灰色だった」

「白ごまじゃない?」

「胡麻豆腐って白くなるの?」


 私も一口食べる。もっちりしていて、ごまの香りはちゃんとする。


「胡麻豆腐だと思う」

「ほんとに?」

「たぶん」

「たぶんなんだ」


 調べればすぐ分かる話だったけれど、その場では結論を出さないまま次の料理に移った。


 * * *


 食後、少し休んでから温泉へ行った。


 浴場は思ったより小さく、洗い場も数えるほどしかない。扉を開けた瞬間、少し硫黄っぽい匂いがした。


 湯につかると肌あたりはやわらかく、指を動かすと、ほんの少し肌の上を滑る。


 しばらく二人で黙っていた。水の音と、桶が触れる音だけがする。


「ちょうどいい湯加減」

「気持ちいいね」


 肩まで浸かると、歩き回ったあとの足がゆっくりほどけていく。しーちゃんは湯船の縁に腕を置いて、目を閉じていた。


 やがて、脱衣所の方から扉の開く音がした。続いて、誰かが籠を置く音。


 私としーちゃんは顔を見合わせた。


「そろそろ出る?」

「うん」


 急ぐ理由は特にないのに、なんとなく同じタイミングで立ち上がった。部屋へ戻るころには、外はすっかり暗くなっていた。


 * * *


 髪を乾かしてから、部屋に戻って少しだけ今日の写真を開いた。


「これ、帰ったら全部見るんだよね」


 短い動画も結構ある。同じ場所を縦と横で撮り分けたものまで並んでいた。朝からの分を合わせると、思っていたより撮った枚数が多い。


「編集も?」


 しーちゃんが隣から画面を覗く。


「する。……未来の私が」

「未来のえーちゃん頑張って」

「他人事だと思って」


 同期もまだ全部は終わっていない。どれがよく撮れているかまでは確認せず、そのまま画面を閉じた。


 ロビーへ行けば少しは進むだろうけれど、今からそこまでやる気にもならなかった。


 ひと息ついても、まだ寝るには早い。テレビをつけても、特に見たいものはなかった。


「ちょっと外歩かない?」

「いいよ」


 二人で浴衣の上に羽織を着て、宿を出た。


 * * *


 夜になると、昼より川の音が大きく聞こえる。


 温泉街の中心から離れているせいか、人の姿もほとんどなかった。対岸の旅館には明かりがついているのに、こちらの道は少し暗い。


「で、あれやっぱり胡麻豆腐だったと思うんだよね」


 横を歩くしーちゃんが、まだ夕食の話をしている。


「まだ考えてたの?」

「白ごまなら白くなるのかなって」

「それ私が言ったやつ」

「今調べる?」


 道は川に沿ってゆるく曲がっている。


 昼間はまだ人の姿があった道も、今は店のシャッターが下りていた。


 そのうち、一軒の土産物屋の前で足が止まった。


 軒先に細長いものがいくつか吊られている。木なのか竹なのか、暗くてよく分からない。風が吹くたび、隣同士が小さく触れて乾いた音を立てていた。


 昼は中の商品ばかり見ていて気づかなかった。


「いい音」

「これ昼もあった?」

「たぶん」

「全然見てなかった」


 少し眺めてから、また歩き始める。


 胡麻豆腐の話はいつの間にか浴衣の帯に変わり、最後にはコンビニで買うならどのアイスが外れないかという話になっていた。


 川沿いに自販機が一台だけ光っていた。二人で立ち止まる。


「喉乾いた」

「私も」


 しーちゃんが先にお茶を選んだ。私も同じものを選ぶ。ペットボトルを開けながら、もう一度川の方を見る。


 対岸の宿の明かりが、水面で少し崩れていた。


 ここなら電波も入るし、写真も送れる。そう思ったところで、しーちゃんがまた何か話し始めた。私はスマホを出さないまま、その続きを聞いた。


 宿に帰るころには、どこから話が始まったのか分からない話題に変わっていた。


 * * *


 朝は、昨日より空気が少し軽かった。


 朝食の焼き魚をほぐしていると、しーちゃんが味噌汁を飲んで息をついた。私はスマホを手に取り、一枚くらい撮ったと思う。


「朝の味噌汁ってなんでこんなおいしいんだろ」

「家でも作れるのに不思議だよね」


 しーちゃんが朝食をおいしそうに食べているのを見て、私も箸を戻した。


 食後、チェックアウトまでは少し余裕があった。


 どこか観光するほどの時間はないけれど、朝の散歩で温泉街に出た。


 昨日シャッターが下りていた店が一軒、もう開いていた。川沿いの道には旅館の人らしい人が水を撒いている。


 同じ道なのに、朝になると少し違って見える。


「昨日ここ通ったっけ?」

「通ったよ、昨日あの飾り見た店のちょっと先」


 言われて、昨夜の道を頭の中でたどる。飾りは今朝も同じ場所に吊られていた。


 何を話していたかは断片的に覚えているのに、途中でどんな道を歩いていたかは曖昧だった。


「そっか」


 それだけ答えて、また歩いた。


 * * *


 チェックアウトを済ませて宿を出る。山道へ入ってしばらくすると、スマホのアンテナはまた一本になり、そのうち完全に消えた。


 Lo-Fiの宿を出たのに、しばらくはあまり変わらない。


 窓の外には、来たときと同じように木が続いている。ところどころ川が見える。朝より日も高くなっていた。


 少しして、助手席の私のスマホが一度震えた。


 続けてもう一度。


 画面を見ると、アンテナが戻っていた。


「電波入った」

「ほんと?」


 止まっていたタイムラインが更新され、メッセージがいくつか増える。写真の同期もまた動き始めた。私はそのまま通知を確認し、必要なものだけ返した。


 しーちゃんのスマホも何度か鳴ったけれど、運転中なので「あとで見る」とだけ言った。


 町まで下りたところで、道の駅に寄った。飲み物を買って車へ戻り、エンジンをかけ直す前に昨日の写真を開く。


「見せて」


 運転席からしーちゃんが少し身を寄せた。


 最初の方には、神社の風鈴が何枚も並んでいる。その中から、短冊がきれいに揃っているものを開く。


「結局、最初の方に撮った写真が映えて見えるね」

「何回も撮り直したからね」


 構図を決めて、人が途切れるのを待って、風まで待った。


 写真を順に見ていく。


 地下通路。滝。かりんとうまんじゅう。夕食。


 ちゃんと撮った写真は、どれもちゃんと綺麗だった。


 夜の写真も何枚か残っていた。ただ、前半の写真みたいに、同じ場所を何枚も撮ってはいない。その中に、何を撮ったのか自分でもすぐには分からないぶれた写真があった。


「これどこだっけ」


 しーちゃんが画面を覗き込む。


「あの飾り見たあとの川沿いの道じゃない?」


 閉まった店の前で立ち止まったこと。あの乾いた音。川沿いの自販機。


「そのあと自販機行ったでしょ。二人とも同じお茶買って」


 しーちゃんが少し考えてから続ける。


「歩き始めたとき、胡麻豆腐の話してた」

「そこまで覚えてるの?」

「あの後、結構引っ張ったじゃん」


 私はもう一度、写真を最初の方まで戻した。風鈴の写真は、やっぱり一番うまく撮れている。


「これならVlog作れそう」

「目的達成だね」

「後半も一応使えるの探す。未来の私が」

「また未来のえーちゃんに投げた」


 私は写真を閉じて、スマホを膝の上に置いた。


 車はそのまま、家へ向かう道に戻った。

ここでしか見えなかった時間は、別の話に続いているかもしれません。

気になったことがあれば、もう一話だけいかがでしょうか。


関連作品:『あの日の返信と、今日の写真』

えーちゃんとしーちゃんが過ごす、また別の日常を描いた一編です。

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