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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第三章 初衝動
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Re:sou 第十四話「近づくな」



——イタイ。


頭の中に、それが降り続いていた。


雨みたいに。


丘の上のあれが、身じろぎするたびに。


——イタイ。イタイ。イタイ。


『カイさま』


ナナの声が、雨の隙間に割り込んだ。


『先ほどの報告を、完了します。干渉の発信源は——前方の個体です』


分かってた。


聞く前から、分かってた。


『受信しているのは、この戦場で、カイさまだけです。遮断を推奨します』

『……いや』


俺は、丘の上を見た。


『聞かせてくれ』

『推奨できません』

『頼む』


ナナは、三秒、黙った。


『——干渉が閾値を超えた場合、強制的に遮断します』


それが、彼女の精一杯の譲歩だった。


肩を、掴まれた。


ジェスだった。


「おい。顔が真っ白だぞ」

「……大丈夫です」


嘘だった。


でも、下がったら、誰がこれを聞くんだ。


   *


あれが、また一歩、踏み出した。


背の鱗が、ばりばりと音を立てて剥がれた。

剥がれた端から、新しい鱗が噴き出す。

腹は蝋のように垂れて、地面を焼いている。


そして、動くたび。


体表の燐光が、粉になって、舞い上がった。


粉は、風に乗った。


ゆっくりと、丘を下って。


俺たちの上にまで、降ってきた。


雪みたいだった。


鎧の肩に積もる。

剣の背に積もる。


誰かが手のひらで受けて、首を傾げた。


「……毒か!?」


膝をついたまま、誰かが叫んだ。


「違う——!」


叫び返した声に、聞き覚えがあった。


モーリーさんだった。


戦場の裏側にいたはずの男が、隠れずに走ってくる。


初めて見る、あの人の全力疾走だった。


「触るな! 息を止めろ! 火を消せ! 火だけは、絶対に——」


遅かった。


丘の中腹。


崩れた隊列の端で。


若い術者が一人、逃げ惑う魔物の残党に向かって、手を突き出していた。


条件反射だった。


責められない。


そういう訓練を、受けてきたんだから。


指先に、小さな火が灯った。


蝋燭ほどの、火が。


   *


世界が、白くなった。


音は、後から来た。


俺は、地面に叩きつけられていた。


耳の奥で、甲高い音が鳴っている。

土の味がした。


——粉塵、爆発。


その単語を思い出すまでに、たっぷり数秒かかった。


理科室で、聞いた。

細かい粉が空気に舞って、そこに火が入ると。

小麦粉の工場が、吹き飛ぶことがあると。


「立て! 立てぇ!」


襟を掴んで、引き起こされた。


ジェスだった。

額から、血が流れていた。


視界が、戻ってくる。


戻ってきて——後悔した。


   *


丘の一角が、抉れていた。


人が、いなくなっていた。


百、という単位で。


燃え尽きた、というより。

なかったことに、なっていた。


さっきまで、そこに隊列があった。


旗があった。


斧と麦の穂の旗が。


今は、折れた竿だけが、土に刺さっている。


焦げた地面に、金貨が散らばっていた。


前金だ。


拾う手が、なかった。


——馬鹿かお前。


昨日、鼻で笑った男の声を、思い出した。


あの人が、どの旗の下にいたのか。


俺は、知らない。


知らないままに、なった。


   *


モーリーは、焼けた斜面に立っていた。


隠れる場所が、なかった。


普段から沢山仕込んでいる落とし穴のスクロールは先ほどの爆発で

すべて灰になった。

仕込んだ毒も、熱で飛んだ。

撒いておいた人形たちは、そこら中で、黒い塊になっていた。

麻痺の剣もあの巨体には通用しそうにない。


二十年、磨いてきた。


正面から戦わないための技術を。

死なないための、死なせないための、卑怯の全部を。


一晩で、焼けた。


残ったのは、体ひとつ。


モーリーは、空を見上げた。


灰が、降っていた。


「……勘弁してくれよ」


誰にともなく、言った。


それから、視線を丘に戻した。


足は、なぜか、下りはじめていた。


   *


「第三陣、充填完了!」

「通せ! 奴の周りの粉ごと——!」


後方で、怒号が飛び交っていた。


魔法陣の中心で、青銀色の髪が、まっすぐに立っていた。


クラインだ。


集めて、束ねて、向ける側。


その手が、丘の上を指した。


雷が、走った。


雷は、あれに届く前に——届いた。


あれを包む粉の雲が、雷の先で受け取って、白く爆ぜた。


丘の上が、丸ごと、光になった。


轟音。

衝撃で、前列がまた薙ぎ倒される。


誰かが、拳を突き上げかけた。


煙が、割れた。


あれは、立っていた。


抉れた脇腹から、湯気を上げて、肉が盛り上がっていく。

みるみる、鱗が張っていく。


そして、俺の頭の中で。


——イタイイタイイタイイタイイタイ。


雨が、豪雨になった。


俺は、こめかみを押さえた。


効いてない、んじゃない。


効いてる。


効いて、治って、その全部が、痛いんだ。


   *


「——どけぇ!!」


前線の中央が、割れた。


ヤンさんだった。


ハルバードが、唸りを上げてあれの前脚に食い込んだ。


深い。

入っている。


黒い血が噴き、巨体が傾いだ。


——イダイィィ。


俺の頭の中で、悲鳴が跳ねた。


ヤンさんは止まらない。

二撃。三撃。

同じ場所を、正確に、深く。


そのたびに。


——イタイ。イタイ。イタイ。


そして、そのたびに。


傷は、塞がっていった。


斬るそばから、肉が湧く。

四撃目は、もう新しい鱗の上を滑った。


ヤンさんが、跳び退がった。


あの人が、初めて、下がった。


肩が、大きく上下していた。


   *


圧は、消えていなかった。


ただ、人間は慣れる。


恐ろしいことに。


みんな、立ち上がりはじめていた。

剣を拾い、列を直し、それでも誰の足も、前には出ない。


出られるわけがない。


極大魔法が効かない。

最強の武が効かない。


なら、何を持って、前に出るんだ。


俺だけが。


俺の頭の中だけに、降り続けていた。


——イタイ。


——アツイ。


——コロシテ。


効かないんじゃ、ない。


終わらないんだ。


あれの中では、何も。


『カイさま』


ナナの声が、遠かった。


——コロシテ。コロシテ。コロシテ。


あれには、言葉があった。


言葉が、あるなら。


足が、出ていた。


「カイ?」


クーリの声。


「おい——カイ!!」


ジェスの声。


雨の、向こうだった。


『カイさま。停止してください』


一歩。

二歩。


あれが、近くなる。


熱が、頬に触れる。


燐光の粉が、視界いっぱいに、雪みたいに舞っている。


綺麗だった。


「戻れ小僧ォォ!!」


ヤンさんの声すら、遠かった。


——ヲワラセテ。


聞こえてるよ。


俺には、聞こえてるんだ。


だから——


「近づくなァァァ!!」


その声だけが、なぜか、近かった。


   *


あれが、身をよじった。


後で思えば、攻撃ですら、なかったのかもしれない。


痛みに、身をよじっただけ。


ただ、それだけの動きで。


尻尾が、来た。


横倒しの塔が、地面を薙いで来るみたいだった。


『近づきすぎです!!』


白い影が、俺の前に割り込んだ。


ナナが、両腕を広げていた。


世界が、ゆっくりになった。


粉が、止まって見える。


尻尾の鱗の、一枚一枚が、見える。


ナナの背中が、見える。


こんなに、細かったか。


——死ぬ。


初めて、その言葉が、俺のものになった。


置かれたんじゃない。


俺の内側から、来た。


冷たくて、重くて、動けなくて——


横から、衝撃が来た。


挿絵(By みてみん)


   *


土の上を、ナナごと、転がった。


風が、頭のすぐ上を、抜けた。


風じゃない。


尻尾の先端が、俺のこめかみを掠め、ナナの左半身を薙いで、通り過ぎたと分かった。


そして。


どっ、と。


少し離れた場所で、何かが土に落ちる音がした。


俺は、顔を上げた。


こめかみから、生温かいものが、目に入った。


赤い視界の先に。


モーリーさんが、転がっていた。


   *


「モーリー、さん……」


這った。


立てなかったから、這った。


頭の中が、揺れていた。

地面が、波打って見える。

吐き気が、喉まで来ていた。


——痛い。


俺の、痛みだった。


生まれて初めてってくらい、俺のだった。


「モーリーさん!」


あの人は、仰向けだった。


右足が。


膝から下が、なかった。


ヒュー。


ヒュー。


笛みたいな音が、胸から鳴っていた。


「……ぼう、ず」


薄く目が開いた。


「……ちか、づくなと……」


ヒュー。


「……言った、ろ……」


   *


「クーリ!!」


自分の声じゃ、ないみたいだった。


割れて、裏返って、子供の声だった。


「クーリっ……!!」


彼女は、もう走ってきていた。


モーリーさんの横に滑り込んで、両手を、かざした。


淡い緑の光が、灯った。


光は、失われた足の付け根に、沈んでいく。


沈んで——消えた。


血は、止まらない。


「なんで……」


もう一度。


光が、灯る。沈む。消える。


「なんでよ……!」


三度目の光は、灯りきる前に、霧みたいに散った。


指先から、白いものが、ほどけて消えていく。


魔力が、霧散していた。


「私じゃぁ……」


クーリの声が、濡れていた。


「私じゃ、届かない……っ」


『クーリさま』


声がした。


ナナだった。


俺は、そっちを見て——息が、止まった。


ナナの左腕が、肩から、なかった。


胸の装甲が裂けて、その奥で、淡い光が明滅していた。


コアだ。

「ナナ!?、大丈夫なのかそれ!」

「マスターお忘れですか?これは外骨格です、コアさえ無事なら私は問題ありません。」

そ、そうか

ナナの見た目は俺の好みだが、外骨格だった。

人間の姿に慣れすぎて忘れかけていた。


でも肝心のコアも無事には見えなかった。

墨色の亀裂が走った、あのコアが、外気に触れていた。


『残りのマナは、預かってください』


ナナは、まっすぐに立っていた。


『……まだ、要ります』


クーリの手が、止まった。


握りしめられて、膝の上に落ちた。


「あんたそれ........ごめん……」


彼女は、そのまま、へたり込んだ。


「ごめんなさい……」


   *


地面が、揺れた。


あれが、来ていた。


一歩ごとに、粉を撒きながら。

一歩ごとに、俺の頭に、雨を降らせながら。


——イタイ。


——ハヤクヲワラセテ。


動けなかった。


もう、足が出なかった。


さっきまで出た足が、嘘みたいに。


影が、二つ、突っ込んできた。


「摑まれ!」


ジェスが、俺の腕を肩に回した。


ヤンさんは、何も言わなかった。


モーリーさんを、荷袋みたいに担ぎ上げて、一言だけ。


「舌を噛むな」


ヒュー、と背中で音がした。


鳴っている。


まだ、鳴っている。


クーリが、ナナの残った右腕に、肩を入れた。


『歩行系は、生きています』

「いいから!」


俺たちは、丘を下った。


背中で、地面が、揺れ続けていた。


   *


後方の防衛線は、割れた鍋の中みたいだった。


「担架ぁ! 回復系は下げろ! 歩けん奴から通せ!」


嗄れた声で怒鳴っている、冴えない中年の男がいた。


泥だらけで、腹が出ていて、それでも声だけは、通っていた。


「ギルド長! 東の列が——」

「見えとるわ!」


……ギルド長。


掲示板の依頼を、全部剥がした人だ。


名前は確か、ネンジさん。


元Aランク、という話は、この時はまだ知らなかった。


   *


その怒号の海を、一つの声が、渡った。


女の声だった。


静かな声だった。


なのに、丘の端まで、届いた。


「動ける陣は、いくつ」


「に……二十一です!」


「結構。全て、こちらに繋ぎなさい、私が入ります」


俺は、ジェスの肩越しに、振り返った。


後方の高台に、その人は立っていた。


白金の髪。

長い耳。


この戦場で、一人だけ、灰を浴びていないみたいな立ち姿だった。


近くの術者が、掠れた声で言った。


「魔法ギルドの、頭目……」

「クルス様だ……」


「火と、雷は、捨てなさい」


女は、丘の上のあれから、目を離さずに言った。


「氷で、組みなさい。仕留めなくて、よろしい。——離すのです」


   *


二十一の陣が、一斉に光った。


光は、糸になった。


戦場中から、青白い糸が、一点に流れ込んでいく。


その一点に、青銀色の髪が立っていた。


クラインさんが、両腕を広げた。


糸の全部は中央のクルスさんにまとまり、束ねて——


上へ、向けた。


「——凍れ」


空が、軋んだ。


あれの頭上で、冬が生まれた。


山みたいな氷塊が、いくつも、いくつも、生まれ落ちて。


あれの背に、肩に、燃える鬣に、突き立った。


蒸気が、悲鳴みたいに噴き上がる。


巨体が——初めて、後ろへ滑った。


爪が地面を裂き、四つの足が土を噛み、さらにその地面すら凍って。


燃える稜線の、向こう側へ。


あれは、押し戻されていった。


   *


そして。


声が——止んだ。


一呼吸だけ。


たしかに、止んだ。


俺は、ジェスの肩の上で、目を見開いていた。


冷たさが触れた、その一瞬。


あれが、静かになった。


……イタイ。


また、降りはじめた。


遠く、細く。


でも、俺は聞いた。


確かに、聞いたんだ。


   *


丘が、静かになっていた。


魔物の波は、散っていた。

稜線の向こうで、蒸気の柱が、まだ上がっている。


ヤンさんの背中で、モーリーさんの息が、鳴っていた。


ヒュー。


ヒュー。


笛みたいな音だった。


鳴っている間は、生きている。


クーリは、ナナに肩を入れたまま、何度も、何度も、その音を振り返っていた。


こめかみの血が、冷えて、固まりはじめていた。


触ると、まだ、頭の中が揺れる。


痛い。


俺の、痛みだ。


そして、遠く、細く。


——ヲワラセテ。


声は、まだ、降っていた。


(第十四話・了)


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