Re:sou 第三十四話「無空」
二十階の、石の扉の前に、七人が立っていた。
「言っとくけど」
ツムグが、その大鎚を担ぎ直した。
「あたし、戦うのは専門外だからね。前には出ないよ」
「それで構いません。……無理はしないでください」
「分かってるって。あたしの仕事は、この先にある。素材は貴方達にかかってる。だからあんたたちが死なないようにフォローするよ」
そう言って、彼女はジェスの脇腹を、鎚の柄で小突いた。
「特にあんた。突っ込む癖、直ってないでしょ」
「直す気ないぜ!俺はパーティの攻撃の起点だしな。他のやつには任せられない」
「……馬鹿だね」
呆れた声だった。だが、その口元は、笑っていた。
「行きましょう」
俺は、扉に手をかけた。
「待たせた分、しっかり相手をしてもらいます」
*
扉が、開いた。
驚いた。いきなり、赤い巨人が、そこにいた。三ヶ月前と、同じ場所に。同じ格好、仁王立ちで。
素材集めの時は、いなかったのに。
こちらの状況が、わかってるみたいだった。
熱が、こちらまで届いた。あの、湯気のような揺らぎ。緋色の巨体が、天井近くまで、そびえている。
「へっ最初から全開かよ、改めて見るとでけぇな」
ジェスが、口笛を吹いた。
「ふん、まずは小手調べだ」
ヤンさんが、前に出た。
一人で。あの、生まれ変わったハルバードを、片手に提げて。バクとツムグの相槌が、鍛え直した一振り。芯にアダマンタイトを通した、黒い刃。
「ヤンさん、一人じゃ——」
「見てろ」
軽い口調だった。構えも、雑だった。ただ、歩いて、近づいて。
そして、振った。
音が、遅れて届いた。
赤い巨人の胴が、内側へ、軽くへこんだ。ずしん、と、床が跳ねる。天井から、砂が落ちた。
そして——巨人が、揺れた。
仁王立ちの、あの巨体が。半歩、後ろへ。踏み直すために、足が動いた。
「……嘘」
クーリが、呟いた。
三ヶ月前、俺たちの全力が、大幅に殺された相手だ。それが、揺れた。たった一振りで。
ヤンさんは、ハルバードを肩に担ぎ直して、あくびでもしそうな顔で、戻ってきた。
ヒヒイロカネもびっくりしたのかまだ動かず固まったままだ。
いや俺も驚いたけど。
「うん。……大分戻ってきたか」
「今の、本気ですか」
「まさか」
ヤンさんは獰猛な笑みを浮かべた。
「挨拶だよ。……向こうも、そう思ってる」
赤い巨人の、目が、灯った。
胸の奥で、火が入るような音がした。垂れていた腕が、持ち上がる。仁王立ちが、崩れて——構えに、変わった。
熱が、跳ね上がった。肌が、灼ける。
「来ますよ」
クラインさんが、杖を掲げた。
「僕も予定通りに。……機動力を、殺す」
*
クラインさんの詠唱が、始まった。
三ヶ月、崑崙の書庫で、寝ずに読み込んだ言葉だ。低く、速く、淀みなく。
「我が前の地よ、締めを解け。抱くな。零れよ、流れよ——」
彼の杖が、床を打った。
「——《流砂〈クイックサンド〉》」
石の床が、鳴った。
赤い巨人の足元、その一帯が、粒に、なった。硬い岩盤が、指の間から零れる砂へ。踏み出した足が、沈む。膝の下まで。
巨人が、たたらを踏んだ。抜こうとして、もう片足が沈む。
「動きが、鈍った!」
「まだだ」
クラインさんは、もう、次の詠唱に入っていた。
これが、彼の三ヶ月だった。二つの式を、同時に持つ。土と、金。片方だけでは、あの緋色には届かない。
「我が前の鉱よ、目を粗くせよ。密を捨てよ。通せ、通せ——」
杖の先で、二つの光が、絡んだ。土の褐色と、金の白銀。撚り合わさって、一つになる。
「——《脆鉱〈ブリトル〉》!」
赤い巨体を、その光が、舐めた。
見た目には、ほとんど変わらない。ただ、あの磨いた赤金みたいな艶が、少し、曇った。表面が、粗くなる。
『——変化を、確認』
ナナが言った。
『魔法の、通りが良くなっています』
「上出来だ」
クラインさんが、額の汗を拭った。
「次。……カイ、頼む」
「はい」
俺は、掌を、前へ向けた。
炎は、得意だ。柾兄の世界に来て、最初に使えるようになったのも、火だった。
熱を、練る。丸めて、押し固めて、圧を上げる。掌の上で、赤が、白に近づいていく。
「《大火球〈グレートファイヤーボール〉》」
放った。
白い塊が、赤い巨人の胸で、破裂した。
炎が、巨体を舐め上げる。緋色が、さらに赤く、明るく灼けていく。表面が、粘りを帯びて、揺らいだ。
熱で、金属は、柔らかくなる。刀を打つのと、同じだ。
「クーリ!」
「はいはい、あたしの番ね!」
クーリが、掌を掲げた。弓は、背中に回している。
「我が前に、満ちよ。集え、束ねよ——《大水球〈グレートウォーターボール〉》!」
水の塊が、灼けた巨体へ、叩きつけられた。
蒸気が、爆ぜた。視界が、白く飛ぶ。
「クラインさん!」
「——《氷原〈フロストフィールド〉》!」
蒸気ごと、冷気が、走った。
赤かった巨体が、一気に、色を落とす。灼けて緩んだ金属が、急に、締められる。
音が、した。
ぴき、と。それから、ぱき、ぱき、と。
赤い巨人の全身に、細い、白い線が、走った。ひび。無数の、細かい、ひび。
焼いて、冷やす。刀鍛冶がやることの、逆をやった。締めすぎた鉄は、脆くなる。
『——変化を、確認』
ナナの声が、少し、弾んで聞こえた。
『物理の、通りも……いけます』
「よし」
ヤンさんが、ハルバードを、両手に持ち替えた。
「じゃあ、本番だ」
*
赤い巨人が、吼えた。
声じゃない。金属が、内側から鳴る音だ。腹に響いて、内臓が、揺れる。
砂に沈んだ足を、力任せに引き抜いた。砂が、飛んだ。そして——腕を、薙いだ。
「散れ!!」
ヤンさんの声で、全員が、割れた。
俺は左へ。ジェスは右へ。クーリとクラインさんは、後方へ跳んだ。腕が、俺のいた場所を、抉った。石の床が、砕けて、飛ぶ。
「ツムグさん!」
「分かってる!」
ツムグは、飛んできた瓦礫を、鎚で、叩き落としていた。クラインさんの前で。
彼女は、戦士じゃない。だが、鉄の動きを、読める。飛んでくるものの、軌道と、重さと、当たり方を。だから、正面から受けない。逸らす。
鎚の面を、斜めに当てて、力を、横へ流す。
「クライン、下がって! そこ、危ない!」
「……助かる」
ヤンさんが、先に、入った。
赤い巨人の、右脚。ひびの走った、その一点。
ハルバードが、唸った。三ヶ月、一人でダンジョンに潜り続けた男の、踏み込み。空気が、裂ける音がした。
黒い刃が、緋色へ、食い込んだ。
止まらなかった。三ヶ月前は、そこで止まった刃が。今度は、抜けた。
赤い破片が、飛び散る。
「入った!」
「おれも行くぜ!!」
ジェスが、跳んだ。
アダマンタイトのウォーハンマー。三ヶ月前、持ち上げるだけで腕が震えていた黒い塊を、今は、片手で振り回している。
振りかぶらない。落とす。ヤンさんに言われた通りに。
膝の裏側、ひびの集まったところへ、その重さの全部を、落とし込んだ。
音が、爆ぜた。
赤い巨人の膝が、内側へ、折れた。片膝が、砂へ沈む。
「ジェス、離れて!!」
ツムグの声。巨人の左腕が、真横から、ジェスを狙っていた。
ジェスは、避けなかった。避けずに、ハンマーの柄で、受けた。
吹き飛んで、砂の上を転がって、そして——立ち上がった。
「いってぇ!! 効くなこいつ!」
「馬鹿! 受けるなって言ってるでしょ!」
「大丈夫! おれ、頑丈だから!」
にかっと、笑った。血が、口の端から垂れているのに。
ツムグが、何か言いかけて、やめた。それから、舌打ちをして、瓦礫をもう一つ、叩き落とした。
「……ほんっと、馬鹿」
その耳が、赤かったのは、熱のせいだけじゃないと思う。
*
クーリの矢が、鳴り続けていた。
ぱん、ぱん、と、乾いた音。三ヶ月前は、数本射っただけで肩を痛めていた娘だ。今は、途切れない。
自分の背丈に合わせて削り直された弓。無駄のない引き尺。息を止めず、肩を落として、流れるように番える。
矢は、いつも、いちばん厄介な場所へ飛んだ。
巨人が腕を振り上げれば、その肘の裏のひびへ。俺に向き直れば、目のあたりへ。狙って、逸らして、こちらへ来る一瞬を、削る。
「クーリ! そっちの腕!」
「見えてる!」
矢が、走った。振り下ろされかけた腕の、関節の隙間。深くは刺さらない。だが、痛みか、違和感か——腕が、わずかに、逸れた。
その逸れた分だけ、ヤンさんの刃が、余分に、食い込む。
支えるだけの回復役じゃない。もう、この人は、戦場の流れを、変えている。
「カイさま」
ナナの声。
俺は、無空を、練っていた。真空を纏わせて、深く、もっと深く。虚空へ落ちる、その手前で。
十回振って、一回出るかどうかの技だ。だが、出れば、通る。
「——っ」
赤い巨人の脇腹へ、走り込んだ。刀身が、鳴る。真空が、深くなる。境界へ、届く。
斬った。
緋色の装甲が、音もなく、開いた。切り口が、まっすぐだった。
「入った!」
だが、そこまでだった。深くは、届かない。技が、まだ、安定しない。
そして——巨人の腕が、返ってきた。
視界が、赤で埋まった。避けられない。
『——失礼します』
ナナが、俺の前に、割り込んだ。
大盾が、構えられる。芯にアダマンタイト、表面にオリハルコン。ツムグが、三ヶ月かけて打ち上げた、あの一枚。
轟音。
盾が、腕を、受け止めた。ナナの足が、床を削って、後ろへ滑る。だが、倒れない。
『……問題、ありません』
彼女は、盾越しに、言った。
『カイさま。下がってください。……次を、練ってください』
俺は、下がった。歯を、食いしばって。
護られている。そう思った。だが——違う。ナナは、護られる側になりたくなくて、この盾を持ったんだ。今、隣に立っている。
「……ありがとう、ナナ」
『はい』
短い返事だった。だが、少しだけ、嬉しそうに聞こえた。
*
戦いは、長かった。
削って、避けて、当てて、また削る。ヤンさんが刻み、ジェスが砕き、クーリが逸らし、ツムグが流す。クラインさんが、切れかけた術を、掛け直す。
赤い巨人の全身が、ひびだらけになっていった。膝が折れ、腕の装甲が剥がれ、緋色の破片が、砂の上に散らばる。
「踏ん張れ、まだ奴は倒れちゃいないぞ!」
ヤンさんが、叫んだ。
「削り切れる!」
そう思った、その時だった。
赤い巨人が、動きを、止めた。
がくり、と、膝をついて。そのまま——動かなく、なった。
「……倒した?」
「いや」
クラインさんの声が、鋭くなった。
「下がれ! 全員!」
巨人の、ひびの底が、光り始めた。
赤ではない。白だ。内側から、白い光が、溢れてくる。ひびという、ひびの、全部から。
熱が、跳ね上がった。さっきまでの比じゃない。息が、詰まる。
赤い巨人が、立ち上がった。
膝が折れたまま。腕の装甲が剥がれたまま。ぼろぼろの体で、白く灼けながら、それは、立った。
そして——動きが、変わった。
速い。さっきまでの、重く鈍い動きじゃない。腕が、鞭みたいに走る。読めない。狙いが、めちゃくちゃだ。
「ちっ最後の力か!戦場でも一番厄介なやつだ。死ぬ気のやつはな!」
ヤンさんが、吼えた。
「近づくな!!」
その、めちゃくちゃな腕が、床を、壁を、天井を、叩き壊していく。誰も、間合いに入れない。
「クライン! 掛け直しを!」
「やってる! だが——」
クラインさんの《流砂》が、走った。走って——消えた。
白熱した巨体の熱で、砂が、溶けた。ガラスになって、固まる。足場が、逆に、固まった。
「駄目だ! 焼き切られる!」
クラインさんが、杖に体重を預けた。膝が、笑っている。三ヶ月かけて覚えた術を、今日一日で、注ぎ込んでいた。
『——付与が、剥離しています』
ナナが、言った。
『脆鉱も、氷原も。……熱で、焼き戻されました』
俺の頭の中で、繋がった。
焼いて、冷やして、脆くした。だが今、あいつは、自分で自分を焼いている。締めた鉄を、もう一度、熱で、緩めている。
「デバフが——弱体化が、剥がれてる!」
俺は、叫んだ。
「くっこのままじゃこっちが持たない!早く倒さないと!」
掛け直しは、効かない。熱で焼かれる。時間が経てば経つほど、あの緋色は、激しさを増していく。こっちが、もたない。
帰還石はあるが最後の最後だ。
*
「——おれが行く!!」
ジェスだった。
止める間もなかった。あの男は、白熱した腕の嵐の中へ、真正面から、突っ込んでいった。
「ジェス!!」
ツムグの悲鳴。
ジェスのハンマーが、巨人の脛を、打った。確かに、打った。ひびが、走った。
だが、その直後。
返ってきた腕が、ジェスを、捉えた。
人が、あんなに飛ぶのを、俺は初めて見た。壁まで、一直線に。鈍い音がして、そのまま、ずり落ちる。
動かない。
「ジェス!! ジェス!!」
ツムグが、走った。
鎚を放り出して。泣きながら。誰も止められなかった。戦場のど真ん中を、まっすぐに。
「馬鹿! 馬鹿ぁ!! 死んだら承知しないからね!!」
巨人の頭が、その声に、向いた。
——だが、それが、隙になった。
こちらを向いていた顔が、逸れた。がら空きになった、正面。
「今だ!! 全員、叩き込め!!」
ヤンさんのハルバードが、胸へ。クーリの矢が、目へ。クラインさんの雷が、剥がれた装甲の隙間へ。
削れる。だが、足りない。あの内側の光を、消せない。
俺は、剣を握り直した。
無空。あれを、コアへ。
それしか、ない。
俺は、走った。
『カイさま!?』
*
失敗した。
分かっていた。焦っていた。ツムグの泣き声が、耳に残っていた。ジェスが、動かない。時間が、ない。早く。早く止めないと。
そんな頭で、あの境界に、届くわけがなかった。
刀身に乗ったのは、ただの真空だった。深さが、足りない。
浅い切り傷が、白熱した装甲に、走っただけ。
そして、俺は、間合いの中にいた。
白い腕が、上から、落ちてきた。
(——しまった)
避けられない。剣を、上げる。間に合わない。
『カイさま!!』
銀色が、割り込んだ。
大盾が、頭上に、掲げられる。ナナの、両腕で。
激突。
音が、消えた。衝撃で、耳が、やられた。ナナの膝が、折れる。床が、陥没する。
そして——聞こえた。
ぎ、ぎぎ、と。
盾が、鳴っていた。
芯のアダマンタイトが、軋む音。表面のオリハルコンに、ひびが走る音。ツムグが、三ヶ月かけて、少しずつ集めた素材で、打ち上げた、あの一枚が。
砕けかけて、いた。
「ナナ!!」
『——問題、ありません』
彼女は、そう言った。震える腕で、盾を、押し返しながら。
『まだ、砕けて、いません』
その盾が、白い腕を、止めていた。
巨人の動きが、そこで、詰まった。押し込もうとして、押し返されて、一瞬だけ——止まった。
その一瞬を、あの人が、見逃すわけがなかった。
「——どけええぇッ!!」
ヤンさんだった。
俺は、あの人が、あんな声を出すのを、初めて聞いた。
踏み込みで、床が、割れた。担いだハルバードに、何かが集まっていく。三ヶ月、誰にも見せなかった、その修行の答えが。
空気が、悲鳴を上げた。
黒い刃が、白熱した胸を——縦に、割った。
装甲が、両側へ、開いた。
その奥に、あった。
拳ほどの、白い光。核。ヒヒイロカネゴーレムの、心臓。
「カイ!! そこだ!!」
*
俺は、立っていた。剣を、握って。
だが、手が、震えていた。
焦りが、抜けていなかった。ジェスが、倒れている。ツムグが、泣いている。
クーリが駆けつけ治癒をかける。
ナナの盾が、砕けかけている。
時間が、ない。早く。早く。早く——
このままじゃ、また、失敗する。
『カイさま』
声がした。
頭の中じゃない、すぐ、隣で。
ナナが、盾を構えたまま、俺の前に、立っていた。ひびの入った盾を、両腕で。
こちらを、見ていなかった。まっすぐ、巨人を、見ていた。
『貴方は、わたしが護ります』
その、静かな声が。
『ですから。……ゆっくり、で、いいのです』
耳の奥の、音が、戻ってきた。
震えが、止まった。
——そうだ。俺は、一人で立ってるんじゃない。
隣に、こいつがいる。前に、ヤンさんがいる。後ろから、クーリの矢が飛んできた。クラインさんが術を切らさない。
ツムグが、瓦礫を逸らしてくれる。ジェスが、道をこじ開けた。
だから。
急がなくて、いい。
俺は、息を、吐いた。
長く。ゆっくり。
剣を、構えた。
真空を、纏わせる。深く。もっと、深く。虚空へ、滑り落ちる、その——寸前。
そこで、止める。
止めた、その一点で。
薄く。鋭く。
空間そのものを、断つ。
「——無空」
剣が、鳴った。
音が、消えた。真空の乾いた音でも、虚空の飲み込む音でもない。その、間の。
白い核へ、それは、届いた。
抵抗が、なかった。硬さも、熱も、関係なかった。ただ、そこにあるものと、そこにないものの、境目を——通した。
核が、割れた。
そして。
俺の手の中で、剣が、鳴った。
三分の一のところ。切っ先から、物打ちの、あたり。何度も真空を通し、鈍器として振り回し、無理をさせ続けた、その一点。
ぱきん、と。
乾いた音を立てて、剣が、折れた。
白熱した巨体から、光が、消えていく。
赤い巨人は、ゆっくりと、膝をついた。それから、前へ、倒れた。
床が、鳴った。
そして——動かなく、なった。
*
静寂が、落ちた。
誰も、動かなかった。息の音だけが、部屋に残っていた。
「……勝った、の?」
クーリが、ジェスの治癒をしながら倒れたゴーレムを見る。
「流石にな…」
ヤンさんが、ハルバードを、床に突き立てた。この人でも、肩で息をしていた。
「いってええぇ!!」
壁際から、声がした。
ジェスが、起き上がっていた。
頭を押さえて、ふらつきながら。それでも、ちゃんと、立った。
そして、両手を、上げた。
「やったぜ!! おれたちの勝ちだ!!」
その顔が、笑っていた。あんなに飛ばされて、血だらけで、それでも、真っ先に、そう言った。
ツムグが、その胸を、叩いた。何度も。
「馬鹿!! 死んだかと思ったじゃない!! ほんとに、馬鹿!!」
「わりぃわりぃ。……でも、おれが行かなきゃ、隙、できなかったろ?」
「そういう問題じゃない!!」
泣きながら、怒鳴っていた。ジェスは、それを、へらへら笑って受けていた。
「……よかった」
最後に、ツムグは、そう言った。
小さな声で。ジェスの服を、掴んだまま。
「ほんとに、よかった」
*
『パパパーパーパーパーパッパー』
「……」
「……」
「出た!!」
クーリが、叫んだ。
「また出た!! それ!!」
ナナは、いつも通りの姿勢で、いつも通りの無表情で、そこに立っていた。
『歌いました』
「なんで!!」
『分かりません』
「相変わらずだ!!」
俺は、笑った。
「レベルが上がったんです。……たぶん、全員」
ヤンさんが、自分の掌を、握ったり開いたりしていた。
「なるほどな。……」
「え、ほんと? おれも?」
ジェスが、その場で跳ねた。跳ねて、頭を押さえて、蹲った。
「いってぇ!!」
「馬鹿!!」
ツムグの鎚の柄が、その背中に落ちた。
*
倒れた巨人の、その向こうに、それは、現れた。
箱だった。
今までの、木の宝箱じゃない。透き通った、水晶みたいな箱。中の光が、そのまま、外へ漏れている。
「……なに、あれ」
ツムグが、立ち上がった。
その目が、光っていた。クーリも、同じ目をしていた。二人とも、鉱石と宝の匂いに、正直すぎる。
「宝箱ですね」
「開けていい!?」
「開けていいですよ」
ジェスが、真っ先に、飛びついた。頭の傷も忘れて。
「うおおお、開けるぜ!!」
蓋が、上がった。
光が、溢れた。
中に、詰まっていた。
赤金の、延べ棒。緋色の、鈍い光。
人数分7本のインゴット。
「……これがヒヒイロカネ」
ツムグが、呟いた。膝を、ついた。
「一人1本……、あるの……!?」
彼女は、その一本を、両手で持ち上げた。震えていた。
「すごい……すごいよ、これ……! 誰も打ったことない金属が、こんなに……!」
そして。
そのまま、隣にいたジェスに、抱きついた。
「すごいすごいすごい!!」
「うおっ、やったな!! よかったなツムグ!!」
ジェスも、抱きしめ返した。
二人で、その場で、跳ねていた。
……三秒くらい、経っただろうか。
ぴたり、と。
二人の動きが、止まった。
ゆっくりと、離れた。ツムグの顔が、耳まで、真っ赤になっていた。ジェスは、自分の腕を、見ていた。
「……あ」
「……お、おう」
沈黙。
クーリが、口を押さえていた。肩が、震えている。クラインさんは、あさっての方を向いて、帳面に何か書いていた。
ヤンさんでさえ口角を上げていた。
俺もニヤつきが止まらなかった。
ナナは、いつも通りだったが若干羨ましそうにも見えた。
「……何よ」
ツムグが、こちらを睨んだ。
「何も言ってません」
「顔が言ってる!!」
*
俺は、折れた剣を、見ていた。
手元に残ったのは、三分の二だけ。その先が、床に転がっている。
長いこと、俺の手にあった剣だった。この世界に来て、最初に握った得物。何度も、これで、生き延びた。
「カイ」
ヤンさんが、隣に立った。
しばらく、その折れた刀身を、見ていた。何か言いかけて、やめたようにも見えた。
「終わったんじゃねぇ」
それから、そう言った。
「お前にとっての役目を、終えただけだ」
「……はい」
「次は、お前自身の刀を、打ってもらえ」
俺は、頷いた。
折れた切っ先を、拾い上げる。
その時、隣に、ナナが立っていた。
ひびの入った盾を、抱えたまま。俺の手の中の、折れた剣を、じっと、見ていた。
『カイさま』
「ん?」
『……これを』
彼女は、少し、間を置いた。
いつも、即答する娘が。
『わたしが、頂いても、いいですか』
俺は、思わず、その顔を見た。
この子が、何かを欲しがるのを、俺は、ほとんど聞いたことがなかった。命令を受けて、答えて、支えて。
自分から、欲しいと言ったことが、あっただろうか。
ヤンさんが、こちらを見ていた。何かに気づいた顔で。
——たぶん、あの時の問いだ。
『役目を終えた道具は、どうなるのですか』
「次の手に、渡すんだよ。まだ使えるから、譲るんだ。使えないものは、誰も譲らない」
『では。使えなくなった道具は、どうなるのですか』
答えが、出なかった、あの問い。
ナナは、今、自分で、答えを取りに来ていた。
「……いいよ」
俺は、その折れた剣を、彼女に、渡した。
「持ってて。……お前のだ」
ナナは、両手で、それを受け取った。
丁寧に。壊れ物を扱うみたいに。折れた切っ先と、残った刀身を、揃えて、胸のところで、抱えた。
『……ありがとうございます』
そして、少しだけ、俯いた。
「ちょっと、貸してごらん」
ツムグだった。
いつの間にか、隣に来ていた。ヒヒイロカネの延べ棒を、脇に抱えたまま。
彼女は、折れた刀身を受け取って、光にかざした。指の背で、断面をなぞる。
「……いい鉄だ。まだ、死んでない」
そして、ナナを、見上げた。
「ナナの背丈と、腕に、合わせて打ち直す。この長さなら、片手剣より、少し短いくらいがいい。あんたの盾と、釣り合う寸法にする」
『……よろしいのですか』
「鍛冶屋に、頼んだんでしょ」
ツムグは、そう言って、笑った。
それから、俺を、見た。
「あんたの刀も。……父さんと、しっかり作るよ」
「……お願いします」
「あと」
彼女は、クーリの方を、顎で示した。
「クーリの弓も、ね。試作のままじゃ、可哀想だ」
「え、あたしの!?」
クーリが、飛び上がった。
「ほんとに!? ヒヒイロカネで!?」
「まだ分かんないよ。溶けるかどうかも、怪しいんだから」
ツムグは、延べ棒を、抱え直した。
その顔は、困ったふりをしていたけれど。
目だけは、もう、鍛冶場を、見ていた。
(第三十四話「無空」・了)




