第11話(後)「兄者」
――天文十年(一五四一)春
――この二人には、余人の知らぬ来し方があった。
長慶、十の年。主家の裏切りと、一向の一揆の狂乱の中で父・元長を喪った。堺の幕府は崩れ、幼い長慶は阿波へ落ちた。何もかもを失った童であった。
その、いちばん暗い日々を傍らで支えたのが久秀である。父の代からの家人。理を説き、算用を教え、崩れかけた三好の身代を一枚ずつ繋ぎ直してみせた。長慶にとって久秀は、家臣であって家臣ではない。師であり——兄であった。
久秀もまた、この傷ついた聡明な若君を支えることを己の数少ない喜びの一つとしていた。人の欲を品書きのように眺めるこの男が、値踏みの目を忘れる相手。それが、この若い主であった。
「……松永」
長慶が、ふと真顔に戻った。だが、さきほどの言上を聞く硬さはない。案じる色であった。
「あの一千石は、そなたの持ち出しであろう」
久秀の指が止まった。
「下郡の蔵は私が握っている。出し入れはみな私の耳に入る。……あの施行の、もとの一千石だけが三好の蔵を通っておらぬ。そなたが、どこからか工面してきた物だ」
長慶の目に咎めはない。
「兄者は……いつも多い」
ふとこぼれた一言であった。「松永」でなく、「兄者」と。この一間の人払いの底でしか出ぬ呼び名である。
「頼んだのは施行の差配だけであった。一千石は頼んでおらぬ。……そなたは、頼まれもせぬのにいつも身銭を切る。段銭を任せれば田まで実らせ、祝言を任せれば丹波の縁まで結ぶ。……己を削って」
「……たいした持ち出しでは、ございませぬ」
久秀は、静かに逸らした。
「方々《ほうぼう》に頭を下げて借り集めましてございます。飢饉の年に蔵を開かせるは骨が折れますが……返す当ての立つ借りにて」
嘘はついておらぬ。借りたのはまことである。ただ——誰からとは言わぬ。
一千石の真の出所は、水江荘。名主あがりの、あの小僧の隠し備蓄であった。そこをこの聡い主に辿らせるわけにはいかぬ。糸は必ず、いちばん奥の帳面を持つ者へ伸びる。兄弟の情の中でも、久秀のその一線だけは動かなかった。
長慶は、久秀の逸らしの言葉をしばし量った。
嘘はついておらぬ。だが、みなは言うておらぬ。——それを長慶は悟った。悟って、なお掘らなかった。
長慶は、炭櫃の火に目を落とした。
「……のう、松永。あの旧き伊丹の村々。床下の古土を麦と換えて回る——あの風変わりな手際。あれをそなた一人の思案とは、私は思うておらぬ」
久秀の伏せた目の底が動いた。
「そなたが後生大事に囲うておる、あの小僧。……村上がり《むらあがり》の、器用な名主。皆はただの下働きと侮る。だが——村を幾つも飢えから立て直す絵図を描く小僧が、ただの器用であるものか」
久秀は答えなかった。
長慶の声に咎めはない。
「私が、あの者をそなたに預けたまま捨て置かぬのはな。……あれが下郡を幾つも救うたからだ。理を恐れぬ者は少ない。あの小僧は——理で人を生かす。ゆえに惜しい。手放せぬ」
――ここまでは、と、久秀は腹の底で思う。
長慶の察しは、朔が村を潤す才の持ち主、というところまで。その先の、あの小僧の真の底までは届いておらぬ。届かせてはならぬ。
「そなたが、あの小僧に何か……人には言えぬものを負わせておるのも」
長慶は、ふと久秀を見た。
「薄々、感じては、おる」
久秀の指が、また止まった。
「だが、問うまい。……そなたがいつか話す気になれば、それでよい。話さぬなら、それでもよい。私は待つ。——兄者を信じて、な」
若主の目に疑いはなかった。あるのは、ただ待つ者の静けさである。
久秀は、頭を垂れた。
垂れながら、胸の底がちりと疼いた。信じて待つ、と、この主は言う。その信を久秀は、日々裏切り続けている。いちばん奥の帳面を守るために。——だが、垂れた頭は上げぬ。上げれば、この澄んだ目に何もかも読まれてしまう。
「……ただ身はいとえ。そなたが倒れれば——」
言いかけて、若主は口を噤んだ。師走に久秀が過労で臥せったことを思い出したのであろう。それ以上は言わなかった。言わぬことに情がこもっていた。
そこへ。
柱の陰の、海老名三郎兵衛が低く口を開いた。
「——畏れながら」
いかつい肩の護り役である。無骨な、しゃがれ声であった。
「殿。松永様。……お二人の、お睦まじきはけっこうにございます。なれど、いささか……過ぎまするぞ」
長慶が振り返った。
「三郎兵衛。……またそれか」
「役目にございますれば」
三郎兵衛は退かぬ。
「先ほどの諸士の目、殿は御覧になりませなんだか。松永様が言上なさるたび、末座の者どもの口の端が下がりまする。人払いのたびに殿が、松永様お一人を留め置かれる。……それが幾度も重なれば、譜代の衆は思いまする。『我らは蚊帳の外か』と」
広間が、しんとした。
久秀は末座で目を伏せた。三郎兵衛の言は正しい。何一つ間違うておらぬ。
「気に入られるということは」
三郎兵衛は続けた。
「その分だけ妬まれる、ということにございます。松永様はただでさえ抜きん出ておられる。その上、殿の格別の御目をかけられれば……いらぬ火種を抱えることに。役目柄、申し上げねばなりませぬ」
長慶は、しばらく黙っていた。
やがてちいさく息を吐いた。
「……分かっている。三郎兵衛」
若主の声に寂しさが滲んだ。
「分かっていて、な。……余人を払わねば、私は松永と、こうして素で話すこともできぬ。主とは窮屈なものよ。父上も……こうであったか」
久秀は、その寂しさを聞いた。
聞いて、頭を垂れた。
「三郎兵衛の申すこと、道理にございます。……私が心得ねばなりませぬ。人前ではいっそう慎みまする。殿にいらぬ悪評の立たぬよう」
「よい。……そなたに慎めと言うために申したのではない」
長慶は首を振った。
「ただ覚えておいてくれ。私が、そなたを遠ざけるように見える日が来ても。……それは遠ざけたいのではない。守っているのだ。そなたと私と、両方をな」
久秀は、その言葉を胸に刻んだ。
――この主は、いつもこうであった。理で先の先まで見通してしまう。見通した上で寂しさを隠さぬ。
*
広間を出る。
早春の風が、まだ冷たい。廊下の板が、足の裏に氷のようであった。
久秀は歩きながら、三郎兵衛の諫言を胸の内で繰り返した。
(——抜きん出れば、妬まれる。……げにその通りよ)
飢饉を凌いだ田は褒められた。だが、褒められるほどに末座の目は、久秀の手元の多すぎるものを数えはじめる。一千石が、蔵の帳の抜けた一行から露われたように。主に目をかけられるほどに譜代の火種は燻る。——大きなことを為すほど、隠していることの輪郭が逆に浮かび上がるのだ。
譜代の妬みは、働きで黙らせるよりほかない。主の情は、ありがたく頂戴しておく。だが——
その情に久秀は応えきれぬ。応えきれぬどころか、日々裏切っている。あの澄んだ目に見せられぬ帳面を懐に抱いて。
(信じて待つ、と仰せられたな)
待つ、と言うてくれる、その主のためにこそ、隠すものはなお深く沈めねばならぬ。露われて困るのは久秀ひとりではない。庇うてくれた、この若い主なのだ。血筋なき成り上がりの祐筆が、主の知らぬ絵図を幾枚も抱えている——それが露われた日、いちばん深い傷を負うのは、久秀を庇うた、この人のほうであった。
(ゆえに隠す。……兄者と呼んでくれた、その人のために)
風が鳴った。
越水の空は、まだ冬の色をしている。
その夜、久秀は灯の下で帳面を繰った。
墨を下ろす。
一、旧キ伊丹ノ村々 飢ヲ脱ス ――少シ多ク預カリ 飢ユル村々ヘ 繰リ回ス
一、主、一千石ノ出所ヲ 見抜カル ――源ハ、伏セ通ス
一、主、あの小僧ノ才ヲ 察ス ――ナレド、底マデハ届カセヌ
一、主、「兄者」ト 我ヲ呼ブ ――信ジテ、待ツ、ト
一、海老名三郎兵衛 諫ム ――睦マジキハ、妬ミノ火種ト
一、消費なし
残り 三点
・堺の幕府(堺幕府)…大永7年(1527年)、三好元長(長慶の父)や細川晴元らが12代将軍・足利義晴に対抗し、足利義維を「堺公方」と仰いで和泉国堺に樹立した政権。天文元年(1532年)、内部対立や一向一揆により元長が自害して瓦解。落ち延びた義維は阿波国平島へ逃れて「阿波公方(平島公方)」となり、父を喪った当時10歳の長慶ら三好一族も義維と共に阿波へ逃れて再起を図ることとなった。
・村上がり《むらあがり》…名門や武士の血筋ではなく、農村(村落)の出身でありながら実力や才覚によって武家社会へ成り上がった者のこと。




