第5章2 西走
しばらくあの女性が現れず厳しい冬が深くなった、冬は荷車に載せられるだけ載せて食料などを溜め込んでおく必要がある、ナビアのいる場所は極端な気候変化のないノアナ国の中でも年中厳しい寒さのシャーオ国に近い場所のため他の場所より冬が厳しい、そのためこんな場所に人が来ることは無いのだがいつでもあの女性が来て良いように行灯と火鉢用具はいつもよりかなり多めに買い込んでおく、元々あまり金を使う性格でもないためつめて暮らせば貯金も微々たるが出来るくらいである、その金も身体が動かなくなれば無用の長物であるがあの女性が精霊に愛される者なのであればどこか村に迎え入れてもらうこともあるだろうがそれはあの女性だけでありナビアがそれにあやかるなどは考えていない
村に入ると村長を呼ぶ声があったが応えた声はナビアを追放した村長の声ではなく、まだ若い男性であった、遠目からだがあの顔立ちは前村長の弟の一番下の息子に見える、ナビアが追放された時は彼はまだ10になっていたかどうかであった、家を継がないと思われ誰にも期待されていなかった彼が村を継いだとなると何か大きなことがあったらしい、追放が決まった日、幼い彼は攻められるナビアを見て泣いていたのが印象深い
荷車を引きながら必要物資を買い込んでいると村長の家があった場所が取り壊されていた、元々栄華を誇って大きく立てており目立っていただけに驚きがある、注意深く見てみると取り壊されたのではなく焦げた跡がある、火事であったのか
ふと視線を感じその先を見ると遠くで顔の爛れた女性がこちらを見ていた、怒りや憎しみは感じられない、ナビアがこちらに気づいたと分かり周りの目を気にしながら近付いてきた、ナビアを追放に追いやった元村長の娘であった
「言うことの聞かない下の息子が火事を起こしてね、こんなになったのよ、顔が醜くなって、お父様も亡くなって、息子も手にやけどを負って、夫には化け物と言われて無視されているのよ、貴方の言うことを聞いて、息子にも言えていたら、こんなにならなかったでしょうね」
そう小声で、早口で言い終え顔を隠すように走り去った、懺悔でも恨み言でもなく、過去を省みた言葉であった起こってしまったことは変えられない、それは彼女もナビアも同じ事で彼女は彼女でこれから離縁が許されていない為肩身の狭い思いをしながら生きていくのだろう、ナビアも追放が決定しシャーオ国近くの小屋で今までと同様に生きていくのだろう、だが変えられることもある、ナビアが見知らぬ女性のために暖具を買い込み、言葉を交換し学ぶのと同様に、彼女も子のために言葉を繋ぎ、生きる事を教え、時に反面教師としてそばにいることは出来るのではないだろうか
時折ナビアは生と死を考える、その頻度は歳をとる事に多くなっていく、あの小屋での生活の中でもし病にかかり誰にも知られずに逝くのが理想だが、可能であればまだ健康でありたい、今まではナビア自身の生活のためであったが今ではあの女性のことを知りたいと思えばこそであった
小屋へ帰り、暖具を整えて寝床へ入る、ここしばらくあの女性が来てないがそれでも部屋はいつもより暖かくしておく
気配
夜明け前のいちばん暗くなる時間、土間に気配がした、誰などとは考えなくともわかる、行灯に明かりをつけるといつもと同じ服装の女性、寒そうに両腕をさすっている
「かあすおえめへ、れしぬよまそふろなゆ」
申し訳なさそうな表情で何か言っていたが寝ていた所を起こしてしまったことか何かだと感じる、それよりも寒そうだ
「ここで温まると良い」
火鉢は目には見えないが温かさを部屋に伝えている、行灯は明かりであり温まるには心もとない、押し入れの中に少し前大掃除した時に洗った肩掛けがあったはずだ
「そぶもえしめのずろに」
女性が肩掛けを受け取った時、手元に光が散った、精霊の光、その光は一瞬で闇に吸われた、女性は以前と同様考え込んでいたその思考を、悩みを聞ける立場ではないがそれでも寄り添いたいとため息を聞いた時に思う
「大丈夫か?」
困ったような笑顔で首を振る女性、この世界にいる時くらいは心穏やかでいて欲しいと願うのは愛欲なのだろうか
唐突に服の中から棒を出してきた、筆より少し短いくらいだが音がすると強い光が出てきた、精霊の光より明るく、行灯の光より力強い、再度音がすると消え、また音がすると光が現れる
「そもふ」
「…そもふ」
言葉を書きとめようとした時女性はまずい、というような顔をした、こんな時間に何を、か、この世界にあるものなのかなどと思っているのだろうか、この女性が持っているような物は無いが行灯や提灯、燭台はある、それを全て含める言い方としたら
「明かり」
「明かり」
そう、夜明けが訪れ精霊の光や行灯の光が無くとも輝くように見える女性のような明かり、女性も夜明けに気付いたのか小窓の外を見る、朝がこの女性を連れ去っていく予感がした
行かないでほしい
そう願うのは自分勝手なのだろう、せめてこの世界の記憶が暖かなものであるように頭に手をのせた、こちらを向いた女性の表情は帰宅を知らせるようである
「そぶもえしめのずろぬお」
明るい表情で頭を下げ、ナビアも頭を下げる、女性の形が揺らめいて朝に消えていった




