第30話(一)「流れ、変る」
天文十一年、皐月の末。摂津越水の城は、梅雨入りを前にした重たい湿りの中にあった。
久秀は書院で、木沢の帳と向き合っている。太平寺で果てた男が、大和から掻き集めた帳である。この春、家来どもが焼け落ちる前の信貴山から、兵より先に運び出してきた。関の名は並んでいるが、由緒がない。率の根がない。取っていた、という事実だけが、墨で残っている。
これでは、国は読めぬ。
筆を置き、指の腹の墨を懐紙で拭った。拭いても、爪の際は落ちぬ。
床には、軸が一幅かかっている。破れかけていたのを裏打ちし直した古い墨蹟で、三年がかりで手に入れた。値は、誰にも言っていない。
約束のない客が来たのは、その日の午すぎである。
南都の僧という。取り次ぎの小姓が困った顔をするのへ、久秀は、書院へ通せと言った。大和の話なら、帳の傍らで聞くに限る。
縁先に、僧がふたり。老いた方が先に上がり、若い方——二十歳そこそこの従僧が、上がる前に身を屈めて、師の履物の向きを直した。己のは、その後である。
従僧は、風呂敷の包みを一つ負うていた。
躾の行き届いた家だ、と久秀は思う。厄介なのは、そういう家である。
僧衣だが、経を上げる僧ではあるまい。寺の内で銭と書付を扱う役——坊官であろう、と当たりをつけた。荘の帳を握り、年貢の出入りを算える。門跡が己で他家の書院へ来ることは無いし、衆徒は寺が命じても動かぬ。寺が外と掛け合うとき、卓に着くのは、いつもこの役の者である。
約束も入れず、供は従僧一人。格を落とした使いであった。落とした格のぶんだけ、用は重い。そして——負けて帰っても、寺は負けたことにならぬ人選でもある。
「愚僧は、春覚と申します。南都、一乗院方の坊官を勤めております」
「松永久秀。三好の家中にて、筆を預かっており申す」
「筆をお預かりの御仁が、木沢の帳もお預かりと伺いましたが」
最初の一太刀が、もう来た。
「……帳の話でござるか」
「関の話でございます」
春覚は、順を立てて話しはじめた。声は、昔語りでもするように柔らかい。
「大和には、御守護がございませぬ。置かれなかったのではなく、要らなかったのでございます。二百年このかた、あの国を治めてまいったのは興福寺。国の内の裁きも、道の警固も、寺が出しております。ゆえに、道々の関は寺の物。関の銭で堂の灯明が点り、塔の修理が成る。……そこへ十年前、河内から木沢長政どのが参られましてな」
湯呑へ手も伸ばさず、老僧は続けた。
「天文二年の冬、奈良坂の関をお取りになった。翌る年には十二。その翌る年には二十を越え、都合三十二。関の銭は、その日から一文も、寺へは入らなくなりました。灯明の料も、修理の料も、みなその内でしたのに」
声は柔らかいままである。ただ、数と年の順が、一度も狂わない。
「その木沢どのが、この三月、太平寺で果てられました。盗んだ者が死ねば、盗まれた物は持ち主へ戻る——子供にも分かる理でございましょう。ところが」
春覚は、そこではじめて久秀の目を見た。
「戻る前に、関々へ新しい札が立ちました。三好様の御名の札が」
「あれは、乱妨を止めるための札にござる。庄が焼かれぬように」
「存じております。ありがたいことで。……なれど松永どの、札の立った関で、銭は今日も取られております。取っているのは、もう木沢の者ではございませぬ」
盗人が替わっただけ——そうは言わなかった。言わずに、同じ重さのものを畳の上へ置いていった。
「関をお返しいただきたい。三十二か所、ことごとく。……寺門の評定にて、決したことでございます。愚僧は、それを申し伝えに参りました」
久秀は、すぐには答えなかった。膝の前の木沢の帳を、指の背で一つ叩く。
「返さぬとは、申さぬ」
「……ほう」
「只では返せぬ、と申しており申す」
春覚の眉が、わずかに寄った。
「代を、お求めでございますか」
「代ではござらぬ。筋にござる」
久秀は、帳から手を離した。
「御坊。太平寺で木沢を討ったのは、誰にござる」
「……三好様の御手勢と、河内の衆と」
「その日に討ち死にした者の家へ、寺は米の一升でも遣わされたか」
春覚は、答えない。
「木沢の遺した物をどう分けるかは、管領様の御下知で決まり申す。下知の下らぬうちに、三好が独りで御寺へお返しすれば、これは管領様の御裁量を、家来が先に使うたことになる。……三好は、あの傘の内におる家にござる。傘を破れば、濡れるのは当家にござる」
「では、御下知を待てと」
「待てとも申さぬ」
久秀は、はじめて声を張った。張った、と気づかれぬ程度に。
「いま大和の道を警固しておるのは、三好にござる。人が要り、銭が要る。関を残らずお返しして、警固だけは続けよと仰せられるなら、その銭は、どこから出まするか」
「……寺が出せ、と」
「出せとは申さぬ。分けよと申しており申す」
春覚の指が、膝の上で一度、止まった。
「三十二か所、ことごとくは戻せませぬ。戻せば、当家の家中が持ち申さぬ。……獲った物を只で返す主に、人はついて参らぬものにござる」
言いながら、胸の隅で勘定が一つだけ動いた——強く出るのは、易い。易いが、この老僧を手ぶらで帰せば、二度と来ぬ。二度と来ねば、あの帳も、二度と来ぬ。
「関の沙汰を、筋で通されたくば、京へ御訴えなされよ。……御沙汰の下るまで、二年か、三年か」
「二年」
春覚は、静かに繰り返した。
「待つあいだに、関は根を生やしましょう。京の御沙汰は、勝った時分には、取り返す物が痩せております。……ゆえに、今日の関を握っておられる御家へ、参りました」
言って、懐から書付を一枚出した。
出して、すぐには寄越さなかった。骨ばった指が、書付の上に一呼吸ぶん載っていた。二百年書き継いだ帳の、その一枚である。敵方の畳へ置くのに、指が一つ、抗った。
「一乗院直務分の関、まず一つ。その率と由緒でございます」
広げれば、河内との境の関ひとつ、立てた年から率の根まで、細い楷書で書き詰めてある。木沢の帳には名しか無かった関に、そこだけ根が生えた。
久秀は膝の前の帳を繰り、引き比べた。
「率が合い申さぬ。木沢の帳は、これより二割高い」
「盗人は、盗んだ高を正直には書かぬものでしてな」
「蔵の帳が正直だという証は」
「二百年、同じ筆で書き継いでおります。盗人の帳は、何年で書かれましたかの」
痛いところを突く。奪った側の帳しか持たぬ者は、奪われた側の帳が無ければ、真の高すら知れぬのである。
「続きは」
「お返事次第で」
「されど、それがしの筆は、立てもせねば、抜きもせぬ。約する筆を持ち申さぬ」
「されど帳は、御手元にございます」
「帳を読む者と、関を握る者とは、別でござる」
「別ならば、なにゆえ愚僧を、帳の傍らへお通しになりました」
切っ先が、袖の下へ入ってくる。久秀は答えなかった。
「お返事が遅くなれば」と、春覚は言った。「南都には、南都のやりようもございます」
「……神木でござるか」
神木——春日の御社の榊を輿に組み、僧俗が担いで都へ上せる。神木が京へ入れば、御所も幕府も、穢れを恐れて政を止める。裁きの座が開かれ、寺の訴えが通るまで、都は動かない。兵を持たぬ南都の、いちばん重い刀である。
「動くことも、ございましょうな」
久秀は、笑った。
声を出さずに、口の端だけで笑った。
「御坊。木沢は十年、その関を握っており申した。十年のあいだ、神木はいちども都へ入っており申さぬ。……十年抜かなんだ刀を、なにゆえ今ごろ抜かれる」
いちばん痛いところを、突いたつもりであった。
春覚は、目を伏せた。
「抜かなんだのでは、ございませぬ」
低い声である。
「抜けなかったのでございます」
庭で、はや蝉が一つ鳴いて、やんだ。
「神木を担ぐのは、僧と社の者と、荘の者と——それに、衆徒でございます。天文六年より、筒井は木沢どのと結んでおりました。……担ぐ手が、向こうにあったのでございます」
久秀の口の端から、笑いが消えた。
「加えて、木沢どのは管領様の御被官、山城上三郡の御守護代であられた。……筋を着た御方を、筋の座へ引き出して、どちらが勝ちましょうか。裁く御方と、訴えられる御方が、同じ衣を召しておられる」
春覚は、そこで顔を上げた。
「十年、寺は指をくわえておりました。そう思われて、結構でございます。事実、そうでございましたゆえ」
畳の上に置かれたのは、屈辱である。それも、この老人が自分の手で置いた。
置いてから、続けた。
「……いまは、違います」
「ほう」
「木沢どのは亡くなられました。筒井との縁も、そこで切れております。担ぐ手は、寺へ戻って参りました」
老僧は、湯呑へは手を伸ばさない。
「そして松永どの。御身は——御守護代でも、御被官でも、ございませぬ」
久秀は、膝の上で扇を握った。
握ったが、開かなかった。
「筋を着ておられぬ御方が、筋の物を踏まれた。裁きの座へ出れば、これは寺が勝ちまする。……木沢どのの時とは、そこが違うのでございます」
「……当家を、訴えられると」
「いいえ」
春覚は、事もなげに首を振った。
「訴えるまでもございませぬ。裁きの座が開けば、三好様の御家来の、そのまた御家来が、寺の物を踏んだ——それだけが、御所と幕府の御前で読み上げられます。あとは、管領様が御裁きになる」
背筋の裏を、冷たいものが一筋、走った。
晴元様は、三好を叩く口実を探しておられる。長慶様の父御が、どのようにして死なれたか。あの家と管領家のあいだに何が畳んであるかは、家中の者なら誰でも知っている。
神木が都へ入れば、その紙が一枚、管領様の手に渡る。
「先ほど、傘と仰せられました」
春覚の声は、また柔らかい。
「傘を破れば、濡れるのは当家、と。……傘の主に、破らせることもできましょう」
久秀は、答えなかった。
四十年抜いていない刀である。抜いたところで、昔ほどには利くまい。利くまいが——利かせるのは、この老人ではない。神木は、ただ都の門をくぐればよい。あとを裁くのは管領様であり、管領様には、裁きたい理由がある。
抜けぬ刀ではなかった。抜けば、誰かが斬れる刀であった。斬られるのが、この身ではなく、主であるというだけである。
「ひとつ、伺いたい」と、久秀は問いを変えた。「なにゆえ、それがしの許へ。南都には衆徒がござろう。筒井は寺の身内。身内に取り返させれば、済む話でござる」
春覚の頬が、はじめて動かなかった。動かない、という動き方をした。
「……身内が関に座れば、二度と立ちませぬ」
低い声である。柔らかさが、そこだけ剥がれていた。
「他国の衆は、いつかは去にます。されど身内は、去にませぬ。木沢どのとて、はじめは寺のために——」
そこで老僧は口を閉じた。閉じたが、遅い。
第二の木沢を、寺は身内から出したくないのだ。だからわざわざ、敵方の、他国者の書院へ頭を下げに来た。この老人が膝の下に畳んでいる屈辱の量を、久秀ははじめて量った。
春覚は、書付を二枚、三枚と続けて出した。押してくる関の順を、久秀は黙って見ている。寺門総体の分より先に、一乗院直務の関が来る。寺のため、と言いながら、順は己の坊からである。坊官も人だ。人なら、話は早い。
従僧が立って、湯を運んできた。麦を煎じた、ぬるい湯である。
ここで、場が緩んだ。
春覚は椀を両の掌に包み、そのまま、首を床のほうへ回した。
「……よい軸を、お掛けでございますな」
久秀は、湯を口へ運ぶ手を止めなかった。
「古い物にござる」
「破れを裏打ちしてございましょう。継ぎ目が、ほとんど見えませぬ。……あれほどの裏打ちをする者は、堺にも幾人もおりますまい」
「そのようなものにござるか」
「そのようなものでございます」
老僧は軸から目を離し、椀へ戻した。
「道具は、お好きですかな」
柔らかい声である。関の話をしていたときと、何一つ変わらない。
「……人並みにござる」
「左様でございますか」
春覚はうなずき、それから、関を失うてよりの南都の窮乏を、ぽつり、ぽつりと語りはじめた。修理の材木が買えぬ。斎の膳が細る。坊々は什物を手放しはじめている——
「じつは、この足で堺へ参ります」
「堺へ」
「三蔵院の頼みで、釜を一つ、売りに。……平蜘蛛と申す、低うて、平たい、古い釜でございます」
春覚が目で合図をすると、従僧が包みを膝先へ運んだ。道中、ずっと負うてきた包みである。結びを解き、古い布を三重に剥がした。
鉄が、出た。
久秀の背が、うなじの根から一息に冷えた。
低い。裾が張っている。肩が無い。ぺたりと座って、そこだけ畳が沈んで見えた。肌は荒れて、乾いた土の色をしている。錆は浮いているのではない、内から出てきている。口の作りが古い。薄作りのくせに、座りが岩のように動かぬ。
——湯が、鳴る。
見ただけで、鳴る音が聞こえた。低く、広く、腹の底へ落ちてくる音である。
十年あまり、堺の座敷で道具を見てきた。良い物は幾つも見た。買った物もある。だが、見た刹那に音の聞こえた物は、これがはじめてであった。
値が、出た。
出た値は、この身の分では、届かぬ値であった。
久秀は、膝の上の書付へ指をやった。何かを持たねば、手の置き場が無かったからである。
やってから、気がついた。
指の腹が、濡れている。
朝から爪の際に残っていた墨が、汗で溶けていた。書付の端に薄く伸びて、関の名を書いた細い楷書の、その一字が滲んで、輪郭を失っている。
二百年、狂いなく書き継いできた紙である。
久秀は、書付から手を離した。
離すのが、遅かった。
顔を上げると、春覚が、こちらを見ていた。
目ではない。手を見ている。
——出た。
出たと分かった刹那、久秀は己の頬が動いていないかを確かめようとした。確かめようとしたこと自体が、既に遅い。頬というものは、確かめる前に動く。
「堺へ持ち込みまする前に——御目利きを、一つ」
春覚は、事もなげに言った。
道が、三つ見えた。高く言えば、欲しがっていると知れる。安く言えば、寺を欺くことになる。断れば——堺の生まれが釜の値を断る、その断りかたが、いちばん雄弁である。
久秀は、釜から目を離さずに言った。
「……古い釜にござるな。湯の鳴りは、良うござろう。なれど、いまの数寄の座は華やぎを好み申す。この肌は、地味に過ぎる」
それから、値を一つ、口にした。
実の値より、心持ち低い。声は、関の話と同じ声で出た。出たはずであった。
「お手に取っては、御覧にならぬので」
「……朝から帳を繰っており申した。墨が」
久秀は、手を開いて見せた。指の腹は、たしかに黒い。黒いことが、これほどありがたかった日はない。
春覚は、値を聞いて、少し首を傾げた。
「……左様でございますか」
それから、包み直しにかかった従僧を、手で止めた。
止めて、しばらく釜を出したままにしておいた。
「平蜘蛛が、お気になりますか」
「……いや」
「愚僧は、三日ばかり越水に逗留いたします。宿は、下の寺を借りております」
老僧は、釜のほうを見たまま言った。
「堺へ持ち込みまするのは、それから」
三日。
言葉は、それだけであった。それだけで、卓の上のものが、全部並べ替わった。
関を停めれば、釜は堺へ行かぬ。
誰も、そうは言っていない。言っていないから、断ることもできない。
従僧が、また布をかけはじめた。
一重かかるごとに、あの肌が消えていく。二重目で、裾の張りが見えなくなった。三重目で、ただの荷になった。
久秀は、それを見ていた。
見ながら、勘定していた。
銭は、無い。所領を持たぬ祐筆に、あの値は出せぬ。主家へ言上して買わせることは、できる——阿波の御弟君が道具を欲しがっておられる、とでも申し上げれば、長慶様は買われるであろう。買われて、あれは三好の物になる。三好の物になった釜を、この身は、年に一度、床の前で見せていただくことになる。
……それは、いやだ。
三十五にもなって、腹の底から出てきたのは、その一言であった。
いやだ、で国の政が動くか。
動かぬ。動かぬが、動かぬからといって、消えるものでもない。
関を、停める。一乗院直務の分だけでも停めれば、神木は動かぬ。動かねば、主家は管領様の御前へ引き出されずに済む。……そして寺は、釜を急いで売らずに済む。売らずにおけば、いつか、この身の手の届くところへ回ってくるやも知れぬ。
筋が、通ってしまう。
主家のために関を停める——そう申し上げれば、長慶様は肯かれよう。肯かれた先に、釜が待っている。
通ってしまうことが、いちばん恐ろしかった。
——それは、家来どもが命を賭けて開けた城の実入りを、己の道具のために値切ることである。
勘助が飯で繋いだ四百の、その先の実入りを。
久秀は、膝の上で指を組んだ。
組んだ指の関節が、白い。
白いのを、見られている。
「……関の儀は、主へ取り次ぎ申す」
声は、出た。
「三日のうちに、御返事を差し上げる」
言ってしまってから、久秀は己の言葉を聞き直した。
三日。
この老人は、期日を一言も口にしていない。逗留が三日だと言っただけである。三日で返事をすると決めたのは、こちらであった。
春覚は、値踏みを終えた商人の手つきで、懐から四枚を出した。三枚を置き、最後の一枚は、指先で少し迷ってから、袂へ戻した。
「それでは、水無月を待たずに」
それだけ言って、老僧は腰を上げた。
縁へ出るとき、春覚はふと足を止めた。
「松永どのは——堺の御生まれと伺いました」
「……左様」
「道具の見える御目を、お持ちでございましょうなあ」
それだけ言って、老僧は一礼した。従僧がまた身を屈め、師の履物を先に直している。釜の包みは、若い背に戻っていた。
背中を見送りながら、久秀は思い返していた。
椀の取りよう。書付を繰る指。軸を褒めたときの、あの間。……この老人の目は、関の話のあいだじゅう、こちらの手を見ていたのではないか。
釜を解いたのは、道すがらの序でではなかった。目利きを求めたのも、逗留を告げたのも。
撒いて、食いつくか——食いつかぬときの、堪えかたまで、見たのである。
値踏みされたのは、関の返答ではない。この身の欲のほうであった。
敵として上がってきた老僧は、商い相手として縁を降りた。
久秀は書院に戻り、木沢の帳の傍らに、南都の書付を並べた。
端の一字が、滲んだままである。
拭こうとして、やめた。拭けば、紙が薄くなる。
それから、今日の用談を細大漏らさず書き留めた。
釜の名は、書かなかった。
低う言うた値も、書かなかった。
三日、とだけ書いて、その二字を、しばらく見ていた。
■用語解説
・坊官…門跡寺院に仕え、寺領の帳と銭の出入りを扱う役の僧。僧形ではあるが職務は俗事で、荘園の年貢・関の徴収・訴訟の書面までを握る。兵を持たぬ寺が外の武家と渡り合うとき、卓に着くのはこの役の者であった。
・什物…寺が所有する道具・宝物のこと。仏具、経巻、書画、茶器の類までを含む。寺の財産であって個人の持ち物ではないため、売り払うには寺の内で相談が要る。窮した寺がまず手放すのは、この什物であった。
・神木…春日社の榊。興福寺と春日社が朝廷や幕府へ訴えを通すとき、これを都まで担ぎ上げた。触れれば神罰があるとされ、公家も武家も手が出せない。最後に都へ入ったのは文亀元年(一五〇一)で、以後四十年、一度も抜かれていない。抜かずにおくあいだは、いつでも抜けるという脅しとして効いた。




