第20話(二)「一庫城へ」
――葉月(八月)十四日である。
麓の平地に、幕が立ち並んでいた。
久秀は、荷の帳を膝に置いて、それを眺めている。
幕の紋が、三通りあった。旗の丈も三通りである。夜になれば篝の数まで三通りになり、燃やしよう一つで、どこがどの家の持ち場かが分かった。
一つの陣ではない。
三つの陣が、隣り合っているだけである。
朝、味噌の匂いがした。
半刻して、また味噌の匂いがした。
昼前に、三度目が来た。
同じ谷で、飯が三度炊かれるのである。
いちばん早いのは、三好政長の陣であった。夜の明けきらぬうちに釜を下ろす。次が波多野で、そのあとが三好と池田である。
政長は、管領・細川晴元の側近で、榎並の城を持つ。長慶の父を死に追いやった側の男でもある。
久秀は、その三度の匂いを座ったまま数えた。
――押す日が、決められぬわけよ。
押すには、まず食わせねばならぬ。食わせる刻限が三通りある以上、四つの手が同じ刻限に坂へ取りつくことはない。前の一手が石を浴びているあいだ、次の一手はまだ飯を食っているのである。
その日、小荷駄の頭を呼んだ。
禿頭で、声が大きい。この男は数を三度言い直す癖がある。
「干飯の俵は」
「三十、いや二十八、いや……二十八にござる」
「どちらじゃ」
「二十八にござる。二十八でござりまするが、そのうち二つは濡れておりますで」
頭は、そこで一度、地面を見た。
「……二十六と、数えていただきとうござる」
久秀は筆を止めた。
止めて、二十六と書いた。
この男の癖の出どころが、それで分かった。多く言えば、どこかの莚で誰かが食えなくなる。だから三度言うのである。
「よう申した」
「へえ」
書役は、若い。
越水から連れてきたが、佐介ではない。字は佐介ほど上手くないかわりに、数を落とさぬ。
この男は毎朝、水の樽を数える。
堺の天王寺屋の番頭が付けてよこした樽である。あちらの谷の水は夏に腹を下すと言われて、あのとき久秀は「付けよ」と答えた。
樽を運んでくるのは、十七、八の若い者であった。
この男は、栓を抜く前に必ず指を舐めて、それを立てて風を見る。栓を抜いた口から匂いが流れるほうへ立たぬためだと、いつか誰かに教わったらしい。教わった訳のほうは、たぶん覚えていない。
「今朝は」
「四十一にござります」
「昨日は」
「四十七にござりました」
一日に、六つ減る。
久秀は、算えた。
――七日。
*
政長の陣へは、己で行った。
文を出しても、返事が来るまでに二日かかる。二日は惜しかった。
谷底の道は、泥濘になっている。人と馬が二日で踏み崩したところへ、夜の雨が来た。踏むと膝の下まで沈む。荷駄が二頭、途中で立ち往生していた。追う者が尻を叩いても、馬は前脚を突っ張ったきり動かない。
道の脇に、足軽が七、八人座っていた。
草鞋を脱いで、足の裏を見ている。皮の剥けたところへ布を巻いているのだが、その布がもう泥である。
誰も、こちらを見なかった。
政長の幕の前で、久秀は待たされた。
取り次いだ者は「しばらく」と言って入り、それきり出てこない。
幕の内から、話し声がする。何を言うているかは分からぬ。ときどき笑い声が混じった。
久秀は、立って待った。
半刻ほどして、家臣がひとり出てきた。膝はつかず、立ったまま言った。
「わが殿は、御刻限を動かされませぬ」
「……理由は」
「承っておりませぬ」
男は頭を下げて、幕の内へ戻っていった。
久秀は、扇子を取ろうとした。
取ろうとして、無いことに気づいた。陣中へは持ってきていない。指の腹で、膝を二度打った。
帰りも、同じ泥濘であった。
*
池田信正が来たのは、その翌々日である。
遠くから大声で呼び、近づくと声を落とす。この男の癖であった。
「松永殿ォ」
「……これは」
「よう荷が届くのう。堺か」
「さようにござりまする」
池田は床几に腰を下ろし、勝手に湯呑を取った。
「久代の渡しをな」
訊いてもいないのに、この男は言う。
「この夏、月に幾つ通ったと思う」
久秀は、答えるつもりはなかった。
なかったのだが、口のほうが先に動いた。
「……三十八にござりましょう」
池田の顔が、ぱっと明るくなった。
「ようご存じじゃ」
久秀は、湯呑を置いた。
置いてから、己が何を言うたかを算えた。
久代の渡しを月に幾つ通ったか。それを正確に知っているということは、通っている荷が己のものだと言うたのと同じである。この男は上分を割譲されて、猪名川筋の荷を帳面で数える側に回っている。数えられている側が、数えた数をこちらから言うてやったのだ。
――腹を、算用に変えそこなった。
池田は、そこまで読んでいない。
読んでいないから、恐ろしい。
立ち上がりながら、この男は言った。
「一庫が落ちたら、猪名の川筋は一本になるのう」
それから、思い出したように付け足した。
「そう言えば、河内の木沢は、管領様の御下知を待っておらぬそうな。……せっかちなお人よ」
川原のほうが、騒がしかった。
騒がしいというのは違う。人の数が集まっているのに、音が静かなのである。
久秀は、帳を置いて立った。
毛氈が敷いてあった。
川原の平らなところに床几が四つ据わり、その前で若い者が湯を沸かしている。風炉は旅のものらしく、小さい。
脇に、花入が置いてあった。
青磁である。
挿してあるのは、そのへんの草が一本であった。名も知れぬ、白い小さな花のついたやつである。
久秀は、そこで足を止めた。
――十二日前である。
堺の天王寺屋で、亭主の懐紙を見せてもらった。前の日の客の名が並んでいて、そのうちの一つが「青磁の花入をお持ちの」榎並の御方であった。堺では、政長をそう呼ぶ。宗達は言い添えていた。道具の目は、たいそうお高うおますで、と。
あれである。
床几に座っているのは、三好政長と、波多野秀忠と、池田信正であった。
三人である。
四つ目の床几には、誰も座っていない。
久秀は、そこから動かなかった。
声はかけられていない。
かけられぬということが、この座の中身であった。
風が川面を渡って、練香の匂いを運んできた。
湯の音が、ここまで届く。
――三十貫か。
久秀は、算えている。
――いや、四十は取ろう。
算えられた。
あの碗は、算えられなかった。堺の書院で掌の上に乗せた油滴の天目は、どう見ても値が出なかった。
これは、出る。
出るということは、買えるということである。
――買える値であることが、いちばん質が悪い。
いま買えば、銭の出どころを人が詮索する。西宮の二本の煙は、いまのところ痩せた古穴のためということになっている。それが崩れる。
だから、買わぬ。
買わぬまま、この男は花入を見ていた。
草が一本、挿してある。削ってもいない竹の筒に木槿を一輪挿していた者を、この男は知っている。あちらは銭が一文もかかっていない。こちらは幾十貫もする。
同じ形をしていた。
そして、この男にはどちらも欲しかった。
政長は、こちらを見ない。
一度も見なかった。
中嶋の陣で、この男は馬上から「筆持ちが、陣で何をしておる」と吐き捨てて、そのまま行った。あのときは声があった。
今日は、声もない。
――呼ばぬ、ということじゃ。
久秀は、幕のほうへ戻った。
戻りながら、堺の書院で聞いた言葉を思い出していた。
銭も戻ってくる。人も戻ってくる。だが同じ銭ではないし、同じ人でもない。おんなじ顔で戻ってきますのんは、道具だけでおます――
道具は、同じ顔で戻ってくる。
だが、戻ってくる先が、いまの蔵の主――政長の蔵とはかぎらぬ。
久秀は、それきり花入のことを考えなかった。
堺の荷は、一日も遅れなかった。
米も、干飯も、味噌も、飼葉も、言うた日に着いた。清六という番頭は、戦は門の外でしてもらう、門の内は商いだけだと言った。そのとおりであった。
遅れぬ荷が、囲みを進めもしなかった。
■用語解説
・小荷駄…陣へ兵糧・飼葉・具足の替えを運ぶ荷駄の隊、およびその荷。戦の勝敗はこの列の長さと速さで決まることが多く、束ねる者には算用の腕が要った。
・風炉…茶の湯で釜を掛ける、持ち運びのできる炉。炉を切らぬ場所——書院でも、野でも——茶を点てられる。旅や陣中に持ち出す小ぶりのものもあった。




