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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第五章 半端もん
31/38

Re: sou 第二十八話「弱点:炎、雷」


『——鑑定します』


ナナの声が、広い部屋へ落ちた。


銀色のそれは、立ち上がったまま、動かなかった。俺たちを見ている。確かに、見ている。


『…………』


「ナナ?」


『……分かりま』


そこで、声が切れた。


『——』


彼女の胸のコアが、明滅した。今まで見たことのない速さで。


「ナナ?」


『……いえ』


彼女は、瞬きを一つした。


『流れ込んで、来ました』


   *


「流れ込む?」


クラインさんが聞いた。


『はい』


『——訂正します』


ナナは、そこで、言い直した。


『鑑定したのでは、ありません』


「え?」


『向こうから、送られました』


「ゴーレムが?」


『いいえ』


彼女は、天井を見上げた。見えない天井を。


『この部屋が、です』


   *


誰も、何も言わなかった。


『受信できた項目を、読み上げます』


ナナは、ゴーレムを見上げたまま、言った。


『——名称、ミスリルゴーレム』


「そりゃ見りゃ分かる」


『エル、ブイ——三十』


「……何?」


『エルブイ、三十です』


ジェスが、首を傾げた。


「エルブイって、何だ」


『分かりません』


「分かんねぇのかよ!」


『はい。そう、表示されています』


「表示!?」


『はい』


   *


『続けます』


ナナは、淡々と続けた。


『エイチピー——五百』


「エイチピー」


『はい』


「それも分かんねぇのか」


『分かりません』


「読んでるだけかよ!!」


『読んでいるだけです』


ナナは、真顔で答えた。


『耐性——物理、小。魔法、中。体力回復小』


「待って」


クーリが、片手を上げた。


「……また、訛った?」


『——』


ナナが、瞬きを一つした。


『訛った、と思います』


「あの」


俺は、口を挟んだ。


「訛ってるつもりは、無いんですけど」


「訛ってるわよ!! あんた達、いつもそう!! 大事なとこで、急に喉が滑るのよ!!」


   *


「でも」


クーリは、眉を寄せた。


そして、少しだけ、首を傾げた。


「今の……耐性って、聞こえた気がする」


俺は、クーリを見た。


「……はい」


「耐性って、あれよね。効かないってことよね」


「はい」


「物理が、小。魔法が、中」


彼女は、指を折った。


「……物理が、ちょっと効かない。魔法が、そこそこ効かない。そういうこと?」


「そういうことです」


「じゃあ、どっちも駄目じゃない!!」


「まぁそこそこダメージは減少しますね。後時間が経てば回復するスキルもあるみたいです。」


「ナニそれ!卑怯じゃない!」

 ツムグも怒り出す。


「?、ボスってそういうもんです」

「えぇ!?」


   *


——分かってる。


俺は、その時、少しだけ、変な気分になった。


三月前、クラインさんは、俺の言葉が「訛る」と言った。


こっちの言葉に無い物を言おうとすると、口の中で滑って、変な音になるらしい。


だから俺は、ゲーム用語っぽいものや日本語にしかなさそうな言葉はなるべく言わないようにしていた。


言っても、通じないから。


——なのに、今、クーリやクラインには一部、通じた。


聞き取って、意味を拾って、組み立てて、正しい答えへ辿り着いた。


俺の言葉を。


皆が、少しずつ、分かりかけている。


少し、怖かった。


そして——ちょっとだけ、嬉しかった。


   *


『弱点——』


ナナは、そこで、一度だけ間を置いた。


『炎。雷』


   *


沈黙が、落ちた。


俺以外の、全員の顔を、見た。


ジェスは口を開けている。クーリはダガーを構えたまま固まっている。クラインさんは帳面を落としていた。ツムグは鎚を担いだまま、ぽかんとしていた。ヤンさんだけが、いつも通りの顔で立っていた。


俺は、頷いた。


「なるほど」


「「「なるほど!?」」」


三人が、同時に叫んだ。


   *


『——以上です』


「以上!?」


『はい。受信できたのは、その五項目だけです』


「他は」


ヤンさんが聞いた。


『送られて来ません』


「聞けないのか」


『聞く先が、ありません』


ナナは、そう言った。


『わたしは、受け取っているだけです。……何を寄越すかは、向こうが決めています』


「じゃあ」


クラインさんが、床から帳面を拾いながら言った。


「次の敵も、こうやって教えてくれるのかい」


『分かりません』


「分からない?」


『はい。……送るのを、やめられたら、それまでです』


   *


その言葉に、誰も、何も返さなかった。


俺だけが、頷いていた。


——そういうものだ、と思った。


そういうものだから、何も、思わなかった。


   *


「カイ」


ジェスが、こっちを向いた。


「全然驚いてないけどやっぱ分かんのか、今の」


「分かりますけど」


「分かんのかよ!!」


「エルブイは、レベルです。強さの目安ですね。数字が大きいほど強いです」


「強さが!? 数で!?」


「数で出ますね」


「出ねぇよ!!「出ないわよ!」

ジェスとツムグが叫ぶ。


「エイチピーは、体力です。五百あって、それが零になったら、倒れます」


クーリが、変な声を出した。


「ちょっと待って」


「はい」


「倒すまでの命が、数で出るの?」


「出ますね」


「それも出ないわよ!!」


   *


「じゃあ」


彼女は、自分の胸を指した。


「あたしのは?」


『……表示されません』


「なんでよ!!」


『分かりません』


「あいつだけ!? ずるくない!?」


「ずるいんですか、それ」


「ずるいでしょ!! 向こうだけ数が見えるとか、なんか有利じゃない!?」


「いえ、こっちが見てるので」


「あ」


クーリは、口を閉じた。


「……そっか。こっちが有利か」


「はい」


「じゃあいいや!!」


「切り替え早いですね」


   *


その時。


クラインさんが、落とした帳面を拾った。


拾って、立ち上がって——


「鑑定って、すげぇ!!!!」


叫んだ。


全員が、振り返った。


「お、お兄ちゃん?」


「見えるのか!?何が効いて効かないか?それどころか 弱点が!? 戦う前に!?」


『はい』


「事前に!?」


『はい』


「炎と雷!? 確定で!?」


『……確度については、表示がありません』


「確定だ!! そういうことにする!!」


彼は、帳面を開いた。手が震えていた。歓喜で震えていた。


「僕らはね! 何十年もかけて! 死人を出しながら! 一つずつ弱点を記録してきたんだ! 火が効くらしい、いや効かなかった、そいつは死んだ、そういう積み重ねで!」


「……はい」


「それが!!」


彼は、ナナを指した。


「見るだけで出るのか!!」


『出ました』


「すげぇ!!!」


   *


クーリが、兄の袖を引いた。


「ねえ、お兄ちゃん」


「何だい」


「さっきまで、学問が壊れたって泣いてたわよね」


「うん」


「今は?」


クラインさんは、眼鏡を押し上げた。


にっこり笑った。


「壊れた学問より、目の前の弱点だ」


「振り切れたわね」


「振り切れたとも」


   *


「あの」


俺は、口を挟んだ。


「相手の情報や、弱点を見てから殴るのは、普通じゃないんですか」


皆が、一斉に俺を見た。


またこの顔だ、と思った。


「言わんとしていることは分かる既に既知の情報なら調べるのは常識だ……だが現地調達は普通じゃないんだよ。特にここなんて半ば放棄された坑道奥ダンジョンだ。誰も記録なんてない。」


クラインさんが、真顔で言った。


「そうですか」


「君はね、カイくん。君はね」


彼は、何か言いかけて、やめた。


そして、また笑った。


「まあ、いい! 今は炎と雷だ!」


「はぁあんた達といると気が抜けるわね、そろそろおかしな会話をやめて行くわよ」


ツムグが疲れたような顔をして言う。

とりあえず皆で倒すために近づくいていく。

   *


さっきまで置物だったゴーレムが、近づくと動き出した。


「来る!」


ジェスが、真っ先に前へ出た。


銀の腕が、上から落ちてくる。ジェスは横へ跳んで、すれ違いざまに斬りつけた。


甲高い音がして、剣が跳ね返った。


「痛ぇ!!」


彼は、手を振りながら後ろへ下がる。


「効いたか!?」


『——およそ、五です』


「五?」


『はい』


ジェスの動きが、止まった。


「……五百のうちの?」


『はい』


「百回!?」


『はい』


「日が暮れる!!」


「地下だから元から暮れてる!!」


クーリが叫んだ。


   *


「あたしがやる!」


クーリが、飛び込んだ。


ダガーが、銀の脚へ突き立つ。


——刺さらなかった。


刃先が、滑った。彼女は勢いのまま、たたらを踏んで転がった。


「痛った!!」


『——およそ、二です』


「二!?」


『はい』


「二!!?」


彼女は、跳ね起きて、ダガーを見た。


「二!! 五百のうちの!!」


『二百五十回です』


「計算すんな!!」


   *


「クーリ、下がって!」


ツムグが、前へ出た。


低い姿勢から、腰で回す。鎚の頭が、ゴーレムの膝へ入った。


——鈍い音がした。


銀が、大きく凹んだ。


『——およそ、三十です』


「三十!!?」


ジェスが叫んだ。


「なんで鍛冶屋の方が強ぇんだよ!!」


「柔らかい金属は殴るもんだって言ったでしょ!!」


ツムグは、鎚を担ぎ直した。


「あんたのは、斬ろうとしてるから滑ってんの! こいつは斬れない! 押すんだよ!」


「押す!」


「そう! ……で、あんたの押す力は、たぶん五!」


「言うなよ!!」


   *


ヤンさんが、動いた。


言葉は無かった。


ただ、息を、深く吸った。


——空気が、変わった。


うまく言えない。彼の周りだけ、密度が上がったみたいだった。斧槍の刃先が、微かに震えている。


「……あれ、何ですか」


『——測定できません』


ナナが言った。


『魔法ではありません。マナの反応も、外からはほとんどありません。……ですが、出力が、上がっています』


「なんで」


『分かりません』


ヤンさんが、踏み込んだ。


一撃。


ゴーレムの脇腹が、人一人ぶん、抉れた。


『——およそ、八十です』


「八十!!」


「バケモンかよ、あの人!!」


   *


そして、凹みが、戻った。


ゆっくりと、盛り上がって、元の形へ返っていく。


「戻った!?」


『……エイチピーは、現在のところは戻っていません』


「え?」


『三百八十三のままです』


「細かい!!」


クーリが叫んだ。


「なんでそんな細かいの!!」


『五を引き、二を引き、三十を引き、八十を引きました』


「あたしの二、ちゃんと入ってる!?」


『入っています』


「……ちょっと嬉しい」


「そこ!?」


「形は戻るけど、数は戻らないの!?」


『今のところは、はい。ただ回復がついているのでしばらくすれば回復する可能性は高いです。』


「意味分かんない!!」


「そういうものですよ」


俺が言うと、クーリが叫んだ。


「そういうものじゃない!!」


   *


「クライン!」


ツムグが叫んだ。


「雷! 弱点!」


「言われなくとも!!」


クラインさんが、杖を掲げた。


先端へ、青白い光が集まる。


そして詠唱を行い——落ちた。


音が、遅れて来た。


部屋全体が、白くなった。


銀の巨体が、全身を痙攣させて、片膝をついた。


『——およそ、百です』


「百!!」


「弱点!! 弱点だ!! 見ろ!! 学問の勝利だ!!」


「今のは学問じゃないでしょ!!」


「学問だ!! 鑑定は学問だ!! 僕が今そう決めた!!」


   *

ゴーレムもかなり暴れるが見た目通り動きは鈍い上に大ぶりだ。

戦闘慣れしてない俺や鍛治師のツムグさんでもなんとか避けれる程度だ。


ただ流石に体力があり、時間と共に少しづつ回復するようで中々倒れなかった。


「カイ」


ヤンさんが前衛を勤めながら話しかけてくる。。


「炎は」


「出せます」


俺は、指を鳴らした。


火が、点いた。


「そうだ!!カイも魔法いけるな!」


ジェスが叫ぶ。


「最初の日にやってたもんな!」


「やりましたね」


「クラインが本落としてたぞ!」


「落としてましたね」


「あれは」


クラインさんが、杖を掲げたまま言った。


「僕の生涯で、二番目に驚いた日だ」


「一番は?」


「今日だよ!!」

言いながらもクラインは皆にバリアのようなものを貼ったり、詠唱の短い電撃を放ったりしている。


   *


「ただ」


俺は、火を剣へ移しながら言った。


刃に沿って、炎が走る。


そこまでは、簡単だった。


「戦いで使ったことは、ないんです」


「なんでだよ!!」


「斬れば、大体、済んだので」


「……お前」


ジェスが、何とも言えない顔をした。


「今のは、なんか、腹立ったぞ」


「それと、もう一つ」


「まだあんのかよ!」


「保ちません」


炎が、揺れた。


大きくなって、小さくなって、また大きくなる。俺の意図と、まるで関係なく。


「一定に、できないんです。昔から」


「昔って、三月前でしょ」


クーリが言った。


「三月前からです」


「変わってないじゃない!!練習してないの!」

いやー練習してるんですけどねー。


   *


クラインさんが、こっちを見ていた。


雷を溜めた杖を、掲げたまま。


「カイくん」


「はい」


「蝋燭一本ぶんの火を、一定に保てなかったね」


「保てませんでした」


「今も?」


「今もです」


クラインさんは、しばらく黙った。


——あの日、彼は、俺の揺れる火をじっと見て、何か言いかけて、やめた。


「まあ、些細なことだ」と言って、それきり、二度と触れなかった。


その顔を、俺は、覚えている。


彼が「些細」という言葉を、少しも信じていなかったことも。


「……そうか」


クラインさんは、言った。


そして——笑った。


「——今日は、それでいい」


「え?」


「一定に保つ必要が、どこにある?」


彼は、杖を振り下ろしながら、叫んだ。


「揺らげ!! 暴れさせろ!! ……君の炎は、最初から、大人しくしていられないんだ!!」


   *


俺は、剣を握り直した。


——揺らげ。


そう思った、瞬間だった。


剣が、火を噴いた。


「うおっ!!」


「熱っ!!」


天井まで届いた。


いや、天井は見えないけれど、たぶん届いた。


俺は、慌てて剣を下げた。


「……すみません」


「謝るな!!」


クラインさんが、叫んだ。


「初めて、正しい形になった!!」


   *


俺は、走った。


ゴーレムが、腕を振り上げる。


くぐった。


腹の下へ滑り込んで、そのまま——


斬り上げた。


挿絵(By みてみん)

炎が、銀を舐めた。


——今度は、閉じなかった。


裂けた跡が、赤く光ったまま、そこに残っている。


『——およそ、五十です』


「入った!!」


『——残り、およそ百十です』


「もうちょっとじゃない!!」


クーリが叫んだ。


「あたしの二は!?」


『回復されてますが、さらに加えたダメージは蓄積しています。』


「よし!!」


「そこ!?」


『……補足します』


ナナが言った。


『炎による損傷部位は、再形成が阻害されています。……たぶん、熱で、動きが鈍っています。逆にそれ以外の攻撃による部分は少しづつ損傷が回復しています。ゆっくりですが。』


「じゃあ、炎魔法で焼いた部分を!!」


ツムグが叫んだ。


「そこを打てば戻らない!! カイ! 部分ごとでいいから焼いて!」


「はい!」


   *


そこからは、早かった。


俺が、焼く。


ツムグが、打つ。


戻らない。


クラインさんの雷が落ちるたび、ゴーレムの動きが一拍止まる。その一拍で、ヤンさんの斧槍が入る。


ジェスは——


「こっち見ろ!! おい!! 顔無ぇくせに偉そうにすんな!!」


正面で、盾を構えて怒鳴っていた。

もちろんダメージはない。


けれど、ゴーレムは、彼を見ていた。


   *


「ジェス、避けて!!」


ツムグの声が、飛んだ。


遅かった。


銀の拳が、ジェスを弾き飛ばした。彼は盾ごと壁まで飛んで、跳ね返って、床へ落ちた。


「ジェス!!」


クーリが、駆け寄る。


「あんた、生きてる!?」


「……たぶん」


「たぶんじゃない!!」


彼女は、両手をジェスの胸へ当てた。


淡い、緑の光が広がる。


「あー、肋、二本いってるわね」


「痛ぇ……」


「痛いって言えるうちは大丈夫」


彼女は、光を強めた。


「動かないで。……三十数えて」


「一、二——」


「声に出すな!!」


   *


三十数える前に、ジェスは立ち上がっていた。


「よし、行くわ」


「まだ寝てなさいよ!!」


「痛くねぇもん」


「痛いはずでしょ!!」


「クーリが治したからだろ」


ジェスは、へらっと笑った。


「ありがとな」


クーリは、一瞬、何か言いかけて、やめた。


そして、彼の背中を、思い切り叩いた。


「痛ぇ!!」


「治したばっかりよ!!」


「回復もすごいけど、頑丈すぎるでしょ」

さっきまで心配そうだったツムグも急展開についていけないようだ。


しかしクーリの奇跡もあるがジェスは回復速度が異様な気がする。

悪魔戦でもヤンさんより重症だった気がするがヤンさんより回復は早かった。


   *


『——残り、およそ三十です』


ナナが言った。


ゴーレムは、もう、まともに立っていなかった。


全身が焼けて、凹んで、抉れて、それでも、動いている。


そして、その胸の真ん中。


薄くなった銀の向こうで、何かが、脈打っていた。


光が、透けていた。


「見えた!!」


ツムグが叫んだ。


彼女は、鎚を振り上げた。


最後の一撃。


腰から、肩へ。何百回も繰り返した、あの角度で。


——穴が、開いた。


   *


『——コアが、露出しました』


ナナが言った。


『補足します。コアへの攻撃には、耐性が適用されません』


「……何だって?」


ジェスが、聞き返した。


『耐性が、無効です。攻撃が、そのまま通ります』


ジェスの顔が、輝いた。


「聞いたか!!」


彼は、剣を握り直した。


「俺の番だ!!」


「行け!!」


ツムグが叫んだ。


「五でも三十でも、当たれば同じだ!!」


「だな!いくぜぇーー!!」


   *


ジェスが、跳んだ。


正面から、真っ直ぐに。


彼の剣が、その穴へ吸い込まれた。

最後に止めとばかりに剣を捻る。

光が、割れた。


   *


ゴーレムが、止まった。


銀色の巨体が、ゆっくりと、前へ傾いだ。


そして——崩れた。


形が、無くなった。腕も、脚も、頭も、全部、ただの銀の塊になって、床へ降った。


   *


しばらく、誰も動かなかった。


ジェスが、剣を杖にして、膝をついた。


「……勝った?」


「勝ちましたね」


「勝った!!」


彼は、跳ね起きて、両手を上げた——


『パパパーパーパーパーパッパー』


   *


全員の動きが、止まった。


ナナが、立っていた。


いつも通りの姿勢で。いつも通りの、無表情で。


歌っていた。


「…………」


「…………」


「何!?」


クーリが、叫んだ。


「今の、何!?」


『……分かりません』


「歌ってたでしょ!!」


『歌いました』


「なんで!!」


『分かりません』


「分かんないのに歌ったの!?」


『はい』


「怖い!!」


   *


俺は、頷いた。


「なるほど」


「なるほど!?」


「ジェスさん、レベルが上がりました」


「「「何だそれ!!」」」


「強くなるんです。今の音で」


ジェスが、跳ね起きた。


「強く!?」


「はい」


「俺が!?」


「はい」


   *


ジェスは、剣を構えた。


一回、振った。


「…………」


もう一回、振った。


「…………」


「ジェス?」


「……変わんねぇぞ」


「え」


「なんも変わんねぇ!!」


彼は、自分の腕を見た。それから、剣を見た。それから、俺を見た。


「重さも、速さも、なんも変わってねぇ!!」


   *


俺は、ナナを見た。


「ナナ」


『はい』


「今の音、ジェスさんからですよね」


『いいえ』


「え?」


『音は、この部屋から流れました』


ナナは、天井を見上げた。


『ジェスさまからでは、ありません』


   *


「……上がってねぇじゃねぇか!!」


ジェスが叫んだ。


「おかしいですね」


「おかしいのはお前だ!!」


「いえ、普通は上がるので」


「上がってねぇんだよ!!」


『よく分かりませんが、そういうことです』


「ナナも分かってないんじゃない!!」


『はい』


「じゃあ何なのよ!!」


『そういうことです』


「押し通した!!」


   *


——上がらなかった。


俺は、少しだけ、変な気分になった。


音が鳴ったのに、何も変わらない。


そんなことは、無かった。あの音が鳴ったら、必ず、何かが増えた。数が増えて、体が軽くなって、次からは、さっきより楽になる。


そういうものだった。


ここでは、違うらしい。


——鳴っただけだ。


   *


「っふ」


   *


全員が、振り返った。


ヤンさんが、口元を、押さえていた。


「…………」


「…………」


「今」


ジェスが、ゆっくり言った。


「笑ったか?」


「笑ってない」


「笑ったよな!?」


「笑ってない」


「絶対笑った!! 俺、初めて見た!!」


「……疲れてるんだ」


ヤンさんは、そう言って、壁の方を向いた。


耳が、少しだけ、赤かった。


「笑ったーーー!!」


ジェスが、両手を上げた。


「レベルより、そっちの方がすげぇ!!」


「うるさい!!」


ツムグが怒鳴った。


そして、彼女も、両手を上げた。


「うおおおおお!!」


「あんたもかよ!!」


クーリが叫んで、それから、飛び上がった。


「勝ったーーー!!」


クラインさんは、帳面へ何か書きなぐりながら、笑っていた。


「弱点!! 弱点を見て殴る!! これだよ!! これが正しい戦争だ!!」


「学者が言う台詞じゃないでしょ!!」


   *


その時。


——ことん。


軽い音がした。


部屋の真ん中。ゴーレムが立っていた、ちょうどその場所に。


箱が、あった。


さっきまで、無かった。


「…………」


「…………」


「あの」


クーリが、震える指で、それを指した。


「あれ、金色じゃない?」


金色だった。


角に、細かい飾りが打ってある。留め具まで金だった。今まで拾ってきた、あの何の変哲もない木箱とは、まるで違う。


暗い部屋の中で、それだけが、ちゃんと光っていた。


   *


「あ」


俺は、言った。


「金の宝箱ですね」


「金の!?」


「レアです」


「れあ?」


「珍しいってことです。……ボスを倒すと、たまに出ます」


「たまに!?」


「はい」


俺は、頷いた。


「階層守護者を倒したので、当然かと」


「「「当然!!?」」」


   *


クラインさんが、ゆっくりと、こっちを向いた。


眼鏡が、光っていた。


「……うん」


「クラインさん?」


「うん。守護者が良い物を落とす、というのは、記録にある」


「じゃあ、普通じゃん!」


ジェスが言う。


「うん。それは、いい。それは、記録と合う」


彼は、金の箱を見た。


しばらく、見ていた。


「……ただ、金の宝箱、というのはね」


「はい」


「そんなもの、あったかなあ」


「…………」


彼は、少し考えた。


そして、にっこり笑った。


「まあ、いいか!」


「よくない!!」


クーリが叫んだ。


「よくないでしょ!! 学者!!」


「いいんだよ!! 金色だぞ!! 開けよう!!」


「振り切れすぎでしょ!!」


   *


ジェスが、蓋へ手をかけた。


「待って」


ツムグが止めた。


「噛まれるでしょ」


「金の箱は噛まねぇよ」


「なんで分かるの」


「金だから」


「理由になってない!!」


結局、ツムグが開けた。


   *


中身は、羽根だった。


   *


「…………」


「…………」


「……羽根?」


クーリが、覗き込んだ。


羽根だった。


灰色と白の、揃った羽根。同じ長さに切り揃えられて、根元を縛られて、束になっている。


一束。二束。三束。


箱の底が見えないくらい、詰まっていた。


「何、これ」


ツムグが、一枚つまみ上げた。


指の腹で、しごく。


「……いい仕事だ。全部、削いである。反りも揃ってる」


「何に使うのよ」


「知らない」


「知らないのに褒めたの!?」


「良い仕事は、良い仕事でしょ」


   *


クラインさんが、一枚受け取って、光にかざした。


「……矢羽根だね」


「矢羽根?」


「矢の尻に付けるものだ。これが無いと、矢は真っ直ぐ飛ばない」


彼は、箱の中を見た。


「……相当な数だ。これ、何本ぶんあるんだろう」


クーリが、変な顔をした。


「ねえ」


「何だい」


「あたし、弓、持ってないんだけど」


「持ってないね」


「誰も持ってないわよね」


「持ってないね」


   *


沈黙が、落ちた。


「……まあ、いいか!」


クラインさんが言った。


「よくない!!」


   *


「……で」


しばらくして、クーリが、床を見た。


「これ」


ミスリルの塊が、そこら中に散らばっている。


「いくらくらい?」


クラインさんが、しゃがんで、一つ拾い上げた。


そして、動かなくなった。


「……お兄ちゃん?」


「クーリ」


「何」


「これはね」


彼は、その塊を、そっと床へ戻した。


「僕らの一生ぶんの研究費より、少し多い」


「少し!?」


「……いや、訂正しよう」


彼は、部屋を見回した。


「かなり多い」


「うおおおおお!!」


「うるさい!!」


   *


「……あの」


その時、クーリが、変な声を出した。


「ねえ。これ、さっき、こうだった?」


俺たちは、床を見た。


銀は、まだ、そこにあった。


だが、形が、変わっていた。


ゴーレムの破片ではない。


——インゴットだった。


四角い。同じ大きさの。同じ厚みの。角がきっちり立って、面が鏡みたいに平らで。


それが、積んであった。


きちんと、揃えて。


ツムグが、抱えていた塊を見た。


それも、いつの間にか、同じ形になっていた。


彼女の手の中で。


「……なんで」


小さな声だった。


「なんで、こんな形なの」


   *


「持ち帰りやすいですね」


俺は、そう言った。


「そこ!?」


三人が、同時に叫んだ。


「え、だって」


「そういう問題じゃない!!」


「……そうですか」


俺は、口を閉じた。


そして——気づいた。


誰も、笑っていなかった。


   *


『——数えました』


ナナが、言った。


「何本だ」


ヤンさんが聞いた。


『四十二本です』


「多いのか」


『……分かりません』


ナナは、そう言って、少し間を置いた。


『ですが、一つ、申し上げます』


「言え」


『四十二は』


彼女は、俺を見た。


『七で、割り切れます』


   *


部屋が、静かになった。


七人で、六本ずつ。


余りが、無い。


——数えたのだ。


椅子を数えた時と、同じように。


ちゃんと。


親切に。


   *


その静けさを、破ったのは、ナナだった。


『——反応が、増えました』


「増えた!?」


ジェスが跳ね起きて、剣を構えた。


「まだ来んのか!!」


『いえ』


ナナは、部屋の隅を指した。


『魔物では、ありません』


   *


俺たちは、そっちを見た。


何も無かった場所に、光の輪があった。


人が二人並んで通れるくらいの、青い輪。ゆっくりと、回っている。音は無い。熱も無い。


ただ、そこに、開いていた。


クラインさんが、恐る恐る近づいた。


「……何だ、これ」


「ポータルですね」


俺が言うと、彼が振り返った。


「ぽーたる」


「ここと、入口が、繋がってます。たぶん、この輪に乗ったら戻れます」


「…………」


「…………」


「戻れる!?」


クーリが叫んだ。


「はい」


「歩かずに!?」


「はい」


「九階ぶんを!?」


「はい」


   *


「……はぁーーーー」


誰かが、溜息を吐いた。


長い溜息だった。


クラインだった。


「はぁーーーー」


「はぁーーーー」


クーリも吐いた。


ツムグも吐いた。


「なんで溜息なんですか」


「うるさい!!」


三人が同時に怒鳴った。


   *


「あの」


俺は、一応、言った。


「十階ごとに、あるもののはずですよ」


「あるもの!?」


「じゃないと、面倒なので」


「面倒!?」


「はい」


クーリが、両手で顔を覆った。


「面倒って言った……面倒って……」


「お兄ちゃん、何か言ってやってよ!!」


クラインさんは、答えなかった。


ポータルの前に立って、その光を、ただ眺めていた。


そして、静かに、頷いた。


「……そうだね」


「え?」


「面倒だね。九階も歩くのは」


「お兄ちゃん!?」


「もういい、もういいんだ…クーリ」


彼は、眼鏡を押し上げた。


とても穏やかな顔だった。


「僕は、もう、いいんだ」


「壊れた!! 今度こそ壊れた!!」


   *


「便利だな」


   *


全員が、振り返った。


ヤンさんだった。


ポータルを、しげしげと見ている。


「ヤンさんまで!?」


「歩かんで済む」


「そこ!?」

ジェスが叫んだ。


   *


「帰るか」


ジェスが言った。


「帰る」


ツムグが答えた。


「まだ、これじゃないけどね」


「え?」


「鉄。……ミスリルじゃ、刀にならない」


彼女は、輪の光を見ていた。


「柔らかすぎる。柄なら使える。鞘の金具も。魔力はよく通るから、仕込むには最高。……でも、刃にはならない」


「んじゃこれじゃ意味ねぇの?」

「使うって言ってんでしょ!! 使うけど! 刃じゃないの!」


「んじゃ進む?帰る?」


「両方!!一旦ミスリル持って帰ってまた来る。」


   *


俺は、最後に、もう一度、部屋を見た。


天井の見えない、広い部屋。


金の箱が、開いたまま、床にある。中に、羽根が詰まっている。


輪が、静かに回っている。


そして、その手前に、ナナがしまい残した最後の一本が、立てかけてあった。


四角い。角がきっちり立って、面が、鏡みたいに平らで。


——四十二本。


七で、割り切れる。


   *


「カイ」


ヤンさんが、輪の前で振り返った。


「はい」


「行くぞ」


   *


俺は、その一本を拾って、ナナへ渡した。



(第二十八話「弱点:炎、雷」・了)


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