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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第五章 半端もん
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Re:sou 第三十話「糸」



「で。新しいの、作ればいいだろ」


ジェスが、切れた弦の入った木箱を、指で小突いた。


「作らない。作れないんだよ。刀鍛冶が、弦なんか、触ったこともない」


ツムグが、あっさり首を振る。


「一般には、麻を撚るか、獣の腱だ」


クラインさんが帳面を開き、それから壁の弓を、長く見上げた。


「……ただ、あれには、どっちも保たない。あの張りに、麻は切れる。それに——君の弓は、属性を通すんだろう。なら弦も、魔力を通さないと意味がない。麻も腱も、通さないよ」


「じゃあ、ミスリルの糸」


ツムグが言いかけて、自分で首を振った。


「駄目だ。伸びる。重い。……詰んでない?」


「強くて、軽くて、伸びなくて、魔力を通す糸」


俺は、指を折りながら数えた。


「一つ、心当たりがあります。蜘蛛の糸です」


全員が、こっちを見た。


「あの蜘蛛? 指で切れるやつ?」


クーリが、露骨に嫌な顔をする。


「種類によっては、同じ重さの鋼より強いと聞いたことがあります。それに、獲物を縛る糸は、あんまり伸びないそうです」


「なんで知ってんのよ」


「学校で」


「あんたの学校、何教えてんの!?」


クラインさんが、帳面へ何か書き始めた。


「鉄より強く、伸びず、そして魔物の糸なら、魔素を含む。……都合が、良すぎるな」


「その台詞、僕が言うところでした」


「言うと思ったよ」


『この前の情報が流れ込んだ時の中にモンスターの情報がいくつかありました。蜘蛛型の魔物は第十五階層に、徘徊型が一体います。』


ナナが言った。


『糸を吐きます。ただ、階を歩き回る個体のようです。通路のモンスターと違い、必ず同じ場所にいるモンスターではないみたいです。またかなり硬いみたいで近距離は不利との情報もありますね。なぜか…』


「レアな強敵枠か」

「はぐれの強い魔物というわけだね」


カイとクラインの目があう


「お互いわかってますね。みたいな目はやめろ…しかし探すしかねぇな」


ジェスが即答した。


「宝箱も、まだあんだろ」


「あんたの『ついで』、いっつも本題より大きいのよ」


問題は、その近距離に強い蜘蛛を、何で獲るか、だった。全員の目が、壁の弓へ向く。弦の、無い弓へ。


「……あのさ」


クーリが、ゆっくり言った。


「弦を作るために、弦を張った弓が、要るってこと?」


「そういうことに、なるね」


クラインさんが、眼鏡を押し上げた。


「まともな弦を獲るために、まともじゃない弦で、行く」


「詰んでる!!」


「詰んでない」

「クラインの魔法とアンタの魔法矢、カイの魔法剣と旦那のハルバードがあれば…」


ジェスが俺は?という顔もしたが無視される。


ツムグが立ち上がり、鍛冶場の隅から古い弓を一張り引きずり出した。母のそれとは比べ物にならない。短くて、粗くて、ところどころ虫が食っている。


「壊れても惜しくないやつに、ミスリルの芯を一本。属性が乗るか、試す。弦は、麻でいい」


「麻、通さないんじゃ」


「試作だもん。まず矢が飛ぶか見る。属性は、その次」


「何射、保つ?」


俺が聞くと、ツムグは麻紐を指で撫でた。


「分かんない。やったことないもん。……この張りに、麻。たぶん、二十射」


その「たぶん」を、後で恨むことになる。この時の俺は、まだ知らなかった。


矢は、ナナが組んだ。矢羽根はあの金の箱に山ほど入っていて、鏃は鍛冶場の隅の鉄屑を、ツムグが叩いた。あとは木の棒だけだ。最初の十本は、ツムグが横につきっきりで、ナナの手で作らせた。


「羽根、三枚、等間隔。ずれると飛ばない」


『はい』


「鏃はまっすぐ。少しでも斜めだと逸れる」


『——記録しました』


「記録じゃなくて、覚えて」


『……はい』


十一本目からは、ナナの手が速くなった。格納から部材を抜き、番え、押さえ、また抜く。人の目では追えない速さだったが、それでも一本ずつ、手で組んでいた。あっという間に、二十本。


「便利だな!」


ジェスが言うと、ナナは少し間を置いた。


『……いえ。わたしが作ったのは、最初の十本だけです。あとは、同じ物を、繰り返しています』


「同じじゃねぇか」


『——速さが違います』


それきり、彼女は黙って作業を開始した。

ツムグが隣で、鎚を、落とした。


   *

それから3日ほど弓の型の鍛錬と飯を新たに仕入れた後、もう呆れて慣れたポータルから10階層へ。

そして、目的の15階層まで急いで来た。


十五階は、広かった。

天井が、松明の光の届かないところまで高い。そして、罠の網を見つけた。



最初は、何も無い空間に見えた。松明を近づけると、時々、細い線が光を返す。天井から、床から、斜めに、縦に、規則もなく。


「触っちゃ駄目です。粘つくので」


「触ったの!?」


「学校で——」


「学校の話はもういい!!」


だが、主は、どこにもいなかった。糸はそこら中にあった。新しくてまだ濡れているものもあれば、埃をかぶって白茶けたものもある。クラインさんが、その一本一本を、指を触れずに目でなぞっていた。


「古いのと新しいのが、混じってる。ここは通り道だ。棲家じゃない」


「分かるんですか」


「張り方でね。棲家なら放射に張る。通り道は、渡すように張る。……これは、渡してある」


床に、乾いた殻が落ちていた。何かの魔物の、脚だけ。ヤンさんが、それを爪先で転がす。


「食い残しだ。新しい」


「近いんですか」


「いや」


彼は天井を見上げた。


「こいつは回る。同じ道を、何度も。だが、間が長い。追っても、追いつけん」


ナナの反応も、掴めなかった。


『……反応、あり。方角——』


少し置いて。


『移動しました』


また置いて。


『……消えました』


「消えた?」


『糸の中にもマナの残滓のようなものがあり、探査が乱れます。あれ自身が、糸ではありますが、マナの塊のようなものかと』


半日、歩いた。何度か痕跡を追い、何度か途切れた。ヤンさんは途切れるたびに足を止め、天井と床を交互に見ていた。やがて彼は、三方を岩に囲まれ天井の低い、袋のような広間で足を止めた。糸が、一番濃く集まっている。


「ここだ」


「いるんですか」


「いない。通る。ここは、あいつが獲物を追い込む場所だ。住処の一つといってもいいかもしれん。普通に探しても見つからん。だが、ここで待てば、いずれ向こうから来る」


「どうやって来させるんですか」


ヤンさんは答えず、糸の一本を、斧槍の石突きで、軽く弾いた。


   *


糸が震えた。その震えが、糸を伝って闇の奥へ消えていく。しばらく、何も起きなかった。それから遠くで、何かが動いた。近づいてくる。速くはない。だが、止まらない。


出てきたのは、岩だった。蜘蛛の形をした岩の塊。脚の一本一本が丸太より太く、甲殻は鉱石そのもので、松明の光を鈍く弾く。八つの目だけが湿った黒で、こっちを見ていた。


「出た」


「蜘蛛じゃん」


「やるぅ」


「油断するな」


ヤンさんだけが、笑っていなかった。


『鑑定します。——ジャイアントロックスパイダー、LV45、HP1000(本体)弱点、水』


「水!?そしてこの前のゴーレムより強そうじゃない!?」


ツムグが素っ頓狂な声を出した。


「でもあれ岩蜘蛛だよ? 岩に水かけて、どうすんの」


「……待ってくれ」


クラインさんが、甲殻を睨む。


「あれは、一枚岩じゃない。鉱の粉を、魔力で固めてある。継ぎ目に水が入れば、たぶん、結びが緩む」


「そういうものです」


俺が言うと、クラインさんは、また、あの顔をした。


「そういうもの、なんだね」


「そういうものです」


「詠唱は、僕がやる」


クラインさんが、後ろへ下がった。


「だが、水は不得手だ。陣を書きマナを充足させるまでが長い。……その間、あれを、止めてくれ」


蜘蛛が、脚を上げた。そして、吐いた。白い塊が宙でほどけ、網になって広がり、俺たちへ降ってくる。


「散れ!!」


ヤンさんが叫び、その最初の一投を、斧槍を横に薙いで受け止めた。後ろのクラインさんへは、一筋も届かなかった。


だが、逃げたつもりの足が、床に貼りついた。ジェスだ。踏み込んだ先に、渡してあった一本があった。


「うぉっ、これ、粘っ——」


「動くな! 暴れると絡む!」


ツムグが走る。彼女は、糸そのものではなく、その糸が食い込んだ岩へ、鏨を当てた。


「ジェス、槌!」


「おう!」


挿絵(By みてみん)


ツムグが鏨を押さえ、ジェスが大槌を振り下ろす。留め岩の角が、砕けて欠けた。張っていた一本が、ふっと緩む。ジェスは、緩んだ糸を、力任せに引き剥がした。俺の足も、同じだった。糸は切れない。切れないから、留めている岩を、割る。


「クーリ!!」


俺が叫ぶより先に、彼女は下がっていた。糸の届かないところまで。そして、試作弓を立てる。母のそれではない。短くて、粗い、一張り。それでも、両手で持っていた。


矢を右へ番え、頭の上まで上げ、引き下ろす。耳まで来て、止まる。狙っている、蜘蛛の目を。放した。乾いた音が、一つ。


矢は目の一つへ刺さり、甲殻が割れ、石がこぼれた。


『損耗、六十です』


ナナが言った。


「六十!?」


クーリの声が裏返る。


「あたし、二だったのよ。五百のうちの、二!」


「今のは六十だ」


ジェスが、糸から抜けながら叫ぶ。


彼女は、答えなかった。ただ次の矢を番え、また放った。当たるたび、石が崩れる。撃つたびに、少しだけ、背筋が伸びていく。


ジェスが、大槌を担いで前へ出た。


「馬鹿! また絡む!」


「絡まねぇ!」


——絡まなかった。ツムグが、その前を走っていたからだ。鏨を当て、ジェスが叩く。留め岩が割れ、糸が緩む。一歩ぶん、道になる。ジェスが、そこへ踏み込む。また当て、また叩き、また緩む。一歩。


「右!」


「おう!」


「左、そっち糸!」


「おう!」


打ち合わせなど、していなかった。三日、庭で鎚を振っていただけだ。それなのに、噛み合っていた。


蜘蛛が、脚を畳んだ。そして、跳んだ。狙いは、後ろのクーリだった。


「クーリ!」


——だが、その突進の正面に、ヤンさんが立っていた。斧槍の柄を斜めに構え、岩の身体を、真っ向から受け止める。床が、鳴った。両足が、後ろへ削れていく。それでも、止めた。


「クライン」


ヤンさんが、歯の間から言った。


「あと、少し保つ。……お前がやれ」


『外殻の崩壊を確認』


蜘蛛の甲殻は、もう半分が剥げていた。


「残り、少ないよ!」


ツムグが数えていた。序盤から、指で数えていた。


「あと三——」


クーリが、引いた。耳まで。放そうとした。


——ぶつっ。


弦が、切れた。矢は飛ばず、足元へ落ちた。


「二十って言ったじゃん!!」


「たぶんって言ったでしょ!!」


蜘蛛が、ヤンさんの柄を、じり、と押し返す。


その、後ろで。


「——世界満つる、マナの泉よ」


声がした。クラインさんだった。一歩も動いていない。糸は一本も掛かっていない。杖を掲げてもいない。ただ、指を一本、蜘蛛へ向けていた。


「その一掬いを、我に、与えよ」


「我が前の敵を覆い、逃れ得ぬ、水牢に、捕らえよ——」


「《大水球》!!」


水が、湧いた。蜘蛛の頭の周りに、人の背丈ほどの透き通った球が、何も無い場所に、いきなり現れる。八つの目が、水の向こうで揺れていた。脚が暴れる。ヤンさんが、身を引いた。球は、崩れなかった。


クラインさんは、指を下ろさなかった。水が閉じきる、その前に。次の言葉を、重ねる。


「捕らえしものを——」


「白き氷牢にて、封ぜよ」


そして。


「——凍れぇッ!!≪氷棺≫!」


上擦った、声だった。



白くなった。音は、しなかった。一瞬で、頭の球だけが、白くなる。腹の糸は、凍らずに、垂れたまま残っていた。蜘蛛の脚が、止まる。傾いで、落ちて、床で氷が割れ、中から白い頭が転がり出た。もう、動かなかった。


『討伐を、確認』


ナナが言った。


   *


しばらく、誰も、何も言わなかった。


「今の、何!?」


ジェスが叫ぶ。


「二つ、使ったでしょ、続けて!」


クーリが走ってきた。クラインさんは、まだ指を向けたまま、立っていた。指の先が、震えている。


「連続魔法?そんなの、できるの?」


「……二つの術式を、同時に保つことは一流魔法使いでも難しい…」


彼は、ようやく指を下ろした。


「少なくとも、昨日までの僕のようなね」


「お兄ちゃん。最後、何て言ったの」


クーリが言うと、クラインさんは彼女を見た。


「……ん?何か言ったかい?」


「言ったわよ。『コオレ』って」


クラインさんが、止まった。


「僕が?」


「あんた以外に、誰がいるのよ」


彼は、自分の口元へ、触れた。指先を唇の端に当てたまま、動かない。震えている。それは、恐怖の震えのようでもあり——堪えきれない笑いの、始まりのようでもあった。


「……おかしいな」


小さな声だった。そして、喉の奥で、ひとつ、笑いとも息ともつかないものが、漏れる。眼鏡の奥が、濡れて光っていた。怯えているのか、喜んでいるのか、たぶん、本人にも分からない。彼は、それ以上、何も言わなかった。


俺は、黙っていた。


学者だ。いつか、必ず、線を繋げる。——でも、今日じゃない。


「あった!!」


通路の奥から、ジェスの声が響いた。


「宝箱! 二個目!」


「今、それどころじゃないでしょ!!」


「開けるぞ!」


「聞きなさいよ!!」

と言いながらもツムグも興味津々で近づいていった。

仲良いな(笑)

重くなりかけた空気が、あっけなく壊れた。俺は、少しだけ、息を吐いた。


糸は、ナナがしまった。腹に、まだ大量に残っていた。凍らなかった、垂れたままのそれを、根元から切り取っていく。切っても切っても、白い塊が出てくる。


『——十分な量です。弦、数十張ぶん。あるいは、それ以上』


「数十!」


ツムグが目を剥いた。


「一張りでいいんだよ!」


「予備よ、予備」

「それより、さっきの」


クーリが、糸を巻き取るツムグの手元を見ながら、にやにやしていた。


「あんたたち、やけに息、合ってたわね」


「誰が」


ジェスとツムグが、同時に言った。


「……ほら」


「何が」


二人が、また同時に言う。


クーリは、それ以上、言わなかった。ただ、にやにやを、深くしただけだった。


『——記録しました』


ナナが言った。何を、とは言わない。


「記録すんな!」


ツムグが怒鳴り、ジェスが「何を記録したんだ?」と聞いて、「聞くな!」と、もう一度、怒鳴られていた。


帰り道、クラインさんは、一番前を、静かに歩いていた。帳面を、開いていない。時々、自分の指を、握ったり、開いたりしながら。


少し後ろで、ツムグが、ジェスに何か話していた。糸の巻き方だとか、鏨の当て方だとか、たぶん、そういうことだ。いつもより、喋る量が、多かった。何を話しているかは、聞こえない。ただ、ジェスが時々「おう」と返す。それだけで、成立しているようだった。


クーリが、その二人を、少し後ろから見て、また、にやにやしていた。


俺は、一番前を、もう一度見た。指を握ったり、開いたりしている、その背中を。


いい日だ、と思った。思って——少しだけ、思わなかった。


(第三十話「糸」・了)


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