第3話(前)「雌伏の買い物」
夜のうちに、雨は上がっていた。
朝の茶室に、湿った土の匂いが忍び込んでくる。蝉は、まだ鳴かない。羽が、乾かぬのであろう。
久秀は昨日と同じ座にいた。
己の死にざまを五点で買うた男の、その翌朝である。眠りの浅かったふうも、箸の細ったふうもない。香を焚かせ、帳面を開き、閉じた扇子で、とん、と掌を打っている。
——この男、こういうところがある。三十七年後の己の首より、手元の十五点の使い道が気にかかるのだ。
「さて」
朔が座につくのを待って、久秀は言った。
「残り十五点。……どう使うたものかの」
軍議である。ただし、兵の話ではない。買い物の軍議である。
朔は、昨日と同じに指を折った。先々の歴史、大筋で三点。銭の種、三点。人の在処、二点。一年後の戦の勝ち負け、一点。
「先の歴史の大筋よ」
久秀の扇子が朔へ向いた。
「三点は高いの。……まけぬか」
「掛け値はございませぬ」
即答であった。それから、一拍おいて、
「——ただし。理が立てば、引きまする。材料をお持ちくださいませ」
久秀の目が光った。
値切りを拒んだのではない。値切りの作法を示したのである。まけろ、と言うだけでは商いにならぬ。まけさせるだけの理を、買い手が揃えて持って来い——。
(この商人、交渉の卓を開けおった)
「よい。今日のところは、言い値で買おう」
「では、先の大筋を。……五年分にございます」
朔は、声を落とした。
飢饉は、あと二年やまぬこと。米の値は、来年の春がいちばん高いこと。
来年の秋には、殿の陣が摂津・一庫の城を囲むこと。そして、その囲みが、月をまたいでしくじること。
「河内の木沢長政様は、これより肥えに肥えまする。驕りの果てに京を騒がせ、公方様も、管領様も、近江へ落ちられます。——されど、再来年の春。河内は太平寺の野にて、お果てなされまする」
扇子が、止まっていた。
「……あの木沢が。二年で、果てるか」
「御家も散りまする。そののち、細川を名乗られるいまひと方が兵をお挙げになりますが、火は点きませぬ。燻ったまま、書付の外へ。——書付は、天文十三年の暮れで切れておりまする」
「その先は」
「殿と私が石を投げるほどに、霞みまする。……昨日、申し上げた通りに」
語り終えたとき、香がひと刻みほど短くなっていた。
久秀は、筆を執らなかった。
これほどの話を紙に書けば、紙がいずれ敵になる。帳面に載せるのは品の名と値だけでよい。中身は、頭に蔵う。
(書かずに、覚える。……あの童と、同じことよ)
「ときに」
扇子の先が、膝を打った。
「一庫の囲みがしくじると申したな。囲みを解かせるのは、誰ぞ」
「——それは、この品の外にございます」
「切り売りか」
「大筋は、家の浮き沈みまで。人の名と事の細かには、一つずつ値が付いておりまする」
久秀の肩が小さく揺れた。買うた品の穴に、もう次の値札が付いている。
「よい。それが、いちばん安い一点であったな。——買おう。囲みを解かせる者の名と、そののちの成り行き。そなたの書付が狂言か否か、一年後に、答え合わせよ」
一番高い品から買うた男が、その翌日一番安い品で真贋を測る。順が逆さまである。だが、これでよいのだと久秀は思っている。惚れた品は、先に買う。疑いは、あとから安く済ませる。数寄者の帳尻とは、そういうものである。
そもそも——と、久秀は算えている。
騙りなら騙りで、よいのである。わしが失うのは紙に書いた点と、幾らかの暇。首を失うのは、童の方である。まことなら、動くのは天下の帳尻——外れて損の知れた賭けは、賭けとは呼ばぬ。
信じる、信じぬは、坊主の商いの言葉である。商人は、損得で聞く。
「飢えの細かも、添えられまするが」
朔が言った。いつ、どこが、どれほど痛むか。一点にて——。
「要らぬ」
久秀は立ち上がっていた。
「飢えなら、買わずとも見える。……見えておるものに、銭は払わぬ」
そう言って、見に行くのである。
矢倉に上がると、湿った風が抜けた。雨を吸った城下が、鈍く光っている。大手の外に、列があった。施行の粥を待つ、流民の列である。列は乱れず、長い。湯気が、その先で細く立っていた。
風に乗って切れ切れに、念仏が届く。列のどこかで、坊主が唱えているのであろう。
(……また、売っておるわ)
久秀の目が、細くなった。
坊主の商いは良い商いである。仕入れが要らぬ。売り物は死後の極楽——買うた者は、死んでみるまで騙されたかどうかを確かめる術がない。生き身の腹は一粒も膨れぬのに、人は粥の列を離れてまで、あの六字に手を合わせる。
わしの主は、その六字に殺された。
九年前の堺。顕本寺。念仏の旗に囲まれて、三好元長という男は腹を切った。読み書き一つで拾われた男を、あれほど面白がってくれた御方は、後にも先にもあの御方だけである。
一揆をけしかけた御仁の下で、主家はいま禄を食んでいる。それも、胸に畳んでおくだけのことである。
——恩は、返す。遺児たる主に、忠義をもって。
(それは決まっておる。……だが)
忠義もまた出過ぎれば煮られる。
狡兎死して、走狗烹らる。昨日、あの童はそう申した。あれは童の首の話ではない。奉公人という奉公人の、首の話である。手柄は、立てねば拾われぬ。立てすぎれば、妬まれる。譜代の目は、いまでさえ冷たい。——どこの馬の骨とも知れぬ祐筆が、と。
しかもわしは、末路を知ってしもうた。
祐筆から、城持ちの大名に上るという。上るとは、杭になるということである。打たれると決まった杭が、それでも打たれずに立つ道は、あるか。
——ある、はずよ。
稼ぎは隠す。表の手柄は、主に多めに返す。妬みは、銭で漉せる。目立つ武は後。音のせぬ銭が、先。
「そなたなら、どれから買う」
ふいに、久秀は言った。
「武か。銭か。——それとも、別の何ぞか」
朔は、列を見たまま答えた。
「銭に、ございます」
「ほう」
「武は、使えば減りまする。蓄えれば、目立ちまする。銭は使うても殖え、蔵の奥で音を立てませぬ。……雌伏の間、裏切らぬのは、銭だけにございます」
童の言い分としては、上等である。
(——だが、それだけでは、勘定の答えよ)
「……そなたの商い、どこぞで見た型と思うておったが」
久秀は、列を見たまま言った。
「思い出したわ。——若き日の、わしよ。わしも昔、才ひとつを担いで、売り込みに行った。買い手の目利きくらいは、できるつもりでおる」
朔が、こちらを見た気配がした。久秀は、振り向かなかった。
「時に、朔よ」
念仏が、風で途切れた。
「そなた、一度死んだ身であろう。……極楽は、あったか」
一、天文の世情分析 三点
一、摂津一庫の顛末 一点
残り 十一点
■用語解説
・一庫城…摂津国(現在の兵庫県川西市)にあった山城。翌1541年に塩川国満(政年)が籠城し、三好長慶らが攻囲することになる。
・木沢長政…河内国守護代。1540年当時は細川晴元政権下で畿内屈指の勢力を誇っていたが、後に将軍や管領と対立し、1542年の太平寺の戦いで討死する。
・太平寺の野…河内国(現在の大阪府柏原市)の地名。1542年(天文11年)、絶大な権力を握った木沢長政と三好長慶・細川晴元連合軍が激突した「太平寺の戦い」の舞台。
・細川を名乗られるいまひと方…細川氏綱のこと。元管領・細川高国の養子であり、細川晴元に対抗する反晴元勢力の盟主として擁立された。
・三好元長…三好長慶の父。阿波から畿内に進出して細川晴元を支えたが、のちに晴元の裏切りと一向一揆の襲撃を受け、1532年に堺の顕本寺で自害した。
・顕本寺…和泉国堺(現在の大阪府堺市)にあった法華宗(日蓮宗)の有力寺院。1532年(享禄5年)、三好元長が自害した舞台となった。




