太平洋の夢「樺太の種」 第五章 柳条湖の夜
第五章 柳条湖の夜
上海 一九三一年九月十八日〜十九日
その夜、黒瀬は女と寝ていた。
名前はソフィアといった。
オデッサ出身の白系ロシア人で、フランス租界のキャバレーでピアノを弾いていた。
出会ったのは三週間前で、それ以来、週に二度か三度会っていた。
ソフィアは政治に興味がなく、音楽と食べ物と、たまに黒瀬のことを考えていた。
黒瀬はその順番が正確だと思っていたし、その順番が心地よかった。
午前零時を少し過ぎた頃、領事館の使いが来た。
扉を叩く音は三回だった。
三回は緊急を意味した。
黒瀬は起き上がった。
ソフィアは目を開けたが、何も言わなかった。
こういうとき何も言わないのが彼女の賢さだった。
黒瀬はズボンだけ履いて扉を開けた。
若い書記が封筒を両手で差し出した。
顔が青かった。
「至急電です。奉天から」
柳条湖付近において南満洲鉄道線路爆破事件発生。
関東軍は中国軍の行為と断定、奉天城攻撃を開始。
現在交戦中。
黒瀬は一度読んだ。
もう一度読んだ。
三度目は読まなかった。
意味は明確だった。解釈の余地がなかった。
あるとすれば、ひとつだけ——これが関東軍の自作自演かどうか、という点だが、それについても黒瀬の中では一秒で結論が出た。
自作自演だ。
根拠を問われれば答えられる。
しかし根拠以前に、体が知っていた。
東京の一時帰国中に感じた関東軍の空気、松岡の目の動き、外務省内部で交わされていた言葉にならない不安の堆積。
それらが一点に収斂した。
そして黒瀬の頭の中では、もう一つの文脈が同時に走っていた。
二週間前、ドイツからの公電を読んだ。
国家社会主義ドイツ労働者党——ナチス——が九月の選挙で百七議席を獲得した。
第二党になった。
ヒンデンブルク大統領はまだ健在だった。
しかし何かが変わり始めていた。
黒瀬は頭の中で地図を広げた。
ベルリンと奉天。距離は八千キロある。
しかしその二つが同じ年に動き始めた。
世界が同時に壊れ始めるとき、壊れていく方向は、なぜかいつも同じだ。
「分かった。下がっていい」
書記が去った。
ソフィアが起き上がっていた。
シーツを胸のところで持って、黒瀬を見ていた。
彼女の目は質問をしていなかった。
ただ見ていた。
見る。判断しない。
待つ。
それがソフィアという女の基本的な姿勢だった。
「帰ってください」と黒瀬はロシア語で言った。
ソフィアは頷いた。
服を着た。
素早く、しかし乱暴ではなく。
扉を出る前に一度だけ振り返った。
何か言おうとして、やめた。扉が閉まった。
窓の外の上海は何も変わっていなかった。
それが奇妙だった。
世界の一部が壊れ始めているのに、黄浦江はいつも通り流れ、四馬路の灯りはいつも通り光り、どこかで犬が吠えていた。
上海という都市は、遠い場所で起きていることを感知する神経を持っていなかった。
あるいは持っていながら、気にしないという選択を、長い歴史の中で学習していた。
黒瀬はモルヒネを飲んだ。
水で薄めて、コップ一杯。
量は三分の一のつもりだった。
しかし手が止まらなかった。
コップに注ぎながら、黒瀬はある瞬間、自分の手が自分の意志より先に動いていることに気づいた。
コップの水位が半分を超えていた。
止まった。
見た。
飲んだ。
金属的で冷たい苦味が、喉を通った。
限界量の半分近くだった。
これは初めてではなかった。
しかし今夜は電報があった。
満洲が燃えている夜だった。
それが理由だ、と黒瀬は思った。
理由があれば量が増えても許容される
——その論理は、薬物依存の始まりによく似ていた。
黒瀬はそれを知っていた。
知っていて、飲んだ。
十五分後に来た。
阿片とは違う効き方をした。
阿片は輪郭を溶かす。
モルヒネは輪郭を残したまま、輪郭への関心を取り除く。
壁は壁のままそこにある。
机は机のままそこにある。
公電は公電のままそこにある。
しかしそれらが何を意味するか、という問いが、霧の中に沈む。
言語の騒音が止まった。
英語も日本語もロシア語も、それぞれの場所に静止した。
干渉が消えた。
その静止の中で、黒瀬はひとつのことを見た。
満洲で何かが始まった。
それは止まらない。
止まらないということは、連鎖する。
連鎖の先に何があるか、今夜の時点では分からない。
しかし連鎖が始まった以上、黒瀬にできることはひとつだ。
連鎖の速度より速く動くこと。
連鎖が到達する前に、別の何かを置いておくこと。
樺太。
その言葉が、静止した言語の隙間から浮かんだ。
阿片のときと同じだった。
薬物が言語の騒音を止めるたびに、この言葉が浮かんだ。
黒瀬はそれを偶然だとは思わなかった。
思考の最も深い場所に、この言葉が根を張っているのだと理解していた。
根を張ったのがいつかは分からなかった。
ミリアムと会う前か、後か。
あるいはもっと以前、外務省に入ったばかりの頃、北海道への出張でオホーツク海を初めて見た夜か。
夜明けまで、黒瀬は机の前に座っていた。
モルヒネが引いた後、黒瀬は二通の文書を書いた。
一通は外務省への報告書だった。
満洲事変の経緯と、予測される国際連盟の反応と、日本が取りうる外交的選択肢について。
官僚的な日本語で、感情を排して、事実と分析だけを書いた。
書きながら黒瀬は、この報告書が何も変えないことを知っていた。
それでも書いた。
記録として。
後から誰かが読んだときのために。
もう一通は、手紙だった。
宛名は書かなかった。
——現在の状況について報告します。
予測より早く動き始めました。
おそらく二年以内に連盟との関係が臨界点に達します。
準備を進めてください。
私も動きます。
夜明けの光が黄浦江の水面を染めた。
川の色が、夜の黒から泥の茶へ、それから薄い金色へと変わった。
上海の夜明けはいつもこの順番で来た。
どこかで船の汽笛が鳴った。
長く、低く、水の上を渡る音だった。
黒瀬は三十三歳で、世界は壊れ始めていて、樺太はまだ霧の中にあった。




