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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第二章 開幕
8/23

# Re:sou 第八話「その他」



袖を掴むクーリの手から、力が抜けた。


膝から崩れるのを、慌てて支えて座らせる。気を失ってはいない。ただ、立っていられないらしい。見ればジェスも岩に手をついて、荒い息をしていた。クラインは辛うじて立っているが、目の焦点が、俺を素通りしている。


『カイさま。三名とも生命兆候に異常はありません。……マナ圧による、圧迫です』

『マナ圧?』

『世界に満ちるマナの、密度の暴力です。抵抗値を持つ生体は、高密度のマナに触れると、全身を万力で締められるのと同義の負荷を受けます』

『……俺は?』

『カイさまの抵抗値は、ゼロです』


水晶と、同じ理屈か。俺には流れるだけのものが、みんなには、圧し潰す壁になる。


「ここ、に……いて、ください。すぐ戻ります」


クーリの手を岩に添えさせて、俺は立ち上がった。誰かが来るなら、確かめないと。仲間がこの状態で、逃げることもできないなら、なおさらだ。


だめ、という形に、クーリの唇が動いた。声は、もう出ていなかった。


   *


森の奥へ、道を辿る。


歩くほどに、世界から音が減っていった。虫の音が消え、風が消え、自分の足音と心臓だけが残る。木漏れ日は明るいのに、深夜の廊下を歩いている気分だった。


そして、開けた場所に出た。


初日に目を覚ました、あの場所だった。苔をまとった女の人の石像。祈るように目を閉じた、睫毛の一本まで彫り込まれた——


その前に、誰かが、立っていた。


ボロの外套。破れたつば広の笠。枯れ枝を杖にした、猫背の旅人。どこの街道にでもいる行き倒れ寸前の風体で、その人は、石像を見上げていた。


「——未だ手付かずか」


声が、した。老人のようで、少女のようで、どちらでもない声だった。


「踏ん切りの悪いものよ」


……日本語だった。


詠唱とかじゃない。生きた、流れる日本語。この世界に来て、ナナ以外で初めて聞く。


『カイさま。対象です。……離れてください。せめて、これ以上は』


ナナの声が硬い。でも俺の口は、いつもの癖で、先に動いていた。


「あの、すみません。その像、知ってるんですか?」


旅人が、ゆっくりと、こちらを向いた。


笠の下の顔を見て、俺は言葉を失った。


綺麗、なんてものじゃなかった。男とか女とか、若いとか老いてるとか、そういう仕分けの箱が全部壊れる顔だった。ゲームで例えるなら——例えられなかった。どのゲームの、どの神話級キャラでも、これには届いていない。


その完璧な顔の、退屈しきった半眼が、俺を捉えた。


「…………」


沈黙。値踏みとも違う。強いて言えば、ずっと同じ番組を流していたテレビが、急に知らない映像を映した時の顔だった。


「——気配が、無いな。お前」


旅人は、笠を少し上げた。


「ああ。……そうか。創生人か。ほう。……ほう?」


半眼が、わずかに、開いた。


「まだ居たのか」


「えっと……ステータスにはそう書いてありますけど、俺もよく分かってなくて。カイです。あなたは?」


「名乗る名は、もう無い」


旅人は枯れ枝を杖に、俺の周りを、ゆっくりと一周した。頭のてっぺんから爪先まで、視線が撫でていく。


「若い。若いな。作りたてか? いや……古い焼き直しでもない。……誰だ?誰が、お前を寄越した」


「え?」


「知らんか。……知らんだろうな、その様子ではな」


一人で問うて、一人で頷いている。会話のキャッチボールをする気が、まるでない。イベントNPCの独白パートか? にしては、台本の匂いがしない。


「どれ」


旅人が、手を伸ばした。


その瞬間、だった。


足元の草が、白く枯れた。


音もなく。俺を中心に、数歩の円で、夏の下草が一斉に色を失って、灰みたいに崩れた。空気が、陽炎みたいに揺れる。俺には、それしか見えない。それしか感じない。ただ——鼻の奥で、ぷつ、と何かが切れた。生温いものが、唇に届いた。


血だ。


(——あれ? 俺、鼻血……)


『カイさま————ッッ』


視界が、白に染まった。


ナナが、襟元から飛び出していた。掌大の光球が、俺と旅人の手の間に割り込んで——太陽みたいに、燃え上がった。空気が悲鳴を上げる。押し寄せていた「何か」と、ナナの放つ光が、俺の目の前でぶつかり合って、拮抗して——


ぴし、と。


ガラスに罅の入る音が、頭の中に、直接聞こえた。


旅人が、手を止めた。


「……ほう」


白く枯れた草の円が、そこで止まった。空気の揺らぎが、引いていく。ナナの光が、明滅していた。眩しい白の中に、墨色の罅が、蜘蛛の巣みたいに走っているのが見えた。


「ナナ!?」


『こあ、そんし……ょう。き、能維持——限界。しゅうふく、には……』


声が、飛び飛びだった。音飛びって、こういうことか。よりによってお前が。


『外殻が、必要です。……カイさま。権限使用の——許可を』


「許可! 全部許可! なんでもいいから!」


光球が、膨らんだ。


罅割れた光の芯を包むように、光の糸が、空中から手繰り寄せられて——編まれていく。骨格。輪郭。人の、形。糸は肌の白になり、頭から零れた光は、腰まで届く長い髪になって、白いまま、さらりと流れた。簡素な白い衣が、光の残りで織り上がる。


俺の目の前に、一人の女の子が、立っていた。


白い髪。淡い、銀とも青ともつかない瞳。俺と同じくらいの歳格好の、作り物みたいに整った——いや、実際作り物なんだけど——女の子。


その子が、ゆっくりと瞬きをして、自分の掌を見て、それから俺を見た。


「——外殻、構築完了。コアの修復を開始します。……カイさま、ご無事ですか」


「無事!? 無事だけど!? え、ナナ!? なんで人間に!?」


「損傷したコアの保護と修復には外殻が最適と判断しました。なお、外装設計の参照元は——」


女の子の目の前に、小さな光の文字列が流れた。読めてしまった。


【外装設計参照:マスター選好モデル(脳波記録より抽出)】


「おい待て! その参照元なに!? 消して! 履歴消して!」


「最適な形状をカイさまの理想値より抽出しました。合理的です」


「合理的じゃないんだよ、心が!!」


「——くく」


低い笑い声に、俺は我に返った。


旅人が、笑っていた。退屈しきっていた半眼が、今は面白そうに細められて、俺と、人になったナナを、交互に見ていた。


「良い従者だ。……壊してしまったか。すまんな」


謝った。天災が。軽く。缶を蹴飛ばしたくらいの重さで。


「五……いや。久しぶりに、面白いものを見た」


旅人は枯れ枝を担ぎ直した。もう、興味の大半は失せた顔だった。


「だが、弱いな。お前は。話にならん」


「は、はあ……すみません?」


「精々、面白く育て。——次に見る時まで、壊れるなよ」


旅人は背を向けた。二歩、三歩。それから、思い出したように、石像を振り返った。


「……石の女に会いに来る男が、居よう。伝えよ——」


一拍。


「——いや、よい。忘れた。人の名は、すぐ忘れる」


その一歩が、地面を離れた。


ボロの外套が、裾から光に解けていく。笠の下から零れた髪が、玉虫色に輝いて宙に流れ、頭の上に——傾いだ、金色の環が、一瞬だけ見えた。


眩しい。初めて、眩しいと思った。


瞬きを、ひとつ。


誰も、いなかった。


白く枯れた草の円と、石像と、俺と、白い髪の女の子だけが、夏の森に残されていた。


どこか遠くで、鳥が、一声鳴いた。堰を切ったように、蝉が、風が、森の音が、どっと戻ってきた。


   *


仲間たちの所へ駆け戻ると、三人はまだ、岩場にへたり込んでいた。


「カイ……! お前、無事——」


顔を上げたジェスが、俺の半歩後ろで止まった。正確には、俺の半歩後ろを歩いてきた白髪の女の子で、止まった。


「…………だれ?」


「えっと。……ナナです」


「なな?」


「はい、その、色々あって……」


「色々って何だよ!? お前あの気配ん中に突っ込んでって、女の子連れて帰ってくる奴があるか!?」


説明したい。俺が一番説明してほしい。


その時、森の入り口の方から、下草を薙ぎ倒す音が近づいてきた。獣かと身構えて——現れたものに、俺は二度、目を疑った。


ヤンさんだった。


いつもの前掛け姿じゃない。使い込まれた胸甲。篭手。そして手には、店のどこにも無かったはずの——長柄の斧槍ハルバード。息を切らせて、汗みずくで——そして、その目が、別人だった。


静かな宿屋の主人の目じゃない。これから死ぬと決めた人間の、静かすぎる目だった。


その目が、俺たちを順に数えた。一人、二人、三人、四人。全員、生きてる。


ヤンさんの肩から、ゆっくりと、何かが降りていった。張り詰めていたものが、畳まれていくのが、見ているだけで分かった。


「……無事か」


「ヤンさん、なんでここに——」


「町まで、届いた」


それだけ言って、ヤンさんは白く枯れた草の方角を、一度だけ見た。それから目を閉じて、短く、吐き捨てるように呟いた。


「——『祈れ』、か」


教本の、三行目。


ヤンさんは詮索をしなかった。ナナを見て、眉をひとつ動かし、「その娘は」とだけ聞いた。


「……仲間、です。説明は、その……後日で」


「そうか」


そうか、で終わった。この人の「そうか」は深い。


「立てん奴は運ぶ。カイ、ジェスに肩を貸せ。クラインは俺が背負う」


「……格好が、つかないな」掠れた声で、クラインが抗議した。


「つけてる場合か」


ヤンさんはクラインを軽々と背負い上げた。俺はジェスに肩を貸す。腰が抜けてやがる、と本人が悔しそうに笑った。ジェスの弱った姿を見るのは、初めてだった。


残るはクーリ。半分意識が落ちていて、足に力が入らない。俺の手はジェスで塞がって——


「私が運びます」


ナナが、進み出た。そして細い腕で、自分より重いはずのクーリを、羽根布団でも扱うみたいに、ひょいと横抱きにした。


「「「……」」」


男三人の目が点になった。外骨格、規格外である。


帰り道の途中で、クーリがうっすら目を開けた。至近距離に、見知らぬ美少女の顔。


「…………だ、れ!?!?」


「ナナです。安静にしてください」


「え、なに、あんた誰!? なんで運ばれてるのあたし!? ちょっとカイ! 説明!」


挿絵(By みてみん)


「元気になってきたな」ジェスが笑った。


   *


夕暮れの街道を、俺たちはぞろぞろと帰った。


戦装束のヤンさんがクラインを背負い、俺がジェスを支え、白い髪の女の子がクーリを抱えて歩く。すれ違う農夫が、二度見どころか五度見していった。報告書に、今日のことをどう書けばいいのか、俺にはさっぱり分からない。


ただ、ひとつだけ、決めたことがある。


ボロの旅人の、あの言葉。石の女に会いに来る男。伝えよ、と言いかけて、名前を忘れたと笑った、あの言葉。


森の名前。像には近づくな。依頼書を見た時の、ヤンさんの目。そして今日、死ぬ覚悟の装いで駆けつけた、宿屋の主人。


点は、もう、線になりかけている。


帰ったら、聞かなきゃいけない。


——セラさんって、誰ですか、と。


(第八話・了)

挿絵(By みてみん)


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