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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第六章 幕開け
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Re:sou 第三十六話「謁見」



出発の朝、ツムグは残ると言った。


「ナナの剣と、クーリの弓。手が離せない」


作業台には、もう赤金の板が乗っていた。


「山なんて、逃げないでしょ。……あんたたちも、逃げないでよね」

「三日で戻ります」

「四日でもいいよ。別に」


ツムグはそう言って、鎚を取った。


バクは何も言わず、炉に炭を足していた。耳は、見なかったことにした。


   *


崑崙へ登るのは、二度目だ。


前に来た時は、地下の坑道と、白い遺跡を見た。あの時の山は、ただの大きい山だった。


今は、違う。


麓から見上げただけで、分かる。


濃い。


マナが、霧みたいに濃い。目には見えないのに、肌が分かる。水の中を歩いているみたいだった。


『……計測、上限を超えています』


ナナが言った。


『この密度は、記録にありません』


俺は、黙って頷いた。


これだけのマナだ。


これだけあれば——ナナのコアも、何か、どうにかなるんじゃないか。


理屈はない。誰も、そんなことは言っていない。


でも、一度そう思ってしまったら、もう駄目だった。


「頂上に温泉とかあったりしてな!」

「ジェス、あんたどこでも楽しそうだね」

「山だぞ? 楽しいだろ」


前を行く二人は、いつも通りだった。


クラインさんだけが、時々足を止めて、振り返っていた。


「……登るほど、濃くなっていく。普通は、逆だ」


眼鏡の奥の目が、笑っていなかった。


   *


山頂に出たのは、二日目の午後だった。


雪はない。風もない。


そこだけ、切り取ったみたいに静かだった。


そして——武具が、あった。


一面に。


剣、槍、斧、鎚、盾。石畳の上に、雑然と、しかし丁寧に、置かれている。


古いものは、錆びて土に還りかけていた。新しいものは、まだ光っていた。


数えられない。


「……千年分だ」


クラインさんの声が、掠れていた。


「毎年、一つ。負けた武具を、門の前へ残す。……これが、その全部だ」


彼は、屈んで、一番手前の剣に手を伸ばして——触れずに、引っ込めた。


「見ろ。この折れ方は、こちらの刃筋が浅い。次の年のこれは、直っている」


指が、震えていた。


「返事が、ある。誰も答えていないのに、千年、返事が続いている」


ジェスが、すごい顔をして俺を見た。


「なあ、これ、しばらく戻ってこないやつだよな」

「三日は覚悟しましょう」

「聞こえてるよ」


その武具の原野の、いちばん奥に。


門が、あった。


洞窟の口を塞ぐように、巨大な石の扉が二枚。


地面に、着いていなかった。


指一本分だけ、浮いていた。


千年、そのままだったのだろう。下の隙間から、風も、光も、何も漏れていない。


「……浮いてるぞ、あれ」

「支えが、ない。柱もない」


クラインさんが、もう眼鏡を押し上げていた。


「僕は、これを説明する言葉を、持っていない」


圧は、あった。


胸のあたりが、少し重い。深く吸うと、うまく入らない。


でも、その程度だった。


クーリは顔をしかめていたし、ジェスは何度か肩を回していたけれど、全員、門の前まで歩けた。


ヤンさんが、門を見上げた。


そして、俺を見た。


「お前は、どうする」


俺は、刀の柄に手を置いた。


作法は、聞いている。


勝者は武具を携え、門へ一撃を捧げる。開かなければ、その一撃を奉げて帰る。


俺は勝者じゃない。大会にも出ていない。


でも、武具は、ある。


「……叩いてみます」


刀を、抜いた。


赤金の刀身が、薄い日の下で鈍く光る。


〈虚鞘〉。


今日は、まだ一度も使っていない。


刃に、無空を纏わせる。


音が、消える。


一歩。踏み込んで、振った。


手応えは、なかった。


線が一本、扉に走って。


——音もなく、千年の門が、内側へ開いた。


   *


風が、出た。


いや、風じゃなかった。


門の内側から溢れてきたそれは、空気ですらなかった。


「——っ」


クーリが、いちばん先に落ちた。


座り込んだ、というより、膝が勝手に折れた。


「息が、できない。……なんで? 空気は、あるのに」


クラインさんが、その隣に膝をついた。ついた、というより、つかされた。


「……なるほど。これは、駄目だ」


彼は、荒い息のまま、笑おうとしていた。


「重い、んじゃない。……こちらが、軽すぎる」


ジェスは、まだ立っていた。


半歩、前に出て。


そこで、止まった。


「……よし!」


振り返って、親指を立てた。


「俺は、ここで応援する! 応援も仕事だからな!」


顔は、真っ青だった。それでも、笑っていた。


ヤンさんは、その先へ行った。


一歩。また一歩。開いた門の敷居に、足をかけた。


そこで、止まった。


長かった。


ヤンさんは門の奥を見て、それから、静かに、足を引いた。


一歩、下がった。


「……俺も、ここまでだな。どうやらその資格はないようだ」


それだけだった。


言い訳も、悔しがりもしなかった。


俺は、動けなかった。


この人が、下がった。


悲哀の悪魔に、立ち向かった人が。


あの旅人の出現の際、死装束で駆けつけた人が。


敷居に足をかけて、自分で、下がった。


「カイ」


ヤンさんが、俺を見た。


「……行けるのか」

「はい」


不思議と、俺は平気だった。重いとすら感じない。


隣のナナも、平気な顔をしていた。


「なら、行け」


ヤンさんは、それだけ言って、武具の原野の際に腰を下ろした。


斧槍を、膝に置いて。


番犬みたいに、そこにいた。


   *


門の中から、音がした。


擦れる音。石と石が、ゆっくり滑るような。


何かが、出てきた。


長い。


青い。


鱗のひとつひとつが盾くらいある。それが、門から出て、出て、まだ出てくる。


胴が、山頂をぐるりと囲んだ。


まだ、出てくる。


とぐろが、空へ立ち上がっていく。武具の原野が影に沈み、雲の腹に、青い体が届いた。


頭が、降りてきた。


家より大きい頭が、俺の目の高さまで、音もなく。


金色の目が、俺を見た。


それから、隣のナナを見て、また俺に戻った。


(——黄龍)


出そうになった言葉を、俺は、飲み込んだ。


口には出していない。


「我は青龍だ」


出していないのに、そう言われた。


「間違うな」


声だった。低くて、静かで、よく通る。


「……すみません」

「よい。よくあることだ」


よくあるのか。


「——創世人か。久しいな」


俺は、答えられなかった。


喉が、動かなかった。


怖い、のとは少し違う。目の前のこれが、どれくらい強いのか、測ろうとして——測れなかった。


底が、ない。


赤い巨人にも、悲哀の悪魔にも、底はあった。届かないなりに、深さが見えた。


これには、それがない。


覗き込んだら、覗き込んだ分だけ、続いている。


「——挑むか」


青龍は、それだけ聞いた。


襲ってこない。構えもしない。


ただ、答えを待っている。


俺は、腰の刀に手を置いて。


置いたまま、動かさなかった。


「……挑みません」


自分の声が、遠くで聞こえた。


「勝てないので」


言ってから、気づいた。


悔しくなかった。


一秒で分かった。百回やっても、千回やっても、無理だ。なら、考えることは一つもない。


退き際の見切り。


モーリーさんが、生き残り続けた理由の、あれだ。


青龍は、しばらく俺を見ていた。


「賢明だ」


それだけ言って、頭が、上がっていった。


そして——地面が、鳴った。


「——おい、そこの」


低い。山ごと震えるような声だった。なのに、口調だけは、妙に軽かった。


「こっちへ来い。久しぶりに、生きた創世人の顔を見る」


視界が、裏返った。


   *


暗かった。


風が、ない。音も、ない。


足の下に床はあるのに、目を落としても見えない。


天井を探した。ない。


壁を探した。ない。


ここが部屋なのか、外なのか、それすら分からなかった。


そして、暗がりの中に、金色があった。


はじめ、それを壁だと思った。


金色の壁が、暗がりの向こうに、横に伸びている。右へ。左へ。


見える範囲の、端から端まで。


——動いた。


壁が、ゆっくりと、流れた。


胴だった。


一節が、町くらいある。それが、暗がりの中をうねって、右へ消え、左から現れ、また奥へ消えていく。


どこまで続いているのか、見えない。


頭が、どこにあるのかも、尾がどこにあるのかも、分からない。


分かるのは、この暗がりが、こいつで埋まっているということだけだった。


山の中に、山を入れる。そういう話ではなかった。


——この暗がりの方が、こいつのために用意されたのだ。


頭が、こちらを向いた。


青龍が丸ごと収まりそうな頭が、ゆっくり近づいてきて、俺の前で止まった。


金色の目が、俺を上から下まで見た。


そして、第一声。


「ドワーフどもも、劣化の割にはよう頑張っておったが。やはりか」


「……」


「しかし——日本人は、相変わらず刀が好きだな」


「————」


言葉が、出なかった。


日本人、と言った。


この世界に来て、初めて聞いた。俺の口以外から、その言葉が出たのは。


「な、んで……」

「何人か見た」


金色の頭が、少し傾いた。


「腰に、それを差した奴らだ。……見せてみろ」


言われる前に、刀が、勝手に浮いた。


鞘ごと、するりと抜けて、龍の目の前へ飛んでいく。


「あ、ちょっ」

「取らん。見るだけだ」


刀は、龍の目の前で、ゆっくり回った。鞘が抜け、刀身が晒され、裏返り、また納まる。


「……ふん」


それだけだった。


感想も、講評もなかった。刀は、するりと戻ってきて、俺の腰に納まった。


「して。何をしに来た」


俺は、息を吸った。


聞くことは、決めてきた。


「この山のマナで……この子のコアは、治りますか」


ナナが、俺を見たのが分かった。


龍は、ナナを見た。


長い、時間だった。


「——治らん」


あっさりと、言った。


「マナは燃料だ。器の罅は、燃料では塞がらん」


……そうか。


分かっていた。誰も、治るなんて言っていなかった。俺が、勝手に信じただけだ。


それでも、膝の力が、少し抜けた。


「だが」


龍は、続けた。


「貴様が権利を行使できるようになれば、いかようにもできよう。……永き時の中で、忘れたか」


顔を、上げた。


「……直る、んですか」

「貴様次第だ」


俺次第。


言葉が、頭の中で二回、鳴った。


そして——三回目で、引っかかった。


権利の行使。


ランク。遺跡。それを一番よく知っているのは、誰だ。


俺の隣で、いつも報告してくるのは。


龍の金色の目が、ナナへ動いた。


「娘。……言うておらんのか」


ナナは、答えなかった。


『………』


両手が、体の前で、小さく重なっていた。


「まあ、よくあることだ」


龍は、興味なさそうに言った。


「端末というのは、大概そうだ。創世人とともに在りたがる。人に、なりたがる。……お前のもそれだろう。珍しくもない」


軽かった。


天気の話くらい、軽かった。


ナナは、動かなかった。


否定も、しなかった。


俺は、その横顔を見て——見ていられなくて、龍に目を戻した。


外装は、俺の理想から作られたと、あいつは言った。


なら、この願いも。


仕様、なのか。


「加護があれば、この娘の願いにも届こう」


龍は、こちらの中身などお構いなしに、続けた。


「そこまで行けば——その娘の、真の望みも、果たせよう」


「……加護を、もらえますか」

「やらん」


即答だった。


「今のお前では、話にならん。加護の試しにも、値せん」


「……」


「戦えるようになったら、また来い。戦って示せば、くれてやる」


「戦うって、あなたと……?」


「阿呆が」


圧が、一気に上がった。


膝が、笑った。


床に手をつきそうになるのを、こらえるだけで精一杯だった。


「我が権能まで忘れたか。世界を崩す気か」


「い、いえ、すみません」


声が、震えていた。


「本当に、何も知らないんです」


「……?」


金色の目が、細くなった。


「ふむ、どれ」


頭が、少しだけ近づいた。


見られている、というより、覗かれていた。頭の中を、上から下まで。


「……ほう」


そして。


「ハハッ」


暗がりが、揺れた。


「なるほど。確かに、知らんようだ」


「あの」

「だが、我が教えることはない」


一言で、切られた。


「試しの儀については、我が分体とだ。安心せよ」


それで、話は終わりらしかった。


金色の頭が、上がっていく。


「行け」


俺は、一礼して、背を向けた。


ナナが、続く。


「——ああ、待て」


数歩のところで、呼び止められた。


「刀。もう一度、寄越せ」


言うが早いか、刀はまた勝手に浮いて、龍の前へ飛んだ。


龍は、鍔のあたりに、鼻先を寄せた。


「鍔が、寂しいのでな。……びっくりさせた詫びも、させろ」


ふ、と息がかかった。


それだけだった。


刀が、戻ってくる。


鍔が、変わっていた。


無地だった鉄が、赤金になっていた。ヒヒイロカネだ。そして、表面に、龍が彫られていた。


とぐろを巻いた、長い龍。細かい鱗の一枚一枚まで、彫ってある。


「え、いや、これ」

「壊れん。受けたくば、それで受けろ」


「……いいん、ですか」

「趣味だ」


龍は、もう、こちらを見ていなかった。


金色が、暗がりの奥へ、ゆっくりと沈んでいく。


沈んでも、沈んでも、まだ、続いていた。


   *


気がついたら、門の前だった。


日が、傾いていた。


「——カイ!」


ジェスが、武具の原野を突っ切って走ってきた。


「無事か!? どこ行ってた!? いきなり消えたぞ!?」

「消えました?」

「消えた! 門ごと閉まった!」


振り返ると、門は、また閉じていた。


指一本分、浮いたまま。何事もなかったみたいに。


「中どうだった!? 何がいた!?」

「たぶん、黄龍だと思います。金色の、めちゃくちゃ長いのが」

「長いの!?」

「山ぐらい」

「山!?」

「あと、その前に青いのが」

「二匹!?」


クーリとクラインさんも、もう立てるようになっていた。門が閉じて、圧が引いたらしい。


「それで、それで?」

「……鍔が、変わりました」


俺は、刀を見せた。


赤金の鍔。龍の彫り物。


三人が、固まった。


「「「はあ!?」」」

「趣味だ、そうです」

「黄龍の趣味!?」


ヤンさんだけが、騒がなかった。


原野の際に座ったまま、俺の顔を、じっと見ていた。


鍔じゃなくて、顔を。


何も、聞かなかった。


「……帰るぞ」


立ち上がって、それだけ言った。


   *


下りの尾根で、俺は少しだけ、歩を緩めた。


ナナが、隣に並ぶ。


前の四人との間が、開く。


風が、尾根を渡っていった。


いつかと、同じ風だった。


「……なあ、ナナ」

『はい』

「前に、遺跡の数を報告してくれた時。『それと』って、言いかけただろ」


ナナの足が、半歩、遅れた。


「あの続き。……これだったのか。ランク二になったら、お前が直るって」


長い間があった。


『——はい』


風の音だけが、しばらく続いた。


「なんで、言わなかった」


『票は』


ナナの声は、静かだった。


『カイさまの、力になるものです。カイさまの探査を、防御を、広げるものです』


『それを……わたしの修理のために、使っていただくわけには、いきません』


『ですから、判断しました。報告の、必要なし、と』


淡々と、していた。


機能の話をするみたいに。


俺は、立ち止まった。


こいつは、あの尾根で、それを飲み込んだのか。


自分が直る方法を、知っていて。


言わないでいる方を、選べたのか。


俺のために。


——そっちの方が、よっぽど。


「……ナナ」

『はい』

「決めた。遺跡、全部回る」


『カイさま、それは』

「俺の権限のためだ。探査も伸びるし、防御も上がる。お前のためじゃない」


嘘だった。


ばれてる嘘を、俺は堂々とついた。


『………』


ナナは、少しだけ黙って。


『……はい』


それだけ、言った。


ランク二まで、遺跡はあと四つ。


そして、遺跡を回すたび、こいつのコアは削れる。


直すために、削る。


分かってる。分かってて、俺は、回ると決めた。


「あと、もう一個」

『はい』

「勝手に我慢するの、禁止な」

『……善処します』

「それ、やらないやつの返事だろ」

『善処、します』


二回言った。


俺は笑ってしまって、ナナの頭に、手を置いた。


「俺は、お前を大切にしたいんだ」


『……』


ナナは、返事に困る顔をしていた。


その顔が、無性に、愛おしかった。


加護をもらえれば、ナナの真の望み——人間になることも、できる、か。


いや。


なんというか。


あれは、他の端末の望みなんだろうか。


それとも。


……まあ、一応、そこまで目指すか。


   *


町へ着いたのは、四日目の夕方だった。


鍛冶場の戸を開けると、ツムグが顔も上げずに言った。


「遅い」

「すみません」

「四日でもいいって言ったの、あたしだけどさ」


そう言いながら、もう手を止めて、こっちを見ていた。


「で。何かあったんでしょ。顔に書いてある」


俺は、黙って刀を鞘ごと外して、作業台に置いた。


ツムグの視線が、鍔で止まった。


「…………は?」


椅子が倒れた。


「ちょっと待って、待って待って待って」


彼女は、刀に飛びついた。


灯りを引き寄せ、顔を近づけ、指でなぞり、裏返し、また表を見た。


長かった。


工房が、しんとしていた。


バクまで、炉の前から寄ってきた。


「……ヒヒイロカネだ」

「はい」

「あたしが打ったやつだ。この厚み、あたしの寸法だ」


ツムグの声が、掠れていた。


「なのに、赤金になってる。彫ってある。……あたし、これに刃も立てられなかったのに」


指が、鱗の一枚を、なぞっている。


「……鱗、全部、違う形だ。一枚も同じのがない」


彼女は、しばらく黙っていた。


俺は、何と言えばいいのか分からなかった。


謝るのも、違う気がした。


やがて、ツムグが、顔を上げた。


泣いてはいなかった。


「……ねえ。これ、どうやったの」


「息を、吹きかけただけです」


「は?」


「鼻先を近づけて、ふー、って」


ツムグの顔から、表情が消えた。


そして。


「——なんだ」


彼女は、刀を作業台に置いた。


置き方が、さっきより、ずいぶん雑だった。


「打ってないじゃん」


「……え」


「こいつ、打ってないでしょ。火も入れてない。鎚も入れてない。息だけ」


ツムグは、鍔を指で弾いた。


澄んだ音が鳴った。


「すごいよ。そりゃ、すごい。神様だもん。……でも、これ、鍛冶じゃない」


その目に、火が入った。


さっきまでの、青ざめた顔ではなかった。


「あたしは打つ。火を入れて、鎚を入れて、失敗して、直して、打つ」


彼女は鎚を取って、作業台に、こつん、と置いた。


「あたしは絶対、そっちで作る」


そして、俺を見上げた。


「あんた、いつかまたそいつに会うんでしょ」

「……たぶん」

「じゃあ、その時までに、それより良いの作っとくから」


「鍔をですか」

「鍔を」

「神様のやつより?」

「神様のやつより」


言い切った。


ジェスが、後ろで吹き出した。


「うわ、出た。かっこいい」

「うるさい」

「いや本気で。かっこいいって」


ツムグの耳が、赤くなった。


赤くなったまま、彼女は鎚を握り直して、炉の方を向いた。


「……仕事する。全員どいて」


バクが、無言で、炭を足した。


その耳も、赤かった。


(第三十六話「謁見」・了)


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