↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/126

第25話(一)「信貴山、暮れて」

 ――天文十一年(一五四二年)弥生(三月)十八日である。


 昨日の夕、河内の太平寺で木沢長政が討たれた。


 十年のあいだ河内と大和を押さえ、管領・細川晴元の下で畿内に重く構えてきた家が、一日で頭を失ったのである。討ったのは、三好長慶と、河内高屋の遊佐長教の手勢であった。


 木沢の城は、河内にも大和にもある。そのうちの一つが、大和の信貴山にあった。


    *


 報せは、夜のうちに届いた。


 板場の下男は、それを戸口の暗がりで聞いた。


 河内から落ちてきた者が三人、谷を上ってきて、殿は討たれた、弟御も討たれた、とだけ言って倒れるように座り込んだ。


 具足は、捨ててきていた。捨てねば、道々の百姓に剥がれる。


 三人のうち一人は、座ったまま、しばらく手が震えていた。誰も、それを見ていないふりをした。


 夜が明けきらぬうちに、柴が上がりはじめた。


 麓の者が刈って束ねたものを、人足が背負って坂を上がってくる。切ってから幾日も経たぬ生木で、積み上げた切り口から青い匂いが立ち、その上へ油の匂いが薄く重なっていた。油は樽で上げてきて、いまは蔵の壁ぎわに七つ並んでいる。栓は、まだ抜いていない。


 夜半に数えたときは、四つであった。夜のあいだに、三つ増えたことになる。


 城を焼くのである。


 その前を通って、板場へ戻る。


 通るたびに樽の増えているのを、数えていた。数えるのが役目ではない。通れば、目に入るのである。


 板場の竈は、二つに割ってある。


 大きいほうで飯を炊き、小さいほうは、この月に入ってから別に立ててあった。火種も別、鍋も別、灰まで別に掻き出す。触れさせぬためである。


 釜の蓋を取ると、湯気が顔へ来た。


 飯が、炊けている。


 白い。麓から上げた年貢の米で、日ごろ城で食うものよりよほど白かった。


 俵は、担いで下ろす。担ぎ手の足らぬぶんを炊けと言いつけられていた。二百と幾つが、今日じゅうにこの山を出る。出る前に一度食わせ、道の分を握らせる。それだけの飯である。


 「――炊けたか」


 後ろから、声が来た。


 弥三右衛門である。この城の宿老で、髪はもう半分が白い。


 「炊けましてござります」


 「握らせよ。椀は、出すな」


 椀は、洗えば手間がかかる。洗ったところで、どのみち焼くのである。


 塩は、ざるに一つ出させた。


 掌に取って揉んでから握る。熱いうちでないと形にならぬので、掌はすぐ赤くなった。強く塩をするのは、日が経っても傷まぬためである。在所まで三日かかる者がいる。


 「――日の落ちるまでじゃ」


 と、弥三右衛門が言った。


 「日の落ちるまでに、山を空ける」


 戦のあったのは、河内である。野を片づけるのは勝った側の兵で、それは今日から始まる。片づけたあとを、百姓が拾う。夜に落ちてきた三人が具足を捨てていたのは、そのためであった。


 道に人の出るのは、明日からになる。


 ――今日のうちなら、まだ通れる。


 城の者が、板場の前へ寄ってきた。


 列にはならない。順に手を伸ばし、熱いのを掌で二度三度と持ち替えて、そのまま口へ運ぶ。立ったまま食う。腰を下ろす者が一人もいないのは、下ろせば長くなると皆が知っているからであった。


 若い者が一人、受け取ったまま持っている。


 持ち替えもせず、口へも運ばない。年かさの者が黙ってその手から取り、懐へ押し込んでやって、背を押した。


 「――与市は」


 と、その若い者が言った。


 「与市は、戻ったか」


 答えは、無かった。


 河内から上がってきた三人のほかに、この城へ戻った者はいない。


 「……そうか」


 そのあとは、誰も名を言わなかった。


 「……籠っては、いかんのか」


 同じ者が、そう言った。


 握り飯を持ち替える音だけが、しばらく続いた。


 この城には、二百と幾つが詰めている。兵糧は蔵に積んであり、水の手も切られておらず、攻め手はまだ一人も麓へ来ていない。籠ろうと思えば、籠れる。


 「誰が、来る」


 答えたのは、年かさの一人であった。


 「籠るというのは、助けが来るまでのことじゃ。……助けは、どこから来る」


 若い者は、黙った。


 助けを出す家が、昨日、河内で無くなったのである。


 「――大和の御一族は、二上山にじょうさんへ寄られる。御一門の衆は、そちらへ」


 弥三右衛門が、板場の外から言った。


 「家中の者は、在所へ戻れ。麓の者は、麓へ下りよ。荷は、持てるだけ持て」


 「……奥方は、いかがなされます」


 訊いたのは、年かさの一人であった。


 留守居の奥方である。この冬から、奥の棟を出ておられぬ。


 弥三右衛門は、答えなかった。


 「二上山までは、山道にござる。輿は、通りませぬぞ」


 「……」


 「あの御体で、歩けと申されまするか」


 弥三右衛門が、背を向けた。


 「城は」


 「焼く」


 「……なにゆえ、焼きまする」


 弥三右衛門は、そこで一度だけ言葉を切った。


 「残せば、次に来た者がそのまま使う。堀も、切岸も、蔵も、井戸も、そっくり使う。使われれば、この谷は取られたままになる。……そういうものじゃ」


 「……焼かねば、二上山が門を開けぬと聞き申した」


 「誰に聞いた」


 「……皆、そう申しておりまする」


 弥三右衛門は、それには答えなかった。


 誰も、それ以上は訊かなかった。


 訊くまでもない。取り返せぬ城は、退くときに焼く。侍の家に生まれた者は、それを子供のうちから聞いて育つ。


 取り返せるなら、焼かぬ。助けが来るなら、焼かぬ。渡す先が決まっていて、渡した城を使わせてよいのなら、焼かぬ。


 その話には、どれも付いてくる。


 付いてくるものを、今日は誰も数えていなかった。


 (――退くのだ)


 そう思っただけで、湯気を顔に受けつつ、下男はまた次を握った。


 板場の外の、庭へ下りる段のところに、留守居の御方が立っている。


 こちらへは、背を向けていた。


 主が河内へ出ているあいだ、城を預かる役である。木沢の血筋の若い方だと聞いていた。


 「……あれは、いつ抜きまする」


 と、樽のほうを指して訊いた者がある。


 留守居の御方は、首を少し回して、弥三右衛門を見た。


 「日の落ちてからじゃ」


 と、弥三右衛門が言った。


 「風の、下りておるうちにな」


 風が谷へ吹き下ろしているうちに火をかければ、火の粉は麓へ落ちる。落ちる先は、田である。麓の田はまだ水を張る前で、青いものが何も生えていない。落ちても、焼けるものが無いのであった。


 田のあいだに家の並んでいることを、誰も言わなかった。城から見下ろせば、屋根は田の色に紛れて見える。


 この城で物を言いつけるのは、弥三右衛門であった。言いつける言葉の出どころがあの背中にあることを、下男は知っている。知ってはいたが、それを妙なこととは思わなかった。


 城とは、そういうものだと思っていたのである。


 ――誰かが、焼けと言うたわけではない。


 主が討たれ、助けが無く、退く先が決まった。決まったところへ、皆が手順どおりに動いている。それだけであった。


 その御方は、まだ段のところに立っている。


 立ったまま、蔵の戸のあたりを見ていた。戸は開いていて、中は暗い。箱がいくつも積んであるのが、外の明るさに慣れた目には、ただの黒い塊にしか見えなかった。


 小さいほうの鍋も、掛けた。


 粥である。米を減らして水を多くし、塩は入れない。菜も、味噌も、干し魚も入れぬ。白湯に米を落としただけのものであった。炊けたら椀へ移して板場の入口へ置くと、奥の女中が来て、黙って持っていく。


 その女中も、こちらの火には触れない。


 奥のことは、板場の者が口にするものではなかった。


 握り飯は、二百と幾つになった。


 配り終えて、大きいほうの釜を竈から下ろす。


 湯を張り、竹のへらで底を擦った。焦げは、底の縁に沿って輪になって付いている。擦れば取れるが、一度では取れない。湯を替えて、二度擦った。


 「……何を、しておる」


 弥三右衛門が、戻ってきていた。


 「焦げを、落としておりまする」


 「焼く釜じゃ」


 「――焦げたまま焼いたら、匂いが残りますで」


 弥三右衛門は、しばらくそれを見ていた。


 それから、何も言わずに行った。


 東が、白みはじめている。


 蔵の前の柴の山の、上のほうだけ色が濃くなっていた。


 夜のうちに、露が置いたのである。日が高うなれば、乾く。


 風が出て、その柴の上を撫でていった。上から下へ、谷のほうへ吹き下ろしている。生木の匂いが、その風に乗って落ちてゆく。


 落ちていった先に、田があり、屋根があった。


    *


 ――同じ暁の、河内である。


 太平寺の野には、篝火がまだ残っていた。


 燃え尽きて白くなったものと、朝まで継ぎ足されたものとが、麦の畝のあいだにまだらに並んでいる。焼けた藁の匂いに、血の匂いが薄く混じっていた。昨日の昼まで、ここは麦の畑である。


 山本勘助は、その畝のあいだに立っていた。


 杖を先に置き、それから体をあずける。片方の目が潰れ、片方の足が利かぬ。摂津・越水の松永久秀に買われて、一年と三月になる。


 昨日の夜、殿はこの野で陣借りの四百を勘助と光秀に預け、大和と飯盛の口を見よ、と申しつけられた。


 その殿が、いま馬に乗ろうとしている。


 後ろに、三百が立っていた。松永の家の者ではない。三好から預かった兵である。


 勝った側には、翌日から片づけるものが二つある。逃げた大将を追うことと、野へ散った雑兵を狩ることであった。前のは功になる。後のは、日数ばかりかかって功にならぬ。ならぬほうが、援軍である三好へ回ってきた。


 殿の主人――三好長慶は、今日、摂津の越水へ引き上げる。


 殿は、残る。


 「勘助」


 「はっ」


 「弟は、宵のうちに発った。家の者百四十二を、一人も残さずに連れてゆきおった」


 弟御――松永長頼は、太平寺で討ち洩らした塩川国満を追って、摂津の一庫へ向かっている。


 「手の内で動く者は、それで終いじゃ」


 殿は、鞍に手をかけたまま、そう言われた。


 「見るところが、多すぎる。……甚内の手の者は、三人を河内へ入れるのに銭で十五貫かかった。あれで、その全部は覆えぬ」


 「委細、承知」


 「承知するな。まだ申しておらぬ」


 殿は、手綱を持ち替えられた。


 「大和のことじゃ」


 勘助は、顔を上げた。


 「河内は、高屋の遊佐殿が取られる。摂津は、こちらが取る。――大和は、いまのところ、誰の分担でもない」


 大和には、守護が置かれていない。国を治めているのは奈良の興福寺であり、その下に衆徒・国民と呼ばれる侍どもが土地を握っている。木沢は、その侍どもの上へ己の名を置いて、十年のあいだ紙を押させてきた。


 その名が、昨日、河内で無くなったのである。


 「……どなたも、手をつけておられぬと」


 「つけておらぬ。ゆえに、いま入れる」


 そこで、殿は少し黙られた。


 「入れるが、欲しいものは三つしかない。数えよ」


 「はっ」


 「一つ。木沢の蔵に、箱がある。あの家は、河内と大和で十年、人から物を取ってきた。取ったものは蔵に積む。積んだうちのいくつかは、名を持っておる」


 「……名を」


 「名のある物は、持ち主が替わっても名が消えぬ。焼ければ、消える」


 殿は、そこで手綱を持ち替えられた。


 「――両手で持つ物じゃ」


 「両手で」


 「片手では、持てぬ。布に包んで、桐の箱に入っておる」


 殿の口ぶりが、そこだけ変わった。


 物の嵩を言うときの声である。越水の帳場で、荷駄の高さを読み上げるときと同じであった。


 「焼ける前に、取れ。前にも申した」


 「二つ目は」


 「紙じゃ。木沢の帳面を、兵より先に押さえよ。これは光秀に申しつける。兵は逃げるが、帳面は逃げぬ。逃げぬものを後回しにすると、焼ける」


 「三つ目は」


 「人よ」


 殿は、東を見られた。


 「大和には、剣で食うておる庄がある。あの家の名で紙を押しておった庄じゃ。名が退けば、あそこは散る」


 「……昨夜、野に拾い手のない旗があると申されたのが」


 「それじゃ。散る前に、見ておけ。見るだけでよい。手を出せば、値が上がる」


 「――物と、紙と、人にござるな」


 「三つとも、城が焼けても手に入る」


 ――むしろ、焼けたほうが安い。


 殿は、そこで勘助を見られた。


 「よいか。城は、要らぬ」


 「……」


 「大和の城を持てば、旗が立つ。旗が立てば、奈良の寺が黙っておらぬ。……潰した家の跡へ、潰した側が座ったら、次に潰されるのはどちらじゃ」


 「……こちらにござる」


 「そういうことじゃ」


 殿は、鐙へ足をかけられた。


 「物は歴史を動かさぬ。紙も動かさぬ。人も、名を伏せておけば動かさぬ。城だけが、動かす」


 馬の上から、もう一度だけ言われた。


 「三つ取って、城は置いてこい」


 「委細、承知」


 「――そのうえで、じゃ」


 殿は、去りかけて、手綱を引かれた。


 「今日から動く。逃げた者を追うのじゃから、本陣は日ごとに変わる。使いを出しても、こちらを捕まえるまでに一日、返事が戻るまでにもう一日。二日じゃ」


 「二日」


 「二日を待てぬことが出たら」


 殿は、そこで言葉を切られた。


 「――そなたが、決めよ」


 勘助は、頭を下げた。


 下げながら、これは弟御へ申されたのと同じ言いようであると思った。城は焼くな、蔵も焼くな、あとはそなたが決めよ。――昨夜、篝火の脇でそう申されたと聞いている。


 「二度は、申さぬ」


 馬の腹が鳴り、三百が動きはじめた。列は、野のはずれの、まだ暗いあたりへ伸びていく。


 勘助は、それを見送った。


 ――申されぬことは、一つも無かった。


 欲しいものを三つ数え、要らぬものを一つ名指し、要らぬ理由まで挙げて、そのうえで返事の届かぬ日数を先に告げていかれた。中嶋のときも、一庫のときも、この御方は理由を言われなかった。今朝は、言われた。


 ――申しつけられたのは、二つである。


 箱を、焼ける前に取ること。木沢の名で紙を押しておった庄を、散る前に見ておくこと。


 紙は、光秀へ回った。飯盛は、昨夜の申しつけである。今朝数えられた三つのうち、こちらが受けたのは二つであった。


 城は要らぬ、と申された。要らぬは、下知ではない。


 「四百に、日で四百(ぴき)にござる」


 と、脇で声がした。次郎太である。陣借りの頭で、歯が一本欠けていて、そこから息が洩れるので言葉の尻が少し掠れる。


 「……四千文か」


 「四千文にござる。動かいでも、出まする。銭で結ばれた者どもにござれば、寝ておっても日は減り申さぬ」


 寝ていても、銭は減るのである。四日も座らせておけば、甚内が三人を河内へ入れた十五貫を超える。


 半刻ののちであった。


 東から、男が一人来た。


 百姓の身なりで、脚絆きゃはんも履いていない。膝から下が泥で、右の草鞋の鼻緒が切れて、藁で括り直してあった。


 平群谷の者である。冬のあいだに、甚内の手の者が伊賀から大和北部へ網を伸ばし、この谷にも入れてあった。


 「信貴山が、焼き支度にござります」


 「いつじゃ」


 「今日か、明日か」


 男は、袖で額を拭った。


 「夜のうちに柴が上がりはじめ申した。麓から人足を出しましたゆえ、間違いはござりませぬ。油の樽も、四つまでは数えており申す」


 「四つか」


 「上がりきるのは、見ておりませぬ。夜の明けぬうちに谷を出ましたゆえ」


 「城は、負けておらぬはずじゃ」


 「負けは、しておりませぬ」


 男は、その問いを受けるのが不服そうであった。


 「兵糧も水もござります。攻め手も、まだ一人も参っておりませぬ。……それでも、焼きますで」


 「なにゆえじゃ」


 「城は、退くときに焼くもんにござります。焼かなんだら、次に来た者がそのまま使いますで」


 勘助は、その草鞋を見ていた。


 鼻緒が切れて、藁で括り直してある。夜通し、山を三つ越えてきた足であった。


 東の空が、白い。低い山なみが、その白さの中へ黒く並んでいる。あの向こうが、大和である。


 (――半刻じゃ)


 半刻早ければ、この報せは殿の馬の前へ届いた。届いていれば、伺いも要らなかった。


 殿の列は、もう見えない。


■用語解説

留守居るすい…主が出陣しているあいだ、城を預かる役。多くは一族の者か、古くからの家臣が当たった。主が討たれた場合、城をどうするかを決めるのはこの者であり、その判断で家の行く末が決まることも珍しくない。

宿老しゅくろう…家中で年功を積み、主に代わって差配を執る重臣。合議の座に列し、主の若い家や当主を欠いた家では、実際に物を言いつけるのはこの者であった。

自焼じやき…城を明け渡さず、自ら焼いて退くこと。当時の者はただ「焼いて退く」と言い、この呼び名は後の世のものである。次に入る者へ城をそのまま使わせぬための手で、取り返す当てのないときの常道であった。逆に、助けの来る見込みがあるとき、退いたのちに取り返すつもりのとき、渡す相手が決まっているときは焼かない。蔵の兵糧も焼くか、あらかじめ運び出す。焼けば城の値は無くなるが、家の面目は残ると考えられた。

ひき…銭の数えかたの一つで、一疋は十文にあたる。祝儀や礼銭を数えるのに用い、まとまった額を言うときに便利であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。