表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/53

第8話(前)「妻」

 ――天文九年(一五四〇)師走しわす


 雪催ゆきもよいの空であった。


 越水こしみずの城は朝から、華やいでいる。婚礼である。三好長慶みよし ながよし——この城の若い主が丹波たんば波多野秀忠はたの ひでただの娘を迎える。


 久秀ひさひでは二日眠っていない。


 席の次第。引出物の目録。使者への返礼。祝いの膳の数。婚礼の一切が祐筆ゆうひつたる久秀の、手の上を通ってゆく。筆の、乾く暇もない。目の奥が砂を噛んだように重い。


 だが久秀はその重い目で婚礼の座の、隅々までを見ていた。見るのがこの男の、仕事であった。


 *


 婚礼の座はしめやかであった。


 長慶は十九。端正な、若者である。所作に非の打ちどころがない。さかずきを干す手もおもての伏せようも寸分、崩れぬ。


 ——ただ、一度も花嫁と、目を合わせぬ。


 合わせぬことに久秀は気づいている。おそらく、この座で久秀ひとりが。


 この若い主にとって、婚礼は家の、道具であった。それ以上でも以下でもない。理で己の心を殺すことのできる男である。……この縁組は家にはよう効く。だがこの二人からは世継ぎのほかに何も生まれまい。


 久秀はそう、値踏みした。


 花嫁はうつむいている。白無垢しろむくの、若い娘であった。その膝に置いた指が白い。強く、握りしめて白い。


 *


 輿こしを降りるとき、娘は一度だけ顔を上げた。


 そして北を——丹波の方角を見た。


 里心か。


 ——否。久秀は知っている。娘が何を、見ているかを。


 丹波にひとり、男がいた。波多野の、下士かしである。弥七郎やしちろうという。娘とは幼馴染おさななじみであった。いや——幼馴染では済まぬ仲だと家中で噂されていた。


 縁組が決まったとき。


 その弥七郎があばれた。輿入れの列に抜き身で走り寄ったという。娘を返せ、と。——若い、無分別であった。恋をやいばで止めようとした。止まる道理はない。


 騒ぎは丹波から越水の久秀の耳へも届いた。波多野の使者が青い顔で問うてきた。かようなきずのついた娘、三好家はなお、お迎えくださるか、と。


 久秀は筆を止めなかった。


「波多野殿の、御家中のことにござる。……波多野殿が、片づけられよ」


 それが答えであった。


 迎えぬ、とは言わぬ。片づけよ、と言うた。瑕を消してから寄越されよ、と。


 弥七郎は腹を切らされた。


 それだけのことである。


 娘が丹波を見るのは里が恋しいからではない。あの北の空の下、己ゆえに死んだ男のその死に場所を見ているのであった。


 *


 久秀はその一瞥いちべつを見た。見て、帳面の隅に刻むように覚えた。憐れみではない。癖であった。


 ——この男、こういうところがある。


 座敷にただ一つの、本物の哀しみを目ざとく見つけてしまう。そしてその哀しみがなぜそこにあるかを、誰よりもよく知っている。


 知っているはずであった。この娘を丹波から呼び寄せあの若い男に死に場所を与えたその絵図を——引いたのが己であることを。


 だが久秀のおもては動かぬ。


 *


 ——そもそもこの婚礼が、何であったか。


 娘ひとりがなぜ丹波から売られ。若い男ひとりがなぜ腹を切らねばならなかったか。その大本をたどれば久秀の絵図に、行き着く。


 丹波の波多野は家が傾いている。銭がない。


 そのうえ、この波多野秀忠という男には古いいわくがあった。もとは細川晴元ほそかわ はるもとに従うていた。だが八年ばかり前、京での悶着もんちゃくから晴元に背を向け丹波へ下ってその敵方へ寝返った。数年、敵として槍を向け——旗色が悪くなるとしれっと、晴元のもとへ帰参した。詫びを入れまた被官の顔に収まったのである。


 ——なびいて、離れて、また靡いた男であった。


 そのうえ、厄介なことに。波多野はかつて三好元長みよし もとながといがみ合っていた。長慶の、亡き父である。元長が京の間近を差配していたころ、丹波の波多野とは地を接して幾度もつの突き合わせた仲であった。


 ——つまりいま長慶がめとったのは父の代の敵の娘であった。


 久秀はそのこじれた糸を一本ずつ解いてり直した。波多野の、晴元への不信につけ込み伸びゆく三好の勢いを餌に見せ父の代の遺恨は水に流す形にして——縁組という一枚の絵図に収めたのである。


(欲でなく、おびえで動く男はぎょしやすい)


 ——怯えはいちばん値の張らぬ動かしようであった。


 もっとも一度二度と靡いた男は三度目も、靡く。晴元を裏切った男はいつか三好をも裏切りうる。久秀はそれも勘定に入れて縁を結んだ。今日の味方は明日の駒でありいつかの、敵でもある。


 そして久秀にはこの丹波のくさびがいま一つ要る理由があった。


 *


 この夏、晴元は三好に伊丹いたみの領を呑むことを許した。三好と晴元の、蜜月のいちばんのしるしである。


 伊丹は摂津の、古い家であった。それが主家にそむいたというとがで譜代にこぞって背かれ当主は腹を切った。城は血も流さず三好の手に落ちた。


 ——叛いた、というのは表向きである。


 その叛意を書きこしらえたのは久秀の、筆であった。ありもせぬ謀叛むほんを一通の偽書ぎしょに仕立て晴元の猜疑さいぎあおる。伊丹はみずから掘りもせぬ穴に落ちたのであった。


 領は増えた。だが——


 強い家を罠にかけて丸ごと呑む。その手際を摂津の国人衆は冷えた目で見ていた。次は己の番ではないか、と。伊丹ひとつを取って三好は摂津じゅうの疑いを買ったのである。


(内で買った疑いは、外の味方で、釣り合わせる)


 丹波の波多野はそのためのおもりであった。摂津の外の、確かな一手。国人衆が三好に背を向けかけたそのとき丹波の実力者が娘ごと味方についている——その一事が傾きかけたはかりを支える。


 こうして久秀の組んだ縁が一つ増えるたび三好の力は晴元の見えぬところでまた一枚、厚くなってゆく。


 ——いつかこの厚みがあの管領かんれいを呑む。


 娘の哀しみも若い男の血もその一枚の裏に畳み込まれていた。久秀はそれを承知で絵図を引いたのである。


 *


 久秀は盃を干した。祝いの、酒である。甘くも苦くもなかった。ただ乾いた喉を通っただけであった。


祝着しゅうちゃく至極)


 胸のうちでそう、となえる。


 表の座はうるわしい。婚礼は滞りなく進んでゆく。そのうるわしさの裏で丹波の若い男がひとり腹を切って死んでいた。誰もその血を見ない。


 見えぬように片づけたのは久秀であった。


 雪催いの空からとうとう白いものが落ちはじめた。雪は婚礼の庭を静かに覆ってゆく。血の色も足跡も何もかも。


 ——覆うのは久秀の、得手であった。

■用語解説

波多野秀忠はたの ひでただ…丹波国(現在の京都府中部・兵庫県北東部など)の有力国人領主で八上城主。かつて細川晴元と対立・帰参を繰り返した複雑な経緯を持つが、1540年(天文9年)12月に娘を三好長慶に嫁がせて和睦を結んだ。

白無垢しろむく…室町時代以降、武家の婚礼などの重要な儀式で花嫁が着用した純白の礼服。

輿こし…人を乗せ、人が担いで運ぶ移動用の乗り物。貴人や花嫁の移動の際に用いられた。

被官ひかん…武家社会において、主君や上位の領主に臣従して実務や軍役に就く家臣・従者のこと。

国人こくじんしゅう…地方の在地に深く根を張り、一定の自主的勢力や軍勢を持っていた中世の中小領主・武士集団のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ