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Re:sou〜超現実拡張妄想変換装置(仮)改〜  作者: 西ノ圭吾
第三章 初衝動
13/22

# Re:sou 第十二話「捨てた誉れ」

孤児院での1週間を終えて、鐘が鳴ったのは、翌日の明け方だった。


町中の鐘が、一斉に。


眠りを引き裂くような、不吉な連打だった。


「スタンピードだ……!」


宿に飛び込んできたジェスの声に、俺は着の身着のまま外へ出た。


講習では、五年に一度くらいの頻度で起こるものだと聞いた。


さすがゲームクオリティ。今、来るかよ。


東の空は、まだ暗い。


その暗がりの向こう、山の方角が——ざわ、と蠢いていた。


木々が揺れている。


風のない朝に。


「北西の丘陵だ。魔物が湧いてる」


ヤンさんは、もう戦装束だった。


あの日、セラの森へ駆けつけた時と同じ胸甲。使い込まれた篭手。手には長柄の斧槍。


ただ、今日の目は、あの日ほど張り詰めてはいなかった。


死にに行く目ではない。


戦場へ戻る者の目だった。


「規模は?」

「五年前と同じ、中規模というところか」


ヤンさんは、山を見た。


「この程度でハジの防衛線は崩れん。腐っても交易都市だ——守り手は多い」


一拍。


「だが、魔物の動きが妙だ。何故これほど急に……モーリーの話どおり

やはり山の方で、何かあったか」


挿絵(By みてみん)


   *


ギルドの前は、すでに騒然としていた。


冒険者が武具を鳴らし、衛兵が隊列を組み、負傷者用の荷車が何台も引き出されている。


掲示板には、大きな緊急依頼が貼り出されていた。


【北丘防衛戦 全ランク招集】

【他ギルドへの応援伝令要員も急募】


「カイ、クーリ、ナナ。俺の傍を離れるな」


ジェスが言った。


「初めてのスタンピードだ。無茶はするな」

「はい」

「クラインは?」

「魔法部隊班の増援だ。あいつの魔法は、こういう時こそ要る」


隊列が組まれ、北の丘へ向かう。


夜明けの光が、丘を照らし出したとき——俺は、息を呑んだ。


丘の斜面が、黒くうねっていた。


魔物だ。


おびただしい数の魔物が、湧き出す泉みたいに、地の底から溢れ出している。


狼。蜥蜴。猪のような何か。

角のある猿。甲殻に覆われた犬。


数え切れない。


それが町を目指して、雪崩れ落ちてくる。


「……なに、あれ」


クーリの声が掠れた。


「ゲームなら、ウェーブ防衛戦だ」


俺は、そう言ってみた。


言ってみたけれど、うまく笑えなかった。


画面の向こうの、数字で処理される敵の群れじゃない。


一匹一匹が、牙を持って、こっちに来る。


土の匂い。獣の匂い。血の匂い。

それが朝の冷たい風に乗って届く。


ゲームに、匂いはない。


   *


戦いが始まった。


前線は、力押しだった。


ヤンさんのハルバードが、唸りを上げて弧を描く。


一振りで三匹、四匹をまとめて薙ぎ払う。


その動きに、迷いがない。


宿屋の親父の動きじゃなかった。

武人の動きだった。


ジェスは身体強化を全開にして、俺たちの前を固めた。


ロングソードが、獣の牙を受け、爪を弾き、間合いに入った敵を確実に斬る。


クーリの双剣が、その隙間を縫った。

小柄な身体が、獣の足元へ潜り込み、腱を斬り、喉を突く。


ナナは俺の後方から、静かに戦況を読み上げていた。


『右翼、圧力増加。左翼、前線維持。……カイさま、出力四割で範囲制圧を推奨します』


俺も、戦った。


加減の練習の成果を、こんな形で使うとは思わなかったけれど。


小さな竜巻を起こし敵を吹き飛ばし、土を隆起させて分断足止めをする。


やりすぎると味方まで巻き込みかねないから、ナナの補助を聞きながら、必死に出力を絞ったが、味方事、吹き飛ばしてしまうこともあった。


「味方の邪魔をするな!」

「すみません!」


怒鳴られた。本当にすみません。調節がむつかしいです。

必死だった。


数時間か、数十分か。

時間の感覚が、なくなっていた。こんなに戦ったのは始めてだ。


魔法部隊の極大魔法陣から放たれる巨大魔法が、ごっそりと数を減らしてくれる。

だが、漏れる敵もいる。


そして——気づいた。


俺たちが、力の限り前で殴り合っている、その戦場のあちこちで。

極大魔法を生き延びた魔物も、同様に。


魔物が、次々と勝手に死んでいる箇所があった。


   *


一匹の猪型が、突進の途中で突然、地面に消えた。

落とし穴だ。

深く、鋭い杭の並んだ穴に、自分から落ちていった。


別の一群が、道端に転がっていた肉に食らいつく。

次の瞬間、痙攣して、動かなくなった。

毒。


前線を抜けようとした一匹が、影から伸びた剣に脚を斬られた。

深くはない。

だが、その一匹は数歩進んだところで、痺れたように崩れ落ちた。

麻痺の剣。


その影が、ちらりと見えた。

物陰から物陰へ。


決して、群れの真ん中には出ない。


俺たちが正面で血を流している間、その男は戦場の裏側を、静かに歩いていた。

罠を仕掛け。毒をばら撒き。麻痺させ。足を奪い。


確実に。安全に。刈り取っていく。

モーリーだった。


「あの人……!」


俺は、思わず、そちらへ足を向けていた。


途端に、近くの冒険者が、俺の肩を掴んだ。


「よせ、新入り。あっちには行くな」

「え?」

「あの辺は、死神の狩り場だ。仕掛けが埋まってる。下手に近づくと巻き込まれるぞ」

言い捨てて、男は前線へ戻っていった。


死神。

昨夜、ヤンさんが口にした呼び名を、こんな所でまた聞くとは思わなかった。


なるほど、罠だらけなら、確かに近づけない。合理的な話だ。

なのに、俺の足は、なぜか止まらなかった。


俺が近づくと、モーリーがこちらを見て、面倒くさそうに舌打ちした。


「よお、宿屋の新入り。死にてぇのか、こんな前で」

「モーリーさんこそ、なんでこんな前に——」

「——おい」


声が、低くなった。


「俺に近づくな」


冗談の色が、なかった。


「罠、ですか」

「…………」


モーリーは、答えなかった。


答えずに、爪楊枝を噛み直して、目を逸らした。


「馬鹿が」


モーリーは、影から飛び出した魔物の足を、綺麗な太刀筋で斬った。


魔物が転ぶ。


そこへ別の冒険者の槍が突き刺さった。


モーリーは血の一滴も浴びていない。


「前で殴り合うのは、頭の悪い証拠だ」

「でも——」

「見ろ」


モーリーは、戦場を顎で示した。


「正面で吠えてる英雄気取りから順番に死ぬ。臆病な俺は最後まで生きる。それだけだ」


その時、横合いから、一匹の巨大な蜥蜴が俺に飛びかかってきた。


ナナの警告より、そいつの方が速かった。


「——っ」


構える間もなく。


蜥蜴の顎が、横から伸びた縄に引っかかった。


ぐん、と首が持っていかれ、巨体が明後日の方向へ転がる。


モーリーの仕込みだった。


「ヤバくなったら、逃げな」


モーリーは、俺を見もせずに言った。


「死ねば、目的を果たせねぇぜ。生きてなんぼだ、小僧」


   *


日が高くなる頃、スタンピードは退いた。


湧き出していた泉が涸れるように。


魔物の数が、少しずつ減っていく。


やがて途絶えた。


前線が、じわじわと押し返し、丘の斜面には死骸だけが残った。


町の被害は軽微だった。


防衛線は、一度も破られなかった。


冒険者たちが疲れ切って座り込む中で、俺は——なんだか、うまく喜べずにいた。


勝った。


たぶん、誰も死ななかった。


少なくとも、俺の見える範囲では。


でも。


「あんな強い人が」


俺は、遠くのモーリーを見ていた。


返り血ひとつ浴びず、涼しい顔で罠を回収している男を。


「なんで、ランクBなんだろう」


隣で、クーリが汗を拭いながら言った。


「……卑怯だからでしょ。あんな戦い方」


そうかもしれない。


でも、と俺は思う。


あの卑怯な戦い方で、今日、何匹の魔物が始末されたんだろう。


あの落とし穴が。


あの毒が。


あの縄が無ければ。


前線は、何人、余分に死んでいたんだろう。


極大魔法から漏れた魔物が、町に入っていたら。


誰も、知らない。


ただ、罠を片付けて、ギルド員に金をせびりに行っていた。


   *


撤収の際、俺は、ヤンさんとモーリーが話しているのを見た。


少し離れた、丘の陰。


二人だけだった。


俺はなんとなく、聞いてしまった。


「……妙だな」


ヤンさんの声だった。


「ああ。妙だ」


モーリーが応じる。


いつもの野次を飛ばす口調ではなかった。


「気づいたか、旦那」

「中規模だ。数は、確かに中規模だった。だが——一匹一匹が硬すぎた」


ヤンさんが、丘を見上げる。


「あの丘のダンジョンは、こんな上物を吐く穴じゃない」

「同感だ。餌が良すぎる」


モーリーは爪楊枝を噛んだ。


「まるで、急に肥え太ったみてぇにな」


二人は、しばらく黙って山を見ていた。


「これで終いじゃねぇな。山が、震えてるぜ」


モーリーが言った。


「これは小手調べだ。……本番が来るぜ。それも、そう遠くねぇ」

「だろうな」

「旦那の見立ては?」

「……近い。それも、これの比じゃない。デカいのが、いるな」


風が、二人の間を吹き抜けた。


俺は、その会話の意味を、半分も分かっていなかった。


ただ、二人が、同じ嫌な予感を、かなりの精度で嗅ぎ当てているのだけは分かった。


そして——遠い山の奥で、赤い光が脈を速めていることを、俺はまだ知らなかった。


   *


異変は、その夜だった。


孤児院から、子供が一人、宿まで走ってきた。


トゥイだった。


息を切らして、青い顔で。


「シスターが……シスターが、倒れた……!」


   *


俺たちが駆けつけると、シスター・ルシアは寝台で荒い息をしていた。


熱だった。


高い熱だ。


スタンピードの日、避難する子供たちを一人で仕切って、走り回ったのだという。


歳と疲れが、一度に出たのだろう。


命に関わる病ではない、とクラインは言った。


けれど熱は、なかなか下がらなかった。


俺たちは、交代で看病した。


額を冷やし、水を飲ませ、汗を拭う。


子供たちは廊下で身を寄せ合い、じっと待っていた。


いつも怒鳴っている老婆が、弱っている。


それだけで、孤児院の空気はひどく頼りなかった。


夜半。


熱が、いちばん高くなった。


シスターが、うわ言を言い始めた。


はじめは、聞き取れなかった。


だが、耳を寄せると——それは、名前だった。


「……モー…リー」


俺は、息を止めた。


「モーリー……あんた、また……」


熱に浮かされた目は、天井の、誰もいない場所を見ていた。


そこに、誰かがいるみたいに。


「……やめとくれ。あたしは、あんたのお袋なんかじゃないよ」


しわがれた声が、いない相手に話しかけていた。


「施しは、いらないって、何度も言ってるだろう……庭に、また埋めただろう。金を……掘り出すのに、どれだけ苦労したと思ってるんだい」


俺の隣で、ジェスが動きを止めた。


クーリが、口を押さえた。


「全部、とってあるんだ……」


シスターの声が、少し震えた。


「あんたが、命を削って稼いだ金だ。あんな汚い戦をして。傷だらけになって。嫌われて。恨まれて。……その金を、なんで、こんなボロ院に……」


皺だらけの手が、宙を探した。


「自分のためにお使い。……もう、ここは……あんたの、家じゃないんだよ……」


そこで、力尽きたように、手が落ちた。


その落ちかけた手を、クーリが、咄嗟に、両手で受け止めた。


考えるより先に、動いた手だった。


クーリが、目を閉じる。


淡い緑の光が、その手のひらから滲んで、老婆の身体を、そっと包んだ——ように、見えた。


シスターの呼吸が、少しずつ、ゆっくりになっていく。


熱の波が、引いていく。


やがて、寝息が、深くなった。


光が、消える。


その瞬間、クーリは、弾かれたように、手を引いた。


まるで、熱いものにでも触れたみたいに。


「……ク、クーリ?」


俺が声をかけると、彼女は、こちらを見なかった。


「……見ないでよ」


小さな声だった。


「別に。……手が、勝手に、動いただけ」


言い訳みたいに、そう呟いて、彼女は立ち上がった。少し、ふらついた。


回復を、使える。


そのことは、なんとなく、知っていた。得意なはずなのに、性格に合わないとかで、嫌がっていることも。


でも、咄嗟に、あそこまでできるとは、思わなかった。誰にも言わずに、どこかで、練習でもしていたんだろうか。


聞けなかった。


聞いてはいけない気が、した。


彼女の背中が、その力から、逃げるみたいに見えたから。


「……ジェス。悪いけど」

「おう。……こっち来い。休め」


ふらつくクーリを、ジェスが支えて、部屋を出ていった。


しばらく、シスターの様子を見た。


寝息が、和らいでいる。


熱は、峠を越えたようだった。


俺たちは、一度、引き上げることにした。


   *


廊下に出ると、ヤンさんが壁にもたれて立っていた。


いつからいたのか。

腕を組み、天井を見ていた。


「……ヤンさん」

「聞いたか」

「はい」


俺は、聞かずにいられなかった。


「あの孤児院と、モーリーさんは……」


ヤンさんは、少しの間、黙っていた。


それから、低い声で言った。


「あそこは、スラムのすぐ隣だ」


廊下の灯りが、ヤンさんの横顔を淡く照らしていた。


「あんな場所の孤児院が、なぜ今まで潰れずに来たか。……分かるか」


俺は、首を振った。


「あいつが、うろついているからだ」


ヤンさんは目を閉じた。


「モーリーが、あの辺を縄張りにしている。それだけで、悪い連中が寄りつかん。人買いも、破落戸も、あの男がいる限り、あの院には手を出せん」


一拍。


「あいつは番犬だ。誰にも頼まれていない番犬だ」


「……なんで、そんな」


「さあな。本人は、口が裂けても言わんだろう」


ヤンさんは、廊下の窓の外を見た。


夜の闇を。


「スラムで野垂れ死にかけたガキを、あいつは時々拾う。ボコボコに殴って、無理やり、あの院に叩き込む。……『売るぞ』と脅しながらな」


窓の外。


孤児院の傾いた柵の、そのさらに向こう。

暗がりの中に、ぽつんと、影が一つ立っている気がした。


敷地の外に。


いつものように。


「あいつなりの、やり方なんだろう」


ヤンさんは、それだけ言って、目を伏せた。


「不器用な男だ」


隣で、ナナが、ぽつりと言った。


「……複雑ですね。大人も」


   *


その夜、俺はなかなか眠れなかった。


宿に戻っても、シスターの声が耳に残っていた。


庭に埋められた金。


全部とってある、という言葉。


ここはもう、あんたの家じゃないんだよ、という声。


「なあ、ナナ」

「はい」

「モーリーさんって、いい人だったんだな」


ナナは、少しだけ沈黙した。


「……その評価は、記録に留めます」


そして、続けた。


「ただし、ひとつ。訂正を求めます」

「なに」

「『だった』は、過去形です。モーリーは、現在、生存しています」


俺は、小さく笑った。


「そうだな。悪かった。……いい人、なんだな」

「はい。……そう、記録します」


窓の外、遠くの山で、赤い光が脈を速めていた。


その光が、あの番犬の男を、どこへ連れて行くのか。


この時の俺は、まだ、何も知らなかった。


(第十二話・了)


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