Re:sou 第三十三話「相槌」
赤いのを、どう倒すか。
その前に、やることが山ほどあった。俺たちは、まだ足りない。今日のことで、それがはっきりした。だから——鍛え直しだ。
「三ヶ月」
朝飯のあと、そう切り出したのはクラインさんだった。
「僕は、崑崙へ行きたい」
全員が、顔を上げた。
「ドワーフの図書館だ。……ずっと、行きたかった。今の僕の魔法じゃ、あの赤いのには届かない。物理も魔法も、大幅減。あれを崩すには、防御そのものを、下げる術がいる」
「デバフ、相手の弱体化ですね」
俺が言うと、クラインさんは頷いた。
「鉱石などに作用する土魔法と、金属などの変質に利用する金魔法だ。……この大陸で、それを一番持ってるのが、崑崙の書庫だ。三ヶ月、籠もらせてほしい」
「一人で?」
「一人で。……本を読むのに、護衛はいらないよ」
ヤンさんが、腕を組んだ。
「いってこい。……こっちも、やることがある。ちょうどいい」
こうして、俺たちの三ヶ月が、始まった。
*
最初に動いたのは、鍛冶場だった。
ヤンさんが、斧槍を、作業台に置いた。長い柄の先に、大ぶりの刃。使い込まれて、あちこち欠けて、それでも、鈍く光っている。
「バク。……こいつを」
バクが、その斧槍を見た。しばらく、動かなかった。それから、ゆっくりと、手を伸ばして、柄を握った。
「……これは、やっていいのか」
「ああ」
「確かに大分くたびれてるようだ。俺やわ…旦那みたいに」
ヤンさんが、頷いた。
「蘇らせてくれ」
バクの手が、柄をなぞった。指が、刃の欠けを、一つずつ確かめていく。俺には分からない何かを、その指は読んでいた。
「よく、保たせたな」
「いい得物だからな」
「……ずいぶん、酷使したろう」
「死なずに済んだのは、こいつのおかげだ」
バクは、しばらく、その斧槍を見ていた。過去の自分の手を。そして、炉の方を、見た。火が、爆ぜていた。
「打ち直す。……いや」
彼は、言い直した。
「生まれ変わらせる。素材も、足す……前より、強くする」
「頼む」
「ツムグ」
バクが、娘を呼んだ。ツムグが、鎚を持って、隣に立った。
「相槌、打て」
「父さんの相槌を……あたしが?いいの?」
「二人で打つ。この刃は、一人じゃ、足りん」
ツムグが、一瞬、動きを止めた。それから、鎚を握り直して、頷いた。
「わかった」
炉の火が、鉄を焼く。真っ赤になった刃が、金床に乗る。バクが、大鎚を振り上げた。ツムグが、小鎚を構えた。
かん、と、バクが打つ。
かん、と、ツムグが返す。
かん、かん。かん、かん。
二つの鎚が、交互に鳴った。親方が打ち、弟子が受ける。父が打ち、娘が返す。息が、合っていた。打ち合わせなど、していない。
ただ——二十年近く、同じ鍛冶場で育った、その体が、覚えていた。
俺は、その音を、庭で聞いていた。かん、かん、と、規則正しく。相槌、というやつだ。一人が打ち、一人が受ける。二人でひとつの鉄を、鍛える。
バクの横顔を、覗いた時。俺は、少しだけ、驚いた。
笑って、いた。この、無口な鍛冶屋が。汗を飛ばして、鎚を振りながら、口の端が、上がっていた。
初めて見た。
娘と並んで、笑みを浮かべ、武器を生き返らせながら。
(……嬉しいのか)
そう、思った。あとで分かることだが、バクの嬉しさは、二つあった。娘と、相槌が打てること。それと、もう一つ。
ヤンさんが、帰ってきたこと。
*
ヤンさんは、一人で、ダンジョンへ行くようになった。
どこの階層で、何をしているのか、言わなかった。朝、いなくなって、夜、帰ってくる。あるいは、二日、帰らないこともあった。
修行だ、とだけ言った。誰も、ついてこさせなかった。
「昔の勘を、戻すだけだ」
そう言って、彼は笑った。だが、帰ってくるたびに、何かが、変わっていた。
最初は、気のせいかと思った。二度目で、確信した。ヤンさんの、気配が。研ぎ澄まされて、いく。
言葉にするのは、難しい。強くなった、というのとは、違う。もっと——静かで、鋭くて、そばにいると、肌が、ひりつくような。
替えの斧槍を担いで、ただ立っているだけで、空気が、張り詰める。
三度目に帰ってきた夜、俺は、思わず身構えた。ヤンさんが、扉を開けただけで。
「どうした、カイ」
「……いえ」
なんでもない、と言おうとして、言えなかった。この人は、こんな人だったか。宿屋で美味い飯を作ってた、あのヤンさんと、同じ人か。
バクが、その様子を、じっと見ていた。何も言わなかった。ただ、その目が——潤んでいた。
あとで、ツムグが、こっそり教えてくれた。
「父さんね。夜、一人で飲みながら、言ってたよ。……『あの頃の若が、帰ってきた』って」
「あの頃の?」
「父さんが惚れた、若様だって。……昔のヤンさんは、もっと、やばかったらしい。今の、これでも、まだ戻りかけなんだって」
やはりバクとヤンさんは知り合いか、しかし、若…ね。
ヤンさんも昔は貴族か何かだったのかな。
そしてあの気迫でまだ、戻りかけ。
俺は、身構えた自分を思い出して、少し、ぞっとした。
ヤンさんは、帰ってくるたびに、俺やジェスに、少しだけ助言をくれた。
「カイ。……その踏み込み、半歩、深い。斬った後に、詰まってる」
「ジェス。振りかぶるな。その鎚は、落とすもんだ。振るもんじゃねぇ」
たった一言。だが、その一言が、いつも、的確だった。
バクが過去に惚れた男。それが、少しずつ、戻ってくる。
バクの相槌に、力がこもるのも、道理だった。
*
俺は、無空の練習をしていた。
真空でも、虚空でもない、あの一撃。悲哀の悪魔を斬った、あの感触。真空より深く、虚空より浅い、その境界。
まだ、名前もなかった。ただ、あの時の手応えだけが、体に残っていた。
再現しようとすると、たいてい、真空に留まった。深く踏み込むと、今度は、虚空へ滑り落ちそうになる。滑り落ちれば、ナナが削れる。
その手前で、止める。止めると、浅くなる。
出力調整が未だ苦手だ。
「難しいな」
『……はい』
ナナが、隣で、答えた。
彼女は、剣を、握っていた。俺が渡した、稽古用の、ただの片手剣。振り方を、覚えている最中だった。
「ナナ。……無理して、剣なんて」
『無理では、ありません』
彼女は、剣を、構え直した。
『わたしは、護られる存在では、ありません。カイさまを、護るために、生まれたのです。……ですが、今のわたしは、後ろで、座標を支えるだけです。それでは、いざという時、間に合いません』
彼女の剣が、空を薙いだ。まだ、ぎこちない。だが、芯があった。
『隣に、立ちたいのです。カイさまの。……護られるのではなく、護れる場所に』
俺は、その横顔を、見た。縄を持って前に出た、あの時と、同じ目だった。
「……盾も、いるな」
『盾?』
「片手剣なら、もう片方は、空く。盾を持てば、守れる。お前の力なら、大きいのも、持てるだろ」
ナナが、少し、考えた。
『……はい。それが、良いと思います。いざとなれば、カイさまの、前に』
その盾の素材の話は、ツムグにした。ツムグは、腕を組んで、少し、唸った。
「大きめの盾ね。……ナナの力なら、重くても平気か。物理も魔法も防ぎたいなら、芯にアダマンタイト、表面にオリハルコンを、薄く貼る。両方、軽減できる」
「作れるか?」
「素材が、揃えばね。……アダマンタイトも、オリハルコンも、まだ、足りない」
そう。素材が、足りなかった。
*
素材集めは、ダンジョンでやった。
きっかけは、ナナだった。あの赤いの――ヒヒイロカネゴーレムと戦った日。倒れた黒と白の破片の中を、ナナが跳んで動いた、あの時。
『拾って、おきました』
帰ってから、ナナが、そう言って、格納から出したものがあった。黒い、小さな欠片と、白い、小さな欠片。
アダマンタイトと、オリハルコンの、かけらだった。ほんの、少しだけ。
「いつの間に」
『破片の中を、移動した際に。……戦闘の、妨げにならない範囲で』
俺は、その欠片を、見ていた。そして、思いついた。
「……そうか。集めればいいのか」
ゲームなら、当たり前の発想だった。強い敵が、いい素材を落とす。倒せる敵だけ倒して、素材を稼ぐ。装備を整えてから、ボスに挑む。
攻略の、基本だ。
「十九階までなら、危なげなく行ける。宝箱も、そこそこ出る。……あの階層の宝箱、たまに、いい鉱石が入ってるんだ」
「そういや、アダマンタイトっぽいの、前に出たな」
ジェスが、思い出したように言った。
「しまい込んで、忘れてたけど」
「それだ。……集めよう。十九階までの宝箱と、あとは」
俺は、少し、考えた。
「二十階のボス。片方だけ、倒す」
「片方?」
「二体、倒すと、合体する。だから、片方だけ倒して、素材が出たら、すぐ引く。……アダマンタイトゴーレムか、オリハルコンゴーレム。どっちか一体なら、今の俺たちでも、勝てる」
ヤンさんが、頷いた。
「一体ずつなら、な。合体させなきゃいい」
「はい。倒したら、素材だけ拾って、撤退。……おそらく次の日にはまた出現する。また日を改めて、潜る。その繰り返しです」
もしかしたらリポップもっと早いかもだけど。
ジェスが、にやりと笑った。
「なんか、それ、楽しそうだな」
「楽しいよ。……こういうの、得意なんだ、俺」
ツムグが聞きつけて来て
「ジェス、獲れるなら獲れるだけとって来るんだよ…後、怪我には気をつけなよ」
「まかせろ!」
…なんか仲良くなってないか?
こうして、周回が始まった。
十九階まで潜り、宝箱を開ける。アダマンタイトの欠片。オリハルコンの欠片。時々、外れて、薬草や、金貨。
二十階で、片方のゴーレムだけを、慎重に倒す。素材が出る。もう片方を片付ける前に、引く。
一度で、集まる量は、少なかった。焦らなかった。三ヶ月ある。少しずつ、格納の中に、鉱石が、溜まっていく。
不思議と、確信があった。あの赤いのは――ヒヒイロカネゴーレムは、待ってくれる。急かさなくても、あそこで、待っている。
なぜ、そう思うのか、自分でも分からなかった。ただ、あの巨人が、仁王立ちでこちらの出方を待っていた、あの姿。
あれは、襲ってくる敵の姿じゃなかった。まるで――試すみたいに。出題するみたいに。
(お前、俺に、何を、寄越そうとしてるんだ)
そんな問いが、時々、頭をかすめた。答えは、出なかった。まだ、俺の権限では、届かない何かが、あの赤の向こうに、ある気がした。
だから、焦らず、集めた。待ってくれるなら、こっちも、じっくり準備する。
*
一ヶ月が、過ぎた。
素材が、少しずつ、溜まってきた。ツムグが、それを見て、頷いた。
「ジェスの、ハンマーから作るよ。アダマンタイトが、まず、それだけ揃った」
ジェスの、新しい得物。アダマンタイト製の、ウォーハンマー。前のより、二回り大きく、黒く、鈍い。持ち上げるだけで、ジェスの腕が、震えた。
「こりゃぁいい重さだ。攻撃力ありそうだぜ」
「腕がプルプルしてるよ、ちゃんと振れるようにするんでしょ。三ヶ月、あるんだから」
「大丈夫だ身体強化も最近かなり強くなった。行けるぜ」
「頑張りなよ」
「おぅ」
…仲良すぎないか?
そこからのジェスは、相変わらず、規格外だった。
最初の一週間、まともに振れなかったハンマーを、二週間目には、片手で持ち上げ、一ヶ月経つ頃には、素振りが、様になっていた。
ヤンさんの「落とすもんだ」という助言と身体強化を部分的にずっと纏って慣らすことを、体で覚えたらしい。
なんかミニヤンさんみたいになって来た。
ヤンさんが本気な時に見えるオーラのようなものが見える。
「なんで、そんな、すぐ振れるようになっちゃうんだ?」
俺が聞くと、ジェスは、きょとんとした。
「わかんね。……なんか、こう、しっくりくるんだよな」
しっくりくる。この男の、その一言が、どれだけ非常識か。本人だけが、分かっていない。ヤンさんが、それを見て、ふ、と笑った。
何か、思うところがあるようだった。
ナナも、稽古を続けていた。まだ、普通の盾で。稽古用の、ただの木の盾と、鉄の片手剣。本物の、アダマンタイトの盾は、まだ、できていない。
素材が、足りないからだ。
それでいい、と俺は思った。急に、いい装備を持たせても、体が、追いつかない。まずは、普通の盾で、基礎を。剣の振り方、盾の構え方、足の運び。
少しずつ。ジェスと違って、ナナは、感覚派じゃない。
堅実に一つずつ、覚えていく。
だが、その一つずつが、確かだった。端末だからか、一度覚えた動きを、決して忘れない。
ぎこちなかった剣が、二ヶ月目には、淀みなく、空を薙ぐようになっていた。
クーリは、弓と、格闘していた。
ツムグの母の形見の弓ではなく、自分用の、調整された弓で。ツムグが、少しずつ、握りを削り、反りを調整した。クーリの背丈と、腕に、合わせて。
まだ、試作だった。それでも、ツムグの母のものより、ずっと、引きやすいらしい。
「これなら、連射、できるかも」
そう言って、クーリは、毎日、矢を射った。的に向かって、何百本と。数本の連射で肩を痛める、あの半端者は、もう、いなかった。
的の、真ん中に、束になって、矢が刺さる。
「上手くなったな」
「弓は、正直だもん」
クーリは、笑った。
「頑張った分だけ、当たるようになる。……ダガーの時もだけど、アタシ才能あるからね♪努力は裏切らない…」
素材が、もっと溜まれば、クーリにも、新しい得物を作る予定だった。アダマンタイト製の、ツインダガー。オリハルコンの、胸当て。
近接の得物と、守りを。まだ、素材が足りない。徐々に、だ。
*
二ヶ月目。
その頃には、ジェスとツムグが、おかしくなっていた。
いや、おかしい、というと語弊がある。仲が、良くなっていた。良くなりすぎて、いた。
鍛冶場で、ツムグが鉄を打つ。ジェスが、そばで、素材を運ぶ。前は、それだけだった。今は、違う。
「これ、次、使う?」
「うん、そこ置いといて。……あんた、力あるから、助かる」
「だろ? もっと運ぶか?」
「いいわよ、そんなに。……はい、水。汗、すごいわよ」
「お、サンキュ」
こういう、やりとりが。一日中。
クーリが、それを、にやにやしながら見ていた。ある日、とうとう、言った。
「ねえ。あんたたち、付き合ってるの?」
ジェスが、きょとんとした。
「つきあう? なにを」
「いや、だから……こう、恋人、的な」
「こいびと?」
ジェスは、本気で、分かっていないようだった。ツムグも、鎚を止めて、首を傾げた。
「あたしたちが? なんで」
「……いや、いいわ。うん。分かってないなら、いいの」
クーリは、天を仰いだ。俺も、同じ気持ちだった。当人たちが、いちばん、分かっていない。だが、傍から見れば、もう、そういうことだった。
並んで鉄を打ち、飯を分け、笑い合う。恋人と言われて、否定する理由が、どこにあるのか。
ただかたや冒険馬鹿、かたや鍛冶馬鹿。お互い色恋沙汰とは無縁の世界を生きてきたのだ。わからないのかもしれない。
一人、複雑な顔をしている男が、いた。
バクだった。
*
バクは、それを、見ていた。娘と、ジェスを。
嬉しさと、寂しさが、その顔で、せめぎ合っていた。
娘の目に、光が戻った。それは、嬉しい。若い頃のヤンが戻り、鍛冶場に活気が戻り、娘が、笑うようになった。二十年、閉じていた何かが、開いた。
だが。その娘が、獲られそうに、なっている。
ある夜、俺は、バクが、一人で飲んでいるところに、行き合わせた。誘われたわけじゃない。たまたま、水を飲みに行った、その途中で。
バクは、俺を見て、ぼそりと言った。
「……カイ。あのジェスってのは、どういう奴だ」
「ジェスですか。……見た目通りです。裏表がなくて、まっすぐで」
「そうか」
「はい」
「……悪い奴じゃ、ないんだな」
「悪い奴には、見えないです。全然」
バクは、杯を、傾けた。
「困ったもんだ」
「困る?」
「悪い奴なら、追い返せる。……悪い奴じゃ、ないから、困る」
俺は、少し、笑いそうになった。この、無口な鍛冶屋の、不器用な、親心。
「あいつ、ヤンの弟子だろう」
バクが、言った。
「はい。師匠と弟子です」
「……ヤンの、息子みたいなもんか」
「そう、かもしれません」
バクは、しばらく、黙った。それから、自分を、納得させるように、呟いた。
「ヤンの息子に、娘をやる。……そう思えば、な。悪くない。悪く、ないんだ」
そう言いながら、その目は、潤んでいた。悪くない、と言葉では言いながら、娘が離れていくのが、寂しくて、たまらないのだ。
「……まだ、決まったわけじゃ、ないですよ」
俺が、そう言うと、バクは、ふん、と鼻を鳴らした。
「決まるさ。……あの二人を、見てりゃ、分かる。ドワーフだらけの元で思春期を迎え、久しぶりの同い年の人族か、ドワーフじゃねぇのか…」
あぁお父さんと結婚する的なのが昔あったのかなぁ。
親の気持ちか。
うちは両親共に学者で海外多いから小さな時から柾が親代わり的なところがあったからなぁ。
頭の良さは引き継がれて欲しかった。
*
三ヶ月目に入る頃、ツムグが、俺に、言ってきた。
「あたし。……ついて行こうと、思う」
鍛冶場で、二人きりの時だった。
「旅に?」
「うん。あんたたちの。……ここにいても、いいんだけど。でも」
ツムグは、打ちかけの鉄を、見ていた。
「あの赤いの、倒すんでしょ。ヒヒイロカネの、ゴーレム。……あれの素材で、あんたの刀、打つんでしょ」
俺は、少し、驚いた。〈久遠〉のことは、まだ、はっきりとは、話していなかった。
「なんで、それを」
「鍛冶屋だもん。……いい素材の話は、匂いで分かる。ヒヒイロカネなんて、この大陸の誰も、打ったことがない。それを、打てるかもしれない。……鍛冶屋なら、行くでしょ、そんなの」
ツムグは、そこで、少し、頬を赤くした。
「……それに」
「それに?」
「……装備の手直し出来る人間もいるでしょ」
それだけじゃないと俺は思った。
だが、追及は、しなかった。ジェスのことは、言わなくても、分かる。
「バクさんには、話したの?」
「まだ。……言いにくくて」
「話した方が、いいと思いますよ」
「……うん」
その夜、二人は話したようだ。
俺は、その場に、いなかった。
だが、翌朝、バクの目が、腫れていた。
ツムグの目も…目は口ほどに物を言うか。
ただ、朝から、いつもより、力のこもった音で、鉄を打っていた。
かん、かん。かん、かん。
相槌が、鳴っていた。父と、娘の。たぶん、最後の。あるいは——巣立ちを、見送る音だった。
*
三ヶ月が、経った。
クラインさんが、崑崙から、帰ってきた。
痩せていた。頬がこけて、目の下に、隈があった。だが、目だけは、爛々としていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。……ひどい顔ですよ」
「本を、読みすぎた。……三ヶ月、ほとんど寝ていない。だが」
彼は、帳面を、掲げた。ぱんぱんに、膨らんでいた。
「覚えてきたよ。土と、金属。……あの赤いのを、崩す術だ。」
そして、彼は、ふっ
と、いつもの、あの薄い笑みを浮かべた。
「それと。……二重詠唱、いや混合魔法とでも名付けようか、新しいのも、一つ」
三ヶ月ぶりに、六人が、揃った。
そして、装備も、揃った。
ヤンさんの、生まれ変わったハルバード。バクとツムグの相槌が、さらに研ぎ澄ませた一振り。
アダマンタイトを芯に、刃を新しく。ヤンさんが、それを一振りすると、空気が、裂けた。
ジェスの、アダマンタイト・ウォーハンマー。もう、片手で、軽々と振る。三ヶ月前、腕がプルプルしていた男が。
クーリの、新しい弓と、アダマンタイトのツインダガー、オリハルコンの胸当て。半端者は、もう、どこにもいなかった。
そして、ナナの、盾。
三ヶ月かけて、少しずつ集めた素材で、ツムグが、最後に打ち上げた一枚。芯に、アダマンタイト。表面に、薄く、オリハルコン。
物理も、魔法も、軽減する。ナナの背丈に、少し余るくらいの、大きな盾。
『……これで万全です』
ナナが、それを構えて、言った。
「重くないのか」
『問題ありません。三ヶ月前の稽古用よりは重いですが。』
彼女は、その大盾を、構え直した。片手に、鉄の片手剣。もう片手に、アダマンタイトの盾。
某ゲームの勇者みたいな、その構えは、もう、後ろで座標を支えるだけの、端末のものじゃなかった。
『これで。……カイさまの、隣に、立てます』
彼女は、俺を見た。
『護れます。』
俺は、頷いた。何か言おうとして、言葉が、出なかった。ただ、その盾が、頼もしかった。
*
俺は、無空を、まだ完成させられずにいた。
三ヶ月、練習した。真空と虚空の、その境界。あと、少し。あと、少しのところで、いつも、掴みきれなかった。
最後の日、俺は、庭で、一人、剣を振っていた。
真空を、纏わせる。深く。もっと、深く。虚空へ滑り落ちる、その、寸前。そこで、止める。
止めた、その一点で――薄く、鋭く、空間そのものを、断つ。
悲哀の悪魔を斬った、あの感触。
真空より深く、虚空より浅い。ナナを、削らない。器を、壊さない。その、境界の一撃。
剣が、鳴った。
空気が、裂けた。今までとは、違う音だった。真空の、乾いた音でもなく、虚空の、あの飲み込むような音でもない。その、間の。
「……これだ」
掴んだ、気がした。まだ、不安定だ。何度も振って、一回、出るかどうか。だが、確かに、あの感触が、あった。
俺は、その一撃に、ずっと頭の中だけだった名前を、つけた。
「無空」
真空でも、虚空でもない。その、狭間。空が、無い、と書いて、無空。
隣で、ナナが、見ていた。
『……命名を、記録します。〈無空〉』
彼女は、そう言って、少しだけ、笑ったように、見えた。
「まだ、下手くそだけどな」
『……ですが、掴まれました。あとは、繰り返すだけです。クーリさまの、弓のように』
そうだな、と俺は思った。あとは、努力が、裏切らない。
*
出発の、前夜。
みんなで、飯を食った。ツムグの飯だった。
無口な鍛冶屋は、いつもより、少しだけ、多く、喋った。
「ヤン」
バクが、言った。
「娘を、頼む」
「ああ」
ヤンさんは、それだけ、答えた。
「義理息子と、二人、まとめて、頼む」
バクが、そう言った時、ジェスが、きょとんとした。
「息子? 誰が?」
「お前だよ、たわけ」
バクが、ジェスの頭を、小突いた。
ジェスは、わけが分からない、という顔で、頭を、押さえた。
ツムグが、真っ赤になって
「馬鹿親父」
と俯いた。
クーリが、吹き出した。
俺は、その光景を、見ていた。
三ヶ月。長いようで、短かった。素材が、少しずつ溜まって、装備になった。ヤンさんが、戻ってきた。バクが、槌を取り戻した。
ナナが、盾を持った。
クーリが、届くようになった。ジェスが、限界をまた超えたことを証明した。
クラインさんが、新たな術を覚えて帰ってきた。
俺が、無空を、掴みかけた。
ツムグが、仲間になった。
(ジェスの嫁ともいう)
みんな、少しずつ、強くなった。
明日から、あの赤いのに、挑む。ヒヒイロカネゴーレム。物理も魔法も、効きにくい。
だが――もう、俺たちは、あの時の俺たちじゃない。
待たせたな、と俺は、心の中で、あの赤い巨人に、呟いた。
そろそろ、行く。お前が、何を求めているのか。それを、確かめに。
(第三十三話「相槌」・了)




