Re:sou 第二十六話「千年の一撃」
朝。
鍛冶場に、甲高い音が響いた。
カン。……ではない。
ゴッ。
「痛っ!」「今のは刀が泣いた音。」
ツムグが腕を組んで言う。
「それから。あんたの頭。」
ジェスが後頭部を押さえながら振り返った。
「木刀で殴る必要あるか!?」
「ある。」
即答だった。
「峰から入れって昨日言った。」
「入れた。」「入ってない。」
「気持ちは入ってた。」
「だから駄目なの。」
ツムグはため息を吐いた。
「刀は叩く物じゃない。」
「またそれか。」
「またよ。」
彼女は木刀を受け取ると、静かに構えた。
力が抜けている。
肩も。
肘も。
握りさえ柔らかい。
「見る。」
一歩。
踏み込む。
木刀が走る。
風だけが遅れて俺たちの頬を撫でた。
音がない。
なのに、斬られた気がした。
「これ。」
ジェスが口を尖らせる。
「今の全然力入ってねぇじゃん。」
「だから。」
ツムグは木刀を返した。
「力で切ってない。」
「じゃあ何で切るんだよ。」
「刃で。」
「剣だから当たり前だろ。」
「当たり前が出来てない。」
「痛ぇ。」
「まだ叩く?」
「……叩きません。」
「よろしい。」
クーリが芋を齧りながら呟く。
「完全に先生ね。」
「鬼教官だけど。」
俺も苦笑した。
昨日会ったばかりとは思えない。
鍛冶場にはもう、昨日までの重い空気はなかった。
*
「カイ。」
不意に呼ばれた。
「はい。」
「ちょっと振って。」
木刀を渡される。
「俺ですか。」
「昨日から気になってた。」
ツムグは興味深そうに俺を見ていた。
「母さんに似てる。」
その一言で、鍛冶場が少し静かになった。
俺は木刀を持つ。
深呼吸。
足を半歩引く。
自然と身体が動いた。
一閃。
止める。
そのまま納刀するように木刀を下ろす。
誰も喋らなかった。
ツムグだけが、じっと俺を見ていた。
「……やっぱり。」
「何がです?」
「母さん。」
「会ったことないですよ。」
「知ってる。」
彼女は俺の手元を指さした。
「力入ってない。」
「はい。」
「でも刃筋がぶれない。」
「そう教わりました。」
「誰に?」
「剣道の先生です。」
「剣道?」
知らない単語らしい。
説明しようとしていると、ヤンさんが口を開いた。
「故郷の剣術だ。」
「へぇ。」
ツムグは頷いた。
「母さんもそんな振り方だった。」
少しだけ嬉しそうだった。
*
「よし。」
ツムグが手を叩く。
「今日は麓の街へ行く。」
「買い物?」
クーリが聞く。
「違う。」
ツムグは少し胸を張った。
「武具大会の受付。」
「そうだな」
バクが炉の火を見ながら呟く。
「今年は出る。」
「知ってる。」
「止めないの?」
「止めても出る。」
「知ってる。」
父娘の会話が短い。
短いのに成立している。
ジェスが俺へ小声で言った。
「似てんな。」
「誰とです?」
「ヤンさん。」
確かに。
返事が短いところまで似ていた。
*
町へ近付くにつれ、人が増えてきた。
通りには赤い旗。
槌の紋章。
子供たちは木の剣や木槌を振り回し、大人たちは武器を担いで歩いている。
祭りだった。
「すげぇ。」
ジェスが辺りを見回す。
「こんな鍛冶師ばっかの町初めて見た。」
「大会前だからね。王も来てるはずよ」
ツムグは少し誇らしげだった。
「一年で一番人が集まる。」
露店には刃物。
砥石。革。木材。
そして鍛冶道具。
食べ物より鉄の方が多い。
「変な祭り。」
クーリが笑う。
「普通、お菓子屋が並ぶでしょ。」
「ドワーフだもの。」
クラインさんも周囲を見渡していた。
「……これは。」
彼の目が輝く。
「素晴らしい。」
「何がです?」
「町全体が鍛冶文化で出来ている。」
帳面を取り出す。
もう書き始めている。
「あ、始まった。」
クーリが苦笑する。
「止まらないわよ。」
「町そのものが博物館だ。」
クラインさんは本当に楽しそうだった。
*
「着いた。」
ツムグが立ち止まる。
目の前には巨大な円形広場。
中央には武具が何十本も並べられている。
人だかりが出来ていた。
「去年の入賞作品。」
ツムグが言う。
「大会が始まるまで展示される。」
ジェスが目を輝かせた。
「おぉ。」
「優勝はどれだ?」
ツムグは首を振る。
「無い。」
「え?」
「もうここには無い。」
俺も不思議に思った。
中央には大きな台座だけがある。
そこだけ空っぽだった。
ただ一枚。
石板だけが置かれている。
クラインさんが近付く。
そこへ刻まれている文字を見た瞬間。
歩みが止まった。
「……そういうことか。」
静かに呟いた。
「僕は。」
眼鏡を押し上げる。
「この大会を、完全に勘違いしていた。」
「何がです?」
俺が尋ねる。
クラインさんは、石碑へもう一度目を向けた。
「武具大会。」
「これは優れた武器を決める品評会じゃない。」
「じゃあ何なんだ?」
ジェスが首を傾げる。
クラインさんは碑文を指差した。
「読んでみるよ。」
静かに読み上げる。
「——勝者は武具を携え、崑崙へ登る。」
「——黄龍の門へ一撃を奉げる。」
「——門開かずば、その武具を捧げる。」
「——門開けば、黄龍の御前へ至る。」
読み終えたあと。
誰も口を開かなかった。
*
「つまり。」
クラインさんは深く息を吐いた。
「この大会は。」
「千年間、黄龍の門を開く武器を探し続けている祭儀なんだ。」
祭儀。
その言葉が、妙にしっくりきた。
周囲を見回す。
子供たちは木槌を振り回して笑っている。
職人は自分の武器を誇らしげに磨く。
露店では鉄が売られ。
酒場では去年の大会の話で盛り上がっている。
祭りだった。
でも。
その祭りの先には。
千年間、一度も開かなかった門がある。
*
「だから。」
ツムグが展示された武器を見上げる。
「優勝した武器は帰ってこない。」
「全部。」
「崑崙に置いてくる。」
ジェスが空の台座を見る。
「じゃあ今まで千年分。」
「全部山にある。」
「すげぇ……。」
素直に感心していた。
*
クラインさんはもう止まらなかった。
帳面を取り出し、猛烈な勢いで書き始める。
「これは美しい。」
「実に美しい。」
「何がです?」
俺が聞く。
「失敗を残していることだよ。」
「失敗?」
「そう。」
クラインさんは頷いた。
「普通は負けた武器なんて処分する。」
「でも彼らは違う。」
「全部。」
「崑崙へ残している。」
「つまり。」
「何が駄目だったか。」
「何が足りなかったか。」
「全部。」
「次の世代へ残る。」
彼は嬉しそうに笑った。
「千年間。」
「一つの民族が。」
「一つの問題だけを解き続けている。」
「なんて文化なんだ。」
*
クーリが小さくため息を吐いた。
「始まった。」
ジェスも笑う。
「止まらねぇな。」
「止まらないよ!」
クラインさんは本当に楽しそうだった。
「祭りであり!」
「競技であり!」
「宗教であり!」
「研究なんだ!」
「全部一緒になっている!」
ツムグが苦笑する。
「難しく考えすぎ。」
「君は分かってない!」
クラインさんは珍しく少し大きな声を出した。
「千年だよ!」
「千年間。」
「誰一人。」
「諦めていない!」
「それが凄いんだ!」
周囲のドワーフがこちらを見る。
しかし笑う者はいない。
むしろ。
静かに頷いている者までいた。
*
「こっち。」
ツムグが俺たちを呼ぶ。
準優勝以下の展示だった。
巨大な大剣。
大斧。
長槍。
どれも、人が持つには異常なほど分厚い。
「重そう。」
クーリが率直に言う。
「重いよ。」
ツムグは平然と答えた。
「重くないと勝てない。」
武器の部の説明板を見る。
耐久試験。
打撃試験。
魔力伝導率。
どれも細かく評価が書かれている。
俺は一つ気付いた。
「切れ味。」
「最後なんですね。」
「そう。」
ツムグは頷く。
「一番下。」
ジェスも覗き込む。
「ほんとだ。」
「これだけ?」
「この国じゃ。」
ツムグは準優勝の大剣を見た。
「切れるだけじゃ意味がない。」
「門へ届く前に折れたら終わり。」
「だから。」
彼女は拳で展示台を軽く叩いた。
「丈夫な物が勝つ。」
*
展示の一番端。
細身の剣が一本だけ置かれていた。
順位。
十二位。
俺は足を止める。
「これ。」
「綺麗ですね。」
刃が細い。
軽そうだ。
どこか。
ツナデさんの刀に似た雰囲気があった。
ツムグも足を止める。
「去年。」
「一番切れた剣。」
「十二位なのに?」
ジェスが驚く。
「耐久試験で折れた。」
それだけだった。
麻束百四十七。
岩六回。
七回目。
折損。
「切れても。」
「駄目なんですね。」
「うん。」
ツムグは少し寂しそうだった。
「この国じゃ。折れたら負け。」
*
「今年も刀で出るんですか。」
少しだけ間が空く。
「出る。」
短かった。
「耐久性じゃ勝てませんよ。」
「知ってる。」
ツムグは笑った。
「負けるために出る。」
俺は首を傾げる。
「負ける?」
「今の刀で。どこまで通じるか知りたい、足りない物を知りたい。」
彼女は背中の細長い包みを軽く叩いた。
「母さんの刀は、まだ途中だから。」
*
その時だった。
人混みの向こうから。
「……白銀のバク。」
誰かが呟いた。空気が変わる。
年配のドワーフたちが、一斉に振り返る。
一人また一人、視線が全部。
バクへ集まった。
「本当に。」「生きてたのか……。」
「二十年ぶりか?。」
ざわめきが。
展示場いっぱいへ広がっていく。
バクは面倒臭そうに頭を掻いた。
「騒ぐな。」
「俺は客じゃねぇ。」
そう言った瞬間。奥の建物から。
重装備の兵士たちが現れた。
真っ直ぐ。
こちらへ歩いてくる。
ジェスが小声で言う。
「……なんか、嫌な予感する。」
先頭の兵士はバクの前まで来ると、胸へ拳を当て、深く頭を下げた。
「雄々しき、白銀のバク殿」
バクは、露骨に嫌そうな顔をした。
「その名は捨てた」
「失礼しました」兵士は顔を上げる。
「王がお会いしたいと…」
「断る」
即答だった。
ジェスが吹き出した。
「早ぇよ」
兵士は、まるで予想していたように表情を変えなかった。
「そう仰るだろうと、陛下も申しておりました」
バクの眉が動く。
「……何と」
「『二度も負けた相手が、三度目は逃げるのか』と」
沈黙。
次の瞬間。
「……あの野郎」
バクが、低く笑った。
「行くぞ」
「行くのかよ!」
ジェスが叫ぶ。
「挑発に弱すぎるだろ!」
「違う」
バクは鼻を鳴らした。
「喧嘩を売られた」
「それを挑発に弱いって言うんだよ」
「ジェスも似たようなもんだけどね」
クーリさんまで笑っていた。
ツムグだけは、父親と兵士を交互に見ている。
「二度負けたって、何の話?」
バクは答えなかった。
代わりに兵士が、少し誇らしげに口を開く。
「現在の鍛冶王陛下は、若き日に二度、武具大会で敗れております」
嫌な予感がしたのか、バクが振り返る。
「余計なことを言うな」
「その二度とも、優勝したのがバク殿です」
ツムグの目が大きくなった。
「父さんが?」
「そうです」
「二回も?」
「はい」
「聞いてない!」
「聞かれてねぇ」
「普通は言うでしょ!」
「要らん話だ」
「二回も国一番になったことが!?」
「昔だ」
「昔でも言うよ!」
バクは面倒そうに頭を掻いた。
ジェスが肩を揺らして笑っている。
「何だよ。すげぇじゃねぇか、白銀のバク」
「その名で呼ぶな」
「〈二度も王を負かした白銀のバク〉」
「冠を勝手に足すな」
「〈娘に経歴を隠していた銀のバク〉」
「長くするな!」
「功績じゃないものまで混じってるわよ」
クーリさんが呆れたように言った。
ツムグは、まだ納得していない顔で父親を睨んでいる。
「帰ったら全部聞くからね」
「聞くな」
「聞く」
「答えん」
「じゃあ母さんの古い手紙、全部読む」
バクの足が止まった。
「それはやめろ」
「あるんだ」
「……ない」
「今、あるって顔した」
親子の言い争いを置き去りに、兵士は静かに歩き始めた。
俺たちも、その後へ続いた。
*
王の鍛冶場は、町の奥にあった。
ただし、尖塔も、装飾された門もなかった。
分厚い石壁。
何本もの煙突。
絶えず吐き出される黒い煙。
巨大な鍛冶場だった。
門をくぐった瞬間、熱気が押し寄せる。
「暑っ」
ジェスが襟元を引っ張った。
「王様の家なのに、炉ばっかりじゃねぇか」
「鍛冶王だからね」
クラインさんは、楽しそうに周囲を見回している。
「この国では、王である前に鍛冶師でなければならないんだろう」
案内する兵士が頷いた。
「鍛冶王は、国で最も優れた鍛冶師であることを求められます」
「毎日働くの?」
クーリさんが、少し嫌そうな顔をした。
「もちろんです」
「王様って、もっと椅子に座ってるものじゃないの」
「座っていて国一番の武具が打てるなら、それでも構いません。歴代には滅多に打たない王もいたそうです」
「えー無理でしょ」
俺たちはいくつもの工房を通った。
炉の前で鉄を打つ職人。
赤熱した剣を運ぶ兵士。
書類を読みながら、片手で刃の歪みを確かめている役人。
どこを見ても、誰かが働いている。
「俺、この国の王様にはなりたくねぇな」
ジェスが呟いた。
「心配しなくても選ばれないわよ」
クーリさんが即答する。
「分かんねぇぞ。腕っ節なら」
「鍛冶ができないでしょ」
「王になってから覚える」
「国が滅びるわ」
「言い切るなよ!」
*
案内された部屋にも、玉座はなかった。
中央に、巨大な金床が置かれている。
その奥で、一人のドワーフが鎚を振るっていた。
白い髪。白い髭。
けれど腕はバクよりも太い。
俺たちが入っても、振り返らない。
カン。
カン。
カン。
一定の間隔で、赤い鉄が形を変えていく。
最後の一撃を打ち終える。
鉄を水へ沈める。
白い蒸気が、部屋いっぱいに立ち上った。
その向こうから、低い声がした。
「遅かったな」
バクが鼻を鳴らす。
「呼ばれてねぇ」
「二十年前に呼んだ」
「聞いてねぇ」
「嘘をつけ」
「行くとは言ってねぇ」
蒸気が晴れる。
白髭のドワーフは、鎚を肩へ担いでいた。
鍛冶王。
その目が、バクを捉える。
二人はしばらく、無言で睨み合った。
やがて鍛冶王が笑う。
「変わらんな」
「お前は老けた」
「王になったからな」
「似合わん」
「お前が断ったからだ」
「知るか」
「5年待ったぞ」
「頼んでねぇ」
「使者を五人出した」
「全員追い返した」
「一人くらい通せ」
「工房へ勝手に入る奴が悪い」
「王の使者だぞ」
「鉄を打ってる時は王も鼠も同じだ」
鍛冶王は、一瞬黙った。
そして喉を鳴らすように笑った。
「やはり、お前を王にしなくて正解だった」
「最初からなる気はねぇ」
ジェスが、俺へ顔を寄せる。
「絶対、友達だろ」
「違う」
二人が同時に答えた。
聞こえていたらしい。
「息ぴったりじゃねぇか」
「違う」
また重なった。
ヤンさんが腕を組んだまま言う。
「似た者同士だ」
「お前まで言うな」
バクだけが否定した。
鍛冶王の方は、少し嬉しそうだった。
*
「それで」
鍛冶王は鎚を置き、俺たちへ向き直った。
「二十年も姿を消していた男が、これだけの人数を連れてきた理由は何だ」
「連れてきたつもりはねぇ」
バクが答える。
「勝手についてきた」
「家へ泊めたのはお前だろ」
「娘が泊めた」
「父さんが連れてきたんでしょ!」
ツムグがすかさず噛みつく。
鍛冶王の視線が、ツムグへ向いた。
「ツナデの娘か」
ツムグの顔が変わる。
「母さんを知ってるの?」
「ああ。一度、刀を見た」
「いつ?」
「5年ほど前だ」
「どうだった?」
「よく切れた」
ツムグの青い目が輝く。
「それで?」
「四撃目で折れた」
光が消えた。
「……何をしたの」
「鎚で打った」
「刀を鎚で殴る馬鹿がいる!?」
ツムグの声が、部屋へ響いた。
兵士たちが一斉に緊張する。
鍛冶王は怒らなかった。
むしろ、少し懐かしそうに笑った。
「ツナデも、まったく同じことを言った」
「当たり前でしょ!」
「『これは鉄板じゃない。斬るための物だ』とな」
「母さんが正しい!」
「だが、武具大会では負けた」
「試験がおかしいの!」
「この国ではな」
鍛冶王は金床を叩いた。
「門を打つ」
低い音が響く。
「黄龍の門へ届く武具を選ぶ。それが大会だ」
ツムグは唇を噛んだ。
「今度の大会へ出るのか」
「出る」
「刀で?」
「刀で」
「負けるぞ」
「知ってる」
即答だった。
鍛冶王の眉が、少しだけ上がる。
「それでも出るか」
「出る」
「なぜだ」
ツムグは背中の細長い包みへ触れた。
「今の刀が、どこで負けるか知りたい」
「折れるぞ」
「知ってる」
「一次で終わるかもしれん」
「それも分かってる」
「ならば、出ろ」
鍛冶王は、それだけ言った。
慰めもしない。
褒めもしない。
ただ、挑むことだけを認めた。
「負けてこい」
ツムグの目が険しくなる。
「勝つつもりで出るよ」
「ならば勝て」
「言われなくても!」
鍛冶王は、ほんの少し口元を緩めた。
バクも何も言わなかった。
けれど、娘を見る目が僅かに柔らかくなっていた。
*
鍛冶王の視線が、俺たちを一人ずつ通る。
クーリ。クラインさん。ジェス。
ナナ。ヤンさん。
そして。俺。
そこで止まった。
長かった。
まるで、形の分からない鉱石を見つけたみたいに、目を細めている。
「……妙だ」
「俺ですか?」
「ああ」
王は俺の周りを、一度ゆっくり歩いた。
「何で出来ている」
「肉と骨ですけど」
ジェスが吹き出す。
王は笑わなかった。
「分からん」
「分からないんですか」
「分からんから聞いている」
王は、金床の上から小さな鉄片を取った。
こちらへ投げる。
反射的に受け取った。
少し重い。
冷たい。
普通の鉄片だった。
「何を感じる」
「冷たいです」
「他には」
「鉄です」
「それだけか」
「はい」
王は、俺と鉄片を交互に見る。
「鉄に見えん」
「人なので」
「人にも見えん時がある」
「失礼だな!」
ジェスが笑った。
俺も、少しだけ笑う。
けれど王は、本気だった。
嫌悪でも。
警戒でもない。
未知の素材を前にした鍛冶師の目だった。
打てるのか。
溶けるのか。
それとも、炉の方が壊れるのか。
量り方が分からない。
そんな顔だった。
「……面白い」
王は小さく呟いた。
それ以上は聞かなかった。
*
「それで」
鍛冶王はバクへ向き直る。
「本当の用件は何だ」
バクは短く答えた。
「崑崙だ」
その一言で、部屋の空気が変わった。
兵士たちの背筋が伸びる。
鍛冶王の表情から、旧友へ向けていた笑みが消えた。
「黄龍の門か」
クラインさんが一歩前へ出た。
「崑崙山中の遺跡。そして、地下坑道を調査したい」
「何を探す」
「現時点では分かりません」
「分からぬ物を探すのか」
「それが研究です」
迷いのない答えだった。
鍛冶王は少しだけ笑う。
「面倒な種族だな、学者は」
「よく言われます」
「地下にはダンジョンコアと思われる反応もあります」
俺が続ける。
「先日見つけた白い遺跡と、同じ構造へ繋がっているかもしれません」
鍛冶王は、しばらく俺たちを見た。
やがて口を開く。
「崑崙付近のダンジョンへの立ち入りを許せ、と?」
クラインさんが頭を下げる。
「はい」
「許可は出せん」
ジェスが肩を落とした。
「やっぱ駄目か」
「そうは言っておらん」
王はジェスを見る。
「どっちだよ」
「許可を出す立場にない、と言った」
王は窓の外へ顔を向けた。
遠く。
霞の向こうにそびえる、巨大な山。
「崑崙は、ドワーフの山ではない」
「黄龍の山」
クラインさんが言う。
王は頷いた。
「麓の道と、国が管理する旧坑道までは通行証を出そう。兵も止めん」
「そこから先は?」
ヤンさんが尋ねる。
「国の法が届かぬ」
「止めもしない?」
「止めん」
「助けもない?」
「ない」
ヤンさんは頷いた。
「十分だ」
鍛冶王も頷く。
短いやり取りだった。
けれど二人の間では、それで全て通じたらしい。
*
「崑崙の山頂近くには」
鍛冶王が続ける。
「黄龍の棲む洞窟があると伝えられている」
誰も口を挟まなかった。
ドワーフなら、子供でも知っている話なのだろう。
皆、静かに聞いていた。
「洞窟の入口には、巨大な門がある」
「武具大会の優勝作を奉納する門ですね」
クラインさんの声には、展示場で見せた興奮がまだ残っていた。
「ああ」
王は頷いた。
「大会の勝者は、優勝作を携え、崑崙へ登る」
「一人でですか?」
俺が聞く。
「鍛冶師と、武具を振るう使い手。それに奉納を見届ける者たちが同行する」
王は、金床の上に置かれた鎚を取った。
「門へ着けば、勝者は自らの武具を使い、一撃だけ門へ加える」
鎚を振り上げる。
金床へは落とさない。
ただ、門を叩く形を見せた。
「一撃だけ」
クラインさんが呟く。
「そうだ」
「門が開かなければ?」
「武具を、その場へ残す」
王は鎚を下ろした。
「それが奉納だ」
「神へ武具を捧げるのではない」
クラインさんが、確認するように言う。
「門へ挑んだ一撃、そのものを奉げる」
鍛冶王が頷く。
「よく分かっている」
クラインさんの目が、また輝いた。
「つまり」
帳面を取り出す。
「大会で選ばれた武具は、完成品ではない」
「何?」
ジェスが首を傾げる。
「門へ挑み、初めて結果が出るんだ」
クラインさんは、興奮を抑えられないようだった。
「町での試験は、予備試験に過ぎない」
「岩を砕く」
「荷重に耐える」
「魔力を通す」
「けれど、最終試験は常に一つ」
北の山を指差す。
「黄龍の門だ」
王城の兵士たちが、静かに頷いた。
「千年間」
クラインさんは続ける。
「この国の最高傑作が、毎年あの門へ挑み続けた」
「そして全部、負けた」
ツムグが言う。
クラインさんは、彼女を見る。
「そうだね」
「でも、その敗北を隠さない」
「負けた武具を門の前へ残す」
「次の世代が見る」
「調べる」
「考える」
「そして、また新しい一撃を作る」
声が震えていた。
「大会そのものが、千年続く一つの研究なんだ」
「また始まった」
クーリさんが呟く。
ジェスが笑う。
「でも今度は、ちょっと分かる」
「僕は今」
クラインさんは眼鏡を押し上げた。
「心の底から、この国を尊敬している」
珍しい言葉だった。
誰かを褒める時も。
何かに感動した時も。
この人は、いつも少し距離を置いて話す。
でも今は違った。
一人の研究者として。
千年間、同じ問題へ挑み続けた者たちへ。
本気で頭を下げていた。
周囲のドワーフたちは、何も言わなかった。
ただ、一人、また一人と胸へ拳を当てた。
*
「それで」
ジェスが遠慮がちに口を開く。
「俺たちは、大会の勝者じゃない」
「そうだな」
王が答える。
「門へ行っても、挑ませてもらえないのか?」
鍛冶王は、ジェスを見た。
そして、鼻を鳴らす。
「門を壊せぬならな」
一瞬。
意味が分からなかった。
「……壊せたら?」
俺が尋ねる。
王の視線が、俺へ戻る。
「入ればよい」
あまりに簡単な返事だった。
「いいんですか?」
「何がだ」
「大会の勝者でなくても」
「門を壊せる者を、誰が止める」
「千年間開いてないとされる門」
王の声が、低く響く。
「国一番の鍛冶師が、国一番の武具を打ち続けた、一つとして通らなかった門だ」
王は金床へ鎚を置いた。
重い音が、部屋へ響く。
「それを破る者が現れたなら」
「そいつは、大会の勝者より上だ」
クラインさんが、小さく息を呑んだ。
「大会は、門を破る武具を探すためにある」
鍛冶王は、一歩俺へ近づいた。
「ならば」
「実力で門を破った者こそ」
「我らが千年探していた答えだ」
「門の向こうには、黄龍がいるかもしれません」
俺が言う。
「そう伝わっている」
クラインが続ける
「黄龍は、この国を守っているんですよね」
「…そう…伝わっている」
「門を壊したら、怒られませんかね」
ジェスが聞いた。
鍛冶王は、真顔で答えた。
「知らん」
「そこは知らないのかよ!」
「黄龍を見たという記録は何千年以上前の話だ。」
笑っていたジェスの口が閉じた。
「……危ないじゃねぇか」
「止めるのか?」
王が尋ねる。
ジェスは答えなかった。
しばらく考え。
やがて、にっと笑った。
「止めねぇな」
「なら、それでよい」
鍛冶王は、もう一度俺を見る。
俺の腰の剣。
俺の手。
そして、顔。
「お前は、門を斬るつもりか」
「まだ分かりません」
「そうか」
「でも」
俺は答えた。
「必要なら、斬ります」
王の目が細くなる。
知らない素材を前にした鍛冶師の目。
静かな声だった。
「国の許しは要らん、斬れるものなら」
「斬ってみろ」
その一言だけが。
妙に重く胸へ残った。
王の工房を出ると、日はもう傾き始めていた。
煙突から上がる煙が、赤い空へ溶けていく。
通りには、まだ大勢のドワーフがいた。
武具大会の旗。
露店の呼び声。
どこかの工房から響く槌の音。
俺たちが王城にいた間も、町は少しも止まっていなかった。
「千年だよ」
隣を歩くクラインさんが、また言った。
「お兄ちゃん、それ何回目?」
クーリさんが呆れた顔をする。
「正確には七回目だ」
「数えてたの?」
「研究者だからね」
「そういうところよ」
クラインさんは気にした様子もなく、懐から帳面を取り出した。
歩きながら、まだ何かを書いている。
「王が代わっても、国が変わっても、目的だけは変わらない」
「黄龍の門を開くこと」
俺が言う。
「そうだ」
クラインさんは嬉しそうに頷いた。
「毎年、最も優れた武具を選ぶ。そして、その時代の技術を代表する一撃を門へ加える」
「それで毎年負けるんだろ?」
ジェスが言った。
「君は情緒がないな」
「負けは負けじゃねぇか」
「だからこそ美しいんだよ!」
クラインさんは足を止めた。
「勝てないと分かっていても、次の世代がまた挑む!」
「一つ前の失敗を受け取って、さらに先へ進む!」
「千年続いた失敗は、もはや失敗ではない!」
周りを歩いていたドワーフたちが、ちらちらこちらを見る。
クーリさんが、そっと兄から距離を取った。
「他人のふりしよ」
「妹だろう」
「妹じゃないし」
「そこは今、関係あるかい?」
*
少し前を、バクとヤンさんが歩いていた。
二人とも、ほとんど喋らない。
けれど、王城へ入る前よりは距離が近くなっている。
並んでいるというほどではない。
少し離れている。
それでも、同じ速さで歩いていた。
その間へ、ジェスが割り込む。
「なあ、バク」
「何だ」
「本当に二回も王様に勝ったのか?」
「昔だ」
「何で勝った?」
「一度目は…斧槍」
「二度目は斧」
「剣は?」
「出してねぇ」
「じゃあ、刀で三回目を狙えばいいじゃん」
バクの足が止まった。
少し遅れて、ツムグも止まる。
「何であたしを見るの」
「お前が刀を作ってんだろ?」
ジェスは不思議そうに言った。
「父親が二回優勝して、娘が三回目」
「簡単に言うな!」
「分かりやすいじゃねぇか」
「分かりやすいだけで勝てたら苦労しないよ!」
「でも出るんだろ?」
「出る」
「じゃあ勝てばいい」
「だから!」
ツムグが言い返しかける。
けれど途中で口を閉じた。
そして、少しだけ困ったような顔でジェスを見る。
「……あんた、馬鹿でしょ」
「よく言われる」
「褒めてない」
「知ってる」
ジェスが、へらっと笑う。
ツムグは一度ため息をついてから、また歩き出した。
「でも出るよ」
小さな声だった。
「刀で」
*
大会の受付所へ戻った時には、人の列も随分短くなっていた。
ツムグは、細長い包みを背負ったまま受付へ進む。
担当の老人が顔を上げた。
「名を」
「ツムグ」
老人の筆が止まった。
周囲にいた者たちが、僅かにこちらを見る。
ツムグは気にしない。
少なくとも、そう見える顔をしていた。
「所属工房は」「バク工房」
老人は、列の後ろに立つバクを見た。
何か言いたそうな顔になる。
だが、ツムグが机を指で叩いた。
「受付」
「あ、ああ」
老人は慌てて紙へ書き込む。
「出品武具は」
ツムグは、背中の包みへ手を添えた。
「刀」
老人が、また筆を止める。
「去年も、それで出たな」
「今年も出る」
「耐久試験の内容は変わらんぞ」
「知ってる」
「刀身の厚みを増す」
「ない」
「柄を長くして、打撃武器としても使えるように」
「しない」
「せめて峰を——」
「刀で出る」
ツムグは、はっきり言った。
老人はしばらく彼女を見ていた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「出品者、ツムグ」
紙へ記す。
「武具、刀」
受付印が押された。
小さな音だった。
けれどツムグは、その紙を少しの間、黙って見ていた。
「これでいいか」
「うん」
受付票を受け取る。
それを折らずに、大事そうに包みの隙間へ差し込んだ。
*
「負けるって分かってんのに、嬉しそうだな」
受付を離れてから、ジェスが言った。
「まだ負けてない」
「王様が負けるって」
「王が決めることじゃない」
「でも試験で折れるんだろ?」
「折れないかもしれない」
「折れるって顔してるぞ」
「うるさい!」
ツムグがジェスの脇腹を肘で突く。
「痛っ」
「これで少し静かになるでしょ」
「俺は頑丈だから無理だな」
「じゃあ次は鎚にする」
「それはやめろ」
ジェスは笑いながら、ツムグが背負う包みを見る。
「で、いつ見せてくれんだ?」
「何を」
「刀」
「見せない」
「大会では出すだろ」
「それは大会だから」
「俺も見る」
「観客席から見て」
「近くで見たい」
「嫌」
「何でだよ」
「雑に触るから」
「触らねぇよ」
「剣を岩へ叩きつける奴を信用できる?」
ジェスが黙った。
「……一回だけだ」
「何回もやったって剣が言ってた」
「剣は喋らねぇ」
「あたしには分かる」
「こえぇな、鍛冶師」
「怖がる前に手入れしろ!」
二人のやり取りを聞きながら、クーリさんが小さく笑う。
「やっぱり相性いいわね」
「そうですか?」
「ジェスが、あれだけ武器の話を聞くの珍しいもの」
「怒鳴られているだけでは」
「それでも逃げないでしょ」
言われてみれば、そうだった。
ジェスはいつもなら、難しい話が始まるとすぐに別のものへ興味を移す。
けれどツムグの話からは、離れなかった。
怒鳴られて。
殴られて。
それでも、ずっと笑ってついていく。
「似た者同士なんじゃない?」
クーリさんが言う。
「二人とも、自分が折れることを考えてないから」
*
家へ戻ると、ツムグは食事の支度より先に鍛冶場へ入った。
壁に立てかけてあった、あの細長い包みを下ろす。
「見るな」
俺たちへ言う。
「もう全員、存在は知ってますよ」
「存在を知るのと、見るのは違う」
「じゃあ俺たちはどうすりゃいい?」
ジェスが聞く。
「夕飯の支度」
「俺たちが?」
「客だからって何もしない気?」
「昨日は客だから作ってくれたじゃん」
「今日は家族みたいにうるさいから働いて」
ジェスが、少しだけ目を丸くした。
けれど、すぐに笑う。
「分かった。何作る?」
「芋を切って」
「剣で?」
「包丁で!」
「同じ刃物だろ」
「全然違う!」
ジェスは鍛冶場から追い出された。
そのまま台所へ向かう。
クーリさんも、仕方なさそうについていった。
「ジェスに任せると、芋が全部違う大きさになるのよ」
「食えば同じだろ」
「火の通りが違うの!」
「細かいな」
「料理は細かいの!」
今度は台所から怒鳴り声が聞こえ始めた。
*
ツムグは、鍛冶場の扉を半分だけ閉めた。
完全には閉じない。
火を見る者が必要だからだ。
バクは、炉の前へ座る。
「手を出さないで」
ツムグが言う。
「出さん」
「口も」
「必要なら出す」
「出さないで」
「無理だ」
「じゃあ外にいて」
「火を見る」
父娘は睨み合った。
結局。
バクが炉を。
ツムグが刀を担当することになった。
*
布が解かれる。
中から現れた刀身は、まだ完成していなかった。
刃は曇っている。
研ぎも途中。
柄も仮の物が巻かれているだけ。
鍔さえない。
けれど。
形は、確かに刀だった。
細く。
僅かに反り。
この大陸のどの剣とも違う。
ツムグは両手で刀身を持ち上げた。
炉の火へ透かす。
「母さんが打ち始めたの?」
俺が尋ねる。
「最初だけ」
ツムグは刀から目を離さずに答える。
「地金を作って、形を出したところまで」
「その後は?」
「あたし」
「一人で?」
「父さんに火だけ見てもらった」
バクは何も言わない。
「何度も焼いた」
ツムグは続ける。
「何度も曲がった」
「刃が割れたこともある」
「そのたびに削って、短くなった」
「だから母さんが作ろうとした物とは、もう違う」
少しだけ。
声が落ちた。
「でも」
刀身を見つめる。
「途中で捨てたら」
「母さんの失敗で終わるから」
バクの手が、ふいごの柄を握った。
「ツナデは」
低い声だった。
ツムグが父親を見る。
「失敗と思ってねぇ」
「分かってる」
「なら、お前も思うな」
「分かってるって」
「分かってねぇ顔だ」
「父さんに顔のこと言われたくない!」
また喧嘩が始まりそうになる。
ヤンさんが炉の近くへ歩いた。
刀身を見る。
「悪くない」
ツムグが目を細める。
「何が分かるの」
「武器を見る目はある」
「使う方でしょ」
「それで十分だ」
「どこが?」
ヤンさんは答えず、刀身の峰を指でなぞった。
「細い」
「刀だから」
「軽い」
「刀だから!」
「折れる」
「分かってる!」
鍛冶場へ怒鳴り声が響く。
台所からジェスが顔を出した。
「何だ、また怒ってんのか?」
「芋切ってろ!」
「分かったよ!」
すぐに引っ込んだ。
*
ヤンさんは刀身を見たまま言った。
「だが、刃筋はいい」
ツムグの顔が止まる。
「研げば、よく斬れる」
「……当たり前」
「形も悪くない」
「父さんと同じこと言うね」
「そうか」
「嫌そうにしないでよ!」
バクが小さく鼻を鳴らした。
「見る目はある」
ヤンさんを褒めたのか。
自分を褒めたのか。
よく分からなかった。
*
「カイ」
ツムグが俺を呼ぶ。
「はい」
「持って」
まだ刃のついていない刀を、鞘もないまま差し出された。
俺は両手で受け取る。
軽い。
思っていたより、ずっと。
今使っている剣とはまるで違う。
手首を返すだけで、切っ先が動く。
「振らないで」
「振りません」
「絶対?」
「絶対です」
「ジェスなら振る」
「俺はジェスじゃありません」
「それもそうか」
ツムグは、俺の手元を見ている。
「どう?」
「軽いです」
「他には」
「……短い」
「それは何度も削ったから」
「でも、俺には合います」
ツムグの眉が動く。
「本当に?」
「はい」
刀身を構えないまま、握りの位置だけを確かめる。
「今の剣より速く振れる」
「力は乗らないよ」
「必要ありません」
「何で?」
答える前に。
俺は、ナナを見た。
彼女はすぐに理解したらしい。
『刀身を術式の座標軸として利用する場合、物理的な重量は小さい方が適しています』
ツムグが顔をしかめる。
「分かるように言って」
「魔法で斬るなら」
俺は言い直した。
「刀そのものの切れ味より、軽さと丈夫さが重要です」
鍛冶場が静かになった。
ツムグが俺を見る。
「……今」
「はい」
「刀鍛冶の前で」
「はい」
「切れ味は要らないって言った?」
「要らないとは言ってません」
「言った!」
「重要度が低いと」
「もっと悪い!」
ツムグが刀を奪い返した。
「刀は斬る物!」
「魔法で斬れます」
「それはあんたが斬ってるんでしょ!」
「刀を使ってます」
「刀じゃなくてもいいじゃん!」
「刀が一番使いやすいです」
「そういう問題じゃない!」
*
騒ぎを聞きつけて、皆が集まってきた。
ジェスは包丁を持っている。
クーリさんが慌てて取り上げた。
「持ったまま来ないで!」
「それで」
ジェスが聞く。
「カイに必要なのは何なんだ?」
ツムグは苛立ちながら答えた。
「軽くて」
「うん」
「絶対に折れなくて」
「うん」
「魔法をどれだけ使っても歪まなくて」
「うん」
「別に切れなくてもいい刀」
最後だけ吐き捨てるように言った。
ジェスは少し考えた。
「最高じゃん」
「何が!」
「カイに合ってるんだろ?」
「でも刀としては!」
「使う奴に合ってるなら、それでいいじゃん」
簡単な言葉だった。
ツムグが黙る。
ジェスは肩をすくめる。
「俺の剣も」
「俺が雑に使っても壊れないように直してくれるんだろ?」
「雑に使う前提で話すな」
「でも、俺が使うんだから仕方ねぇじゃん」
「直すより、あんたを直した方が早い」
「半年くらいかかる?」
「十年」
「長ぇな」
「でも、やる」
ツムグは、そう言った。
言ってから。
自分でも少し驚いたような顔をした。
ジェスが笑う。
「頼むわ」
「料金取るからね」
「飯で払う」
「作るのあたしでしょ!」
*
クラインさんが、王から借りた地図を机へ広げた。
崑崙。
黄龍の門。
閉鎖された旧坑道。
廃鉱で発見した白い遺跡。
それぞれの位置を線で結んでいく。
「地下で繋がっている可能性は高い」
「鉱石は?」
ツムグが、すぐに食いついた。
「何が採れるの」
「記録上では鉄、銀、少量の魔晶石」
クラインさんが答える。
「でも、それだけなら旧坑道を閉鎖する理由として弱い」
「魔物が増えたからじゃないの?」
「それもある」
帳面を開く。
「だが、閉鎖直前の記録に奇妙な記述がある」
「何て?」
「採掘した道具の方が、次々と欠けた」
バクが顔を上げる。
「鉱石でか」
「岩盤そのものかもしれない」
「山の骨?」
ツムグが聞く。
俺の胸が、少し痛んだ。
クラインさんは首を振る。
「記述が違う。〈赤く、軽く、火へ入れても色を失わず〉」
ツムグの青い目が、ゆっくり大きくなる。
「そんな鉄、知らない」
「僕も知らない」
「アダマンタイトは?」
ジェスが聞く。
「重い」
ツムグが即答する。
「オリハルコン」
「魔力は通すけど、刃へ向くか分からない」
「じゃあ、その赤いやつは?」
「だから、知らない」
ツムグは地図へ身を乗り出した。
知らない。
その言葉を。
誰より嬉しそうに口にしていた。
*
「行くのか」
バクが聞いた。
ツムグは地図を見たまま答える。
「大会のあと」
「負けてから?」
ジェスが言う。
「勝つかもしれない」
「王様も父さんも負けるって」
「全員黙らせる」
「門も?」
ツムグは一瞬だけ黙った。
それから。
「今の刀じゃ無理」
はっきり言った。
「でも」
指先が、旧坑道をなぞる。
「負けたら」
「何が足りないか分かる」
「分かったら」
「探しに行く」
その指が。
山の地下で止まる。
「この刀を」
「誰が使っても折れない刀にする」
そして。
俺を見る。
「特に」
「あんたが、どんな無茶な魔法を使っても」
「絶対に折れない刀にする」
「切れ味は?」
ジェスが聞く。
ツムグは、すごく嫌そうな顔になった。
「……それも、できれば」
「別に切れなくてもいいんだろ?」
「よくない!」
鍛冶場へ、また怒鳴り声が響く。
*
その夜。
炉の火は、遅くまで消えなかった。
ツムグが刀を磨く。
バクが火を見る。
ジェスが薪を運ぶ。
クーリさんが鍋を見張り。
クラインさんが地図へ書き込み続ける。
ナナは道具や食料を格納し。
ヤンさんは、壁際で斧槍を磨いていた。
俺は、炉の横でふいごを押す。
「弱い!」
ツムグが怒鳴る。
「これ以上ですか?」
「もっと!」
「壊れません?」
「壊れたら直す!」
「さっき絶対に壊れない物を作るって言ってませんでした?」
「ふいごの話じゃない!」
「何だか理不尽ですね」
「鍛冶は大体理不尽なの!」
バクが口を挟む。
「違う」
「父さんは黙ってて!」
「俺の工房だ」
「今はあたしの刀!」
「俺の炉だ」
「細かい!」
父娘がまた言い争う。
ジェスが笑う。
クーリさんも笑う。
いつの間にか。
狭い鍛冶場には、全員がいた。
*
十日後。
ツムグの刀は、武具大会へ出る。
おそらく。
負ける。
折れるかもしれない。
笑われるかもしれない。
それでも。
負けた先に、道がある。
崑崙。
地下へ伸びる、白い遺跡。
まだ名前のない鉱石。
千年間。
誰も破れなかった門へ届く一撃。
何一つ、完成していない。
だからこそ。
不思議なくらい、胸が躍った。
「カイ!」
ツムグが怒鳴る。
「手が止まってる!」
「すみません」
「もっと風!」
俺は、ふいごを強く押した。
炎が大きく揺れる。
赤い光が。
まだ刃のない刀へ映る。
ツムグは。
それを見て。
少しだけ笑った。
「よし」短く呟く。
「まずは、負けに行こう」
(第二十六話「千年の一撃」・了)




